特殊陸戦部隊長の平凡な日々
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第2話:ハイジャック事件-2
ゲオルグは、ティルトロータを呼び寄せると屋上の端に座って
もう一本タバコをふかしていた。
しばらくすると低い音を響かせて飛んでくるAST-21型輸送機
通称ティルトロータが目に入る。
(やれやれ・・・)
ゲオルグはゆっくりと立ち上がり、倉庫の屋上に着陸しようとする
ティルトロータの方へと歩いて行く。
ティルトロータが屋上にふわりと着地すると、チンクとイーグル分隊の
数人が降りてくる。
「こいつらが狙撃をやってた連中か?」
歩み寄ってくるチンクの言葉にゲオルグは無言で頷く。
「あと、コイツも持って帰って調査しといてくれ」
ゲオルグはそう言って自分の足元を指差した。
そこには2丁の狙撃銃と拳銃が1丁、無造作に置かれていた。
「了解した。 お前は帰らないのか?」
「言ったろ。 次元港の警備部隊と話してから戻るよ」
ゲオルグの言葉にチンクは首を傾げる。
「そうだったか? まあ、了解だ。 ではな」
「ああ」
ゲオルグは片手をあげてティルトロータに乗り込んでいくチンクを見送る。
チンクが乗り込むと即座にティルトロータは離陸して隊舎のある
港湾地区に向かって飛び去った。
その姿を見送っていたゲオルグが倉庫の入り口に目を向けると、
1台の黒塗りの乗用車が止まっていた。
「さて、と。 行きますか」
ゲオルグはそう呟くと、倉庫の端から地面に向かって飛び降りる。
重力に従って加速していくゲオルグの身体は、地面の直前で減速し
着地のときにはスタッという小さな音を立てる程度だった。
車のそばで立っていた男は、音もなく現れたゲオルグに一瞬驚いた表情を見せるが
すぐに冷静さを取り戻し、後部座席のドアを開ける。
「シュミット2佐、どうぞ」
「どうも」
ゲオルグは男に向かって軽く手を挙げて謝意を表すと、後部座席に身を沈める。
男が運転席に座ると車は音もなく走り始める。
ゲオルグが窓の外を流れている景色をぼんやりと眺めている間に車は
次元港のターミナルビルの前にたどり着く。
そこにはカメラを持った報道陣が多数詰め掛けていた。
ちょうど、次元港の報道官が報道陣の前に現れた。
報道陣はその報道官を取り囲み、2重3重の人垣を作り上げる。
ゲオルグを乗せた車はその輪から50mほど離れたところで止まった。
運転手がドアを開け、ゲオルグは車を降りるとざわついている人垣を横目で見ながら
警備部隊の隊舎に足を向ける。
「シュミットさん」
建物まであと少しというところでゲオルグは後から声を掛けられ振り返った。
そこには人当たりの良さそうな笑顔を浮かべた30歳くらいの男が立っていた。
「あ、これはどうも」
「いえ、こちらこそ。 今日もご活躍でしたね」
「それはどうも。 ところでいいんですか、あっちに行かなくて?」
ゲオルグが顎をしゃくるようにして人の輪を指すと、男はちらりと目をやってから
ゲオルグの方に向き直り乾いた笑い声をあげた。
「あんな上っ面の情報なんか後でなんとでもなりますよ。
私としては、シュミットさんのお話を伺いたいんですよ」
「ま、ネオンさんにはいつも情報をもらってるので構いませんけど、
後にしてもらえませんか? 今はちょっと急いでるんで」
「あ、そうなんですか・・・。じゃあ、明日あたりどうですか?」
「いいですよ。 じゃあ、いつも通りに」
「ええ、それでは」
ゲオルグはネオンに向かって軽く頭を下げると、くるっと向きを変えて
警備部隊の隊舎の方へと足を向けた。
「すまない」
「いえ、とんでもありません」
ゲオルグは鼻から小さく息を吐いてから車を運転してきた男性に謝ると、
その脇を抜けて隊舎へと入って行った。
入り口を抜けロビーに入ったところで一人の女性士官が立っていた。
「シュミット2佐、お待ちしていました」
「ああ、ご苦労・・・」
うつむきがちに歩いていたゲオルグが顔を上げながら返事をする。
だがそこに立っていた女性士官の顔を見たゲオルグは驚きで足を止める。
「姉ちゃん!?」
思わず裏返った声をあげるゲオルグに対し、女性士官・・・エリーゼは、
上官に対する態度を崩そうとしない。
「ウォルフ司令がお待ちですのでこちらへどうぞ」
「え? うん、ありがと」
ゲオルグは姉の態度に戸惑いながら姉の後について行く。
足早に歩くエリーゼの背中を追いながら、ゲオルグはエリーゼに向かって
声をかける。
「なんでこんなところに姉ちゃんがいるんだよ?」
だが、エリーゼは振り返ることもなく無言で先を急ぐ。
不審に思ったゲオルグはエリーゼの肩をつかんだ。
「おい、姉ちゃん。 返事ぐらいしろって!」
足を止めたエリーゼはゲオルグの方へ振り返ると、右手を振り上げた。
そして・・・ゴンっ!という音があたりに響く。
「痛てぇぇぇっ! 何すんだよ姉ちゃん!?」
エリーゼが振り上げた右手はゲオルグの脳天へと振りおろされた。
抗議の声をあげるゲオルグに向かってエリーゼも負けじと声をあげる。
「わたしがせっかくあんたに気を使って階級に応じた対応をしてあげてんのに
なんであんたのほうからぶち壊すわけ!?」
「いや、頼んでないから。 ていうか、姉ちゃんに敬語使われたらキモい」
「ぬわぁぁぁんですってぇぇぇぇ!」
両方の眉を吊り上げたエリーゼが両手を腰に当ててゲオルグに迫る。
「どわっ! ゴメン姉ちゃん、さっきのはナシ!謝るからちょっと落ち着けって!」
慌てたゲオルグが勢いよく頭を下げると、それを予想していなかったエリーゼは
一瞬呆気にとられる。
(今だっ!)
