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至誠一貫

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第一部
第四章 ~魏郡太守篇~
  四十四 ~袁本初~

 漸く、行く手に城が見えてきた。
「あれが南皮城さ。けど、城って言うのもどうかな」
 そう話す少女の口調には、嘲りが感じられる。
 自分たちを苦しめている張本人がいるのだ、やむを得まい。
 私はそう、解釈した。
 ……だが、それは思い違いであったようだ。

「…………」
「ほえー」
「……ここ、城……ですよね?」
 一同、声を失っていた。
 屋根は黄金色に輝き、見るからに豪奢な構えの城。
 このような城は書物の中で、太閤秀吉が築いたと言われるものしか思い当たらぬ。
 京の鹿苑寺や、奥州の中尊寺にも金箔を貼った建物はあるが、まるで比較にはなるまい。
 城壁や城門に至るまで、瑕疵一つないのは見事とも言えるが……。
 そんな中、件の少女だけは冷めた表情だ。
「あたしらが日々苦しむ中、此処だけは別世界さ」
「確かに、これだけ手を加えるとなると、相当な費えが必要でしょうねー」
「あり得ません。袁紹さんは、何を考えているのでしょう?」
 風と愛里(徐庶)は、ただ呆れている。
「……ともあれ、袁紹に会わねばなるまい。参るぞ」
 私は頭を振って、歩き出した。

 嵐らが事前に行っていた事もあり、すんなりと城内へと通された。
 少女だけは事前に、一見文官に見える衣装に着替えさせた。
 当人はかなり渋ったが、とにかく袁紹の前に連れて行かねば意味がない。
 お陰で、誰にも見咎められる事もなかった。
 そして、
「おーほっほっほ。お久しぶりですわ、土方さん」
「……袁紹殿も、壮健で何よりだ」
 今は対等な立場、此方がへりくだる必要はない。
 謁見の間には、袁紹の他に顔良、そして見知らぬ少女が一人。
 妙に敵意の籠もった眼で、私を睨み付けている。
 何故か、猫の耳に似た形状の、服と一体化した帽子を被っている。
 歳の頃は、愛里と同じか、やや年上、と言ったところか。
 ……ただ、私は、全く見覚えがない。
「お兄さん、風の知らないところで何かしたんですか?」
 流石に、風らもそれに気付いたようだ。
「風。私をそのような奴だと思うのか?」
「勿論、お兄さんはそんな軽い男じゃないと信じてますけどねー。でもでも、あの敵視ぶりは異常なのですよ」
「ええ。憎悪というか……確かに、怖いですね」
 少なくとも、この世界で謂われなく恨まれる筋合いはない。
「袁紹殿。そちらの御仁は?」
「ああ。そう言えば荀彧さんは初めてでしたわね。荀彧さん、ご挨拶なさい」
「お断りします」
 即答であった。
 高笑いをしていた袁紹も、流石に表情を変えた。
「じ、荀彧さん? 今、何と仰いまして?」
「……ですから、お断りします、と」
 袁紹の顔が、引き攣っている。
 ……荀彧と言えば、あの荀彧なのであろうが。
 それにしても、初対面の私がここまで嫌われる理由がわからぬ。
「荀彧さん! 貴女、わたくしの命が聞けないのですか!」
「袁紹様。私は男などと一言たりとも話すつもりはありません。ですから、お断りします」
 とりつく島もない、と言った風情の荀彧。
 袁紹は怒りで身体を震わせていて、顔良はこめかみを押さえている。
「荀彧とやら。性別だけで差別するとは……それでも貴様、軍師か?」
「な……」
 私の言葉に、ギョッとしたように顔を上げた。
 軍師、という言葉に反応したのであろう。
 が、すぐに憎々しげな顔に戻る。
「話しかけないでよ! 男なんかに話しかけられたら、妊娠しちゃうわ! この全身精液男!」
