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悪霊と付き合って3年が経ったので結婚を考えてます

作者:ぽんす
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1年目

  春②~「それ」は「彼女」~

 
「遅い、遅い、おそーい!!」

 案の定「それ」はご立腹のようだった。

 怒りに呼応するかのようにまだ片付いていない部屋の荷物がガタガタと揺れる。
なるほど、こうやってポルターガイストは起こっていたんだな、と妙に納得をしてしまう。
 そして、一つ確信した。
「それ」を怒らせるのは精神的にも身体的にも、そして俺の荷物的にもよくない、ということだ。その時だった。

―――ガタン。

 大きな音とともにスタンドに立てかけてあったギターが倒れた。

「……っ!!!!!!」

 俺が高校時代のほとんどを費やしてバイトをし、やっとの思いで手に入れた15万円のギターが、だ。
バイトの日々、そのギターをかき鳴らしたライブハウス…。まるで走馬灯のように頭の中を駆け抜けた。

「な、何してんだよ!!! 俺のギツァー……、ってめ、ふざけんあよ!!!!」

 気付いた時には声にならない悲鳴をあげていた。初めて「それ」を見た時でさえ出た悲鳴が今は出ない。俺にとって“ギター>悪霊”だったらしい。

友達からの俺の印象。
①いい人そう
②温厚で怒りそうにない

そんな風に言われる俺だが、この時だけは声を張り上げた。息が切れ、呂律が回らないほどに。

「ご、ごめんなさい……」

 前髪から覗く虚ろな目に少し涙が溜まっているように見たのは気のせいだろうか。ポルターガイストが治まっていくのと同時に、怒りも冷め始め、頭も通常運転に切り替わる。
そして、思い出す。
自分の目の前にいるのは悪霊であるということを。
 思いだした途端、体中を悪寒が駆け巡った。

「と、とにかく冷めないうちにこれ食べちゃってください……」

 俺は、おずおずと、なるべく近づかないように右腕をこれでもかと伸ばし、自信作のオムライスを「それ」に渡す。
 だが、そこでふと疑問に思う。

はたして幽霊はものを食べることができるのか。そもそも物に触れることはできるのか。

「わぁ! ありがとう!!」


 そんな疑問はすぐさま解決した。
「それ」は普通にお皿を受け取り、お預けをくらっていた犬のように口の中に駆け込み始めたのだ。
そして―――

「ごふっ…げほっ、げほっ……」

(むせ)た。

 俺はあわてて水を汲みに行き、「それ」に手渡す。

「そんな急いで食べなくてもオムライスはどこへも逃げませんよ……」

 壊れたりしてないよな、と倒れたギターを抱えながら、そんな、どこかの絵本で聞いたことのあるようなセリフを自然に発してしまう。

 そして、ギターをスタンドへと戻し、改めて「それ」を見て確信する。
この悪霊、怖くない。

 姿はお化け屋敷やホラー映画に出てくるようなお化けそのものであるし、よく見ると背中には包丁が突き刺さっている。だが、その仕草や口からあふれ出る言葉の数々は、そこらへんにいる女の子と変わりない。いや、むしろ最近の女の子より感情豊かではないだろうか。
 ここまでくればどうにでもなれ、と、俺は「それ」に話しかける。

「あ、あの…、佐藤さん、でしたよね……? ど、どうしてこの部屋にいらっしゃるのでしょう……?」

「あぁ、私?25年前にここで殺されたのよ。自縛霊(じばくれい)、ってやつ? しかも、まだその犯人捕まってないらしいのよねぇ。物騒な世の中だわ。」

 そんなことをいいながらも、「それ」はまだオムライスを頬張っている。

 殺された……? 殺人事件じゃないか。
それに、まだ犯人は捕まっていないって……。
 サーっと血の気が引き、背筋が凍る。

「それと佐藤さん、なんて他人行儀に呼ばなくていいわよ。さちでいいわ。これから一緒に住むんだし。」

「あ、そ、そうですよね……。ん? 一緒に暮らす……?」

―――え、…えぇぇぇぇぇぇぇ!?!?

