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悪霊と付き合って3年が経ったので結婚を考えてます

作者:ぽんす
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1年目

  春③~私が存在する理由を~

  
―――トントントン……


 台所では軽やかな包丁の音が鳴り響く。
実家にいた時ですら両親は共働きだったこともあり、二人分の料理をすることなんて滅多になかった。でも、今ではそれが日常だ。


 俺が悪霊こと、佐藤さちと出会ってもう1カ月が経とうとしている。
相変わらず着ているものは真っ赤なワンピース、まるで顔を隠すかのような長い黒髪、そして極めつけは背中に突き刺さる包丁。本人は“チャームポイントよ☆”なんて言うが俺にはどうしてもそうは思えないでいた。

「ねー、お腹すいたー。ご飯まだー?」

最初に抱いていた恐怖はどこへやら。いつも通りの言葉に呆れ混じりのため息すら出る。

「もうちょっと待ってくれ。すぐ持っていくから。今日はお金ないからもやし炒めな。」

えー、っと不平不満の声があがる。もやしの何が悪い。安いし、美味いし、腹も膨れる。いいこと尽くしではないか。そんなことを考えているうちに作業は進んでいく。炒めるだけの料理なんて簡単だ。

……ほら、いいことしかないだろ?








「「いただきます」」

部屋で二つの声が重なる。
この声は他の人が聞いたらどう聞こえるのだろうか。見えない人からすれば俺の声しか聞こえないのかもしれない。
もっとも、家に呼べる友人なんて数えるほどしかいないのだが。
……そんなことを考えるだけで涙が出そうになる。

「拓海ってほんと料理上手よね。もやし炒めをこんなに美味しく作れる人なんてそうそういないわよ。ほんと、いいお嫁さんになれるわね。」

俺の性別は男だ!
そんな冗談も交えつつ、2対の箸は机の真ん中に置かれた大皿へとのびていく。

 そういえば、今日はずっと疑問に感じていたことを「彼女」に聞いてみようと考えていたことを思い出す。
  
「そういえば、さち。なんで幽霊なのに物が触れたり、ご飯を食べれたりするんだ?俺が知ってる幽霊ってのは普通、物が触れなかったり、壁を通り抜けたり、ましてや飯を食うなんて聞いたことないぞ。」

「わぁ、ふぉれれ(“あぁ、それね”と言いたいらしい)」

話すときはご飯を飲みこんでからにしなさい、と、俺は軽く説教を入れる。
「彼女」は、ごめんごめん、と反射のように謝り、コップに注がれた水を一口飲むと単調に話し始めた。

「えっとね、私たち幽霊ってのは“人間から認識”されることでその姿を保てるのよ。例えば、お風呂で妙に後ろが気になって、誰か後ろにいるんじゃないかー、とか、カーテンが少し開いてるのを見て、誰かが覗いてそうだなー、とか思ったりしない?そういった意識から幽霊ってのは生まれるのよ。」

「つまり人の想像が現実になってる、ってこと?」

その通り!と「彼女」は両腕で丸を作って見せた。

「そういった人間の思いの(かたまり)が私たち幽霊、ってわけ。私は近所の子供たちが、あそこは幽霊部屋だ、って言ってくれてたから存在できた、って感じなのかな。だから、迷惑ではあったけど私が今ここに存在できるのもあの子たちのおかげだし、あの子供たちには感謝しなくちゃね。」

へー、と相槌を打つ。

「今は拓海が私を認識してくれているから、物も触れるし、ご飯も食べられるってこと。まぁ、私自身も幽霊になってから知ったんだけどさ。あ、でも壁くらいは通り抜けられるよ!」

そう言うと同時に「彼女」は床へと沈んでいく。なぜか腕を掲げ、親指を立てたまま。
―――あいる、びー、ばーっく…
……俺は毎回ネタに付き合ってやるほど寛大ではない。

でも、なるほど。そういうことなのか。
完全には納得できず、やんわりとした違和感を覚えたが、少しだけでも「彼女」のことを知ることができたのを嬉しく思い、そんなことは頭から消え去っていた。