「ほう。風、私が女子(おなご)に話しかけると、それだけで子が授かるそうだが」
「だったら、今頃魏郡は子供だらけですねー。確かにお兄さんの子だったら、風は本望ですけど」
 ……最後の一言は余計だ。
「な、なんて事よ! やっぱり男は厭らしいわ! これ以上話しかけないで、息もしないで!」
 荀彧ほどの人物なら、もっと筋道の立った話をするかと思っていたのだが。
 これではただの暴論、思い込みと偏見だけで話をする愚物ではないか。
「……袁紹殿。拙者を侮辱するおつもりか?」
「そ、そんなつもりはありませんわ。荀彧さん、席をお外しなさい」
「袁紹様! このような汚らわしい男の言葉を聞き入れるのですか?」
「お、お黙りなさい! 斗誌さん、連れ出しなさい!」
「え、ええ! 私ですか?」
 いきなり話を振られた顔良は、困惑するばかりだ。
「そうですわ! 早くなさい!」
「で、ですが……」
 どうした訳か、顔良は動こうとしない。
「……貴様。武士(もののふ)への侮辱、覚悟あっての事であろうな?」
 私は、兼定に手をかける。
「ま、まさか、城中、しかも袁紹様の御前で剣を抜く気?」
 流石に顔は青ざめてはいるが、それでもまだ、気丈に私を睨む荀彧。
「な、何してるんですか! 土方さんを止めて下さい!」
 漸く、呪縛から解けたのか、顔良が慌てて駆け寄ってきた。
「邪魔をするな。非がどちらにあるか、問うまでもあるまい?」
「で、でも……」
 愛里と風が、顔良との間に立つ。
「謂われなく、我が主が辱めを受けているのです。お仕えする者として、邪魔はさせません」
「お兄さんが恨まれる筋合いがないのもありますが、それ以前に場を弁えない時点で、この場にいる資格はないのですよ。何故、袁紹さんのご指示通り、連れ出されないのでしょうかねー?」
「そ、それは……」
 顔良はまだ、良識がある者と見ていたが。
 私の、思い違いであろうか?
 ……ともあれ、あの小娘を黙らせねばならんな。
 荀彧に視線を戻した私は、そのまま睨み返した。
 これでも、数々の修羅場を潜り抜け、少なからぬ人の命を奪ってきたのだ。
 刀こそ手をかけただけだが、何時でも斬り結ぶつもりで、暫し荀彧を見据えた。
 ……と。
 荀彧は腰を抜かしたのか、その場にへたり込んだ。
 顔は完全に青ざめ、歯の根が合わぬのか、ガチガチと音を立てている。
「……おい」
「ひ、ヒッ!」
 短く声をかけたところ、とうとう精神の限界を超えたらしい。
 そのまま、ガクリと気を失った。
 私も兼定から手を離し、袁紹の方を向く。
「ご無礼仕った」
「……はっ? い、いえ、私の方こそ、とんだ醜態をお見せしましたわね。おほ、おほほほほ」
 取り繕うように笑う袁紹だが、その声は、乾ききっていた。
「では、用件に入らせていただく」
 そう言って、件の少女に、前に出るよう促した。


 その夜。
 袁紹から提供された宿舎に入った私達は、食事の後で集まった。
「……しかし、本当に袁紹に会えるとは思わなかったぜ」
 そう話す少女は、幾らか表情が柔らかである。
「存外、素直であったな」
「ですねー。それにしても、袁紹さんは全然、渤海郡の現状をご存じなかったんですね」
「仕える官吏が皆、都合の良い事しか知らせていなかったようですし。……知ろうとしなかった袁紹さんにも、責任はありますけどね」
 袁紹は、郡太守という身分には拘っていたが、その職責に相応しい働きをするつもりはないようだ。
 それ故、全てを配下に丸投げ、報告だけを受けているらしい。
 文醜はさておき、顔良がその矛先となっているようだが、本分は武官、行政手腕など期待するだけ酷というものだろう。
 それでも、南皮周辺だけは何とか目を届かせようと努力はしている為、袁紹の目にも領内は平穏、と映ったのかも知れぬ。
