ネギまとガンツと俺
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第17話「京都―決戦③」
大量の鬼に囲まれたネギは、とりあえずの時間稼ぎのため、竜巻のような風の防壁を展開していていた。
この竜巻によって、外を取り巻く鬼達は近づくことも出来ずに外でじっと待っていることになる。
そんな防壁の内部。
ネギと刹那が仮契約のための儀式、つまりはキスを済ませた瞬間にそれは起きた。
いち早く気付いたネギが咄嗟に身構えて叫ぶ。
「誰かが、内部に侵入してきます!」
「なんですって!?」
「ちょっと、私まだ心の準備が……!」
防壁を突き破り、黒い姿が躍り出た。咄嗟に迎撃しようと刹那が刃を振り上げ――
「タケルさん?」
ネギの声に「――え?」と慌てて刃を止めた。
頭から落下しようとしていたタケルはその体を反転。足元からの蒸気とともに見事に着地して見せた。
「……無事に……着地できたか」
――コントローラーに示される敵は確かに、この近くだな……この竜巻も、台風の目っていうやつか……ん? 移動しない竜巻なんてあるのか?
少しばかり呑気なことを考えたタケルだったが「っ!」
ジクリと胸の痛みがさらに増す。
「タケルさん!」
その覚えのある声に、タケルが目を向ける。小さな身長に、赤い髪。おぼろげな目では既にその人物の顔を判別することすら出来そうにない。
「……ネギ……か?」
刹那がそのタケルの様子に首を傾げる。だが、アスナもネギも、カモでさえも彼の登場に心を躍らせているのか、喜びの声をあげていて気付かない。
「タケルさん。助けにきてくれたんですね!?」
「先輩!」
「旦那ぁ、丁度、大ピンチだったんでさぁ!」
だが、タケルが彼等の声に快い返事を出来るはずがない。
「……スマンが……こっちもまだ、用事が……終わってないんだ」
ゆっくりと立ち上がり、足元に血がぽたりと落ちた。刹那が何気なく視線を動かし、目に止まったそれを見たとき、彼女は叫んでいた。
「……た、タケル先生!?」
慌てて近づき、羽織ってあった学ランを剥ぎ取る。
「「「え」」」
ネギたちもその姿に声を失った。
制服の下に現れた、黒いコスプレのような服。本来ならそっちに気がいくはずの格好だが、今はそれよりももっと目を奪うものがあった。
「タケルさん……それ!」
「……嘘」
一同が向ける視線の先には、胸に包帯として巻かれた真っ赤なシャツ。それに気付けば後は芋づる式にタケルの異変に気付く。
乱れている息。小刻みに揺れる体。溢れ出る血。青ざめた顔。おぼつかない足元に焦点の合ってない目。
誰もが目を見開く中、それでもタケルは真っ直ぐに立っている。
「「「「……」」」」
声を失っていた。
彼が気軽に言う用事とは、これほどに危険性の伴うものだったことを今更ながらに教えられたのだ。もちろん、アスナや刹那は傷を見たこともあり、大体の予想はしていた。だが、それでもこれほどに死に掛けることだとは思っていなかった。
「……スマン、な」
いつものようにネギの頭に優しく手を置く。その優しい行為に、全員が息を呑んだ。
今朝に、軽く「用事だ」とだけ言って、その場いなくなったのは、それ自体が彼の気遣いだった。誰にも心配をかけず、自分はそれだけ傷ついて。
そして、それは今正に死に掛けているにも関わらず、変わらない。
――この人は本当に立派な人だ。
ネギは顔を伏せ、歯をくいしばっていた。電車の中でアスナに漏らした自分の小言が許せなかったのだろう。
