東方虚空伝
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第一章 [ 胎 動 ]
五話 この世界の現実
目の前に幻想的な光景が広がっている。
かつては人々が生活をしていたであろう建物や建造物の成れの果てが長い時と共に自然と融合していた。
朽ちた壁のあちこちに苔が生え植物の蔦が絡まり屋根や壁を突き破って樹木が天を目指している。
地面の所々に小さな池のような物も出来ており巨大な木々の隙間から漏れる光を反射し、まるでイルミネーションのようだ。
耳に流れるのは風に揺れる木々のざわめきと、姿が見えない鳥の囀り、流れる水の音だけだ。許されるのならここでゆっくり惰眠を貪りたいと思うのは自然な事だろ。
だがこんなにも安らぎを覚える場所も今の人間にとっては命の危険しか与えてくれない。かつて人が生活できた場所も今では人外共の楽園だ。妖怪や妖魔のような異形が跋扈するまさに魔境。ただの人間が足を踏み入れればあっという間に餌食にされるだろう。
奴等がどのように生まれるのか解っていない。解っているのは奴等は人間の敵で人間は奴等に負けあの箱庭に追い詰められたという事だけだ。
だからといってむざむざ絶滅を傍受するほど人類は諦め良くはない。
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■
無数の霊弾が異形達を打ち貫く。断末魔をあげる間も無く塵となって消えていった。
「ふぅ、これで最後だな」
ようやく一息つけそうだ。この森に入ってすでに三回も妖怪の群れに遭遇していた。
ここは帝都から三キロほど離れた旧都市の跡地だ。都市の跡地といってもその名残は所々に見える人工物の残骸だけだ。もはや森としか形容できないだろう。その森も妖怪達の巣窟になっている。
なぜそんな危険地帯にいるのかといえば、任務の一環だ。外壁守備隊の任務は大まかに言って二つ。「防衛」と「哨戒」だ。防衛と言っても実は妖怪による帝都への攻撃は殆ど無い。一昔前なら日常茶飯事だったそうだが今では警戒しているのか散発的だ。
帝都にとっていい事ではあるのだが守備隊にとっては事情が異なる。襲撃が無いという事は実戦を経験できないという事。特に新隊員にとって実戦は重要になる。経験が有るか無いかで突発的な事態の対処速度が変わるからだ。そのため本来は偵察目的の哨戒任務に妖怪の討伐を組み込んでいる。
今は第四連隊すべてがこの森で哨戒任務をこなしていた。いくつかの分隊に別れ目的ポイントに集合する事になっている。
分隊は五人一組で隊列は前衛一人、中衛三人、後衛一人となっている。これは前衛、後衛を正隊員で中衛を新隊員で行うためだ。
僕は美香と同じ分隊で前衛をしていた。少し離れたところで新人の三人が美香に指揮され戦闘を続けていた。僕も本当は新人扱いの筈なんだけどね。
最後の一体を仕留め新人達が気を緩めているところに美香の激がとぶ。
「仕留めたからと言って気を抜かない!常に周囲を警戒しなさい!」
三人が慌てて周りを見渡す。慌て過ぎだよ。でも油断すれば本当に危険なのは事実だ。ここは僕達にとって敵地なのだから。
「装備の点検をして問題が無ければすぐに出発します」
美香がそう言うと装備の点検を始める。僕は霊刀だけなのですぐに終わる。基本的な隊員の装備は霊刀一本、人によっては二本、特殊マシンガン、炸裂弾である。すべて永琳特製の最新型だ。
個人で装備は選べるので自分に必要と感じない物は持たなくてもいい。新人は基本装備は全部持たされるのでチェックが少し大変だ。
点検が終わり進む事にする。見渡すかぎり樹木の檻。何かが隠れるには絶好の環境だろう。そして案の定樹木の死角に気配を感じる。
「……まったく、本当にどれだけいるんだよ」
ついぼやいてしまう。本日四回目の妖怪との遭遇だ。だけど向こうは隠れたまま動こうとしない。
感じる気配からして五体。さっきまでの雑魚とは違うようだ。
行動方針を美香に通信で尋ねる。
(前方に三、後方に二、どうする?)
(さすがに無視はできないわね、前方の三体押さえられる?)
(う~~~~ん、勘だけど多分いける?)
(なら任せるわ。能力持ちかもしれないから気を付けなさい)
(それはそっちも同じでしょ?じゃ行きますか!)
