チートだと思ったら・・・・・・
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十八話
「…………」
既に第一試合の佐倉愛衣対村上小太郎が始まり誰もいなくなった選手控室で健二は最後の精神集中を行っていた。健二とタカミチの試合は第五試合。試合の制限時間は15分のため最長で60分しか健二には残されていない。試合が早期に終わることを考えれば40分もあればいい方だろう。その短い時間を健二は、ただただ神経を研ぎ澄ますことに集中した。
そしていよいよ迎える第五試合。ここまでの試合はとてもスムーズに進み、勝者は原作通り小太郎、クウネル、楓、古菲だ。そして、ここではタカミチが勝ちあがる。次の第六試合のネギ・スプリングフィールド対高音・D・グッドマンではネギが勝つだろう。それは最早定められた道筋と言っていい。定められた道筋……何とも物語の主人公が立ち向かいそうな響きだ。だが、健二は違う。そんなものに立ち向かえるだけの力もなければ意思も無い。ただ己の目的を達するためだけに、健二はステージへと登った。
「さーて、続く第五試合は学園中にその名をとどろかすデスメガネこと恐怖の広域指導員タカミチ・T・高畑選手対、これまで目立った経歴なしの突如現れた男宮内健二選手の戦いです!」
アナウンスとともに観客の歓声が上がっていく。恐らくこの中の大概はタカミチの強さを早く見たいと思っているのだろう。予選で見せた謎の技……それをもう一度見たいと、そう思っているのだろう。現に、解説役のリーゼントも健二の事を知らないということもあるのだろうが断然タカミチ推しである。
だがそんなことは意に介さず、健二は紅い外套を翻し、両の手に長短二つの棍を持って。タカミチは両の手をズボンのポケットに入れて。二人は対峙した。
「それでは第五試合、”Fight!!”」
開始の声は発せられた。だが、二人は動かない。お互いに牽制し合っているというわけでもなく。棒立ち状態だ。最も、タカミチにとっては棒立ちに見えるそれが構えであるため正確には健二だけが棒立ちしているのだが。
「来ないのかい?」
30秒。さすがにそれだけ一切動きがなければ観客も徐々にじれてくる。個人的に健二の実力を知りたいということもあってか、タカミチの口は自然と動いていた。
「ああ、待たせて悪かった。ようやく、心の準備が出来たよ」
そう言うと、健二は持っていた棍の内の短い方をステージに突き刺し、残った長いほうの棍を両手で構えた。
「いつでも、こい」
「それじゃあ」
始まりは突然だった。対峙していたはずの健二が突然仰向けに倒れたのだ。まるで、顔に突然強い衝撃を受けたかのように。
「遠慮なくいかせてもらう」
「ちっ!」
健二は焦った。居合い拳……タカミチの使う技はこれほどなのかと。健二は棍を構えてからは何時なにが起きてもいい様に全神経を集中していた。なのにこれだ。幸い予選で倒れていたもの達の様に顎先に貰わなかったため何ともないが、タカミチがその気なら先ほどの一撃でやられていただろう。だが、だからこそ……それほどまでに察知できないからこそ。
(丁度いい!)
