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空を駆ける姫御子

作者:島津弥七
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第二十話 ~休日と嫌な予感 前編【暁 Ver】

 
前書き
『暁』移転版の二十話。 

 


────── 嫌な予感しかしないわ




 休暇。そこはかとなとなく甘美な響き。仕事が嫌いだという人間は数多くいるけれど、休暇が嫌いという人間はあまりいないだろう。

 今日も今日とて早朝訓練を熟す為に、あしたからがんばるとダメ人間の典型のような発言をしながら愚図るアスナを叩き起こして、キャロやエリオを伴い寮を出た。

 年頃の女としてどうなんだと思う程度の泥と汗にまみれながら、訓練終了。しなびた春菊のようになっていた我々を見ながら、なのはさんから言われた一言で疲れが吹き飛んだ。人が悪いとしか思えないが、今日の模擬戦はあたし達の成長を見極める為のテストだったらしい。

 当然のことながら、あたし達はなのはさんを始めフェイトさんとヴィータ副隊長のお墨付きを貰い見事、第二段階クリアと相成った。しかも今日一日、あたし達全員に休暇をプレゼントしてくれるという太っ腹だ。これに伴いデバイスのリミッターも一段階解除される。因みにアスナの『フラッター』は例外だ。正確にはフラッターにリミッターがあるのかどうかも判断出来ない為だけど。

 フラッターに関して一番困ったのが、案の定シャーリーさんだ。お兄さんの小狡い策略の所為で、とにかくアスナが弄らせてくれない。定期メンテ程度であればあたし達でも自分で熟してしまうが、年に数回あるフルメンテはそうもいかない。

 困り果てたシャーリーさんは無駄のような気がしたが、八神部隊長へ相談した。そして八神部隊長とシャーリーさん、フラッターの制作者であるお兄さんを交えて話し合った結果が、『定期メンテはシャーリーさん。フルメンテはお兄さんが行う』という誰がどう見ても、最初の条件から何も変わっていない無難な妥協点で落ち着いた。挙げ句、その定期メンテにしても予め指示したところ以外に手を入れるのは不可。という最初にはなかった条件が付いてしまった。お兄さんの口八丁手八丁にやられた結果だと思う。

 仕方ないことだろうと思う。アスナを守る為だけにお兄さんが心血を注いで作り上げたデバイス。あれは、あたし達が使うデバイスとは少々毛色が違う。アスナの意思に関係なく、ボブの判断でアスナを()()()()()上で行動させることが出来る、自動制御(マリオネット)。待機状態でも常時展開が可能な物理障壁。プロテクターを状況に合わせて一部だけを展開できるポイントリリース(部位展開)。そして、プロテクターに仕込まれたギミックの数々……数え上げたらきりがない。スバルなどは、過保護なデバイスだと呆れながらも笑っていた。

 そんなアスナは第二段階をクリアしたことも、今日一日休暇になったことも、特に興味は無いらしく一人落ち着かない樣子で地面へ転がっていた。そう、朝から落ち着かないのだ、この娘は。その理由はあたしもスバルも知っている。実を言えば、あたし自身もアスナに負けないほどに──── 楽しみなのだ、今日は。





 あたし達が疲れと一緒に泥と汗を流し、食堂で朝食を摂っていると、設置されているスクリーンから高圧的な声が流れてきた。レジアス・ゲイズ、か。シグナム副隊長によると古くからの武闘派らしい。過激な主張を繰り返す武闘派の考えそうなことなど、子供でも容易に想像できる。何をやろうと知ったことではないが、あたし達のお世話にならない事を祈るばかりだ。

 『伝説』と呼ばれた三提督も同席していたようだが、すでに興味を失ったあたしは目の前にある朝食を片づけることに専念していた。スバルは最初からスクリーンなど見てはいないし、アスナは嫌いなおかずをザフィーラへ押しつけるのに忙しいらしい。そんな時、食堂へシャーリーさんがやってきた。

