チートだと思ったら・・・・・・
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十九話
「さて、これからどうするかな」
タカミチとの最後の攻防で気を失った健二は眼を覚ますとベッドの上に寝かされていた。痛みがないことからおそらく魔法による治療が施されたのだろう。先ほど試合の方を確認したが、ネギと刹那の準決勝の真っ最中だった。ということは、明日菜は地下にタカミチ救出に行っているのだろう。
しかし、本当にすることがない。後は最終日になる前にエヴァンジェリンの別荘に入っておき、ネギ達と同じタイミングで出ればよかったはずだ。折角の祭り、楽しめばいいではないかと思わなくはないがどうにも気分がのらなかった。
結局、健二は日が暮れるまで無為の時間を過ごすことになる。
既に日は暮れ、街は陽の光ではなく人工の明りによって照らされている。健二は半日ほど何をすることもなく過ごし、これ以降も特に何かをするつもりはなかった。長い時間座っていたため硬くなった体をほぐす意味も含めて遠回りをしながらエヴァンジェリン宅を目指した。そして、それが間違いだった。
「相変わらず、すごいな」
学園祭が始まって以来一番落ち着いている今、健二は改めて麻帆良のでたらめさを感じていた。既にこの世界に来てから2・3カ月立っているが、ここまでゆっくりと麻帆良を見て回った事は無い。今も、城を模した様な作りの建物を上へ上へと登っている所だ。そして間もなく屋上、バルコニーとなっている場所で出ようとした時声が聞こえた。
「高畑先生」
「!?」
この声を、健二が聞き間違えるはずがない。まさか、ここは……健二の中で最悪の可能性が浮かび上がる。
「私……その頃からずっと……」
これを聞いてはいけない。絶対にだ。だと言うのに、健二の体は凍りついてしまったかの様に動かない。
「あなたのことが好きでした」
聞いて、しまった。明日菜の、タカミチへの告白を。そして、これに対するタカミチの返答は勿論……
「ありがとう。アスナ君の気持ち、とても嬉しいよ。でも……すまない」
タカミチの返事を聞いてすぐ、明日菜は身体強化を使い早々にその場を去った。そこでようやく、健二は自分の体が動くことに気付いた。
「最悪だ。……ほんと、最高に最悪だ」
健二はゆらりと立ちあがり、幽鬼のような足取りでその場を後にした。
健二とは異なる場所にも、明日菜の告白という一連の流れを覗き見る者達が居た。あやか、楓、刹那。三名には声までは聞こえなかったようだが二人の様子、そして明日菜の突然の行動から結果だけは悟ることができた。
「追いますっ!」
「ええっ? ここって五階じゃ……」
五階からの飛び降りという常識はずれな事態にあやかは驚いたものの、すぐに明日菜を探しに駆けだした。他の二人、特に刹那とは最近仲良くしている様だがそれでも明日菜と一番付き合いが長いのは自分なのだという思いが驚愕を上回ったのだ。
「あら、あの方は……」
だが、駆けだしてすぐにあやかはとある人物を見かけた。白い髪に褐色の肌。それらに当てはまる人物はあやかの記憶には一人だけだ。何故こんな場所に一人で、というのとどこかおぼつかない足取りに疑問を抱いたが今は明日菜が先決だと再び足を動かし始めた。
ふと気付けば健二は人気が少ない場所にあるベンチに座っていた。どうやってここまで来たのかは覚えていない。それほどまでに先ほどの件は健二の精神に大きく影響を及ぼしていた。今はとにかく、何も考えたくないと健二は眼を閉じた。
「宮内さん、宮内さん」
「……え?」
「大丈夫ですか? 何度お呼びしても反応がありませんでしたよ」
ふと何かが聞こえた気がして健二が顔を上げると、そこにはあやかがいた。呑気に寝てしまったのか、ただ単に放心していたのか。健二には分からなかったが、とにかく心配をかけてしまったみたいだ。
「わざわざすみません。ちょっと、疲れちゃって」
「お隣、よろしいですか?」
「どうぞ」
横にずれてあやかが座るスペースを空けながら健二は何故彼女がここにいるかを考えていた。確か、彼女は明日菜を慰めるはずではなかっただろうか。それが済む前なのか後なのか……いや、良く考えてみれば済んだ後でなければこんな場所で座ったりはしないだろうと健二は思考を打ち切った。
イスに腰掛けたあやかは健二の顔をこっそりと見ていた。そして、自分が彼の元に来たのは間違いではないと悟った。明日菜を慰めた後どうにもあの場にいた健二が気になり彼女は探していたのだが、見つけてみればどうだ。何度呼びかけても反応が返ってこず、ようやく反応したかと思えば声にも挙動にも力がこもっていない。極めつけは眼だ。数回しか会ったことのないあやかにも分かるぐらいに、今の健二の眼からは光が失せていた。
「何か悩みがあるんですの?」
「………………」
「私は長年クラス委員長を務めてますから、それなりには聞き上手と自負しています。数回しか会ったことのない私に話すのは抵抗があるかもしれませんが話して楽になることもありますわよ」