健二は背が地につくまえに手をつき、片手でバク転を行い。体勢を立て直す。しかし、体勢を立て直した直後に再び健二の顔を見えない拳が穿つ。先とは違い顎は一応カバーを行っていたため大丈夫だったがこのままでは不味い。居合い拳一発一発は今の所耐えられる威力だが何発も貰えばダメージは溜まるし腫れたりもするだろう。何より、一方的に攻撃され何も出来ないという状況が健二の精神を削り取っていく。
「ああーっと! 高畑選手の正体不明の攻撃が宮内選手の顔にクリーンヒット! 宮内選手、成す術もありません!」
試合を盛り上げるための実況も、タカミチの居合い拳を開設するリーゼントの声も今の健二には全く耳に入らない。目の前の男を倒す術を必死に考える。飛んでくる拳圧を見極める術を得ようと。
「ガラ空きだよ」
「くっそ!」
こちらから攻めいれば居合い拳によるカウンターの餌食。故に健二は一発で倒れる可能性のある顎を守り、様子見に徹していた。だが、その程度の事がタカミチにとって障害には成りえない。およそ10発近くの居合い拳が健二の腹部に叩き込まれる。
タカミチにとって予想外だったのは腹部に放った居合い拳の効き目が薄かった事だ。撃った場所にはみぞおちもあったのに、だ。対して運が良かったのは健二だ。強化の魔術。これを健二は身につけている装備、赤原礼装に施していた。それにより健二の装備は衝撃吸収率等が格段に上がっていたのだ。
「…………」
「はあ、はあ……」
居合い拳に撃たれ続ける健二と無言で撃ち続けるタカミチ。タカミチはこれまで生徒の暴走等を数多く制圧してきた。中には強く反抗してくる生徒達もいたが、タカミチはそれを圧倒的な実力差で容易く無力化していた。それこそ、予選会の時の様に、だ。だが、今はどうだ。タカミチが手加減しているということもあるとはいえ時間にしておよそ5分の間、健二はタカミチの攻撃をその身で受け続けた。これまで、タカミチにここまで食い下がれた生徒はいない。タカミチと対峙した事のある生徒達には賞賛されることかもしれない。だが、戦況がそれを許さなかった。攻めることもできず、守ることもできずただ攻撃を受けるだけ。圧倒的な差……それこそ戦いに関してズブの素人でも分かるそれ。だが、にも関わらず試合は終わっていない。これではまるで、強者が弱者をジワジワといたぶっているようではないか。観客の大部分がそう思っているのか、大衆には既に声が無い。
「君は、何がしたいんだい?」
「何?」
タカミチは試合が始まってからと言うもの、ずっと疑問に思っていることがあった。それは、何故健二は魔法を使わないのかということだ。そう、今の健二は魔力による身体強化すら行っていないまっさらな状態なのだ。いくらなんでも、これでは居合い拳を放つために身体強化を施しているタカミチに敵うはずがない。
「何を考えているのかは知らないが、何時までもそのままでいられるとさすがにいらつくよ」
「何を考えている、ねぇ」
タカミチは生まれつき呪文詠唱が行えないと言うハンデを背負っていた。今でこそ数多の魔法使いから尊敬されるほどの戦闘力を保持しているが、かつては間違いなく弱者であった。その身一つでしか闘う術の無かったタカミチにとって、戦いの全ては格上との戦いでありその全てに全力だった。今の状況は誰が見ても間違いなくタカミチが強者で健二が弱者だ。弱者であり、挑むという立場の筈の健二が全力では無い事にタカミチは僅かながらに怒りを抱いていたのだ。
「そのままでいるというなら、別にいい。その代わり、今度は一切の手加減無く意識を奪わせてもらうよ」
タカミチの声音からそれが本気であることが分かった。このままの状況を続けていれば、健二は間違いなく倒される。一瞬で、気付く間もなく。だが、丁度良かった。ここまでの戦いで、健二は知りたかった事を知ることができた。もう、このままでいる必要は無い。
「俺の無礼な行いにここまで付き合ってくれたことに感謝する。詫びになるかは分からんが」
――――戦いの歌!
「俺の全力で」
――――アデアット!
「相手をさせてもらう!」
健二の体を魔力が包み、アーティファクトが力をもたらす。これで万全。先ほどまでのは戦いですらない。ただ、健二があることを確かめるために行っていた実地試験だ。本当の戦いは、ここから始まる。
「場が動くな」
「そうでござるな」
周りに人が全くいない特等席。ネギや明日菜、刹那や楓達と言った選手組は本選に出場したもの達の特権として、そこで周りに気を配ることなく観戦をしていた。
「健二の奴、何でいままで……」
健二が魔法を使っていなかった事は勿論彼女達も気づいていた。特に明日菜等健二が攻撃を受けるたびに身を振わせ気が気でなかっただろう。試合前にどっちを応援するべきか悩んでいたとは思えないほどの傾倒ぶりだ。
「…………」
そんな中、エヴァンジェリンだけが黙って試合の行く末を見守っていた。先ほどのまでの行為、健二が何かを試していることなど早々に悟ったが、腑に落ちないこともあった。学園祭前、エヴァンジェリンは健二の修行に付き合っていた。それが、誰かと戦うためのものであると、エヴァンジェリンは分かっていたわけなのだがその相手が問題だった。