「あ、いたいた。ティアナ、食事中ゴメンね。業者さんが来てるよ。()()の手続きをお願いしますって」





 あたしが業者相手に納品書へとサインしていると、興味を持たれたのか人が集まってきた。

「いいな、新車か。サイドカー付きとは珍しいな。何処のヤツだ」

 ヴァイス陸曹が物珍しげに、()()を覗き込んでいる。そう言えばこの人も好きだったか。フェイトさんも同様に見ている。フェイトさんは車専門だと思っていたが、やはり興味はあるらしい。

「メーカーは、B.M.S(Berkley・Motorcycle・Sector)です。サイドカー部分は特注になっちゃいましたけど」

「マジかよ。結構、値が張っただろう……ん? サイドカーは取り外しできるのか」

「はい、取り外し可能です。ソロでも走れるように。値段は」

 あたしは少しだけ言い淀んだ。

「ちょっとした、()()で。それでも貯金の半分以上が消えましたけど」

 アスナには感謝だ。そう、今あたしの目の前にあるのはサイドカー付きのバイク。サイドカー部分は取り外しが可能なカスタマイズ仕様だ。ざっと見た感じ、転倒防止用のオートジャイロや、ライダーを守る為の防護フィールド発生装置も問題ないようだ。色は散々迷ったが結局、無難な黒にした。陽射しを浴びて輝くその姿は、速く走ってくれと言っているようにも思えた。

 元々、単車が好きだったという理由もあるが、自分の足が欲しかった為に購入を決意した。この手の買い物は選んでいる間も楽しい。そんな気分でカタログを眺めていたところに、スバルが食いついてきた。買ったら後ろへ乗せろと執拗いスバルに辟易しながら、了承したところへ態とじゃないかと思えるタイミングでアスナがやってきた。

 仲間はずれにされたと盛大にへそを曲げたアスナへ、スバルと順番でと妥協案を示すものの機嫌は直らず。どうしたものかと頭を抱えていると、アスナ自身から折衝案が示された。


──── 三人いっしょに乗れるバイクをかえばいい


 三人乗りのバイクといえば真っ先に思いついたのがサイドカー。だが生憎とサイドカー付きのバイクは高い。ミッドでは殆ど見ないし、あたしが知る限り作っているメーカーも現在は無い筈だ。それをアスナへと告げると、ちょっと待ってろと言い残しどこかへ行ってしまった。

 戻ってきたアスナは一枚のメモをあたしに押しつけると、明日ここへ行けと告げた。どう言うことなのか聞いても、行けばわかるの一点張り。結局、次の日にメモへ書かれた丸っこい字を頼りにたどり着いた場所は……B.M.Sの本社だった──── 『バークリー』の関連企業だ。悪い評判は聞かないし、候補の一つにも入っていたメーカーだったから、あたしとしては是非もなかった。

 結果的に普通の新車を買うよりも安く済んだのだが、少しばかり気になる点がある。アスナは今まで自分から、バークリーの人間だと言った事は一度もない。匂わせる態度もなかった。だとすれば。アスナにはとことん甘いあの人が一枚噛んでいるはずだ。


「あぁ、ばれてしまいましたね。余計な御世話かもと思ったんですが、アスナに頼まれてしまいまして……紹介させて頂きました。勿論、最終的な判断はティアナさんがお願いします。安い買い物ではありませんから。私やアスナのことは気にしなくて大丈夫ですよ」


 お兄さんはそう言ってくれたが、あたし自身メーカーに拘りは特になかったし、自分の嗜好や求めるスペックに合致していれば何処でも良かった。所謂、『ブランド』に拘る人も中にはいるが、あたしはそのタイプじゃない。権力……コネクションと言い換えても良いが、正しい使い方だと思う。

 いずれにせよ今回はアスナとお兄さんには感謝だ。その肝心のアスナを探したのだが姿が見えない。今日が納車だと教えると朝からあんなに落ち着かない様子を見せていたのに。きょろきょろと視線を彷徨わせるあたしに、ヴァイス陸曹が気がついたのか、声を掛けてきた。