アスナは顔を伏せ、体を震わせていた。これほどに死に掛けている人間をはじめて見て、恐怖に駆られているのだろう。むしろ取り乱していないだけ、いち中学生としては冷静といえるかもしれない。
唯一、刹那は符を取り出し、行動に移っていた。
「……」
なにやらブツブツと唱え、「よし」と呟いた。それをタケルの胸に掲げ貼り付ける。
「……んん」
のっそりとタケルが反応するが、よくわかっていないのか、首をかしげた。
「先生の傷がこれ以上、広がらないように応急処置を施させていただきました。とりあえずこれで当分は出血と傷の悪化を抑えられるはずです」
――私に出来ることはこれ位しかありませんが。と申し訳なさそうに頭を下げる刹那に「いや、すまない、助かる」とタケルが僅かに頭を下げる。
それらを見ていたネギも慌てて魔法を唱えだす。
「ラス・テル マ・スキル マギステル 花の香りよ 仲間に元気を 活力を 健やかな風を refectio(レフエクティオー)」
――僕も回復魔法は苦手で、これだけしか出来ませんが。
そんなネギの言葉に、だがタケルの顔色は僅かに良くなり、呼吸も落ち着いた。痛みも大分マシになったようだ。
「……スマン、大分助かった」
まだ顔色は悪いが、それでも言葉にはしっかりとしたものが戻っていた。
本来は先ほどの魔法のリフレッシュ程度の意味しかなさないはずだが、刹那の護符との効果もあいまって、タケルにとっては痛みが止まり、血も止まり、僅かだが体力の回復。と起死回生の回復になっていた。
ネギと刹那に行儀よく頭を下げて、考え込むようにして顎に手を置いた。
「周囲の鬼は君達の敵と認識してもいいのか?」
「え? あ……はい」
――それがどうかしましたか?
首を傾げるネギに呟く。
「……折角だ、俺の標的が逃げるまでなら、周囲の敵の掃討に手を貸させてくれ」
「いえ……でも」
渋ろうとする刹那の言葉を遮って、タケルは身構える。
「いや、俺の標的もあの中に隠れてるから。あぶりだしたいのもあるんだ」
「あ、そういうことなら、はい! 是非、お願いします!」
ネギたちの様子に笑顔が戻った。死にかけだったタケルの色が良くなったこともその要因の一つだが、彼がいるということで安心感を得ているのかもしれない。
竜巻があと1、2分で消える。それまでにタケルが来る前に決めていた作戦を説明する彼等だった。
鬼に取り付いた其はやっとボス鬼まで残り20Mほどの距離に近づけていた。何せ150体もの鬼がまぜこぜに立ち並んで竜巻を取り囲んでいるのだ。そっと近づくだけでも時間がかかってしまう。
――くっくっくく。あと少しだ。あと少しあいつも俺のモンだぁ。
其の悪い癖、だろうか。自分の本体がナノ単位しかないという余裕に任せてすぐに油断する傾向に入る。
もしも、彼がそのナノ単位しかない思考器官で深く慮っていれば、既にタケルの存在に気付いて逃げおおせているはずだった。
今の彼の目的はタケルというバケモノから逃げること。決して大きな命を手にいれようとすることではない。
より、目の前に夢中になっていた彼は、突然目の前で起こったことに呆然と首をかしげた。
――ドン
異様な音が比喩でもなく鳴り響き、目の前から直径約5Mの穴が大地に出来ていた。直撃した5体ほどの鬼たちは何が起こったのかも理解できずに消えて行ったに違いない。
それほどに一瞬での出来事だった。
「なんや今の!?」
「わしらの知らん術か!?」
うろたえる鬼達を尻目に、其は体を震わせた。
「……ま、まさか」
見覚えがある。ほんの数時間まえに、其自身を恐怖に陥れた攻撃方法だ。忘れるはずがない。
怯えるように後ずさったとき、竜巻が晴れた。そして――
「――雷の暴風」