 少女の訴えに、最初は怪訝な表情を見せていたが、その真剣さに、事態の深刻さに遅ればせながら気付いたらしい。
 ……尤も、どこまで有効な手を打てるのか、怪しい限りではあるが。
「とにかく、あたしの話を聞かせられただけ、良かったよ。……あたし、何平ってんだ」
 と、少女はぶっきらぼうに名乗る。
「何平……。元の名は王平、それに相違ないか?」
 少女、いや何平は、私の言葉に目を見開いた。
「な、なんであたしの事を知ってるんだ?」
 ……やはりな。
 策を立てたとは言え、鈴々の蛇矛を受けきる腕前、ただ者ではないと思っていたが。
「このお兄さんはですねー、いろいろと不思議な知識をお持ちなのですよ」
「わたしもお仕えしてまだ日は浅いですが、全くの同感です。名前を聞いただけで、その人の主な経歴を述べられる事も、珍しくないんですよ」
「……じゃあ、あたしの事もそうだってのか?」
「そう考えて貰って構わない。だが、知っているからどう、というつもりはない。そこは誤解せぬようにな」
「あたしは学がないからよくわかんないけどさ。……ただ、アンタが嘘をつくような奴じゃないって事ぐらい、わかるさ」
 そう言って、何平は笑った。
「さて、じゃああたしは先に寝てもいいかな? 柄にもない場所に出たんで、疲れちまった」
「構わぬ。どのみち、我らはまだ話す事がある」
「わかったよ。じゃ、おやすみ」
 手をひらひらと振りながら、何平は出て行った。
「気を遣ったんでしょうかねー」
「そうかも知れませんね。何平さん、ただの棄民じゃないみたいですね」
 あの少女が、真に王平ならば、このまま埋もれてしまう事もあるまい。

 そして、話題は袁紹の州牧の事へと移る。
「袁紹さんに影で助言していたのは、あの荀彧という者で間違いなさそうですね」
「それにしては、あんまり軍師として役立っているようには見えませんでしたけどねー」
「その通りだな。恐らく、才はかなりの物を持っているのであろうが、あのように思考が偏っていては、な」
 その点、稟や風、愛里、嵐(沮授)、元皓(田豊)は皆、視野が広く、物事を公平に見る。
 軍師に限らぬ事ではあるが、視野を狭める事は人物を狭量にするだけ。
 理由はわからぬが、荀彧のようにただ男嫌いというだけで、それを露わにするのでは働き場もあるまい。
 少なくとも、私が袁紹であれば用いるべき人材にはならぬ。
「お兄さん。あの荀彧ちゃんの事も、ご存じではなかったのですか?」
「……いや。私が知る荀彧は、少なくとも、あのような人物ではない。『王佐の才』と呼ばれる程の才を持つ者なのだが」
 実際、私が知るのは、曹操の覇業に多大な貢献をしたという事。
 この世界の華琳が果たして、あのような偏見に満ちた人材を用いるかどうかはわからぬが、少なくともあのまま、袁紹の下にいるとは考えにくいな。
 そう思っていると、不意に外が騒がしくなった。
「何かあったんでしょうか?」
「兵士さん達が、走り回っているようですねー」
 考えられるとすれば敵襲だが、賊の類が兵の居る事が明確な城を攻めるとは考えにくい。
 漢王朝は斜陽とは申せ、群雄割拠にまでは至っておらぬ以上、私闘もあるまい。
「土方様。顔良様がお見えです」
 そこに、同行している兵士が、取り次ぎに現れた。
「よし、通せ」
「はっ」
 入れ替わりに、やや慌てた様子の顔良が、入ってきた。
「申し訳ありません、夜分に」
「いや。火急の用件とみたが、何事か?」
「は、はい。実は、荀彧さんをご存じないかと思いまして」
 私は、愛里や風と顔を見合わせた。
「いや。そもそも、先ほどの様子では私と顔を合わせる事すら望まぬであろう」
「そうですよね……。はぁ、もうどこ行っちゃったんだろう……」
