| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

IFのレギオス そのまたIF

作者:七織
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
< 前ページ 目次
 

アナザーレコード アルマの手記

「おとうさん。なんでおとうさんはおかあさんをすきになったの?」

 あるところに一人の科学者の男がいました。
 科学者は非常に知的好奇心に溢れていました。棚から溢れ床にまで溢れた本から得た知と、元来持っていた才能を遺憾なく好奇心ために利用しました。

 疑問を抱き、仮定を立て、検証し、再現。ある時は機械を作り、ある時は解体し。時として倫理観に外れ、好奇心のままに他人を傷付けることもありました。己が興味の先を理解する。その先にあったのは世界を知りたいという本能に似た欲求。その為だけに動きました。

 科学者が天才だと言われるようになるまで、そう時間はかかりませんでした。科学者が情を知らぬ狂気の男だと言われたのに時間はかかりませんでした。



 ある時、そんな科学者に運命の出会いがありました。
 一人の武芸者の女性と出会い、恋に落ちたのです。

 武芸者は情が深く、規律を重んじる清廉高潔な人でした。
 誰かの悲しみには共に涙し、誰かが傷つけば心を痛めるとても愛に溢れた強い、女神のようだと噂された女性でした。

 そんな武芸者の心を引く為に男は頑張りました。
 人の心は電気信号と有機反応、そして蓄積された過去のフィードバックに過ぎないと思っていた科学者は、初めて言葉にし難い感情を得て動きました。それは酷く稚拙で、滑稽なものだったでしょう。

 科学者をヒトデナシと哂った人たちはその様を見て、あいつも人の子だったのだと笑いました。
 多分に漏れず武芸者もそんな必死な彼を笑い、笑いすぎて溢れた涙を拭って仕方がないなと笑顔で科学者の手を取りました。

 そして二人の間に、娘が生まれました。
 二人はその娘に、アルマと名付けました。


『アルマ、見てごらん。中はどうなっているかな』
『すごいごちゃごちゃしてるー』
『そう思ってしまうのもしょうがないね。でも、それは見ただけで知らないからだ。……っと、よし。アルマ、これを見てごらん』

 科学者は機械の箱の中の一部分以外を紙で覆い、覆われていないそこから小さな破片を外してアルマに見せた。

『これはコンデンサだ。見たことはあるだろう』
『しってるー。はんたいからだとながれないんだよね』
『そうだ。この周りには同じようなのがたくさんある。なら細かい原理はわからなくても、ここがどんな役目をするかは分かるね』

 科学者は紙に制御と書き、見えていたそこに紙を貼って隠した。

『他のところも同じさ。細かい所がわからずとも、一つに纏めて隠せばいい。こうすれば全体の流れが分かる。それで理解するんだ』
『かくしたままでいいの? なんかそれ、やだ』
『わかるようになったとき、改めて開けばいい。その気持ちこそが探究心だよアルマ。知りたければ隠された匣を開くしかない。ブラックボックスを理解するには、解体(ばらす)しかない』

 科学者は銅線の流れを指で伝い始めたアルマを楽しげに見た。
 アルマは好奇心が非常に強く、そして物事を柔軟に理解する子供だった。
 知りたいという気持ちが抑えられず、色んなものの仕組みを理解しようとする子供だった。知らないものを知りたい。それだけの、無邪気で純粋な子だった。






『おかえりなさいアルマ。……どうかしたの? 変な顔してるけれど』
『おかあさん、おとこのこに「もうあそばねー」って言われた』
『あら、本当?』
『うん。でもね、前もあって、何日かするとまたわたしたちとあそんで、またなんにちかするといわれるの。あれってなんなの?』
『あらあら』

 不思議そうな顔をするアルマを見て武芸者は不安げな顔を一転、楽しげな表情を浮かべた。子供ながらの照れ恥ずかしの会話が微笑ましかったのだ。

『多分だけどね、その子はあなたたちに興味があるのよ。好きな子でもいるんじゃない』
『へー。そうなんだ』
『随分冷めてるわね。まあそれはともかく、その子はあなたたちに近づきたいのよ』
『あそばないのに?』
『照れ隠しよ。近づいて相手を理解したいけど、距離感がわからない。子供特有の気恥かしやプライドもある。だから、離れちゃうの』
『よくわかんない。む~』

 わからないこと、というのがアルマは嫌いだった。不機嫌そうな顔をするアルマの頭を撫で、武芸者は優しく言った。

『その子のこと、出来れば嫌ったりしないであげてね。知りたいって思うことはアルマも分かるでしょ。誰かを好きになるって大切なことよ』
『おかあさんはあいがあふれてるって、おとうさんいってたー』
『あぁ……単に好きなものが多いだけよ。そんな大層なものじゃないわ』