竜巻が晴れると同時に魔法を放ち、ネギが空に飛び立った。約20体を食い破り、砂塵を大きく巻き上げていたため、鬼たちもそれに反応することは出来なかった。
「落ち着いて戦えば大丈夫です! 見た目ほど恐ろしい敵ではありません。私のこの剣もアスナさんのハリセンもこいつらと互角以上に戦う力を持っていますから」
2人の女性徒が前に出て、言葉を交わす。
「せいぜい街で150人くらいのチンピラに囲まれた程度だと思ってください」
「それって安心していいんだか悪いんだか……」
「……2人共結構、余裕あるな」
タケルが後ろで剣を、居合いの要領で構えていた。
タケルが狙っている星人をおびき出すためならば今のZガンだけでも十分、あとは適当にソードを振ってさえいれば出てくるだろう、というのがタケルの本音である。体調もあいまって、あまり全力で体を動かしたくはない彼だが、いくらか傷を回復させてもらった礼も込めて、一気に振るう。
「2人共、伏せろ!」
「「はい!!」」
既にタケルに指示されていたため、淀みなく体を地面に伏せ、頭を下げる。タケルが何をするのかが見たい2人だったが、「死んでもいいなら」とまで言われては従うしかない。
「ふっ!」
独特な呼吸で息を吐き、タケルの腕が振るわれた。
――まず1体。
踏み込んだ大地が砕けた。
――5体。
刃が伸びた。
――20体
鬼が斬られた。
――…・・・そして、40体。
それらが範囲内にいた鬼の数だった。
「……へ?」
彼等は首をかしげ、顔を見合わせ、そして「うっそ~ん」と呟き、そのまま消えていった。
「……あ、あほな。なんじゃ今の」
ボス鬼が「反則やろ」と呟き、今しがた腕を振るったらしき男、タケルを見つめる。だが、タケルはそんなことに気付かずに視線を走らせる。
「……うそ」
「一体、何が?」
正直に顔を伏せたアスナと刹那には一体何が起こったのかはわからない。ただ、鬼が集まっていたはずの場所がごっそりときれいになっていることだけはわかったらしく、恐る恐るタケルに顔を向ける。
「……前に集中しておけ」
その言葉に、彼女達は慌てて前を向き、敵たちを見据えたのだった。
――どこだ?
ソードをホルダーに直し、Xガンを構えなおす。これ以上体に負担をかける動きはあまりとりたくなかった。
コントローラーに目を配りつつも、敵たちに目を凝らす。少しでも逃げ出そうとする鬼がコントローラーの表示する敵と一致したらそれが星人だ。
――さぁ、動け。
一応止血などはしてもらい、寿命は延びたものの、やはり万全とは言いがたい体調。速めにケリをつけたいことに変わりはない。
――いた。
迫り来る鬼たちの中、一匹だけがこちらか離れていく。コントローラーの表示とも一致している。
「……俺は自分の標的を追う」
「え、もう?」
アスナががっくりと肩を落とし、刹那が「それでも50ほど倒していただいたんですから……」と慰めている。
――結構、余裕あるのか?
ちょっと思ってしまったタケルだが、そんなはずはない。刹那はともかく、アスナはネギとの仮契約によって得た武器と魔法の防護性能に頼って戦うだけだ。いずれ数に押し込まれてしまうだろう。
だが、それでも彼女達を手伝うわけには行かなかった。
「……スマン」
言い捨て、一気に飛び越えるために足に力を溜める。しゃがみこみ、バネを凝縮させる。鬼達が殺到していた。タケルに迫った鬼の数、約4鬼。一斉に各々が得物を振り下ろし――。
一気に飛び上がった。
――振り下ろされた得物は標的を失い、地に着き刺さる。得物に仕留められるはずだった獲物は高く飛び越え、一気に包囲を突破した。
