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占術師速水丈太郎  横須賀の海にて

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第四章


第四章

「本来は士官用の寝室ですが」
 案内してくれた補給長が説明してくれた。
「たまたま空いていまして。どうぞお使い下さい」
「一人でですか」
「はい」
 補給長は頷いて答えた。
「本来ならここは四人部屋なのですが」
「はあ」
 見れば机や手洗いまである。灰色に塗られた金属の壁は変わりはしないが下士官や兵士が使う部屋に比べれば設備は遥かにいいらしい。
「どうぞお使い下さい」
「わかりました。では」
 見ればベッド等ももう整えられている。事前に準備をしてくれたらしい。かなり準備がいい。ここは流石と言えた。
 補給長が部屋を後にすると彼はすぐに机に座りファイルをもう一度読みはじめた。まずは客船に関するものからである。
 読むと面白いことがわかった。どうやらあの客船で起こっていたのは火災だけではないようなのだ。
 医療関係の資料もそこにはあった。そこを読むと実に病人が多いのだ。しかも原因不明の倦怠感や疲労感等である。彼はそこに異変を見ていた。
「ここかな」
 彼等の共通点としては船の中にいるというだけで身体が疲れてくるということだ。そしてそれは船から降りるとそれがなおる。これの繰り返しなのである。しかも精神的なものではないようだ。彼はここに注目したのである。
 そしてそのファイルを細かい場所まで読む。他にもおかしな点はあった。
 夜停泊中に霧が急に出て来る。航海中にもだ。そしてそれは客船の周りだけだ。
 また客船でも人が多かったり何かが消えていた。今この護衛艦で起こっていることだ。これは同じであった。やはりおかしいことであった。
 結果として客船には何かがいた、そうした結論になった。そしてそれはこの護衛艦に移ったのではないのか、速水は同じ現象が起こっていることに対してそう考えるようになっていた。
「即断は止めますか」
 だが彼はすぐに答えを出すことは止めた。
「まずは色々と調べないと」
 そう言ってまずはファイルを閉じた。そして部屋を出て舷門に向かった。そこでは当直士官と下士官、そして当直海士がいた。
「どちらに行かれるのですか」
「外の空気を吸おうと思いまして」
 彼は答えた。
「艦の外に出て宜しいでしょうか」
「ええ、どうぞ」
 当直士官である応急長がそれに答えた。見れば階級は一等海尉である丸い顔に同じく丸い眼鏡をかけている。何処か親しみ易い顔であった。
「それでしたらPXに行かれるといいです」
「PX」
「売店のことですよ」
 今度は当直下士官が教えてくれた。
「ここの売店はいいものが揃っていましてね」
「そうなんですか」
「本も売っていますし行かれるといいですよ」
「お茶も飲めますしね」
「そうですか。それじゃあ」
 彼はそれを聞いてすぐに舷門を出た。
「ちょっと行って来ます」
「閉まるのは早いからそれには気を着けて下さいね」
「はい」
 そして艦から出てそのままPXに向かった。入ってみれば確かにかなり大きい。しかも言われた通り本屋まであった。見れば思ったより色々な本が置かれている。
「へえ、これは凄い」
 下手な本屋より色々な本があった。漫画もあれば雑誌もある。彼はそれを次々に手にとってカウンターに向かった。金額は通常より一割程少なかった。
「定価じゃないんですね」
「ここではそうなんですよ」
 店員を務めている中年の女性がこう答えた。
「自衛隊の施設の中では普通の品物より一割低いんです」
「やっぱりそれも福利厚生の一環なんですか」
「はい、そうです」
 店員さんはまた答えた。
「まあ一割程度ですが」
「いや、それでもいいですよ」
 速水は笑顔で返した。
「それだけお金が浮きますから。それでコーヒーの一本でも買えますしね」
 そう話しながら本を買った。そして今度は喫茶店に入った。そこで本を読みながらコーヒーを飲むのであった。
「快適なものですね」
