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少女1人>リリカルマジカル

作者:アスカ
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第四十二話 少年期【25】



「エイカ。こいつはたまたま俺が拾って友達になったやつでさ。ヴェルターブーフって言って、少し前から俺の家に居候することになった辞書だ」
『ふむ、己はブーフとも呼ばれている。よろしく頼む』
「……また変なのが増えたのはわかった」
「嬢ちゃんもだいぶ慣れてきたな」

 あれ、おかしい。何事も第一印象が大切だと思って、しっかり挨拶をしたつもりなのに。相手に頭を抱えられてしまった。

『ヴィンヴィンよ、己は何かおかしなことでもしてしまったのだろうか』
「いや、普通の挨拶だったよな。母さんもアリシアもリニスもこれで問題なかったし」
「問題なかったのかよ!?」

 アリシアは空飛ぶ本に大興奮し、リニスはブーフの上がいい昼寝場所だと喜び、母さんは我が子が拾ってきてしまったものなら責任をもたないといけない、と辞書の育て方を検索しようとして……今思うと、母さんが一番混乱していた。

 一応デバイスのようなものなので、父さん関連だと名前をちょっと借りてしまった。でもそれのおかげか、母さんは結構あっさりと受け入れてくれた。これは果たして父さんの信用度が高かったのか、逆に低かったのか。俺も父さんなら、何を作っても受け入れてしまいそうだ。

「……店主もなんだかんだで受け入れているよな。拾われて居候している、しゃべる辞書だぞ」
「単体で現れたらわからんが、アル坊が連れてきたしな。こいつの周りに変なのが集まるのはいつものことだろ」
「たった一年弱でこれに慣れてしまった自分が嫌だ」

 とりあえず、こいつらが揃って失礼なやつであることはわかった。


 さて現在俺たちは、ちきゅうやでのんびりおしゃべりをしている。先日テスタロッサ家での居候権を勝ち取った辞書のブーフを連れ、俺はクラナガンの街を案内していた。確かにロストロギア判定されるかもしれないブーフを連れ出すのは、不用心すぎるかもしれない。それは自分でも思ったけど、それ以上に心配のし過ぎな気も同時にしていた。

 ロストロギアだろうと、ブーフ自身は結局辞書でしかないのだ。こいつの性能や背景について黙っていれば、この次元世界で注目される方が難しい。人が当たり前のように空を飛んで、無機物が普通にしゃべっている世界である。今更本がしゃべったり、自力で浮いていることに驚かれることはなかった。

 実際エイカも店主さんも、ブーフの存在そのものに驚いた様子は全くない。こういうところは異世界様様である。下手に隠すより、現在の技術に紛れる部分は紛らせる。この世界を知っている人物であればあるほど、情報の少なさが逆に今持っている知識と照らし合わせて勝手に補ってくれるのだ。それこそ専門家でなければ、わざわざツッコんでくることもない。

 隠すところは隠して、出すところは出す。それが俺とコーラルとブーフで考えた方法であった。

「そういえば、今日はあのうるさいデバイスはいないんだな」
「ん、コーラルのことか」
『ふむ、先輩か。先輩ならリニにゃんに連れさらわれてしまい、行方知らずとなってしまった…』
「……おい、これ以上ボケを引っかけてくるな。変でもいいから、せめて常識を持っているやつを連れてこい」
「エイカさん、ものすごく理不尽なことを言っているのわかる?」

 上級者ブーフの名前呼びの前に、コーラルは陥落してしまった。簡単な経緯としては、ブーフがリニスの名前に+αをつけて呼び、コーラルが爆笑したことでお仕置きされているだけである。超真面目で低く渋そうな音声で「にゃんにゃん」と平気で言う。さすがは機械と言うべきか、こいつの性格と言うべきか。全く羞恥心の欠片がない。

