ドラクエⅤ・ドーラちゃんの外伝
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キラーパンサーに転生
1目覚めと出逢い
気が付いたら、ここにいた。
と言っても、気が付いたのがいつだったのかも、ちゃんとはわからない。
キラーパンサーというか……ベビーパンサーとして生まれて、たくさんの兄弟たちと一緒に育って。
ずっとそのことに疑問も持たないで、生きてたのに。
ある時、気付いてしまった。
あれ?あたし、人間だった。
周りの兄弟たちを見て、また気付く。
あれ?ベビーパンサーだ。
……あたしも、ベビーパンサーだ。
…………ドラクエだ。
意味がわからなかった。
わからなかったけど、ずっとそれで生きてきて、気が付く前の生きてきた記憶があって。
気が付いた時にはもう、あたしはベビーパンサーであることに馴染んでしまってた。
人間だった時には考えられなかった、牙と爪で獲物を仕留める狩りをして、まだ温かい、血の滴る新鮮な肉を、臓物ってヤツも。
食べることにも、もう慣れてしまってた。
と言っても、狩りはキラーパンサーのお母さんに見守られながらごっこみたいにやってみてただけで、まだちゃんと、一人で獲物を取れたわけでは無かったけど。
ただ、あたしにはたぶん前世の、人間だった時の記憶があって。
周りはみんな、ただのキラーパンサーにベビーパンサーで。
あたしの記憶がほんとのことかどうかも、確認はできなくて。
あたしは気が付く前と同じようにベビーパンサーとして生きていく、ただそれだけのことだった。
ある時、お母さんがいなくなった。
あたしも兄弟たちもまだ小さくて、狩りはまだそんなに上手くできなくて。
あたしだって上手くできないのは同じだったけど、でも気が付いてしまったあたしは、兄弟たちよりも賢かった。
『ねーやん、ねーやん。はらへったー』
『ねーちゃ、おなか、すいた』
『おねちゃ、おかちゃは?』
『……お母さんは、わからない。お腹が空いたなら、狩りに行こう』
兄弟たちとは、一緒に生まれたはずだけど。
賢いあたしは、みんなのお姉さんみたいになって、頼られていた。
それでいいと思ってたわけじゃないけど、誰も頼れないから仕方ない。
あたし一人では狩りはできないし、他の兄弟に任せるくらいなら、あたしが仕切ったほうがずっと上手くいく。
お母さんが急にいなくなったわけは、わからなかったけど。
この辺りには他にもベビーパンサーがいるのに、キラーパンサーは見ないから。
きっと元々、キラーパンサーが子供を産むために来る場所なんだろう。
ある程度、子供たちが、あたしたちが自力で生きていけるようになったから。
だからお母さんはあたしたちを置いて、いなくなったんだ。
そんなことを兄弟たちに言ってもわかるわけが無いから、言わなかったけど。
その日、あたしは一人で狩り場を探していた。
実際に狩りをするのは一人では無理だけど、探すだけならぞろぞろ引き連れても邪魔になるだけだから。
それまでの狩り場で思うように獲物が取れなくなって、もっと獲物の多い、新しい狩り場を探していた。
なかなかいい場所が見付からなくて、もう少し、あとちょっと、と足を伸ばし続けているうちに、いつの間にか妙な場所に迷い込んでいて。
はじめはやけにゴツゴツした、岩場みたいな場所だと思ってたけど、違った。
自然の岩場じゃなくて、人が作った石畳で。
……これは、町だ。
人間のいる町に、入り込んでしまった。
ベビーパンサーであることに慣れすぎて、すぐに気が付かなかった。
まずい、と思った時にはもう、逃げ場が無くなっていた。
「おい!ネコがいるぞ!」
「ホントだ!でけえネコだな!」
「なんか、ブサイクなネコだな!」
ムカッ。
あたしは猫じゃなくてベビーパンサーなんだから、猫として見たらそれはちょっとおかしいだろうけど!
でも、ブサイクなんかじゃないもん!
「ガウウ……グルル……」
「おい、このネコ変な声で鳴くぞ!」
「ホントだ!声までブサイクなんだな!面白えな!」
ムカムカッ。
だから、猫じゃないから!
威嚇してるのにブサイクとか面白いとか、この子たちちょっとバカなんじゃないの!?