「何をそんなに驚いてるのよ。自縛霊、って言ったでしょう?私動きたくてもこの部屋から動けないのよ。」

 そうだった。
自縛霊となれば、部屋に憑いてるのと変わらない。
食べ終わって満腹になれば居なくなってくれる。どこかそう期待していた俺は落胆してしまった。

「このことは…、あなたがここにいるってことは大家さんは知ってるんですか…?」

「あー、まぁ知ってるんじゃない……? 幽霊部屋、って言われてこの辺じゃ有名みたいだし。時々近所の子供が肝試しに来たりして困ってるのよねぇ……。“誰かいますかー?”なんて聞いてくるから“はーい”って返事したら怖がって帰っちゃうし。私にどうしろってのよ!」

 それは誰でも怖がるだろう、と少し呆れてしまった。

 そして、幽霊部屋と噂されるせいで家賃も異様に安かったんだな、と納得する。
だが、幽霊と共同生活など俺は考えたくもなかった。

「ごちそうさま!」

「それ」はどこか満足げな顔でそう言うと、先ほどまで大盛りだったはずのお皿に向けて手を合わせた。

「それにしてもあなた、料理上手ね! こんなおいしいオムライス久々に食べたわ! これからこの料理が食べれると思うと楽しみねぇ!」

 それから間を開けず、あ……、と、声を零したかと思うと、「それ」は急に口を(つぐ)んだ。そして、前髪で隠れた顔が少し寂しそうになった。……気がする。

「あなたが考えていることはわかる……。“幽霊と同居なんて嫌だ”、でしょ……?」

 その言葉にドキッとしてしまう。まるで心を覗かれたようだったからだ。

「今までの人だってそうだった。そりゃね、私は悪霊だし。感情が揺らげばお皿も音を立てるし、宙を舞うことだってある。普段は何も感じない人も、私の鏡に映る姿を見られれば悲鳴を上げられる。そんな状態で暮らしたい人なんていないわよね……」

 そう言って、ははっ……、と「それ」は笑った。

 鈍感な俺でも「それ」の抱える気持ちに気づいた。
25年もの間、ここに一人でとどまり、来る人からは忌み嫌われ、姿を見られれば悲鳴をあげられる。確かに「それ」は悪霊だ。でも、それでも、中身は一人の“女の子”なんだ、と。
俺はふぅ……、っと一つ息を吐き、そして覚悟を決めた。

―――出ていかないよ。

「そりゃ、幽霊がいるなんて知らなかったし、そんなの知ってたらこの部屋だって借りなかっただろうけどさ。この部屋から出たって他の部屋は家賃高すぎてバンドやりながらバイトしていこうと思ってた俺にはきつ過ぎる。東京に来たのはバンドをやりたかったからだけどさ……、田舎から離れたのはどこか刺激を求めてたからだと思うんだ。それに、ルームシェアってなんか憧れてたんだよな。」

幽霊とのルームシェアに憧れる人はいないだろう。
そんなの、誰が聞いてもひどい言い訳にしか聞こえない。
それでも嘘はついていない。
もう少しこの悪霊を見てみたい、そう思ってる自分がいることが不思議だった。

そして、その言葉を聞いた途端、「それ」の口角が上がる。

「ほ、ほんと……? 出ていかないの!? やったー!!!」

またもや荷物が揺れ始める。
しかし先ほどの揺れとは違い、まるで音楽を奏でるかのように綺麗なリズムを刻んでいる気がした。

嬉しい時にも起こるのか……。
お願いだからもうギターは倒さないでくれよ……
そう思いながらも、俺はこれから始まる生活にどこか期待感を膨らませていた。

「あ、そうだ」

急に素に戻り話しかけてくる「それ」に、今度はなんだ、と体を強張らせ身構える。

「おかわり!」

 元気よく追加注文をする姿に緊張してしまっていた自分が馬鹿らしく思えた。
食いしん坊な「彼女」との共同生活にはこれから骨が折れそうである……



あーあ……。自給のいいバイト、探さなきゃな……。

 
 

 
後書き
こんばんにちは。ぽんすです。


それでは、まずは作中の用語説明から。

自縛霊(じばくれい)】自分が死んだことを受け入れられなかったり、自分が死んだことを理解できなかったりして、死亡した時にいた土地や建物などから離れずにいるとされる霊のこと。あるいは、その土地に特別な理由を有して宿っているとされる死霊。(ウィキペディア参照)

ほんと、Go●gle先生は何でも知ってますね。


さて、これから共同生活が始まる、ってとこまでやってきました。

1年間は春夏秋冬と分け、それぞれ3部構成にしようと考えてます。
それでお気づきかと思いますが、3年目で終わりです。
4×3×3=全36話になるのかな…?

大体そのあたりを目指して書いて行きます。
前にも書きましたが、ものを書くのはこれが初めてです。
なのでまだまだ至らないところはあると思います。
どうぞたくさんご指摘いただければ嬉しいです。

ご感想、ご指摘お待ちしております。 
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