絶句したエリーゼが自失状態から回復するわずかな時間を狙って、
ゲオルグは口を開いた。
「本当にゴメン。俺はただ、姉弟で敬語を使うような関係は嫌だと
思っただけなんだよ。 姉ちゃんとはいつまでも仲のいい姉弟でいたいんだって」
ゲオルグが早口でまくしたてるように言うと、エリーゼは怒気をそがれたようで
表情にも落ちつきが戻っていた。
「それは私もそう思うけど・・・」
「だろ? だから今後は俺らの間で敬語はなしってことで」
「うん、そうだね。 あと、叩いちゃってごめんね、ゲオルグ」
「別にいいって、大したことじゃないから」
ゲオルグはそう言ってニコッと笑う。
「そう? ありがとね、ゲオルグ」
つられるようにエリーゼも笑顔を見せた。
そして、姉弟で並んで廊下を歩く。
(ふぅ・・・やれやれ。 鎮圧完了・・・っと)
ゲオルグは安堵から小さくため息をついた。
そして隣を歩く姉の方に目を向けて話しかける。
「なんで階級なんか急に気にしだしたんだよ。今まで気にしたことなかったよな?」
「だって、仕事場であんたに会うのって初めてだったんだもん」
ゲオルグの問いにエリーゼは頬を膨らませて答える。
その表情はまもなく30歳を迎えようとする女性の顔には見えなかった。
もっとも、眠らされていた8年間に肉体も精神も年齢を重ねていないので
当然といえば当然なのだが。
「そうだっけ?」
ゲオルグは自分の記憶を探るように首をひねる。
だが、思い当たるところがなく小さく首を振った。
「そうなんだってば! だから、あんたの威厳を傷つけないようにと思って
気を使ったのに・・・」
「俺、そういうの全然気にしてないから」
「少しは気にしなさいって。あんたは管理局の精鋭陸戦部隊を率いてるんだから。
わたしの部下の中にもあんたのことを尊敬してるって子、結構いるし」
「そんなの知るかよ」
(まったく、ゲオルグは・・・)
肩をすくめて言うゲオルグをエリーゼは苦笑しながら見ていた。
(あ、そういえば・・・)
彼に尋ねたいことがあることを思い出したエリーゼは、
真剣な表情を作りゲオルグに話しかける。
「ところでさ、降下を始めた後に、突然AST-21とアンタんとこの人達が
消えたのはどういうことだったの?」
「姉ちゃん、見てたのか?」
「うん。ターミナルビルの窓越しだけどね」
ゲオルグは腕組みして少し考えると、エリーゼの方に向き直った。
「じゃあ、姉ちゃんも世間話に参加するか?」
ゲオルグはそう言って彼の右側を指差す。
エリーゼがその指が指し示す方向に目を移すと、一枚の扉がそこにあった。
それはゲオルグの案内役であったエリーゼの目的地でもあった。
「いいの? 私も話を聞いちゃって」
「俺は別に。 姉ちゃんの上司がなんて言うかは判んないけどな」
ゲオルグはそう言って扉を叩いた。
中から"どうぞ"という返事が聞こえ、ゲオルグは扉を開ける。
エリーゼは一瞬躊躇したもののゲオルグの後に続いて部屋の中に入った。
警備司令の部屋はゲオルグが使っている部隊長室と同じくらいの大きさだった。
だが、その内装は大きく異なる。
絨毯が敷き詰められた部屋には窓がなく、レトロなデザインの大きな執務机が
正面に鎮座していた。
その手前には高そうな応接セットが置かれ、両脇は分厚い表紙の本で埋め尽くされた
本棚が壁を覆い隠していた。
そして何より違うのが正面奥の壁に掛けられた、歴代の次元港警備司令の
肖像画の数々だった。
その枚数は10枚を軽く超え、管理局発足以来の伝統ある部署であることを