「………………」
健二からは中々反応が返ってこない。だが、あやかはじっと待ち続ける。何かと問題が耐えない3-Aのメンツでクラス委員長を長年務めるほどに彼女は世話好きなのだ。こんな状態の健二を捨て置くなど、できるはずもない。
「見て、しまったんだ」
ゆっくりと発せられる言葉にあやかは真剣に耳を傾ける。
「雪広さんも、いたんだろう? あの場に……」
「で、では」
「ああ、明日菜の告白を見てしまった」
やはり、という思いがあやかの中ではあった。健二の事を考えれば複雑な思いを抱くであろうことも察することができた。だが、本人の言葉でしっかり聞かねばならない。
「宮内さん、貴方はアスナさんのことを……」
「好き、だよ。どうしようもないくらいに」
時を同じくして、明日菜は街中を歩いていた。あやかの腕の中で存分に泣いたものの、長年の想いが終わりを迎えてしまったのだ。直ぐに心の整理はつきはしない。恐らく眼は真っ赤であり、余り人に見せられる顔ではないだろうと思った明日菜は人の少ない道を選びながらエヴァンジェリンの別荘を目指す。あそこは、引きこもるには絶好の場所なのだ。
「宮内さん、貴方はアスナさんのことを……」
へ? と思わず明日菜は声を漏らしてしまった。何故、こんなひとの少ない場所で自分の名前が聞こえてくるのかと。さらに、この声はあやかのものだと分かってしまったがために明日菜は周りを見渡し探してしまった。そして、見つけた。そして……聞いてしまった。
「好き、だよ。どうしようもないくらいに」
あやかと共にいた少年、健二の想いを。
「実を言うと、俺は明日菜がこの学園祭で告白する事を知ってたんだ。だからこそ、その前に行動を起こすべきだった」
何を思ってそう言っているのかはあやかにも予測がつく。好きな人に幸せになってもらいたい。それは誰もが抱く当然の思いだろう。そして、同時に普通ならそれを自分の手で成したいと、そう思うはずだ。今の健二は明日菜の想いが成就し、幸せになって欲しかったという思いと、これで自分が明日菜を幸せに出来るのでは、という思いがせめぎ合っているのだ。後者の思いは、明日菜がフられた事を良しとする様な思いでもある。幸せになって欲しい人物の不幸を喜ぶ。そんな思いを抱いてしまった事に、苦しんでいるのだ。
「ここ最近は忙しかったが、そんなことは理由にならない。俺が想いを伝えるなら、明日菜がそうする前にしなきゃいけなかった。もし、見なかったらなまだ自分をごまかせた。でも、そんなifの話なんて無意味だ。もう、過ぎてしまったんだから」
「……それで、宮内さん。貴方はどうなさるんですか?」
想いを伝えるのか、そうあやかは問うているのだ。だが、それこそ健二には意味の無い問いだった。誰にも言わないつもりだったが、少しくらいぼかして愚痴を言うのもいいかもしれない。
「さすがに今すぐなどとはいえませんが、貴方は自分の想いをアスナさんに伝えるべきです」
返答の無い健二に否、もしくは悩んでいると解釈したのか、あやかが先に口を開いた。
「ここまで苦悩するほどに、貴方はアスナさんを想ってらっしゃるのでしょう。なら、ここで終わりになどしてはいけませんわ」
「雪広さんの言う事はもっともだよ。でも、もう時間がないんだ。さっきも言った通り俺が明日菜に告白するなら、明日菜がタカミチにそれをする前、それしかなかったんだ」
「宮内さん……?」
時間がない、とは一体……。学園祭で告白すれば成就する、もしかしたらそのジンクスを信じているのかとも思ったが、あやかは健二の声音からもっと、彼の言う時間が非常に重要なもに聞こえてならなかった。
「さて、と。もう行かないと。話を聞いてくれてありがとう雪広さん」
「あ、宮内さん!」
後ろで名前を呼ばれるが健二は振り返らず歩きだす。少しは気が楽になった、聞き上手だと言うのも間違いではなかったなと。そう思いながら。
「お前の答えはよく分かった」
だが、その声でそんな事は吹き飛んだ。まさか、最終日前に接触をしてくとは思わなかった健二は完全に凍りついてしまっていた。
「今の内に、遺書でも残しといたらどうだ?」
すれ違いざまにそんなことを言い残していく男。明日、学園祭最終日に……一つの物語が、終わる。
「…………」
エヴァンジェリンの別荘のとある一角。そこで健二は禅を組んでいた。最早、運命は変えられない。定められた流れに従い、自分の出した答えを引き寄せるのみだ。
これで、いいのだ。例え、この戦いを最後に彼女と別れることになろうとも……
「奴だけは、この手で」
健二の体を光が包む。従者の召喚だ。さあ、運命の戦いへといざ行かん。
「状況は把握している。超鈴音を止めるのだろう?」
「は、はい。それで、その……健二さん。僕に力を貸してくれませんか?」
「勿論だ。出来る限りのことはしよう」