「何を探してるんだ、ティアナ。……あぁ、もしかしてアスナか。ほれ」

 ヴァイス陸曹がそう言いながら体を一歩横にずらすと──── サイドカーにすっぽりと体を納めたアスナがいた。自分から狭い場所に入り込む猫のようだ。

「何やってんの?」

「……この場所はぜったいにゆずらない」

「いいわよ、そこで。前から約束してたでしょ? それと……靴は脱がなくていいのよ」

「アスナ、髪は纏めておいた方がいいぜ」

「……や」

「アスナ? ヴァイス陸曹の言う通りだよ。タイヤに巻き込まれたら大変だから。今はガソリン車が殆ど無いから匂いは大丈夫だけど……髪を縛るのが嫌だったら、髪を纏めて服の中に入れなきゃね」

「……わかりました」

「なぁ、フェイトさんと俺との態度が随分違うな?」

「……ヘリは細かいな?」

「略すなよ。せめて、にーちゃんを付けてくれ。……いや、違う違う。名前で呼べ」

「……なまえ」

「おまえ、まさか」

 ここ最近は、ヴァイス陸曹にも慣れてきたのか、こんなやり取りをしてるをよく見かけている。誰に対しても態度が変わらないのはアスナの長所でもあり、欠点でもある。少なくとも公の場で偉い人には会わせられない。空気を読んでくれるといいのだけれど、スバルが食べ過ぎで腹痛になるくらいあり得ない話だ。このあたしの懸念が後に現実となってしまうが、それは又のお話。さて、収拾がつかなくなりそうだから着替えて出かけましょうか。降って湧いたような休日を楽しみましょう。





「運転には気をつけてね」

「ティアは運転が上手いから大丈夫ですよ」

「……ティアナは暴走族よびぐん。こわい」

「黙れ。それじゃ、行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい」

 高町なのはが見送る中、重厚なエンジン音を轟かせながら三人を乗せたバイクは軽快に走り出した。このガソリン車特有のエンジン音もダミーで、無駄に凝っている。

「……風になれー」

「わーっ、アスナっ、危ないから立ち上がっちゃダメっ」

「あんた、降ろすわよっ!」

 ぎゃーぎゃーと喚きながら、視界の中で小さくなっていくバイクに一抹の不安を覚えながらも、高町なのはは三人を見送った。

「相変わらず騒がしいね」

 不意に後ろから掛けられた聞き慣れた声に振り向くと、エリオとキャロを伴ったフェイトが立っていた。三人の表情を見る限り一部始終を見ていたらしい。苦笑を浮かべていたなのはではあったが、エリオとキャロの私服を見ると花が咲いたように微笑んだ。

「うん。エリオはカッコイイし、キャロは可愛いね」

 なんの飾り気もなくストレートに褒められた二人は素直に頬を染める。

「フェイトちゃんのコーディネート?」

「そう」

 そう言いながらフェイトは豊かな胸を僅かに張る。

「なのに、フェイトちゃんの私服はどうしてモノトーンばかりなのかな」

「ほっといて」

 フェイトは二人と目線を同じくするように屈むと真剣な表情をする。

「いい? 二人ともよく聞いて。エリオは男の子だからキャロをちゃんと守ってね。夜の街は恐いから暗くなる前に帰ってくること。知らないおじさんに声をかけられてもついて行っちゃダメだよ。何かあったらすぐ連絡すること。ハンカチは持った? お金も大丈夫? それから……あ、待ってっ、なのは」

 なのはがフェイトの襟を掴みながらずりずりと引きずっていく。

「二人とも楽しんできてね、行ってらっしゃい」

「まだ、全部言い終わってないのにぃ。行ってらっしゃい」

 なのはに引きずられながらも、自分たちに手を振るフェイトを見て二人は困ったように笑う。フェイトから向けられる好意は純粋に嬉しくはあったが、時々。そう、ほんの少しだけ困ることがある。それは彼らが同年代の子供よりも大人びているからかも知れない。勿論、そうなってしまった()()があるのだが。