感じさせる。
ゲオルグとエリーゼのシュミット姉弟は部屋に入り執務机の前に並んだ。
エリーゼが一歩前に出て姿勢を正し、ビシッと敬礼する。
「ウォルフ司令、シュミット2佐をお連れしました」
「ご苦労だった。下がっていい」
崩した形の敬礼で答礼したウォルフは、そう言ってエリーゼを退出させようとする。
だが、そこでゲオルグが一歩前に出た。
「差支えなければ、姉も同席させてはいただけませんか?」
ゲオルグがそう言うと、ウォルフは何度か瞬きをしてからゲオルグの顔を見る。
「私は構いませんが、そちらの方はよろしいので?」
「ええ、問題はありませんよ。 特に秘匿しなければならないことは
ありませんので。 少なくとも管理局の中では、ね」
「であれば問題はありませんね」
ウォルフはゲオルグに向かって小さく頷くと、机に手をついて立ち上がる。
「ではそちらへ」
ウォルフは手で応接セットを指し示すと、椅子から立ち上がる。
ゲオルグとエリーゼは隣り合って置かれた1人掛けソファに座る。
机を回り込んで応接セットの方へ歩いてきたウォルフは、
ゲオルグとエリーゼが座る向かい側に腰を下ろした。
「シュミット2佐、今日はありがとうございました。
おかげで迅速に事態を収拾できましたよ」
ウォルフが頭を下げてそう言うと、ゲオルグは顔の前で手をひらひらと振る。
「いえいえ、迅速に部隊を展開できたのはそちらのご協力のおかげですし、
効率よく作戦を遂行できたのはそちらが先に実行された作戦の映像から
ヒントを得られたからです。
我々だけではここまで理想的に事を運ぶことはできませんでしたよ」
ゲオルグはウォルフに向かってニカッと笑うと、さらに言葉をつなげる。
「それに、ターミナルビルの群衆の騒ぎを収拾する手際は、さすがに
次元港警備部隊の手並みだと感心しましたよ。 参考になりました」
「それについては彼女の力に負うところが大ですね」
ウォルフがゲオルグの隣に座るエリーゼに目を向ける。
「姉ちゃんが?」
ゲオルグは驚きで目を丸くしながら、隣に座る姉の方を見る。
ゲオルグの表情を見たエリーゼは、不服そうな表情を浮かべた。
「なによ、文句でもあるわけ?」
鋭い目をゲオルグに向けるエリーゼ。
睨まれたゲオルグは、小刻みに首を横に振る。
「いや、全然!
ただ、ちょっと意外だったから感心したんだよ」
「意外って?」
「姉ちゃんが何かを収める類の仕事に強いっていうイメージが
なかったからさ」
「あんたねぇ・・・、私のことを腕っ節だけの乱暴者とでも思ってんの?」
「そんなこともないけどさ。 俺と話すときって姉ちゃんはあんまり我慢強い
感じじゃないから・・・」
「それは・・・」
アンタが弟だからでしょうが、と続けようとしたエリーゼは向かい側に座る
ウォルフが彼女たちのやり取りを微笑ましげに眺めているのに気がついた。
エリーゼは真面目な表情をつくると、ウォルフに向かって頭を下げる。
「すいません。 私ばかり喋ってしまって・・・」
最後の方は消え入るような声で話すエリーゼに対し、
ウォルフはにこやかな表情を向ける。
「そんなことはどうでもいいが、仲のいい姉弟だなと思ってね」
そう言って笑顔のままゲオルグとエリーゼをかわるがわる見るウォルフに、
ゲオルグとエリーゼは気恥ずかしさで、揃ってうつむきがちになっていた。
その様子を見ていたウォルフが笑い声をあげる。
しばらくして、笑いを収めたウォルフが真剣な表情でゲオルグを見た。