 リニスは勘がいいからな。俺と同じように、ブーフに悪気が一切ないのがわかったのだろう。彼自身は友人の証として呼んでいるだけだからだ。それにその名前が嫌だと言ったら、ブーフは素で落ち込むと思う。そう考えると、こちらも強く出られない。そのもやもやを含めた発散のために、コーラルは現在も猫パンチ祭りの真っ最中なのだろう。

「まぁ周りもそうだが、お前自身も結構うるさいか」
「えー、まぁ騒がしいのは嫌いじゃないけどさ。でもこの前の聖誕祭は静かだっただろう。みんなで聖歌を歌ったぐらいだったし」
「その後の贈り物交換イベントで、はっちゃけていたお前が言うか」
「エイカだって、その後のちょい豪華な料理を前に少年Eと激闘を繰り広げていた癖にさー」

『ふむ。喧嘩……にしては、2人ともギスギスしておらんな』
「ブーフっつったか、あれがいつも通りだから慣れておけよ。あと嬢ちゃんのあれは気にせんでいい。嬢ちゃんも騒がしいのは嫌いじゃないだろうからな」
『なるほど、これが己の辞書に載っていたツンデレというものか』
「……お前は辞書に何を載せてんだ」

 後で聞いたことだが、ブーフに載っている内容(語彙)は蒐集対象が持つ言語知識が大きく反映されるらしい。つまり蒐集対象が知っている言葉しか辞書として登録できない。そのためこいつのマスターは、出来る限りそれなりに位が高く、教養を受けた人間の屋敷に忍び込んでインストールしていたという。

 何が言いたいのかというと、俺の中にある黒歴史を含めた語彙のほとんどがブーフに知られてしまっていた。自分の辞書に変な単語ばっかり蛍光ペンで線が引かれていて、その辞書を知らない誰かに見られてしまった感じ、と言えばわかるだろうか。話を聞いた後、蒐集しまくって自分のを有耶無耶にしてしまおうか、と考えた俺はきっと悪くない。


「ところでもう12月か。地球ではイベントがいっぱいの月なのに、ミッドはなんもないよなー」
「……あぁ、そうだな」
「なんだ、アル坊は知らねぇのか。嬢ちゃんの誕生日は12月らしいぞ」
「なっ、店主ッ!」

 えっ、そうなの? 口を滑らした店主さんにエイカが頬を朱に染めながら怒っていた。この反応はマジみたいだな。俺が聞いてもはぐらかされるだけだったのに、……ほほぉー。

「そうかそうか、12月はエイカの誕生日があるのかー」
『それはめでたいことだ』
「おいやめろ。そのニヤニヤやめろ。絶対アホなことを考えるんじゃねぇぞ」

 何故か冷や汗を流すエイカ。別に悪いことをするつもりはないぞ。ちょっと隠されていたことに、笑みが深くなってしまったとかそんなことはないよ。

「友人の誕生日を祝うのは当然だよなー。……盛大に」
『ふむ、友人とは素晴らしいものだな。己もマスター直伝のレッツパァーリィーな披露をしよう』
「会場は任せな。他の坊主たちも呼んで、その日はちきゅうやを貸切にしてやろう。ふっ、俺ってば従業員のために太っ腹な上司だなぁ」
「その無駄な行動力と一致団結さは別のことに使えよ!?」

 12月は地球でやっていたクリスマスをミッドチルダバージョンにして開催しようかと思っていた。ご馳走を食って、ケーキを食って、プレゼント交換をする。完全にただの日本のクリスマスである。そうだ、どうせならエイカの誕生日パーティーと一緒にするか。きっと盛り上がるだろう。

「クリスマスって、確か地球のイベントだったか…」
「そうそう。ちきゅうやの店番だから、エイカもさすがに知っていたか」

 誕生日については色々諦めたのか、遠い目をするエイカを見ながら答える。ただ知っていると言っても、そこまで深くは知らないようだ。そういえば、昔はクリスマスと言えばサンタさんだったよな。今でも冬の子どもたちにとっては、ヒーローのような存在だろう。