だがそこで我に返る。
嬉しく……? これじゃまるで「彼女」のことが気になってるみたいじゃないか。

ないない、と笑い飛ばし、皿に残っていた最後のおかずを平らげる。
私が食べようと思ってたのに!、と横から、いや、正しく言うならば床から文句を言われた。

「あ、あとさ、気になってたことと言えば」

「ん?」

床から顔だけを出して不思議そうに首をかしげる。

「なんで最初に会った時泣いてたんだ?ほら、枕元に立ってた時さ。」

ドキッとした様子を見せた後、そんなのどうでもいいでしょ!と、顔を明後日の方向へと背け、言葉を濁そうとしているのがわかる。

人間、断られるとより気になるもので……。

「あーあ、残念。今日はコンビニのバイトだから廃棄になるデザートとかもらってこようと思ったのになぁ。教えてくれないんじゃ渡せないよなぁ。」

そう言いながら、煙草に火をつけ、目線を「彼女」の方へと向ける。
うぅ……、と声をあげ、しばらく沈黙が続いた後、「彼女」はゆっくりと口を開いた。

―――怖かったのよ……。

「え?」

「だから、怖かったの!夜寝るときはいつも少しだけ明かりつけるようにしてたから!それなのに拓海は真っ暗にして寝るじゃない。どうかしてるわ!」

なぜか逆切れされてしまった。幽霊が暗いところが苦手など初耳だ。ホラー作家は本当の幽霊に会ったことはないんだろうな、と思いを巡らせ、気づいた時には俺は笑ってしまっていた。
「彼女」といると俺の中の常識が180度変っていく。
何がおかしいのよ!?と、「彼女」はふくれっ面だが、そんな姿を見て俺はどこか微笑ましく感じていた。

ホラー作家のみなさん。本物の幽霊なんてこんなもんですよ。

そんな日常を俺はどこか楽しんでいた。違和感の正体もわからないまま……。


―――ピンポーン。


そんな時、部屋に鳴り響く軽快なベルの音が割り込んできた。

「はーい」


―――ピンポーン。


返事したのも聞こえなかったのか?


―――ピンポーンピンポピンポピンポーン。


 そんなに何度も鳴らさなくても聞こえている……、のはわかりきっているだろうな、向こうも。
おかげで扉の向こうの相手にはおおよそ見当がついた。
本当にせっかちなやつだ、あいつは。こんな迷惑行為をせっかちで済ませる俺に感謝してもらいたくらいだ。普通なら怒鳴られてるかもしれないぞ。
 そんなことを考えていると玄関の外から声が響いてきた。


―――拓海!バンドの練習行くよー!


「おう、愛華。すぐ行く!」

俺はすぐさまその声へと答え返す。

「……ってことで行ってくるからな。今日のコンビニのバイトは夜勤だから帰るのは明日の朝になるわ。晩飯は冷蔵庫に作っておいたから温めて食べろよ。」

「はーい」

「彼女」のいつもの生気のない声が、よりか細く聞こえた気がした。
ちゃんとプリンもらって帰るから。
そう言って「彼女」をなだめ、俺は玄関へと足を向けた。

「悪い、待たせた!」

迎えに来た友人はいつも通り、短く切りそろえられた髪の毛先を跳ねあがらせ、耳にはいくつものシルバーピアスが輝いている。しかしその体つきは華奢であり、背中に抱えたギターケースがより大きく見える。

「おせぇぞ拓海! 今日は午後一番で練習だって言っただろ!」

友人はそう言って、ホットパンツから覗く誰もが目を引くであろう綺麗な長い脚を踏みならして俺のことを催促した。

「そんなの覚えてるっての! それより他の奴らを待たせるのも悪いから早く行こうぜ!」

俺はあわてて靴を履きながらそれに答える。

「……ん? あ、あぁ! ほら、さっさと行くぞ!」
 
 迎えに来た友人はそう言いながら俺を外の世界へ誘うように手を差し伸べる。俺はその手を取って立ち上がると、部屋との境界線を越えた。
 その友人は何かが気になったかのように、部屋へと目線を泳がせたように見えたが、きっとそれは俺の気のせいだろう。「彼女」は今、俺にしか見えないはずだからだ。


 まだ春だというのに外は肌を焼くような日差しが照りつける。地球温暖化もあながち間違いじゃないな。そんなことを考えながら、足の裏で蹴りつけるように幽霊部屋の扉を閉めた。





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……私は何を考えているのだろう。




―――ちょっと飯食ってただよ。


―――そんなこと言って寝てたんだろ?わざわざ起こしてやったんだから感謝しろよー!


―――寝てねぇ、って!



 そんな会話が玄関の扉越しに聞こえ、段々と遠ざかっていく。

拓海は今生きている人間。私は幽霊。しかも悪霊。
寂しい、なんて思っちゃダメだ。うん…。
そうだ、テレビでも見よう。

―――プツン。

あ、ちょうどドラマの再放送してる!これ見逃してたから嬉しいや!拓海、すぐ音楽番組に変えちゃうんだもん。まったく、ひどいやつだ。
うん!やっぱり岡田君はかっこいいなぁ!
拓海も、ミュージシャンは髪が長いもんだ、とか言って伸ばさずに短くすればいいのに。絶対似合うと思うんだけどなー…。



……私は元気だ。
今日も元気に悪霊してる。

そう自分に言い聞かせ笑顔を作ってみる。







―――食器棚のお皿はカタカタと鈍い音をたてていた。

 
 

 
後書き
こんばんにちは。ぽんすです。

これにて1年目*春編はおしまいです。
次からは1年目*夏編へと移行します。

今回は説明的なところが多かったのかな?
書きたいことはいっぱいあるのであとはどういう流れにするかを考えています。

あ、それと新キャラ出ましたね。
ここにきてやっとです。

夏編からはストーリー的にもガンガン出していきたいと思っていますので、新しい子も宜しくお願いします。

それでは。
ご感想、ご指摘お待ちしております。
 
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