 多少複雑な思いを抱きながらも、気を取り直し微笑みながら歩き出す。どちらからともなく差し出された小さな手は──── 可愛らしくも力強い橋を架けていた。





「んー、おいしぃ」

「へぇ、ホント美味しいわ。よく来るのアスナ?」

「……さんぽのとちゅうで」

 目的の一つであるアイスクリーム屋に立ち寄った。アスナがザフィーラとの散歩の途中でよく立ち寄るらしい。スバルは三段重ねを二つ購入し、子供のように齧り付いている。アイスの食べ方じゃないわ、それ。

「……ざっふぃーが、どうしてもアイス食べたいっていうから」

 ザフィーラがアイスを食べたいとアスナに強請っている姿なんて想像つかない。大方、この娘が食べたいだけだ、きっと。

「……うそじゃない」

「はいはい、わかってるわよ。……いい加減その、『ゴーグル』消しなさい」

「……わすれてた。フラッター、ポイントリリース『ヘッドギア』解除」

 アスナがそう呟くと、あたし達には見慣れたフラッターのゴーグルが消える。これがフラッターの特徴でもある、『ポイントリリース(部位展開)』だ。展開後はアスナの体の各部を守るように展開するフラッターだが、必要に応じて必要な()()だけを展開する事も出来る。消費する魔力も少なくて済むし、展開も早いから緊急時には便利かも知れない。

「アスナはどこか行きたいところある?」

「……ペットショップ」

「アスナ? わかってると思うけど、犬や猫は飼えないからね」

「……わかってる。ぴょん吉が寂しそうなのでお友達をかいます」

 蛙をその辺から捕まえてくればいいじゃないかと思ったが、この娘がそうしたいと言うのなら好きにさせよう。

「あれ? 『伍長』は、ぴょん吉とお友達じゃないの?」

「……言葉の壁がちょっと」

 そりゃ、蛙と蜘蛛じゃね。言葉の壁どころか、種が違う。友情が芽生えるのは難しいだろう。

「……ぴょん吉は、伍長をたべようとするからな?」

 それ以前の問題だったわ。

「ペットショップだと……デパートかな」

 スバルが何とも言えない顔をしながら次の場所を提案する。確かに専門店を探すよりはいいか。

「確か入ってたわね。何してんの?」

「エリオとキャロの樣子をちょっと」

 スバルの端末スクリーンには二人の現在位置が表示されていた。

「はいはい、折角のデートなんだから野暮な事しないの。二人とも確りしてるし、心配いらないわ。何かあったら連絡するでしょうしね。ほら、行くわよ」





──── ごとり。

 見窄らしい布切一枚だけを体に纏った少女は、よろめきながらも日も差さぬ地下排水路を歩いていた。左腕に乱暴に巻かれた鎖の先には金属製のケースが二つ。小さな体でケースを引きずりながら歩くその姿は──── まるで足枷をつけられた奴隷のようだった。躓き転んだ拍子にケースの一つが排水溝に落ちるが、少女は一顧だにせず再び歩き出す。何かから逃げ出す罪人のように──── 救いを求める信者のように。





 藤色した艶のある髪を黒いリボンで束ねた少女は──── ()()を鋭い瞳で見つめていた。整った顔立ちと均整の取れた肢体を制服に包んだ姿は、年齢よりも幾分大人びた印象を抱かせる。陸士108部隊に所属している彼女が不審な事故の通報を受け、現場に駆けつけたところ目に飛び込んできた光景に一瞬だけ思考に空白が生まれる事態になる。床に散乱するガラス片と──── 培養液。そして、培養液を制御、管理するためのコントロールユニット。