 がっくりと肩を落とす顔良。
「もしかして、行方を眩ましてしまったのでしょうかー?」
「……そうなんです。こんな書き置きを残していったんですが」
 と、顔良は一通の書簡を差し出した。
「あの、読んでも宜しいのですか?」
「どうぞ。機密になるような事は、書かれていませんから」
「では、失礼します」
 愛里がそれを受け取り、卓上に広げた。
 そこには、仕えるべき主人をもう一度見定めたい、それ故今一度旅に出る、とだけ記されていた。
「……失礼だが、荀彧は袁紹殿を見限った、としか読み取れぬが?」
「……やっぱり、そうですよねぇ。以前から、麗羽様に不満を持っていたのは知っていたんですけど」
「それにしても、唐突ですね。失踪前の様子はわかりますか?」
 愛里がそう言うと、顔良は少し、首を傾げた。
「はい。土方さんの前であのような無礼を働いた後、だいぶ後で意識が戻ったんです。その後で、麗羽様から酷くお叱りを受けまして……麗羽様、恥をかかされたってカンカンでしたから」
「自業自得ですね、それは。それで、その後はどうなりましたかー?」
「麗羽様と口論の末、部屋に閉じこもってしまったんです。夕食にも手を付けずにいたみたいなんですが、その後で様子を見に行った兵が、部屋からいなくなっている事に気付きまして……それで」
 慌てて大捜索、という次第か。
 袁紹の下には、軍師はおろかまともな文官がいない事は、先ほどの会話で知り得た事だ。
 性格を別にすれば、荀彧ほどの人材は、袁紹麾下では貴重どころの話ではあるまい。
 ……尤も、袁紹本人がどこまでその価値に気付いているかは、甚だ疑問ではあるが。
「あの、土方さん。……気を悪くされたかと思いますが、荀彧さん、男の人には誰でもあんな態度なんです」
「さもあろう。全くの初対面で、あそこまで一方的に憎まれる謂われはない」
「そうなんです。お陰で、彼女が麗羽様に仕官して以来、一方的に罵倒されたりする男の文官が、次々に辞めてしまいまして……。ただでさえ人手不足なのに、うう……」
「いくら何でも、それは問題だと思うのですけど。……もしかして、先ほど荀彧さんを庇ったのは……」
 愛里の言葉に、顔良は俯いた。
「……はい。性格に難がある事はわかっているんですけど、それを補って余りあるだけの智謀を持っていますから。麗羽様も文ちゃんも、内向きの事では全く頼りにならなくて」
「良いのか、そのような内情を私に話しても?」
「……いいんです。外見だけ取り繕っても、いずれ露見してしまいますしね」
 顔良は苦笑した。
「だから、今荀彧さんにいなくなられては困るんです。それで、私の一存で兵を出して探させているんですが……」
 事情はわかったが、荀彧探しに協力する理由は何処にもない。
 私が男と言うだけで、一方的に無礼を働いた事もあるが、今の袁紹が州牧だけに目が行っているのも、荀彧という存在が影響しているのは確かだ。
 軍師ならば、策を講じるのみならず、必要があれば主君を諫めるぐらいでも良い筈。
 だが、荀彧にはそんな素振りはなく、ただ袁紹を煽り立てているだけにしか見えぬ。
 顔良には気の毒だが、荀彧の存在は、今の袁紹に取っては利よりも害が勝っている。
 袁紹が苦しむのは統治者たる資質の問題、それは良い。
 だが、支配される側、庶人の苦しみはそのまま、悪化するばかり。
 手を貸す訳にはいかぬが、少なくとも眼を向けさせる事には成功したのだ、また元の木阿弥では意味がない。
 ……ならば、少しばかり手を出すとするか。
「顔良。此処にはおらぬが、城外は探させたのか?」
「いえ。こんな時間で城門も閉まっていますし、それに荀彧さん一人でとは考えられませんから」