通信を切ると同時に前方に飛ぶ。
岩陰に隠れていた鼻のない像ような妖怪に霊弾を浴びせる。しかし全弾直撃したはずのそいつはほとんど無傷だった。
「嘘ー…っ!?」
上の方から嫌な感じがしたためバックステップしてその場を離れた直後さっきまでいた場所が何かに抉られた。
上を見ると木の枝に蟷螂のような妖怪いた。だが両腕は鞭のようになっている。さっきのはあの腕か。
「そんなんじゃその子の防御は貫けないわよ」
突然声が響く。いつの間にか岩の上に女が立っていた。いや女のフォルムはしているが下半身は蜘蛛のようだった。蜘蛛女は嗤いながら僕に言い放つ。
「人間がここにのこのこやって来るなんて、そんなに死にたいの?なら望み通りにしてあげる!」
蜘蛛女はそう言うと両手から液体のような物を放つ。
「別に死にに来たわけじゃないよっと!」
飛んでくる液体を避けると液体が落ちた所がドス黒く変色した。
「毒?」
「そうよ、私の能力『毒を造る程度の能力』よ!存分に苦しめて殺してあげる!」
蜘蛛女が再度液体が飛ばしてきた為それを避けようとした瞬間
「GuuuGoooaaaaa!」
像のような妖怪が図体に似合わない速度のショルダータックルで突撃してきた。
「ちょっ!その図体で速いって!」
避けきれず吹き飛ばされ、そして上から蟷螂妖怪の追撃が放たれる。これをなんとか回避し体制を立て直すが直後再び蜘蛛女が毒を飛ばしてきた。なんとかそれを霊弾で相殺する。
「往生際が悪いわね!素直に死になさい!」
蜘蛛女がそう言い放つ。
「いやー、人間って諦め悪い生き物なんだよ」
脅威にさらされた位で死ぬ程度だったらとうの昔に絶滅している。
「それに、あまり人間をなめないほうがいいよ?」
そう言うと僕は能力を発動する。
「傲慢」
そう唱える同時に僕の手に刃渡り六十センチ程、刃幅三センチの刀、小太刀が現れる。この剣は質量のある幻を創造する事ができる。但し無機物限定だけど。
そう例えば――――それを横に振ると突如、四機のバリスタ(大型弩砲)が出現する。突然そんな物が現れた事に驚いたのか妖怪達の動きが鈍る。
バリスタの狙いを像妖怪に向け発射。
「GuuuuGaaayyyy!!!!!」
本来ならありえない連射速度で放たれる矢に防御が自慢だったであろうそいつはあっという間に粉砕される。
「こ、こいつ!よくも!」
像妖怪が塵になったところでようやく残りの二体が動き出す。毒の液体と鞭攻撃が飛んでくるがその全てが空中に現れた幾つもの盾に防がれる。
小太刀を上段に構えると今度は二十を越える槍が展開された。狙いは蟷螂妖怪。小太刀を振り下ろすとそれに合わせるように槍の群れが弾丸の如く撃ち出される。
「キュァァァァ!!!」
蟷螂妖怪は抵抗する間も無く打ち砕かれた。それを見て自分の不利を悟ったのか蜘蛛女は逃走を始めた。
「きょ、今日は見逃してあげるわ!」
完全に負け犬の台詞を吐き森の奥に消えようとするそいつに意識を集中する。
「悪いけど、逃がす気無いから」
すると僕の頭上に五十メートル越す巨大な剣が現れた。生身では扱えなさそうなそれを投槍感覚で蜘蛛女に投擲する。
「ひっ!イヤァァァァ!!!!」
圧倒的な暴力となって迫るそれに抗えるわけもなく蜘蛛女は周りの地面や木々ごと消し飛んでいった。
凄まじい轟音が樹海に轟く。そこで気付いた。もしかして僕、
「……無駄にやり過ぎたかな?」
そう呟いた瞬間、背後に殺気を感じその場でしゃがみ込む。するとさっきまで頭があった場所を霊気を纏ったナイフが駆けていき、そのまま進行方向に在った岩を粉々に粉砕してしまった。
「……本気で殺す気か?」
襲撃者に対し僕はそう訴える。
「あ な た ね ッ !!なんて事してるのよ!!ここまでしないといけないほど苦戦したの?してないわよね!!」
襲撃者美香はひどくご立腹のようだ。まぁ理由は解るんだけど。
「あぁもう!しょうがないわ、貴方達すぐにこの場を離れます。全速力で目標ポイントに向かいましょう」
そう指示を出した。たしかにあんな馬鹿でかい音を立てれば周りの妖怪がここに集まってくる。
その全部と戦える訳も無いので全力で逃げよう!という訳だ。
「虚空、後で嫌って言うほど始末書を書かせてあげるわ」
「何で?嫌だよ面倒くさい!」
「文句なんか聞かないわ!」
「いや、横暴だろ!」
「うるさい!馬鹿!誰の所為でこの状況になってると思ってるのよ!」
森の中を喧嘩しながら飛ぶ僕等を見ながら後ろに付いてきている三人は溜息をついた。
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■
森の開けた場所に結界を張った野営地が出来ていて見渡せばあちこちに疲れきった顔をした新人達が倒れている。
「おう、虚空、美香着いたか!」
僕達の姿を見つけた庵さんが声を掛けてくる。
「連隊長、朔夜分隊ただいま到着いたしました」
そう言って庵さんに敬礼する。
「ご苦労、そういや途中で爆音が聞こえなかったか?」
「知っています。犯人はコイツです」
僕を指差しながらそう報告する。事実だけど。
「…おいおい、マジで気をつけろよ?」
「わざとじゃないんです…」
「そんな言い訳が通用するとでも?」
思っていません。はい。
「まぁいい、とりあえず休んでろ」
そう言い残し庵さんは別の隊員の所に向かっていった。僕達は言われた通り休む事にした。戻る時は連隊規模だが何があるか解らない。
「はぁー誰かさんのせいで無駄に疲れたわ…」
「悪かったよ…帰ったら皆に奢ります」
「じゃぁ許してあげる」
美香がそう言うと三人も頷いてくれる。これからはもっと気をつけよう。そう心に誓うのであった。
ページ上へ戻る