──── 生体ポッド


 傍らには機能停止したガジェットの残骸も転がっている。どう考えても、緊急事態だ。彼女はひたひたと迫ってくる虫の知らせにも似た嫌な予感を、振り払うかのように……通信機のスクリーンを立ち上げた。





 エリオがその音を聞き取ったのは全くの偶然ではあったが、()()にとっては僥倖だったのかも知れない。エリオとキャロがシャーリーから半ば強引に押しつけられたデートプランを、なんの疑問もなく熟しながら予定通りデパートへ向かっていた頃。エリオの常人よりも優れた聴覚が何かを捉えた。突然立ち止まったエリオにキャロは不思議そうな顔をする。

「どうしたの、エリオ君」

「何か……聞こえなかった? 呻き声みたいな……あと、ごんっとか、ごりって感じの音が」

 年相応な酷く曖昧な物言いではあったが、それを聞いたキャロは酷く真面目な表情をするとエリオの額に小さな右手を持っていく。

「……キャロ? 熱はないよ。確かに聞こえたんだ。こっちかな」

 最近どことなく、アスナに似てきたキャロに幾ばくかの不安を覚えつつも路地裏へと入っていく。路地裏へ入ってすぐ。二人が目にしたのは相当な重さである筈のマンホールの蓋が軽々と持ち上げられ……そこから這い出すように姿を見せた一人の小さな少女だった。

 慌てて近づいていくが、少女はそこで力尽きたのかぴくりとも動かない。ブロンドの綺麗な髪に似つかわしくない薄汚れた姿。そして左腕に纏わりついている鎖に繋がれた金属製のケース。それが、『レリック』である可能性が高いことに逸早く気付いた二人は、緊急事態と判断した。

 不安と言う名の暗雲が、心を覆い尽くしていく感覚。キャロはそんな自分を奮い立たせるように……通信機のスクリーンを立ち上げた。





 思わず失笑してしまう。白衣の男──── ジェイル・スカリエッティは然もおかしげに肩を揺らしていた。

「ドクター?」

「いや、すまないね。あまりにも愉快だったから我慢しきれなかったよ。どうやら、()()は当たりのようだね、ウーノ」

「恐らく」

 ウーノと呼ばれた女性は表情を一切変えることなく淡々と答える。知性的で切れ長な瞳をスカリエッティへ注いでいる姿は、彼を心の底から信奉しているようにも見えた。

「では、回収するとしようか。あれは私の計画には、なくてはならないものだからね。回収は……彼女達に任せるとしようか」

 スカリエッティは今日という幸運に巡り合わせてくれた、信じてもいない神に感謝しながら……通信機のスクリーンを立ち上げた。





 アスナが先ほどからペットショップのショーウィンドウに貼り付いたまま動こうとしない。どうしたもんかしらね、これ。

「いいじゃん。まだまだ時間は、たっぷりあるんだし」

「まぁ、ね」

 とは言え、時間は有限なのだ。いい加減にショーウィンドウから引っぺがそうとあたしが動き出した時。スバルの胸元からあまり聞きたくないコール音。気がつけば、あたしのクロスミラージュからも聞こえている。フラッターからも聞こえているはずだが、アスナは全く意に介していない。

「……なんだろう」

「キャロからの全体通信だから緊急でしょ。さて、何が飛び出すやら」

 キャロからの通信を要約すると、だ。エリオとキャロがサードアベニューF23の路地裏で、意識不明の幼女を保護。傍にはレリックと思われる金属ケース付き。指示を請う。ついでに本日の休暇はこれにて終了、以上。案の定、アスナの口がへの字になっていた。

「また、一緒に来てあげるわ。ね?」

「……わかった」

 昔と比べて随分と素直になったアスナを見て姉のような気分に浸りつつ、二人を伴いながらエレベーターを目指した。





「キャロっ、エリオっ!」

 通信で知らされた路地へ踏みいる。あたし達が見た光景は、ほぼキャロからの通信内容と同じで想像通りのものだった。力なく横たわる少女をエリオが壊れ物でも扱うように支えている。体の所々も汚れていて、ぼろ布一枚羽織っただけの姿は、綺麗なブロンドと相まって、却って痛々しかった。