昨日予選が終わった後に明日菜達はエヴァンジェリンの別荘で休養をとった。その時、明日菜が漏らした健二がトーナメント表を見ながら普段では見せない様な闘志を発していたとの言葉にエヴァンジェリンはタカミチこそが健二の目的の相手なのかと思った。だが、今日のこれでそれは否定されたわけだ。では一体誰なのか……あれほどの事を行わせる相手とは一体。エヴァンジェリンは晴れぬ疑問を抱えながら、ぼんやりとステージを見つめていた。
戦いの歌とセンリガンを発動させた後、健二が最初に行ったのは試合開始直後からずっとステージに突き刺さっていた短いほうの棍を回収することだった。邪魔はするまいということなのか、その間タカミチは不動だった。
「さて、始めようか」
健二が構えをとる。右手に長棍、左手に短棍を持ち両腕を大きく広げた、まるで大空にはばたこうとする鳥の様な構えだ。対してタカミチは変わらずポケットに手を収め、居合い拳の構えをとる。
「そうだね。改めて、始めよう」
仕切り直しの言葉と共にタカミチは総数10の居合い拳を健二へと放つ。顔に3、腹部に7放たれたそれは誰に感知されることも無く健二に直撃するはずだった。しかし、現実はどうだ。健二が棍を振うとパンパンパンと乾いた音をたて、居合い拳は弾かれた。
「………………」
顔にこそ出さないがタカミチは驚いていた。たしかに健二は身体強化を行っている。しかし、だからといって居合い拳を防げる理由にはならない。元々この技はその静けさ、察知のし難さが売りなのだ。身体強化をかけただけで防げるのなら裏の世界で通じるわけがない。
健二が近づいてくる様子は無い。こちらから接近戦を仕掛けても構わないが、その前にもう一度とタカミチは再び居合い拳を健二へと放った。
(よし、これなら防げる)
健二は自分に迫ってくる居合い拳を確実に二棍を持って弾き落としていく。撃ち落としてはいるものの、先ほどの初撃は冷や汗ものだった。何せ健二は今この時点でも居合い拳によって放たれる拳圧を察知しているわけではないからだ。
センリガン……ネギとの仮契約で得たこのアーティファクトは眼に恩恵をもたらすものだった。全体的な視力の向上、360°に広がった視界に透視。恐るべきエミヤの弓術を保有している健二にはこれ以上ないアーティファクトだ。だが、センリガンの力はこれだけではなかった。眼に対するそれぞれの恩恵に調節が効くのだ。
例えば、透視を止める代わりに動体視力を更に引き上げたり。視界を通常に戻す代わりに透視能力を強化したり、だ。このタカミチとの戦い、健二はセンリガンの能力を動体視力の向上だけにあてている。表裏を合わせても、他の誰にも追随できぬほどの動体視力を一時的に得た健二はタカミチの居合い拳……拳をポケットから解き放ち、再びポケットに戻すその工程を完全に捕えていた。
放っている元が完全に見えている状態ならば、健二も軌道予測ぐらいは出来る。唯一心配だったのが拳圧の進むスピードだったのだが、見えなくとも何度も居合い拳を受け続けた体はそのタイミングをなんとか記憶してくれていたようだ。これで、もう居合い拳は怖くない。ならば……
「今度はこっちが、攻める番だ!」
最後の居合い拳を弾き落とし、健二は瞬動を使ってタカミチへと接敵する。この時、タカミチに近づきすぎてはいけない。居合い拳さえ打たせなければ間合いは武器を持つ健二に分がある。居合い拳が打てず、尚且つタカミチの拳が届かない。そんな距離に、健二はその身を置くことに成功した。
「なかなか、やるね」
不覚であった。居合い拳が完全に防がれたのだと言う事を認識している内に健二に絶妙な間合いへと入りこまれてしまった。さすがのタカミチも、長年の苦労の末会得した技をこうもあっさり防がれたことがショックであったようだ。
だが、みすみす攻撃を受けるようなことまではしない。次々に繰り出される突きや薙ぎ……さすがにタカミチの知るトップレベルの猛者達には到底及ばないものの、充分鋭いと評せるそれらを紙一重でかわし続ける。
防げぬ攻撃を防げたかと思えば攻撃が当たらない……健二の前に再び大きな壁が立ちふさがった。
「埒が明かない、か」
こちらの攻撃が届き、相手の攻撃が届かない。そんな安全策をとっていても、無駄。元よりこれは試合。命の心配をする必要もない。ならば、迷う要素はどこにもない。眼前に聳え立つ壁を打ち破るべく、健二は一歩大きく踏み込んだ。
「むっ」
健二が大きく踏み込んで来た事に、タカミチは気分が高揚する思いだった。そうだ、先ほどまでの戦い方、それは間違いではないがつまらない。かかってこいと言わんばかりに、タカミチはポケットから両腕を開放し、どっしりとした構えをとった。
一歩踏み込んでの攻防。短棍も届くようになったこの間合いは健二にとってチャンスであり、ピンチでもある。今も鋭いタカミチの右拳が顔の数センチ横を通り過ぎた。今のところは、負けていない。だが、それではだめだ。経験で劣る健二は、互角の戦いを続ければ必ず負ける。そうならないためには、何かでタカミチを上回らなければならない。
健二が使っているのは槍術だ。つまり、今の健二はランサーなのだ。ランサー……そのクラス名が冠するのは最速の称号。ならば、答えは簡単だ。回転を上げて、より鋭く速く次の攻撃を。避けてから放つのではなく放たれる前に放て。先の先……そのまた更に先をとり続け、相手を完全に、封殺する!