健二の協力を取り付け、ネギパーティは安全の状態となった。後は超を止めるのみとなった。一行はいざ戦いの地へと別荘の出入り用の魔法陣へと歩を進める。そんな一行をやや離れた場所でエヴァンジェリンとチャチャゼロが見ていた。それを見つけた健二は声を出さずに唇だけを小さく動かし……
「開門!」
戦いへと向かうべく、旅だった。
「よっし、まずこれからどうするの?」
「午前中は動かないと言っていたので、しばらくは特にすることはないんです。他の魔法先生方に知らせて策を練るぐらいしか……」
別荘から出て、皆が皆やる気に満ちている。だが、健二だけは知っている。今のこの世界では、最早超に対して出来る事はなにもないことを。
「残念だが、超を止めるにはもう一つ越えねばならん壁があるようだぞ」
別荘に張り付いていた超からの手紙。彼女が勝利を宣言する手紙を、健二はネギに差し出した。
「そん、な……」
「つまり、戦う前に負けた……ってこと?」
超の計画の全貌。そして何より既に終わってしまったという事実にネギパーティは軽い絶望を感じた。最も良い戦略とは今回の超のように戦わずして勝つことだ。そしてそれは、負けた方からすれば最も屈辱的かつうちのめされるものだ。
「僕、学園の様子を見てきます!」
「待て!」
健二の静止の声も聞かずにネギは走り出してしまった。はっきり言ってそれはさけたかった。超の手紙が事実かどうかなどここでも容易く確かめられる。外に出れば魔法先生に拘束される可能性が高まるだけだと言うのに。
「とにかく、状況の把握をしよう。テレビ、インターネット、新聞。何でもいいからこの手紙の事実確認だ」
リーダーを務めなければならないはずのネギが先走ってしまったため途方にくれるメンバーを動かす。結局ネギが出て行ってしまった以上、救出もしなければいけなくなってしまった。やるべきことは、多い。
「やはり、あの手紙は真実か」
地下から上がり、超の手紙の事実確認を行ったが出てくるのは超の作戦が成功したと言う証拠ばかり。本当に、戦いは終わってしまっているのだ。
「おいおい、どうすんだよ」
「決まっている。超を止める」
何を言っているんだと言わんばかりに発せられた健二の言葉に、全員が目を見開く。
「だ、だから一体どうやって止めるんだよ! もう、学際最終日から一週間も経っちまってるんだぞ!」
千雨の言葉に、全員の顔が下がる。もう無理なのだと、そう思っているんだろう。だけど、彼女達は忘れている。何故、この状況に追い詰められてしまったのか。その元凶を。
「タイムマシンだ」
「……え?」
「タイムマシンで過去に戻る。そうすれば、何も問題ないだろう」
「「その手があったーーーー!!」」
先ほどまでとは一転、歓喜に包まれる。絶望の中に光を見つけたのだから、当然だろう。
「だが、肝心のタイムマシンを持つネギ君がいなくなってしまった。まずは、彼を救出しなければいけない」
「救出、でござるか?」
「恐らく、俺達は学際最終日から行方知れずということになってるはずだ。下手をすれば、超に加担したと思われてもおかしくはない」
故に、ネギが既に捕まっている可能性がある。と健二は告げた。最終日に全く関われなかったのに超に加担したと思われるのは憤慨ものかもしれないが、それは此方の都合だ。
「む……どうやら、宮内殿の推測はあながち間違いではないかもしれぬようでござるな」
「っ! この気配は……」
「もう、来たのか」
楓と刹那は気配で気付き、健二は二人の挙動を見てセンリガンを発動することで既にエヴァンジェリン宅へと接近した魔法先生を確認した。
「どうするでござる? 戦うか、それとも話し合いで説得するか」
「無論、戦って突破する」
「ちょ、戦うの!?」
「事情を話した方がええんちゃう?」
幾人……と言うか刹那、楓以外は戦うことに否定的の様だ。彼女達が戦闘員ではないこともあるだろうが、それ以上に話せばわかってくれる。とでも思っているのだろう。だが、そんなものは……
「無意味だ。大体、タイムマシンなど叫んだ所で簡単に信じてくれるとでも? 平時ならまだ耳を傾けてくれるかもしれないし、実証も可能だろう。だが、現在は未曽有の事件で一杯一杯の筈だ。戯言と斬って捨てられる可能性の方が高いだろう」
「で、でも……」
「どちらにせよ、余り悩んではいられんでござるよ」
全然聞いていなかったが、どうやら外の魔法先生が五分だけ待つと警告したようだ。
「覚悟を決めろ。説明をして、納得してもらうには時間がなさすぎる。それに……」
どうせ彼等は救えない。小さな声だが、健二はそう呟いた。だが、それを聞きとってしまったものが居た。
「お、おいそれってどういう「っしゃあ! 皆無事だな!」
「カモじゃない! ネギはどうしたのよ!」
健二の呟きを聞きとったもの、長谷川千雨は突如現れたカモに声を遮られてしまう。だが、彼女の胸にはそれがしこりとなって残された。
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