「ところで、ひとつ訊きたいことがあるのですが・・・」
ウォルフの口調から雰囲気が変わったことを察し、ゲオルグはバッと顔をあげる。
「なんでしょう?」
「あの突入作戦でどのような戦術をとられたのか、差支えなければ教えて
頂けませんか? どうも納得できないことが多いんですよ」
ソファの背もたれにその身を預けるようにのけぞりながら、
ウォルフはゲオルグに向かって疑問を投げる。
「納得できないこととは、たとえばなんですか?」
「いろいろありますが、最も気になるのは、乗っ取られた次元航行船の
上空にいたAST-21が突然消えたことですね」
ウォルフは真っ直ぐにゲオルグの顔を見つめて問う。
ゲオルグの隣ではエリーゼも真剣な顔でゲオルグの横顔を見つめていた。
ゲオルグは苦笑して軽く頭をかくとその口を開いた。
「なるほど。 それではお話ししましょうか・・・」
ゲオルグは作戦前のことを思い出すようにして話し始めた。
時間は数時間巻き戻り、次元港に向かうティルトロータの機内でのことである。
「こういうのはどうだ?」
チンクとクリーグを前にしたゲオルグは、二人を順番に見ると彼自身の作戦案を
2人に向かって話し始めた。
「作戦目的は次元航行船の制圧。 障害は敷地外からの実弾狙撃。
この状況での最大の問題は、制圧のための人員を降下させるにあたって
どう狙撃から守るかだ」
ゲオルグはそこで一旦言葉を止めると、小さく頷くチンクとクリーグの2人を見る。
彼らは真剣な顔でゲオルグの話に耳を傾けていた。
「狙撃ってのは光学観測ができなくなれば実行不可能だ。
なら、ティルトロータを見えないようにすれば狙撃の危険は無視できる。
その上で次元航行船の近くにティルトロータを降ろせばいい」
「見えないようにするって、どうするんです?」
クリーグは訳が判らないというふうに首を傾げながら尋ねる。
すると、ゲオルグはにんまりと笑った。
「ステラさんがISの分析をずっと進めてるのは知ってるよな?」
「ええ、まあ・・・ってまさか!?」
クリーグはゲオルグが自慢げに笑う理由に思い至り、その目を見開く。
その隣ではチンクがあからさまに嫌そうな顔をしていた。
その2人の顔を見比べながら自慢げな表情を浮かべたゲオルグが話し始める。
「ISを純粋な魔道機械で発動できる装置が開発できた。
ナンバーズのISを発動できる装置がココに搭載してある」
ゲオルグはそう言って自分の背後にある装置を拳でコンと軽くたたく。
「コイツで"シルバーカーテン"を発動し、本物のティルトロータを隠し、
幻影のティルトロータと分隊の連中を作り出す」
"シルバーカーテン"という言葉にチンクが顔をしかめた。
「クアットロが知ったら怒り狂いそうだな・・・」
吐き捨てるようにチンクが言うと、ゲオルグは鼻で笑った。
「んなことは知ったことか。 どうせ奴は軌道拘置所から出られないさ」
「・・・一応、アイツは私の姉なんだがな」
チンクは小さくそう言うと、嫌悪と悲哀の入り混じったような複雑な表情を見せる。
「助けたいのか?」
ゲオルグが尋ねるとチンクは小さく首を振った。
「まさか。 だが、不憫に思う気持ちもある。肉親みたいなものだからな」
「そりゃそうだな・・・。 ま、そのへんの折り合いは自分自身で
付けてもらうしかないんだけどな」
「言われなくとも判っている」
苦虫をかみつぶしたような顔をしていたチンクは、真剣な表情を作り直す。
「それよりもだ。 狙撃をやってる連中はどうする?