 気恥かしげに微笑む武芸者は誰かを嫌えない人だった。どんな相手でも愛せる女性だった。本人に言わせれば正さないと気になるというだけで、その実、特別な誰かとして科学者を選んだ時点で、俗な言い方をすれば愛に優先度をつけられる、慈愛に満ちた普通の女性だった。

『わたしもみんなすきだよ。みんなおもしろいもん』
『そう、良かったわ。その気持ちを大事にしてね』

 アルマが誰かを明確に嫌いだと言ったことはなかった。誰かの認められるところを見つけられる優しい、倣った言い方をするなら誰をも愛せる愛に満ち溢れた、それだけの子だった。





 ある日、アルマは父親に聞いた。何故母親を好きになったのかと。

「理由は……悪い、よく覚えてない。ただ気づいたら好きで、少しでも気にかけてもらおうと、こっちを知って貰おうと頑張ったよ」
「りかいする、じゃないの?」
「勿論それもある。好きな人のことは少しでも理解したい。だが相手からこちらに好意を持ってもらうにはこちらを知って貰わなければならない。その為にはどうすればいいかを……ああ、なら確かに相手を理解するのが一番と言えるな。アルマの言うとおりだ。愛すればこそ、相手を理解したいと思わずにはいられないものだよ」
「あい……」
「大事なものだよ。何かを知りたいと思うなら避けられない。或いは、知りたいと欲する気持ちがそれなのかもしれないな」






 そんな日々を過ごしアルマはすくすくと育っていきました。
 家の中でアルマに解体されなかった機械は既になく、家の外でアルマが好きになれなかった人もいませんでした。
 好奇心旺盛で活動家。愛に満ち溢れた利発的な美少女。
 両親は共に互の良い部分を受け継いでくれたと、そう思いました。
 その裏にあるモノに、生まれながらに受け継いでいたモノに二人は気づけませんでした。




 その欠片に気づけたのは、偶然だ。
 その欠片に気づいてしまったのは、単なる不運というしかない。何故ならその芽は取り除くには遅すぎ、気づくには早すぎたから。
 学校で出た将来の夢という課題。何をしたいのかを考えてくるというそれを親に話した時のことだ。
 なりたいものないというアルマに両親は特になにも思わなかった。幼い子供では明確ビジョンなど描けない。だからこそ二人は、切り口を変えた。

「なら何かしたいことはないのか。すると決めていることでもいい」
「したいこと、かぁ」
「好きなことや興味を惹かれることでもいいわよ。何かないの?」

ソファーの背もたれに体を預け、天井を仰いでいたアルマはグッと伸びをし、勢いを付けて姿勢を戻す。その顔にはひどく楽しげな表情が浮かんでいた。

「あるよ!」

 両親は気づくべきだった。”それ”を当然のものとして生まれ持ってきた少女はただの一度も隠そうとはしてこなかった。だからこそ少女は純粋なまま、無邪気さを備えた笑顔を浮かべられたのだから。
 両親は考えるべきだったのだ。互の良いところを受け継いだ子だと思ったのなら、気づく余地はあった。良い、で止めるべきではなかった。もし科学者が昔のままならば思考を止めず気づいていただろう。一人の特別を決める前の武芸者なら、その人を見渡す瞳で気づけたはずだ。――――世の中に良いだけで終わるものなど、ないということを。

 アルマ=カルマは。人懐っこそうな綺麗な顔をした武芸者の少女は、両親に対し楽しげに言い放った。

「私はね、大好きな、私の愛する人たちを少しでも理解(バラ)したいんだ」

 狂気(-)と、女神(+)。掛け合わさった結果は極大の-。
 興味のままに倫理を踏みにじる好奇心。その為の重いを尊いとする、深く平等な愛。
 当時起きた一件の動物解体事件。その下手人の正体を両親はその時理解した。

 知らないものを知りたい。それ「だけ」の。
 誰をも愛せる愛に満ち溢れた、それ「だけ」の。
 アルマは本当にそれ「だけ」の子供だった。
 我が子が互の悪い部分をもそっくりそのまま異常に受け継いだ存在だと、両親はその時初めて気が付き始めた。




 それから三年後、カルマ夫妻は一家心中を試みる。だが何故か奇跡的に生き延びた娘だけはその後親戚のもとに引き取られていった。
 それは今もなお何一つ分かっていない、各地に残る猟奇事件へと繋がる始まり。
 頭脳と力。共に天賦の才を受けたアルマという存在が「理解(あい)したい」という純粋な欲望で歩き出した、始まりの日の記録だ。
 
 

 
後書き
レギオスの世界で、狂ったキャラが書きたいと思った。その思いから書いたネタです。
多分武器もそこそこヘンテコなもの使いそう。
アルマを使ってブラックな話を書きたい。 
< 前ページ 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