「……ね、ねぇ。先輩って何者?」
もはや、顔を蒼くさせるアスナに、
「私が聞きたいくらいです」
遠のくタケルの背中を見つめる刹那だった。
小さな塔が切り立つ麓。儀式用に建築されたその塔の眼前には大きな池が広がり、またその丁度反対側には大きな岩が人工的に設置されていた。岩には注連縄が巻かれ、何らかの封印が施された跡が見て取れる。
塔からは橋が延び、塔と岩の丁度、中心点。池のど真ん中で、それは行われていた。
「然れども千早振る御霊の 萬世に鎮まりたまふ事なく」
厳かな千草の声が凛として響き渡っていた。
「御心 いちはやびたまふなれば」
儀式用のベッドに寝かされた木乃香から徐々に大きな光が放たれ始めている。光は天にまで伸び、徐々に暗雲を立ちこませる。
そして――
「――生く魂、足る魂、神魂なり!!」
最後の呪文が放たれた。
大きな水しぶきが舞いあがり、一際大きくなった光は天をつきぬけ、立ちこませていた暗雲をきれに両断した。
ゆらりと光が幻想に揺れ、何らかの姿を形成し始める。
ゆっくり、ゆっくりと。
何かが、生まれようとしていた。
森の中、追いかけっこにいそしむ2人の姿。
「来るな、くるんじゃねぇよぉぉ!」
半ば半狂乱に叫びながら、それでも必死にタケルから逃げようと飛びはね、地を駆け、森に身を潜ませる。
「……黙れ」
逃げ惑う鬼にXガンが次々と放たれるが、すばしっこさに加えて木々の茂みにも邪魔されてなかなかに当てることが出来ない。
――速い。
敵の動きはまさにその一言に尽きた。
せめてここに障害物がなければまた違ってくるのだが、森の中というのが上手くXガンの弱点をついている。Xガンの威力は確かにすぐれているが、貫通力はほとんどない。ここだ、と放っても結局は木々に邪魔をされ、それを破壊するだけに留まってしまう。
ならばZガンを、とはいかない。
あれは体への反動がきついのだ。もしも外して、傷が広がって、なんてことになればもう2度と追いつけなくなる。
「くるな、来るな!」
この台詞を聞くのはこれで何度目だろうか。いい加減に苛立ちが募ってくる。
恐怖すら覚える威圧感を放つ星人、という言葉にふさわしかったのは最初のときだけだ。それ以降は詰めが甘い、頭が悪い、それでいて逃げ回っている。という強敵とはかけ離れた行動しかとっていない。
「……仕方ない」
どうしても埒が明かないと判断したのか、使わないと決めていたZガンを構える。「ひ」小さな悲鳴が耳に届き、それは単に遠ざかろうと逃げ出すのではなく、タケルの後ろに、前に、上にとあちこちに飛び跳ね回りだした。的を絞らせないための動きだろう。
確かに、その動きで正解だ。
Zガンなら障害物に関係なく攻撃を放てる。いくら逃げていても、当てられる可能性はぐんと高くなる。だったら少しでも的を絞らせない動きに移ったほうがいい。
――もちろん、タケルが何発も撃てての話だが。
今の体調では2,3発が限度だろう。
当てて動きを止めるために一発。止めを刺すためには3発以上。それが、寄生する星人を確実に仕留めるために必要な攻撃だとタケルは考えている。
星人は恐怖と逃げることに頭がいっぱいで、そもそもタケルが死に掛けていることすら忘れているらしい。
どうしてもZガンの攻撃を受けたくないのか、明らかに体力の限界を無視して星人は動き回っている。ただ狙う振りをしていれば、勝手にばてるだろうことが容易に想像できた。
「……」
無言でZガンの狙いをつけて、銃を放つフリだけをしておく。決して動きを止めることのできない恐怖にさいなまれる星人はその動きを早めることはあっても、遅くなどは絶対にしない。ましてや体力の温存など図らない。