「タダでプレゼントを配り歩くなんてただの不審者じゃねぇか。大体そんなのいねぇだろ」
「エイカ夢がないぞ、お前7歳児なのに枯れ過ぎ。実際いるかもしれないだろ? 信じたら現れるかもよ」
「ふん、いるわけねぇよ。それに良い子にだけあげるって言うなら、どうせ俺には…」

 ……これは信じていないというより、ふて腐れている感じか? そりゃいきなり知らないおじいさんがプレゼントを置いていくなんてわけわからんことだと思うけど。でも俺が7歳のころはいつもわくわくしていた。

 エイカがあれからスリをしているのかはわからない。だけど少なくとも、あの頃よりだいぶ明るくなったとは思う。笑顔だって増えた。バイト代として店主さんから給料ももらっているし、お金を得る大変さと大切さを今のエイカならわかるはずだ。なにより彼女は頭の回転が速い。盗む行為よりも、定期的に入る安定性がどれほど安心するものなのかがわからないはずがない。

 エイカは拙いながらも、この1年間店番として頑張ってきた。店主さんと一緒に店の整理をしたり、奥さんと一緒に料理や掃除の手伝いをしていた。時々3人でご飯を食べる光景も見れ、そんな様子に俺も嬉しかった。エイカの昔を俺たちは知らない。だけど今のエイカなら、俺と店主さんたちはちゃんと知っている。

「……なぁ店主さん。後でちょっといい?」
「あぁ、いいぞ。俺もアル坊にちょっと用事がある」

 考えることはどうやら同じだったらしい。店主さんと小声で話しながら、お互いの口元に笑みを浮かべた。



「こんにちは。すいません、予約していたイーリスです」
「おぉ、らっしゃい。家内は店の奥にいるから、そこで頼む」
「あっ、お姉さん」

 あれから少し経ち、俺とエイカで店の棚の整理をしていた。ブーフは店内に興味を示したのか、徘徊しに行ったようだ。そこにちきゅうやの常連客のお姉さんが店に入ってきた。手には大きな包みのようなものを持っていて、結構な大荷物である。お姉さんは店の奥に荷物を置くと、俺たちの方に笑顔を見せてくれた。

「こんにちは、アルヴィン君、エイカちゃん」
「こんにちは。そうだ、お姉さんが作ってくれたバリアジャケットのデザインすごくよかったです。本当にありがとうございました」
「ふふ、私も気に入ってくれてよかったわ。袖の部分を日本の着物を意識して作ってみたんだけど、動かすのは大丈夫そうだった?」
「はい、大丈夫でした。ちょっと袖にゆとりがあるから、そこに物を隠したり、持ち運びもしやすいです」
「お前、その使い方はたぶん違うぞ」

 お姉さんにもくすり、と笑われてしまったが、デザインは俺自身気に入っている。動きやすいし、かっこいいし。黒を基準にしたコートのようなものに藍色の模様が入っているのだ。この出来で趣味だと言うのだから、恐れ入る。確か、野球軍団のユニフォームもお姉さんの力作らしいし。

 お姉さんはその後すぐに奥さんに呼ばれ、包みを持って店の奥へと姿を消してしまった。なんだか気合が入っているようだったけど、今日は何かあっただろうか。それに店の奥に行ったのが気になる。

「ん、彼女のことか? 彼女がさっき持っていたのは着物だ。家内は着物の着付けができるし、化粧や髪もできるからな。それで頼みに来たらしい」
「そういえば、奥さんのご先祖様も地球出身者だったって聞いた気がするし、なるほど」
「ふーん、着物って店に飾っている派手なやつだろ。それになんでわざわざそこまで?」