そっちをなんとかしない限り幻影の解除はできないぞ」
「そっちは俺が倉庫に降下して抑えるよ」
ゲオルグの言葉に、クリーグが不安げな表情をする。
「一人で大丈夫ですか? なんなら何人かつけた方が・・・」
ゲオルグはクリーグに向かって首を横に振る。
「いや。 イーグルとフォックスの人員はすべて次元航行船の制圧にあてる。
犯人の制圧と人質の保護の両方をこなすんだからそれぐらいは必要だろ。
俺の方は大丈夫だから心配しなくていい」
「・・・わかりました」
クリーグは不満げな表情をしていたが最後には頷いた。
ゲオルグはチンクとクリーグの顔を順番に見てからその口を開く。
「じゃあ、これで行くぞ!」
ゲオルグの言葉にチンクとクリーグはそれぞれに頷いた。
「という感じですね」
20分ほどかけて話し終えたゲオルグがそう結ぶと、
ウォルフはうーんと唸り声をあげ、エリーゼはへーっと感嘆の声をあげた。
「そんなことをやってるとは思わなかったわ。 技術の勝利ってとこかしら?」
エリーゼがそう言うと、ウォルフは首を横に振った。
「いや。 それもあるだろうが、作戦立案が秀逸だったという
側面の方が強いだろうな。
幻影をどのように動かし、その間どの位置に本物を待機させるか。
どのタイミングで倉庫に降下するか。
そもそも、狙撃犯を押さえた後は制圧と救出を両立する必要もある。
これらすべてを完璧にスケジューリングして、それを確実に実行するのは
簡単なことじゃない。
魔道機械の技術があればすべて解決という問題ではないだろうな」
ウォルフはエリーゼに向かってそう言うと、ゲオルグの方に向き直った。
「いや。さすがは特殊陸戦部隊だ。見事な手腕です」
ウォルフはゲオルグに向かって自分の手を差し出す。
ゲオルグは苦笑しながらウォルフの手を握った。
「ありがとうございます。ですが、そう手放しでほめられると照れますがね」
そう言うゲオルグの顔は少し赤く染まっていた。
それから30分ほど雑談をしたあと、ゲオルグはウォルフの部屋を辞去した。
隊舎の玄関へと歩くゲオルグの隣をエリーゼが並んで歩いていた。
「なんか、ああも司令に手放しでほめられてるあんたを見ると嫉妬しちゃうわ」
「いや、社交辞令も多分にあるだろ。 姉ちゃんこそほめられてたじゃん。
さっきも言ったけど、あの混乱を収めた手際は見事だと思ったよ」
ゲオルグは真面目な顔をして、隣を歩く姉のことをほめちぎった。
「いたたたっ!」
直後、ゲオルグは自分の頬に走る痛みに思わず声をあげた。
痛みの原因、それはエリーゼがゲオルグの頬をつねっていることにあった。
ゲオルグはわずかに涙ぐんだ目で姉の方を軽く睨みながら、非難の声をあげる。
「いきなりなにすんだよ!?」
「あ、ゴメン・・・」
エリーゼはすぐに手を離し、ゲオルグに謝罪する。
「なんか、気が付いたらアンタのほっぺたをつねってたわ」
「照れ隠しで人の顔をつねるなよ・・・」
ゲオルグが呆れたようにため息をつく。
それからは無言で並んで歩き、玄関へと到着する。
隊舎を出るとわずかに強くなっていた風が2人の髪を少しなびかせる。
既に運転手を乗せた公用車に近づいたところで、ゲオルグはエリーゼの方を
振り返る。
「そういえば、もうすぐ恒例のオフトレツアーだけど姉ちゃんはどうする?」
「参加するにきまってるじゃない!」
「判った。 じゃあ日程が決まったら連絡するよ。 またな」
「うん。 なのはさんたちによろしくね」
ゲオルグは手をあげて別れを告げると、公用車の後部座席に乗り込んだ。
エリーゼは公用車が発進するのを見届けると、グッと大きくひとつ伸びをする。
「さてと、騒ぎの後始末をしないとね」
彼女は空を見上げてそう呟くと、隊舎の中へと戻って行った。
ゲオルグを乗せた公用車は1時間ほどで特殊陸戦部隊の隊舎へと到着した。
ゲオルグは車を降りると玄関先の階段を軽やかにのぼり、隊舎の中へと入る。
通路を歩いて行くと、すれ違う隊員たちがゲオルグの顔を見るなり姿勢を正し、
ビシッと敬礼する。
対してゲオルグの方も多少崩しているとはいえきちんと答礼する。
5分ほど歩いたところで、通路は行き止まりになり、
ゲオルグは奥のドアを開けてその中に入った。
「部隊長。 お帰りなさい」
部屋に入ったゲオルグを真っ先に迎えたのは副官のフォッケであった。
部屋の中には15人ほどの隊員が座っていて、数人が気付いたのかゲオルグの方を
振り返るがすぐに自分の前にあるモニターに目線をもどす。
この部屋は、部隊の中枢ともいえる戦闘指揮所である。
「すまんな、遅くなって。 何かあったか?」
「ええ。こちらは特に何も。
強いて言うならウェゲナー3尉の愚痴に付き合わされたくらいですね」
フォッケが苦笑しながら言うと、ゲオルグは声をあげて笑った。
「まあ、それくらいは許してやれ。