「お、おおぉおぉおおおぉおおお!!」
「!?」
健二のスピードが上がっていく。突如の変貌に、タカミチは対応が追い付かない。今まで全く触れることなくかわしていた健二の攻撃が、徐々にタカミチの身に迫る。強化効率を上げて対応しようにも、それを見越したかの様に健二が効率を更に引き上げ圧倒する。そしてついに、健二の攻撃がタカミチに届いた。
「驚いたな。まさかここまでとは」
健二が放った一発の突き、それは確かにタカミチに届き顔に何時もかけられている眼鏡を弾き飛ばしていた。
「おおーっと! この試合初めて、宮内選手の攻撃が当たったー!!」
タカミチは生徒達にデスメガネというと通り名で恐れられている。通り名で使われるぐらい、生徒達にとってあの眼鏡はタカミチの象徴なのだ。それが落とされたことで、今まで静寂が続いていた観客達が一斉に歓声を上げる。
「これは、僕も本気にならないと失礼かな?」
「まさかっ!?」
白熱する観客達とは対照的に健二の体は冷え切っていく。あれが、出るのだ。究極技法と呼ばれるタカミチの切り札が!
――――左手に魔力……
健二はなりふり構わず戦いの歌の出力を最大まで引き上げる。恐らく健二如きの魔力量では最大間で上げた所で究極技法には敵わない。だからといって、諦めるわけにもいかない。
――――右手に気……
ここからが、本番の本番。RPGで言えば、ラスボスの第二形態。
――――合成、咸卦法!
豪! という大きな音を聞いた瞬間、健二は腹部に重い衝撃を感じ痛みを感じる前に続いて顔にも衝撃を受けて、成す術なく地面と水平に吹き飛ばされた。
その全貌を把握出来たのはエヴァンジェリン、刹那、楓、ぐらいだっただろう。それほどまでに、今のタカミチの動きは圧倒的だった。究極技法、咸卦法を発動するやいなや楓を上回るレベルの瞬動で健二へと接近。左のボディブローからの右ストレートで健二を殴り飛ばした。
「咸卦法……まさか使うとはな」
「立てる、だろうか」
「厳しいでござろうなぁ」
エヴァンジェリンはステージで悠然と佇むタカミチに。刹那と楓は自分達から然程遠くない場所に飛ばされてきた健二へと眼をやる。身じろぎ一つしないことからもしかしたら気絶しているのかもしれない。
「健二!」
ようやく頭が理解したのか、明日菜が一目散に健二へと駆け寄ろうとする。だが、それは小さな二つの影……ネギと小太郎に止められた。
「アカンで! まだ試合中や!」
「そうですよ! 健二さんが失格になっちゃいます!」
「は・な・し・な・さ・い・よー!」
何が試合だと言わんばかりに明日菜は二人を振りおどこうとするがいかんせん二人がかりでこられては明日菜も分が悪い。必死に健二の元へ行こうとするが、その場からは一歩も動く事は出来なかった。
「健二! 健二ー!! アンタ、起きなさいよ!」
どうあがいても振りほどけないと悟ったのか、明日菜は抵抗を止め必死に声を掛けだした。朝倉の数えるカウントは既に5に達している。あと5秒たってもステージに戻れなければ、そこで健二の敗北が決まる。
「早く、立ちなさいよぉ!!」
数百はいるだろう観客達をも上回る明日菜の声が空へと響いて行った。
「………………」
簡潔に言うならば、健二は既に意識を取り戻していた。動かなかったのは体が拒否していたことと、ここらで充分ではないかと思ってしまっていたからだ。だが、出来てしまった。立ち上がる理由が。考えてみれば、対戦相手は思い人の思い人。だと言うのに、自分の思い人……明日菜はタカミチではなく自分に声をかけてくれている。勝者であるタカミチに賞賛の声ではなく、敗者の自分に激励の声を。こうなっては、立ちあがるしかないだろう。男の意地にかけて。
「6! せぶ……宮内選手、立ちあがったー!! だが、ステージに戻るまでカウントは止まりません! 8!」
「カウントを止めろ」
「!?」