 確かに着物を着るだけならお姉さんの趣味で納得できるけど、化粧までとなるとかなり本格的だ。

「あぁ、なんでもこれから見合いをするらしいぞ」
「「見合い!?」」

 さすがにそれは驚いた。俺とエイカは声をそろえ、お姉さんが消えていった奥に自然と目を向けてしまっていた。それにしてもお見合いか…。

 俺たちの興味津々な様子から、店主さんが簡単にだが教えてくれた。なんでも数日前から決まっていたらしく、先日もお見合い写真を撮りに来ていたらしい。さらに相手側のご両親とはすでに面会しており、お姉さんもちょっと恥ずかしそうだったが、満更でもない様子であったそうだ。お相手にもよるけど幸せになってほしいな。お姉さん、すごく優しい人だし。


 見合いについて気になった俺とエイカは、お姉さんが出てくるまで待ってみた。さすがに着付けとなると時間がかかったが、奥から出てきたお姉さんの姿に俺たちは感嘆の声が漏れる。綺麗に整えられた栗色の髪に髪飾りが映え、切れ長の瞳には優しく化粧が塗られている。着物ともよく似合っていて、印象もかなり変わっていた。

 普段オシャレに興味がなさそうなエイカでさえも、見惚れているのだから相当だろう。これは相手の男性がちょっとうらやましいな。お姉さんは19歳と若いが、ミッドの結婚の適齢期は早い。すぐに結婚ということはないだろうが、20代前半には大体の人がしてしまっているらしい。

 とまぁ、そんなミッド事情は置いといて。やはり知り合いの恋愛で気になるのは、お相手のことやなれ初めである。

「ねぇねぇ、お姉さん。相手の人ってどんな人なんですか?」
「うーん、実はまだ写真でしか見たことがないのよ。今日初めて会うことになるわ」
「えっ、そうなんだ。初めてって、お姉さんは大丈夫なんですか?」
「ふふ、大丈夫よ。その方はお爺様の部下の方でね。お爺様ったら、孫の私が微笑ましくなっちゃうぐらいその人のことをよく話してくれたの。だからなんだか楽しみの方が強いかしら」
「お姉さんのおじいさん、その人のこともう孫扱いなんですね」

 なかなか愉快なおじいさんらしい。普通孫の婿って、なかなか祖父側を攻略するのが難しいと思うのに。こりゃお姉さんとその部下の方がOKなら、籍もすぐに入っちゃうかもな。その時はしっかりお祝いしないと。そんなことを考えていた俺の隣から、ひょっこりと店主さんが顔を見せた。

「おぉ、えらく別嬪さんになったじゃねぇか。これなら相手の男はイチコロだな、ローバストさん」
「もう、店主さんたら」

 ……えっ。

「ローバス…ト、さん?」
「え、えぇ。イーリス・ローバストが私の名前よ。アルヴィン君どうしたの、具合が悪いの?」

 俺の態度に心配そうに首を傾げられたが、俺はすぐに笑顔で取り繕った。まさかお姉さんが、すごく見知った相手の本当のお孫さんだったとは。そして驚くと同時に、俺の頭の中にある情報が次々とまとまっていき、とある答えが導き出されていった。

『総司令官が、……めちゃくちゃ機嫌がいいんだ』
『大概俺に何かとばっちりが来る!』
『最近は総司令官から家族の話を聞くことが多かった気がする。手作りのお弁当だったり、家族写真を見せてもらったり…』

『その方はお爺様の部下の方でね。お爺様ったら、孫の私が微笑ましくなっちゃうぐらいその人のことをよく話してくれたの』
『先日に見合い写真を撮りに来ていたらしく、さらに相手側のご両親とはすでに面会をしていて…』


「……エイカ。俺、外堀を埋めていく怖さを今日初めて知った」
「お前、本当にどうした」

 おじいちゃんの独特の笑い声が、俺の頭の中に響いたような気がした。



******



『…俺は、俺はどうしたらいいんだ……!』
「7歳児に人生相談をしに来ないで下さい」

 お姉さんのお見合いを見送ってから1週間後。俺の端末に通信が来た。そして繋げた相手からの第一声がこれである。偶然とはいえ、なんとなく事態が飲み込めている俺。しかしいくら切羽詰っていても、ここは相談所ではないのだが。