「もしかして、エリオやキャロよりも小さい?」

「多分、ですけど」

「そんな……」

 スバルが同情するように少女へと視線を向けている。アスナは最初こそ珍獣を見るように少女を見ていたが、やがて興味を失ったのか、今は何もない空間に視線を彷徨わせている。

 少女は小さな呻き声を上げると瞼をうっすらと持ち上げたが、また気を失ってしまった。キャロが小さな肩を力なく落とした。

「大丈夫よ、キャロ。なのはさんとフェイトさんが、シャマル先生と一緒にこちらへ向かってるはずだから。レリックの封印処理は大丈夫?」

「はい、大丈夫です。ガジェットが出てくるようなことはないはずです」

「上出来」

 それにしても。エリオとキャロよりも小さな、年端もいかない少女がレリックと一緒に、だ。決して楽観的になれる事態じゃない。それどころか、どう考えたって────





──── 嫌な予感しかしませんね

『桐生? 確かに緊急を要する案件ではあるが』

「先ほど彼女が少しだけ目を開けたでしょう? アスナと同じ、『オッドアイ』でした」

『しかし……それどうかしたのかい? 人間では珍しいとは思うが』

 桐生は物が雑多に置かれてある作業机から、苦労しながら煙草の箱を探し出すと、しわくちゃになった煙草を一本取り出す。

「赤かったんですよ。左目が」

『益々、わからないよ。フェイト嬢も赤だが』

 桐生は取り出した煙草を咥える。ライターの調整がおかしかったのか、思いの外大きな炎に驚きながらも火をつけた。

「ボブ? 赤い瞳など本来は、生物学上あり得ないんですよ。……アルビノ(先天性色素欠乏症)以外は。瞳の赤は血液の色なんです」

『しかし、フェイト嬢はアルビノではないよ』

「ええ、そうですね。だとするならば」


──── 人工的に何らかの手を加えられた、人間の可能性が出てくる。


 随分後になってこれが桐生の思い違いであることが判明するが、それを今の桐生は気付かない。桐生は工房に揺蕩う紫煙を眠たげな眼差しで見つめている。彼が、『この世界』にアスナと共に来てから随分と時が経った。その間、色々な出来事があったが、平和に過ごしてきた。桐生が戦うこともなく、アスナも少々斜めではあるが、まっすぐ育ってくれた。それが──── なぜ、今になって。

 アスナの為だけに『力』を使うと決めた彼ではあるが、桐生は一度ティアナ・ランスターという少女を助けている。それに今のところ誰にも知られてはいないが、()の件もあった。それが例えアスナの為であったとしてもだ。管理局に関してもそうだった。アスナが魔導師になる為に、訓練校へ行きたいと言い出した時も、六課から八神はやてが使者として訪れた時も、彼は反対しようと思えば出来たのだ。

 自分の生き方や信念を曲げる事など彼には今更無理だろう。結局、桐生という人間は割り切ることも出来なければ、非情にもなりきれない。そんな自分の中途半端さが現在のアスナにも影響を与えているのかも知れないと考える。

「……アスナが必要以上に他人に対して興味がないのは、私の所為かも知れませんね」

『私には何とも言えない。だが……以前、桐生は言ったね? 人間は矛盾した行動が出来る生き物だと。プログラムである私には理解し難いが、そうやって悩むことが出来るのも人間だと私は思う』

「そうですか……」

 何事も0か1かで割り切れる人間などいないのだろう。そんなことが出来る人間はきっと。もう既に人間ではないのだから。

 『異能』を持ちながら、それを奮うべき時を悩む男。『欲』の囁くままに暗躍するテロリスト。『魔法』で困難に立ち向かう少女達。それぞれの思惑と信念が交錯する日が──── 近づいていた。






 ~休日と嫌な予感 前編 了

 
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