カウントが10に達するまでに健二はステージに戻ることができるのか……観客達はそれを固唾を飲んで見守る筈だったが、健二は瞬動で一般人に認識させる間もなくステージに戻ってきていた。
「さあ、これで最後だ」
「来るといい」
タカミチの咸卦の気が、健二の戦いの歌の魔力がこの戦い最高潮の高まりを見せる。勝負が決まる……それが観客達にも分かったのか、再び会場は静寂に包まれた。そして、健二がその場から姿を消した。
「力比べか!」
消えたといっても、それは一般人にとってのみ。裏の者たちは空へと飛びあがる健二をしっかりと捕えていた。健二は体を大きく後ろに反らし、まるで矢を解き放つ寸前の弓の様な体勢になっている。
「いく、ぞ!」
――――突き穿つ……
この真名解放に特別な意味は無い。ただ、自身の最大の攻撃であると言う意を込めているだけだ。
――――死翔の槍!!
健二の渾身の魔力が込められた一投が、タカミチへと迫る。対して、それを迎え撃つのはやはりタカミチの唯一の技である居合い拳。ただし、咸卦法の状態で放つ威力に重きを置いた、先ほどまでとは別バージョンのそれだ。
――――豪殺……
タカミチの右腕へと濃密な気が集まる。幸いなことに健二が居るのは上空。観客の事は考えなくていい。
――――居合い拳!!
二人の渾身の一撃が、両者の間……ややタカミチよりで衝突した。
渾身の一撃の衝突。タカミチは先ほどそれを力比べと称したが、今回に限ってはそれは正しくなかった。健二の一投とタカミチの一撃、これらを他のものに例えるならこうだ。タカミチのそれは全てを押し潰す鉄柱であり、健二のそれは全てを貫く針である、と。お互いの技が同質のものであったならタカミチの言う通り、力比べになっただろう。だが、今回は違う。
突き進む居合い拳に、皆が健二の一投は飲み込まれたと思っただろう。だが、それは違う。健二の放った一投は飲み込まれてなどいない。今も、”居合い拳の中”を突き進んでいる。だが、このままではタカミチまで届かない。だが、健二の手にはもう一つ武器がある!
「お、おああぁああぁあああああ!!」
残されて短棍。それになけなしの魔力全てを詰め込んで、投擲する。短棍は先を行く長棍の軌跡を辿り、そして追いつく。短棍は長棍の柄尻を押し、長棍は居合い拳を突き抜けた。
「な、に!?」
豪殺居合い拳から飛び出してきた棍をタカミチは思わず凝視してしまう。いくらなんでも、豪殺居合い拳のど真ん中をぶち抜いてくるなど思いもしなかったのだろう。だが、突き抜けてくる間に大きく勢いを削がれたらしく、投擲当初とは比較にならないほどスピードは落ちている。これならば豪殺居合い拳で迎撃するまでもない、と。タカミチはポケットから右手を出し、棍を払い落した。……が、それが不味かった。
不意に感じる気配。それは自分の右側。棍の迎撃に右手を使ってしまった今、最も対処しにくい場所にあった。
「う、っらあああぁああああ!」
「うおおおぉおおお!」
既に健二に武器は無い。あるのは拳のみ。前身は既にがたがた、直ぐに倒れてしまいたい。だが、これが本当に最後の一撃だと……健二は残された力全てを右拳に乗せて、放った。
「ダウン! ダウンですっ! ”宮内選手”、ダウーンッ!」
タイミングは完全に健二のものだった。タカミチも、最後の瞬間はしてやられたと本気で思った。だが、倒れたのは健二だった。魔力の枯渇……健二は先の投擲で魔力が底をついていたのだ。タイミングが健二のものでも、生身と咸卦法を使っているタカミチではスピードの差は歴然。健二の拳は届かず、タカミチの拳が健二に突き刺さったのだ。
「9! 10! 試合終了! 第五試合の勝者は、タカミチ・T・高畑選手です!」
これを持って、健二の麻帆良武道会は終わりを告げた。
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