ウェゲナーも現場に出られずにクサり気味なんだろう」
ゲオルグが苦笑しながら言うと、フォッケは肩をすくめながら口をとがらせる。
「それは判りますが何十分も愚痴に突き合わせる僕の身にもなってくださいよ」
そう言って大きくため息をつくフォッケを見て、ゲオルグは更に大きな声で笑う。
ひとしきり笑った後、ゲオルグは真面目な顔をつくりフォッケに話しかける。
「で、チンクとクリーグはどこに?」
ゲオルグの問いに対してフォッケも真剣な表情で答える。
「地下です。 恐らくウェゲナー3尉もそちらに」
「わかった。 じゃあここは頼む。
多分俺に直接くるだろうけど、少将から連絡があったら俺に回してくれ」
「了解です。 お任せください」
最後にフォッケが頷くと、ゲオルグは指揮所から出て再び通路を歩く。
少し歩いたところで、警備の隊員が両脇を固める両開きのドアが現れた。
ゲオルグは2人の隊員に向かって少し崩した敬礼をして声をかけた。
「ご苦労さん。 通してくれ」
「はい。 お手数ですがIDを確認させていただきます」
「おぉ、そうだった。 すまん・・・」
ゲオルグは制服の胸ポケットをまさぐって自分のIDカードを取り出し、
警備の隊員に手渡す。
隊員はそれを丁重な手付きで受け取ると、腰にぶら下がっていた機械に
カードをかざす。
小さな電子音が数回鳴って、隊員はゲオルグにカードを返す。
「確認できました。 どうぞ、部隊長」
「ありがとう」
ゲオルグは重々しく開かれたドアの中に入る。
そこは地下に降りるためのエレベータになっていて、
ゲオルグは行き先のボタンを押すと壁にもたれかかった。
ぼんやりと向かい側の壁を見ていると10秒ほどでわずかな衝撃とともに
エレベータが停止しドアが開かれる。
そこには地上とはうって変わって、うす暗い通路が広がっていた。
ゲオルグはエレベータを降りると慣れた足取りで薄暗い通路を歩いて行く。
何度か曲がり角を曲がり、ゲオルグは1枚の扉の前にたどり着いた。
ドアを開けると中にいた3人の男女がゲオルグの方を振り返る。
「帰ったのか・・・。待っていたのだ」
3人の中一人、一番ドアに近いところに立っていたチンクは
そう言うと再び振り返って今度はゲオルグに背中を見せる。
ゲオルグはチンクの背中越しに、壁一面に備え付けられた巨大なモニタを見る。
モニタは10以上の画面に分割されており、それぞれに一人ずつの姿が映っていた。
あるものは床に寝転がり、あるものは座り込み、思い思いの体勢をしていた。
「どうなってる?」
ゲオルグが必要最低限の言葉で誰ともなく尋ねると、ファルコン分隊の分隊長である
ウェゲナーがゲオルグのほうを振り返った。
「本格的な取り調べはまだです。 拘置手続き用の写真を撮って、
人定質問をやっただけです」
「取り調べはまだダメだ。 少将が執務官を派遣してくれるらしいから
その執務官の同席下で実施する」
「了解です。 ではそれまでは待ちの一手ですか?」
ウェゲナーの問いにゲオルグは首を横に振って答える。
「いや。 そこまで悠長なことはしてられないだろう。
だから、明日になって執務官が到着するまでには奴らがどこの誰で、
どんな背景をもつ人物かを調べる。連中のDNAサンプルは?」
ゲオルグが尋ねると、今度はクリーグが答える。
「ここに移送してくる間に髪の毛を失敬しておきました。
既に遺伝情報の抜き取りは完了して、本局のデータベースの
検索をかけてます」
「いつ終わる?」
「あと2時間くらいですね」
「上出来だ。 なら、後の調査はその結果が出た後でいいだろう。
その辺は当直のファルコン分隊で担当してくれ。 いいな、ウェゲナー」
「え? あ、はい・・・了解です」
ウェゲナーは一瞬顔をしかめかけてから神妙な表情を作って頷いた。
これで、ファルコン分隊の徹夜作業が確定した。
「チンクとクリーグは今日の戦闘詳報を頼む。
明日の朝には戦闘報告書を提出するから、そのつもりで」
「了解した」
「了解です」
チンクとクリーグは口ぐちに答える。
「よし。 じゃあそういうことで」
ゲオルグは3人に背を向けて、部屋のドアを開けた。
「あぁ、そういえば・・・」
彼ら3人に言っておくべきことを思い出したゲオルグは、
開けかけたドアを手で支えながら3人の方を振り返る。
「それと、今日は5時で帰るから。 んじゃよろしく!」
にっこり笑ってそう言ったゲオルグは部屋を出てドアを閉めた。
部屋に残された3人は唖然として黙りこむ。
沈黙に包まれた部屋の中で、1人がその小さな身体に怒りのエネルギを貯めていた。
彼女は強く握りしめた両手を振るわせ始める。
あとの男2人は彼女の爆発に備えてそっと身構えた。
そして女性の拳の震えが一瞬止まり、直後怒声が部屋の中に鳴り響いた。
「なんなんだ、あいつはいつもいつも!!
人には仕事を押し付けておいて自分はサッサと帰るだとっ!!