――このまま、待つ。
ばてても、逃げ出そうと背を向けても。Zガンで確実に息の根を止める。
あとはどちらの選択肢を敵が選ぶか。
それだけ……の、はずだった。
突如、まばゆい光が森一帯を照らした。
「っ!?」
あまりの光量に目を閉じる。それでも聴覚が生きているのは幸か不幸か。
「アレだ……あれがありゃあ、てめえ如き……!!」
目が見えずにたたらを踏んでいるタケルに、体当たりを放ち、鬼が言葉とともに遠ざかっていく。
体当たりは星人なりのほんの些細な復讐だったのか、体勢を崩し、尻餅をついただけでどこかを強く攻撃された節はない。
「……しまった」
どうにか目を開けて、周囲には誰もいないことを確認。また逃したことに自分の迂闊さを呪いつつ立ち上がり、光の柱に目を向けて
「……おい、おいおい」
呟きが漏れていた。
湖から上半身だけが姿を見せている。にも関わらず、すでにその大きさは見上げねばならないほど。
前後に顔が2つ。腕も前後に1対。あのまま下半身が姿を見せればきっと足も前後に一対なのだろことは用意に想像できる。
確かタケルもその伝承は聞いたことがあった。
「両面……宿儺?」
あれに星人が寄生したら、大変なことになる。というか勝てない、規模が違いすぎる。
そう思って駆け出そうし、
「っぐ!!」
胸を襲う激痛に、歯を食いしばり立ち止まった。
「……やられた」
先ほどの体当たりで胸の護符が剥がれていた。じんわりとだが、確実に血が漏れ始めている。今までムリをしていたツケもあったのだろう。一旦、ダメージの重みを認識すれば、もう止まらなかった。
体調を誤魔化してくれたネギの魔法もどこへやら。
膝をつき、熱くなる胸の痛みに呼吸が漏れる。視界が回りだし、自分が立っているのか、座っているのかさえ認識できなくなった。
「……まだ……だ」
まだ、斃れるわけにはいかなかった。
「やつを……仕留める」
頭を振り、少しでも意識の覚醒を試みる。
――もう、いいんじゃないか?
「なに?」
幻聴が胸に響いた。
――ここにはアキラだっていない。別にお前が死んでも誰も困らないだろ?
違う、これは幻じゃない。
――目を閉じろ。痛みから解放されて、楽になれる。
これは、自分だ。
とめどなく湧いてくる疑問に、タケルは軽く首をふり、それでも立ち上がる。
「そう……だな。その通り、だ」
ずっと、そう思っていた。
唯一楽しかったのがガンツのミッションで、ソレでなら死んでもいいと思っていた。ソレこそがタケルにとっての唯一の居場所だった。嘘で塗り固められた世界ではなく、命を本気でぶつけ合うミッションこそが、彼にとっての唯一の真実だったのだ。
――じゃあ、もう死んどけ。
……駄目だ。死ぬわけにはいかない。
――なぜ?
あの星人は倒しておきたい。
――はぁ?
自分の思考のはずなのに、まるで誰かが中にいるように会話を繰り返していた。これも血が足りないせいだろうか、フと思って自然とそんな気になってきた。
――一人で納得してる場合か。あの星人の実力はともかく、時間切れでお前の負けだよ。
本当に死ぬのも悪くない、だが諦められない気持ちがタケルにはあった。
ゆっくりと歩き出す。足を引きずり、腕を前に出し、木にぶつからないように、頼りにならない目で光を追う。
――おい、どうしたんだ。楽になりたいんだろ。
「……なんで、か……なんでだろう……な」
ただ、頭をよぎる。目を閉じると彼等の顔が。
――おい、おいおいおいおい。まさか、あいつらの為じゃないだろ? 何でも自分のためにしか動かなかった男だぞ、俺は?