「他に相談できる人はいないんですか?」
『本部のやつらはいつの間にか総司令官から聞いていたらしく、いきなりお祝いの言葉をもらった。最近様子のおかしかった家族は、すでに祝福モードだった』

 さすがはおじいちゃん。

「……俺に相談するのはいいんですか?」
『お前は俺の中で別の次元生物と認識しているから、今更気を使うのもあれだし、失うものはないかと思った』
「この釈然としない苛立ち…、これが怒り……?」

 とりあえず俺は、めっちゃ外堀を埋められまくった副官さんの相談相手に選ばれたようです。



 通信から数時間後。休日だったため予定は空いていたので、直接話を聞くことになった。副官さんはいつもなら本部で仕事をしているが、さすがに今のお祝いモードの職場で働ける図太さはまだ培われていなかったらしい。

 それならと俺の知っているお店で会うことになった。父さんと以前行った居酒屋風定食屋。そういえば、副官さんと前にお昼ご飯を食べに行こうとしたら、炎天下のストーカー劇になったんだっけ。副官さんもだいぶトラブルメーカーな体質だよなー。うん、そろそろ現実に戻っておくか。

「……いい人だったんだ」
「はい。あっ、店員さん。いも焼きください」
「俺も1つ頼む。それで、物腰も柔らかいし、きれいな人だった。写真で見せてもらったことがあったが、実際に会ってみるとまた印象も変わってな。俺は仕事しかできないような人間だぞ、って言ったのに、誰かのために一生懸命な方なのね、って。……ちくしょう」
「あと、鶏手羽先焼きください。種類は―――」
「塩焼き風味で」

 副官さん手羽先に八つ当たりしないでください。食事は今回奢ってもらえるそうなので、遠慮なく頼んでいます。腹が減っては戦はできぬ。俺も運ばれてきた手羽先を齧りながら、話の続きを聞くことにした。

「そりゃ最初はいきなり見合いだなんだと言われて、突然で混乱した。全くそんな話を聞かされていなかったし…、いやだからって別に彼女に悪い印象はなかったんだ。見合いを蹴るなど、女性を悲しませるわけにはいかないし、管理局員としてだな…。だから会うだけ会ってみたんだが……」

 ここまで饒舌な副官さんを初めて見ました。

 ゲイズはこんらんしている! というテロップでも流れていそうだ。そしてこの人、どこの中坊なんだ。女の人に慣れていなさそうだとは思っていたけど、これほどだったとは。しかもこの人、自分が惚れ気っていることに絶対気づいていない。

 はっきり言って帰りたいです。恋愛話は冗談半分で聞くのが一番面白いのであって、本格的な惚れ気話は食いながらじゃないと聞けん。というかうらやましいんだよ、こんちきしょう!


「それじゃあ、何が副官さんの荒ぶる原因なんですか」
「なんで、……なんで総司令官の孫なんだァァーーー!!」

 やっぱりそこか。注文して頼んでおいたノンアルコールビールをがぶ飲みする副官さん。こんな時でも未成年を気にするあたりはさすがである。

 今まで孫孫言われて、否定し続けていたことが現実になる。俺も冗談半分で言っていたのが、実現してしまいそうなことには半笑いしてしまった。おじいちゃんが俺のあだ名に爆笑していた理由がようやく分かった。あれは確信犯だ。

「でも、おじいちゃんの孫が嫌で振るなんて絶対ダメですよ。お姉さんは悪くないことですし」
「わかっている。それはわかっているんだ」

 少し冷静になったのか、落ち着いてビールを口に含んでいく副官さん。俺も頼んでおいたオレンジジュースで喉を潤す。この人は激情家な部分はあるが、それで短絡的に決めるような人ではない。そこらへんは結構誤解されやすいらしい。おじいちゃんからそんなことを聞いたことがある。

 彼は自身の心の内を誰かに告げることは滅多にない。そのため複雑にいくつもの考えを絡み合わせながら、いつも自分だけで答えを出す。だけど周りはその性急さに足踏みしてしまうのだそうだ。