ふざけるなぁあああああああ!!」
チンクは地団太を踏みながら叫ぶ。
その声は扉を貫き、通路にも鳴り響いた。
チンクの怒りはさておき、ゲオルグはひとり通路を歩いて部隊長室に戻っていた。
自分の席についたゲオルグは、端末を開いて事務仕事の準備を始める。
メールソフトを開いたところでゲオルグは時計に目をやった。
(3時半か・・・)
チンク達に向かって宣言した帰宅時刻まであと1時間半である。
(メール処理と戦闘報告書の下書き。あとは、労務管理関係か・・・)
部隊長は管理職である。
部下全員の管理責任を追う立場として、労務管理の仕事はおろそかにできない。
(やれる範囲でやる。 で、時間で帰る!)
決意を固めたゲオルグが勢い込んでメールボックスを開く。
次の瞬間、ゲオルグは力なく机の上に倒れ伏した。
(129通未読って・・・アホか!)
ゲオルグは内心で誰に向けたとも言えないツッコミを入れると、
身体を起こして画面を睨みつける。
しばらくそうしていたゲオルグであったが、それでメールの数が減るわけでもない。
(しゃーない、やるか・・・)
ゲオルグは肩を落としてメールの処理に取り掛かった。
1時間ほどかかって、未読メールの半分ほどを処理し終えたとき、
ふいに来客を告げる音が鳴った。
机の端の方にある小さなモニタに目を向けると、部隊長室の前に立つ
フォッケの顔が大写しになっていた。
(フォッケ? 何の用だ?)
不審に思いながらゲオルグはドアを開ける。
部屋の中に足早に入ってきたフォッケはゲオルグの机の前で姿勢を正し、
ゲオルグに向かって敬礼する。
座ったままだらしなく答礼するゲオルグに向かって、
フォッケは緊張した面持ちで話し始めた。
「お忙しいところ申し訳ありませんが、至急ということで部隊長宛に
連絡が入りましたので、お繋ぎしてもよろしいか確認を取りに来ました」
フォッケの報告を聞き、ゲオルグは顔をしかめる。
(おいおい、そんなことのために指揮所からここまで来たのか・・・って、
フォッケはそんな無駄をするタイプじゃないか・・・。だとすると・・・)
フォッケの行動に思い当たる節があったゲオルグは、鋭い目をフォッケに向ける。
「誰からだ?」
「シャドウ02です」
(なるほどね・・・そりゃ直接言いに来るはずだ・・・。
俺がそうしろって命じたんだからな・・・)
ゲオルグはひとり納得して頷き、フォッケに声をかける。
「繋げ。 ただし秘匿度はS+。 モニタは一切なしだ」
「了解しました」
フォッケはゲオルグの指示を発令所の通信員に伝達する。
するとすぐにゲオルグの端末の端に、通信があることを告げるマークが出た。
「よし、もう下がっていいぞ」
「はい」
ゲオルグの言葉に従ってフォッケは部隊長室を後にする。
フォッケの姿がドアの向こうに消えたことを確認し、ゲオルグは先ほどフォッケの
顔が現れたモニタを操作してドアをロックし、部屋の防諜装置を作動させる。
これは部屋の窓を微振動させ、物理的な盗聴を防止する装置と、
AMF発生装置を応用した魔力場の遮断による、魔法的な手段による諜報行為を
防止する装置を組み合わせたものである。
装置が確実に稼働し始めたことを確認したゲオルグは、
そこで初めて端末の通信ウィンドウを開いた。
ゲオルグの目の前に開いたウィンドウには、30歳くらいの
男の顔が映っていた。
通信がつながるや否や、男はゲオルグに向かって話し始める。
「どうも、部隊長」
「いつもご苦労だな、ルッツ2尉。 こうして顔を見るのは1週間ぶりか」
「そうですね」
ルッツと呼ばれた男はゲオルグの言葉に頷き、相槌をうつ。
この男こそ、フォッケの言っていた"シャドウ02"その人である。
余談ではあるが、特殊陸戦部隊の部隊コールサインは"シャドウ"である。
つまり、部隊長であるゲオルグのコールサインは"シャドウ01"となる。
すなわち、シャドウ02というコールサインを持つルッツは、
所属上は特殊陸戦部隊の本部要員となっている。
「それで、今日は何の用だ?」
「今朝の乗っ取り事件について少し情報を得たので報告を」
表情を変えずに言うルッツに、ゲオルグはスンと鼻を鳴らして応じる。
実際のところ、ルッツはほとんど隊舎に居ることはない。
どころか、ほとんどの部隊員は彼が部隊に所属することすら知らない。
彼を知るのはゲオルグとフォッケ、そして3名の分隊長くらいのものである。
いわば幽霊部隊員のような立場にある。
この立ち位置は部隊長たるゲオルグによって意図的に与えられた。
過去情報部に所属し、情報を積極的に得ることの重要性と
その行為の困難さを知りつくしていると言っていいゲオルグが
情報収集を専門とする分隊を構想したものである。
そして部隊設立時に、同じく情報部に所属した経験があり、
彼自身の個人的な知り合いでもあるルッツに声をかけスカウトしたのだった。
始めはルッツひとりだったために、仮の処置としてゲオルグの直属という
立場を与えられたのだが、メンバーがひとりまたひとりと増えていく間に
それが既成事実化してしまい、現在このような扱いとなった。
今や、ルッツは"シャドウ分隊"の分隊長のような立ち位置となっている。
「どんな情報だ?」
ゲオルグが尋ねるとルッツは画面の向こうでニヤッと笑う。
「部隊長が過ぎた玩具を抱えた坊やたちと遊んでいらっしゃったときから
30分ほど前の次元港近辺の衛星画像です」
「なに・・・?」
ルッツの言葉にゲオルグは怪訝な表情を見せる。
「お前がこうして連絡してくるからには、何か面白いものでも映ってたんだろ?