 思ったよりこうした施設が充実しているのには内心驚いていた。海上自衛隊といえば質素な組織だと思っていたからである。だがどうしてこうしたところは充実しているのだと思った。
「今度ベースに行かないか」
「おっ、いいな」
 だがここで廊下から声が聞こえてきた。
「ベース?」
「アメリカ軍の基地のことですよ」
 丁度コーヒーの後で気が向いて頼んだサンドイッチを持って来てくれた店のおじさんが説明してくれた。
「ああ、横須賀の基地の」
「はい」
 横須賀にいるのは海上自衛隊だけではないのである。自衛隊の施設としては防衛大学校もあり、そしてアメリカ海軍もいる。ベースとはそのアメリカ海軍の基地のことなのである。
「そこはまた凄く広くて」
「ここよりもですか」
「こんなところ比べ物になりませんよ」
 おじさんは笑ってこう説明してくれた。
「そんなに」
「まるで違いますよ。土日に行けばね」
「はい」
「千円位で食べ放題があるしお酒も安い」
「お酒も」
 それを聞いた速水の目の色が変わった。変わったように見えるのは外から見えている右目だけであったが。
「はい。それも凄く安いんですよ」
「何かいいところですね」
「少なくともここなんかとじゃ比べ物になりませんよ。そうしたところはやっぱりアメちゃんは凄いですね」
「向こうは軍人の待遇がいいんですよね」
「それだけじゃありませんね」
 おじさんはまた言う。
「何か。そうしたことに対する考え方が全然違うんでしょうね。設備とかの」
「そうなのですか」
 そんな話を聞きながらサンドイッチを食べた。そしてコーヒーを飲み干すと店を後にした。買った本を抱えながらPXを後にして艦に戻った。
 艦に戻るとすぐに艦長から声があった。食事はどうするのかと。
「食事!?」
「はい」
 見ればまだ四時半である。彼は時計を見て首を傾げさせた。
「早いのではないですか?それとも準備ですか?」
「いえ、今から食事ですけれど」
 だが艦長はこう答えた。
「今から」
「はい、自衛隊の夕食はいつもこの時間なのです」
「四時半に」
「時間でそう決められていまして。どうされますか」
「そうですね」
 彼はここでさっきサンドイッチを食べたことを後悔した。
「今日はいいです」
「そうですか」
「先程サンドイッチをいただきましたから。お腹がふくれていまして」
「わかりました。ではいいですね」
「はい」
 こうして彼はそのまま部屋に戻った。そして本を読んだ後でまたファイルに目を通した。その後でノートとペンを取り出し何かを書きはじめた。メモの様であった。
 時折ファイルを見ながら書いていく。そして何やら色々と考え事をしているようであった。
 それが終わるとノートもファイルも閉じてしまった。そして懐からまたタロットカードを取り出した。今度は二十二枚全てであった。
 タロットは大アルカナと小アルカナの二種類がある。彼は今回そのうちの大アルカナ二十二枚を持って来たのである。これはタロットカードの中でもよく知られているもので占いでもこちらを使うものがポピュラーなものとなっている。
 彼はそれを取り出すと机の上に置いた。そしておもむろに言った。
「行け」
 それを聞くとカードは一斉に舞い上がった。そしてそれは部屋の扉を潜り抜けて艦内へ出て行く。その瞬間に放送が聞こえてきた。
「消灯」
 海上自衛隊では消灯は夜の十時である。それ以後は当直員以外は休息に入る。丁度真っ暗闇で赤い非常灯以外の光がなくなった艦内をカード達が舞って言った。
 速水はその間身じろぎもしない。ただ机に座っているだけである。そしてそこで何かを見ていた。
「ふん」
 タロットが舞うところが彼には見えていた。そしてそれは二十二あった。彼はその二十二の光景を頭の中に全て見ていたのである。それで艦内を見回っていた。
 だが何もなかった。とりあえず彼の欲しい情報はそこにはなかった。彼はそれを確認して今度は甲板を見ることにした。
 カード達は今度は甲板の上を飛び回った。艦橋部分にも向かう。こうして今度はその辺りを見回った。
 するとそこであることに気付いた。それは艦首部分にあった。
 深い紫の世界の中であった。彼はそこに出て辺りを見回した。




 
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