「……は、は」
木の根に足が捕まり、転げる。
「……っ!」
気を失いそうになるほどの胸の痛みに、声もでない。それでも、時間をかけてゆっくりと。まるでゾンビのように立ち上がる。
「ほんとに……な」
親しい人物などアキラだけだった。本当に世界がどうでも良かった。正直、カタストロフィにすら心を躍らせていた。
そんな俺を、この世界はいつの間にか受け入れて、さらには居場所をくれた人たちがいた。
――学園長に、高畑先生か。
教師として受け入れてくれる人たちがいた。
――学園の先生たち、それに3-Aの生徒達だ。
まるで兄弟として。
――ネギも。
友として。
――エヴァも。
仲間として。
――フェイトも。
タケルにとってそれは初めての感情だった。大切な世界だった。味わったことのない優しさだった。だから、それを――
「――守りたい……の、かもな」
自分の発した言葉に、自分でギョッとした顔を見せ、数秒の後にまるでそれが当然かのように頷いた。
この先、もし生きられたとして、きっと今までのように手を貸すのは面倒だし、ほんの少ししか手伝わないだろう。
――それでも、ミッションの敵くらいはしっかりと自分で受けきりたいってか。
「……ああ」
――ま、そもそも星人がいるのも俺らのせいみたいなところあるしな。
「……ああ」
――仕方ない。もう少し苦しむか、俺?
「ああ」
まるで芝居のように交わされたそれは、確かに全てがタケルの心で。
タケルは
ただひたすらに光を追いかけて
足を引きずる。
そして、時は刻々と。
「タケルさんを探しに行かないと!!」
「ちょっと、待ちなさいってネギ!」
リョウメンスクナノカミもエヴァンジェリンが無事に倒し、死に掛けていたネギも木乃香との仮契約によって治癒、目を覚ました。
皆がホッとした途端、これである。杖を片手に、今にも飛び上がろうとするネギをアスナが落ち着かせようとその腕を捕まえる。
「今のアンタが行ったって足手まといになるだけでしょ!」
アスナの言葉に、ネギがグッと喉を詰まらせる。
「……で、でも」
――あんなに傷ついてたのに。
その言葉にエヴァンジェリンがピクリと頬を引きつらせた。
尚も食い下がろうとするタケルに、今度は刹那が言う。
「いえ、あの方はその道のプロです。むしろ半端な人間が行っても気を紛らわすだけにしかなりません。ネギ先生、ここは自重するべきです」
一時的な助っ人として参入していた龍宮 真名もそれに頷く。
「ああ、私も一度だけ見たことがあるが、凄まじい程の手練れだった。そう易々と死ぬとは思えん」
横では同じく助っ人、クー・フェイが「あいやー、あの人そんなに凄腕アルか? 全く気付かなかったアル」と呟き、長瀬 楓がポンと肩を叩いている。
残りの綾瀬ユエと犬上小太郎、近衛木乃香は話についていけずポカンとした顔をさらしている。
「……うう」
ネギとてアスナ達の言うことは分かっている。だが、それでもあんなに弱ったタケルの姿を見せられたらやはり心配してしまう。
頭を悩ませる子供先生に「ハハハハ」と今度はエヴァンジェリンが高らかに笑う。
「あいつの力は私が認めるほどだ。貴様如きが心配するなど100年早い!」
「え」
その言葉に、ネギの表情が変わった。
目の前にいるのは真祖の吸血鬼。少し前まで賞金600万ドルをかけられていたほどの魔法使いだ。実力は正にバケモノクラス。
その彼女が言うのだ。
まだ僅かに逡巡させる素振りを見せ、それでも「はい」と頷いた。
ホッと空気が和んだところで、
「っていうか、なんで龍宮さんも長瀬さんも、エヴァちゃんもタケル先輩のこと知っているのよ」
アスナがガクリと肩を落とす。力のない常識的な突っ込み、というか独り言に、3人は一斉に答えた。
「「「ちょっとあって」」
「……へ~」
とりあえず、頷いておくアスナだった。全てを終えた彼女たちはゆったりと足を帰路に向けるのだった。
「「「……」」」
一行のうち、ネギを含めた数人の人間が心配そうな顔でときどき振り返っていたことには、だれも触れようとしなかった。
リョウメンスクナノカミが氷付けにされて、バラバラに砕かれていた。
「まだだ!」
だが、其はあきらめない。
その姿を魚へと変え、水中に潜り込む。少しでもその本体に乗り移ることが出来たならばその命を盗むことが出来る。
最後の希望へと食らいつき、そして。
新たな光が其を包み込んだ。
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