何が映ってたんだ?」
「まあそう焦らないでください。まずは画像を見てくださいよ」
画面の向こうでルッツが端末を操作すると、ゲオルグの端末にメールが届いた。
ゲオルグはメールを開いて画像を見る。
そこにはゲオルグが狙撃犯たちを捕えた倉庫が写っていた。
「これがどうした?」
ゲオルグはそこに見るべきものを見出せず、鋭い目を画面の中のルッツに向ける。
「倉庫の出入り口付近を見てください。 建屋の左側です」
人によっては目が合った瞬間に震え上がって背筋を伸ばすものもいる
ゲオルグの睨むような目線をルッツは飄々と受け流して言う。
ゲオルグも厳しい表情のままではあるが、ルッツの言に従って画像の中にある
倉庫の左側に目を向ける。
(ん?)
ゲオルグはそこに何かを見つけ、身を乗り出して目を凝らす。
「これは・・・人か?」
「そうです」
ルッツの言葉を聞き、ゲオルグは下を向いて自分の記憶をたどる。
(俺が降下した30分前ってことは・・・)
そこでゲオルグはルッツが言わんとしていることの意味を理解し、
勢いよく顔をあげる。
「この画像は最初の狙撃の後ってことになるよな。
その時間、この場所に人が居た。つまり倉庫から誰かが出てきたってことか?」
「そうです」
「通りがかりの可能性は?」
「ないですね。 自分も先ほど現地を確認してきましたけど、
その人物が立っている場所はその倉庫の敷地内です」
ルッツの言葉を受けて、ゲオルグは小さく唸り声をあげる。
「ということは、コイツは最初の狙撃から俺が降下するまでの間に
倉庫から出て行ったとでも?」
「そうです。 現にその時刻から5分後には、200mほど離れた地点にある
監視カメラに同じような格好の人物が写ってます」
「なるほどな・・・」
ゲオルグは小さくそう言うと、腕組みをして考え込む。
しばらくお互いが無言のまま時間が流れる。
「そのあとの足取りは追えてるのか?」
再びゲオルグが口を開いたのは1分ほど経った後だった。
ゲオルグの問いに対してルッツは肩をすくめて首を横に振る。
「この人物の足取りが追えているのは衛星写真の5分後までです。
いろいろ探しましたけど、ぱったりと途絶えてますね」
「映像以外も調べたんだろうな?」
「それはこれからです」
ルッツの言葉にゲオルグは頷く。
「判った。 ならできる限り追ってくれ。
こっちでも明日から取り調べを始めるが、ひょっとすると予想もしない
背後関係がそっちの調査結果から出てくるかもしれないからな」
「了解です。 それでは」
ルッツはそう言って敬礼すると、通信を切った。
消え去った通信ウィンドウのあったあたりを眺めながら、ゲオルグはふぅっと
大きく息を吐く。
(衛星写真に写っていた奴が仮に事件に関係していたとして、
なぜ作戦途中で現場を放りだして逃げたんだ?
しかも、仲間を置いて・・・)
ゲオルグは頬づえをついて考え込む。
しばらくじっと白い壁の一点を見つめるようにしていたゲオルグであったが、
やがてガリガリと頭をかきむしる。
(さっぱり判らん。 少なくとも俺が思いつく範囲での合理的な
理由じゃなさそうだな・・・。
まあ、その辺を考えるのは取り調べのあとにするか・・・)
ゲオルグは身を起こすとパン、と一度手のひらで自分の顔を挟むように叩く。
(さて・・・やりますか!)
そしてゲオルグは再び事務作業に戻ることにした。
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