人間だった記憶が子供を傷付けるのをためらわせて、唸るだけで何もできずにいるうちに。
「おい、連れてこうぜ!」
「そうだな、面白えもんな!コイツで、遊ぼうぜ!」
「グルルルル……!!ガウウウウ……!!」
ちょっと、やめてよ!
この爪と牙が見えないの!?
あたしじゃなかったら、あんたたちなんか怪我どころじゃ済まないよ!?
どこまでバカなの、この子たちーー!!
攻撃できないあたしは、バカで弱い子供たちにあっさり捕まって、町の広場に連れて行かれて。
「おい!もっと鳴けよ!」
「黙ったままだと、つまんないだろ!鳴けよ、もっと!」
「グルルルル……」
あー、もー。
ほんとどうしよう、この子たち。
突っつかれたり髭と鬣を引っ張られたり、たいしたダメージじゃなくてもそれなりに痛いんだよね!
縄で繋がれてるから隙を突いて逃げるのは無理だし、痛め付けて逃げるのもしたくないというか……。
町の中でそんなことしたら、きっとあたしが殺されちゃうよね?
町に入り込んだ、危険なモンスターとして!
そんなの、やだ!!
どうすれば逃げられるか、飽きるまで待つしかないかと考えながら、バカな子供たちのいじめに耐えていると。
「こらー!あなたたち!」
可愛い女の子の声がしました。
え、助けてくれるの?
このバカな男の子たちから、賢い女の子が助けてくれるの?
少しの期待を込めて、そちらを見ると。
「なんだよ、ビアンカか!」
「いい子ぶりっ子のビアンカ!なんか、用か!?」
バカな男の子たちにひどいこと言われてるけど。
……ビアンカ?
ドラクエだとは思ってたけど、Ⅴなの?
あれ、あたしそういう役?
ビアンカちゃんと主人公の男の子に助けられて、主人公と一緒に旅をする、そういう役なの?
だから今、いじめられてるの?
考えてもなかった事実にあたしが混乱してるうちにも、ビアンカちゃんとバカな男の子たちは言い合いをしていて。
その間もあたしはちょっかいをかけられては、今ちょっとそれどころじゃないから!やめてよ、ほんとに!!という気分で唸り声を上げて。
そうしているうちにバカな男の子が、ビアンカちゃんの後ろにいた子、よく見えなかったけどたぶん主人公の子に声をかけた。
「……そうだ!ビアンカと、そっちの子!」
「え?わたし、ですか?」
あ、主人公くんが!
主人公くんが、しゃべった!
あたしとずっと一緒にいる人なんだから、よく見ておかなくちゃ!
子供だからかな、ずいぶん可愛い声だったし、わたしって言ってたけど。
本当は王子様だし、育ちがいいのかな?
「そうだ!お前らふたりが、三日間、おれたちのドレイになったら、わたしてやる!」
「却下。」
「え?」
ドレイってなんてひどいこと、ってあれ?
今、なんか主人公くんが。
なんか、さっきのイメージと、違う感じの。
バカな男の子たちもびっくりしたみたいで、あたしを掴む手が緩んだので、顔を動かして主人公くんを確認してみます。
……なんだか、すごく、可愛い……。
最初の声のイメージにはすごく合うけど、なんだかこれって主人公くんって言うよりは……。
「わたしは、となりのむらからきていて、すぐにかえるんです。ほかに、なにか、ありませんか?」
目をうるうるさせて、すごく可愛らしくお願いしてる、これは……。
……主人公、ちゃん?
……女の子、なの??
……そっか、あたしも女の子だしね。
ゲームのベビーパンサーがどっちだったかわからないけど、そんなことも、あるよね……ある、の……?
……ううん、どう見ても女の子なんだから、仕方ない。
現実を、見よう。
うん、あたしだって女の子なんだし、面倒見てもらうなら繊細な女の子のほうがいいかもしれないし!
これはきっと、いいことだよね!
あたしがなんとか目の前の現実と向き合っているうちに、バカな男の子たちは可愛い主人公ちゃんにすっかりメロメロになったみたいです。
うん、わかるよ、女のあたしから見ても、すごく可愛いもん。
さっきちょっとおかしかった気がするけど、きっと気のせいだよね!
ドーラって呼ばれてた主人公ちゃんがちゃんとお願いしていってくれたおかげで、バカな男の子たちもあたしをいじめるのをやめてくれたし!
ドーラちゃん、あたし待ってるから!
早くお化けを退治して、迎えに来てね!
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