 俺は前に副官さんから、総司令官とのなれ初め話を簡単にだが聞いた。それを総司令官に話したら、すごく驚かれた。そして、この話を聞かされたのだ。まったくホウレンソウは大切だって、副官さんだってわかっているはずなのになー。

 ……しゃーない。俺なら遠慮しないと言うのなら、とことん遠慮を取っ払ってもらおう。俺も今日は、副官さんへの遠慮を取っ払う。


「もういいじゃないですか。これで仕事場でも戸籍上でも、名実ともに『お孫さん』になったということで。うん、めでたし、めでたし」
「いや、勝手にしめるな! というか、仕事場に関してその名前が広がったのは、間違いなくお前が原因だろ!」
「本部のみんなに『孫』を広めたのは事実ですけど、あの事件は暴走した情報課の単独犯ですよね」

『レジアス・ゲイズ』
 出身:ミッドチルダ東部
 階級:三佐
 局員ID:GGP00691-003213243
 役職:防衛長官秘書/孫

「きっと情報課の人たちも納得しちゃったんですよ」
「これ消すのにどれだけ大変だったと思ってんだッ! 管理局バンクに載っているのに気づいたときは、端末を叩き割ろうかと思ったぞ!?」

 でもあれのおかげで、周りから微笑ましそうに見られるようになりましたよね。特に年配の方に。あらあら仕方がないわね、って感じで。陸と海の共通の孫の誕生であった。副官さんも年上を無下にできない性格だから、もみくちゃにされるらしい。それに同情した本部の同僚さんたちが、助けてあげたりしていた。



「ふーん。じゃあやっぱり、副官さんは孫が嫌だってだけでお姉さんを拒否るんだー」
「いや、そんなつもりは」
「えー。じゃあどうしてですか?」

 おそらくだけど、この人が足踏みする理由は他にあると思う。俺からの追及に、副官さんは静かにもう一杯ビールを飲んで考えている。少し時間が流れ、そしてポツリと小さな呟きが店に響いた。

「別に、ただ……俺なんかにはもったいないと思っただけだ」
「副官さん?」

 ビールをテーブルの端に置き、副官さん―――ゲイズさんは堰を切ったかのように口を開いた。

「驚くことでもないだろ。俺の性格はお前も知っている通りの仕事人間だ。俺は、地上部隊で働けることに誇りを持っている。ミッドの平和を護ることが、俺にとって何よりも大切なんだ。……目標なんだ」

 拳を握りしめる副官さんの言葉は、絞り出すような声だった。

「俺はこれからも総司令官の隣に立って、地上を、次元世界を守っていきたい。そんな男だ。……だからこそ、そんな俺が世帯を持っても、彼女を幸せにできないかもしれない。俺は家族よりもきっと仕事を取るだろう。こんな男よりも、もっと彼女を大切にして、幸せにできる男の方がいいはずなんだ」

 カランッ、と俺のジュースに入っていた氷が小さく音を鳴らした。そんな音が聞こえてしまうぐらいに、副官さんの言葉はよく通り、沈黙を作った。そして、俺はそんな副官さんの様子をじっと見つめていた。

 ……本当に、この人ってなぁ。そう思いながら、彼らしいとも同時に俺は思っていた。俺は1年半ぐらいしか副官さんを知らない。それでも、わかることはあった。

 最初に出会ったときは、ピリピリとした威圧感がある青年だと思った。ゲイズさんはなんだかんだで超エリートだ。年も若く、仕事もできるすごい人。だけど彼をもっと知ったら、おちょくったら面白い人だとわかった。彼なりに周りを気遣う、不器用さがある人だってわかった。誰よりも一生懸命で、誰よりも真面目で、誰もが頼りにするもっとすごい人だってわかったんだ。


「……そういえば、俺。副官さんにずっと言いたかったことがあるんです」
「は?」
「これは副官さんだけじゃなくて、総司令官や地上部隊のみんなにも当てはまることだと思います。だけど、今は副官さんに伝えたいです」