「そうかな? 奴は頭が切れる、顔良がそう考える事を見抜き、敢えて城外に出た可能性もあると思うが?」
 私がそう言うと、顔良はあっという顔をした。
「そ、そうですね! ご助言、感謝します。それでは、失礼します!」
 そう言い残し、慌てて飛び出して行った。
「お兄さん。わざと顔良さんに嘘を教えましたね?」
「ふっ、流石風、見抜いていたか」
「でも歳三さん。一体、どうなさるおつもりですか?」
「……少しばかり、灸を据えてやろうと思ってな。さて、まずは荀彧を捕らえねばならんな」
 私は、腰を上げた。


 翌日の早朝。
 城門が開かれるのと同時に、小さな影が素早く、城外へと走り出た。
「フフフ、ほんっと馬鹿ばっかよね。夜中に城外になんて出る訳ないのにね」
 得意満面でそう呟きながら、荀彧が此方に向かってきた。
「よし。手筈通りに動くのだ。良いな?」
「応!」
「なぁ、土方さん。本当にいいのか、こんな事やっちまって?」
 棄民姿に戻った何平が、呆れたように言う。
「構わんさ」
「まぁ、面白そうだからいいけどさ。んじゃ、ちょっくらやってくるか」
 そして、荀彧の前に、男の兵士が扮した盗賊が立ち塞がる。
「な、何よあんた達!」
「へっへっへ、おい野郎ども!」
 合図と共に、他の兵が飛び出す。
 皆、盗賊に扮しているのと、付け髭などでわざとむさ苦しい格好をしている。
「い、いや……。ちょ、ちょっと来ないでよ……」
「かかれっ!」
 合図と共に、兵達は荀彧に群がり、あっという間に縛り上げた。
「捕まえたか?」
「へい、お頭!」
 そこに姿を見せた何平、芝居が板についているな。
 ……兵らも、随分と乗り気なのは、少々意外であったが。
「あ、あんた達! 私を誰だか知っているのでしょうね?」
「あ~? 袁紹んとこの、自称軍師様だろ?」
「な、何ですって……?」
 何平は不敵に笑って、荀彧を小突く。
「ま、こんな貧相な身体つきじゃ、高くは売れねーけど、仕方ないだろ。おい、野郎共」
「へい!」
 兵の中でも、一層むさ苦しい格好の者が二人、荀彧の両側に着いた。
「ちょ、ちょっと、近寄らないでよっ!」
「うるせぇ!」
「へっへっへ、大人しくするんだな!」
「い、いやぁぁぁぁぁぁ!」

 そのまま、何平の指揮の下、魏郡まで連れて行き、領内の外れで解放させた。
 近くを大規模な商隊が通る事を見越して、である。
 無論、私は同行出来なかったのだが、
「縄を解いたのに、暫くは身動きしてなかったぜ? 『男が怖い男が怖い……』ってブツブツ呟きながらさ」
 律儀にも、最後まで付き合った挙げ句に戻ってきた何平が、そう報告してきた。
 尤も、その時は私もまた、ギョウに戻っていたのだが。
「お兄さんも、なかなかえげつないですねー」
「でも、自業自得ですしね。少しは懲りたでしょう」
 些かやり過ぎたかと思っていたが、風だけでなく愛里までこの調子であった。
 余程、私を罵倒した事が、腹に据えかねているようだ。
「何平、ご苦労であった。少ないが、報酬を受け取るが良い」
 自身の手持ちから、幾許かの金を何平に手渡した。
「え? いいのか?」
「ただ働きをさせるつもりはない。それだけの働きをしたのだからな」
「そうか。なら、いただいておくぜ、へへ、じゃあな」
「うむ」
「……本当に良かったのですか? 鈴々ちゃんと渡り合った腕前といい、機転といい、惜しいと思うんですが」
 去って行く何平を見送りながら、愛里が言う。
「だが、本人が仕官を望まぬのだ。無理強いをしても仕方あるまい」
「……はい」
 あれだけの人物、野にあっても存在感を示すであろう。
 ふっ、いずれまた何処かで会うやも知れぬな。 
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