 いきなりの俺の切り返しに、ポカンと口を開く副官さんに笑みが浮かぶ。そして俺は真っ直ぐにゲイズさんを見据え、静かに頭を下げた。

「いつもミッドの平和を護ってくれて、ありがとうございます」

 彼の目が大きく見開かれた。普段から忘れがちになるけど、当たり前なんてない。今俺が笑っていられるのも、家族や友人たちがいつも通りに生活できるのも、ゲイズさんやローバスト総司令官が頑張ってくれているからだ。

「ゲイズさんが仕事が大好きな……頑張り屋な人だって、少ししか一緒にいなかった俺でも知っています。書類仕事や外交、それに総司令官に教わりながら、指揮官の訓練も頑張っていることを知っています」

 俺がこの人を構ってしまうのは、そういう部分に惹かれたのもあるんだ。そして彼が知らないだけで、きっとそんな人はたくさんいるんだと思う。

「だからかな。さっきゲイズさんから、本部の人たちがお祝いモードだったっていう気持ちが俺にもわかる。俺も、ゲイズさんの周りの人たちも、同じことを思っているんだってわかったから」

 副官さんの考えを否定はしない。だけど、気づいてほしい。副官さんの言うとおり、お姉さんの幸せはもちろん大切だ。だけど同時に―――


「他の誰でもない。俺たちはゲイズさんに幸せになって欲しいんです」
「…………」

 家庭が一番だなんて誰が決めた。俺の中では確かに1位の価値観だけど、そんなの人それぞれだ。その違いが、その人の中にある輝きだと思う。むしろ、その輝きで惚れさせちまえ。

「もったいなくなんてない。お姉さんもすごく素敵な人だけど、それに負けないぐらいゲイズさんも素敵な人なんですから。仕事に一生懸命? 上等じゃん。俺や周りの人は、そんなゲイズさんが好きなんですから」



******



 あれから運ばれてきた料理も平らげ、俺たちは店を出た。お金は副官さんがちゃんと出してくれました。奢りって言葉はやっぱりいいよね。食後の運動もかねて、2人でぶらぶら休日のクラナガンを歩いていた。

「……彼女とは話をしてみる」
「はい」
「それで愛想を尽かされるなら、単純に縁がなかった。それだけだ」

 ……そっか。副官さんの横顔を見ながら、少しでも相談にのれたのならよかったと思う。すっきりした様子に俺も安心した。それにしても、なんかすげぇ恥ずかしいことを言ってしまった気がする。今になって顔が赤くなってきた。

 うん、もう絶対に言わない。デリート。デリート。別の話題を探そう。

「というか、さっきはああ言いましたけど。副官さんも仕事一筋よりかは、もうちょっと何か趣味とかを見つけてみたらどうですか?」
「趣味だと」
「はい。俺の知り合いで枯れていると言われていた青年が、趣味によって人生が変わったって言うほどの変化をみせたんです。それにお姉さんとの会話の種にもなると思いますよ」

 いくら好きでも、仕事ばかりだと大変だろう。今まで特にそういうことを考えていなかったようだが、副官さんが『お姉さん』という単語に少し反応したのを俺は見逃さなかった。趣味は大切だよな、息抜きにもなるし。

「しかし、趣味と言われてすぐに見つかるものでは…」
「……あっ、ならいい所があります。さっき話した人も、そこで趣味を見つけたんですよ」
「そんな場所があるのか」
「はい、『ちきゅうや』って言うんですけどね。そこならきっと見つかりますよ」

 こうして、俺たちのこれからの新たな目的地が決定された。

 副官さんは新しい趣味に目覚めるかもしれないし、俺は新規顧客の呼び込みに懐が温かくなる。まさに一石二鳥。わーい。俺ってば従業員の鏡である。

 それでは、お客様1名様ごあんなーい!
 
 
 

 
後書き
ちきゅうや:「いらっしゃーい!」
 
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