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カーボンフェイス

作者:やまちょ
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プロローグ.2

 それから20年後、キングストンストリート250の路地裏で、俺は顔を失った。叫ぼうとして息を吸うと、行き場をなくした炎が流れ込んでチリチリと肺を焼く。業火が顔を焼き、俺の個性を奪っていく、鼻も、口も。眼球の水分が沸騰していく。炎を通して見るのは痛みと熱さと恐怖だけだ。視界はゆらゆら揺れ、フルスクリーンの映画でアスファルトの蜃気楼を見ているようなものだった。声にならない擦れた音を吐きながら俺は頭を抱え地面を転がった。こういう時、人はみな同じような行動をするものだ、本能というのかもしれない。地面に散らされたオイルが入っていた空き瓶の破片が背中に突き刺さるのを感じた。流れ出る血が身体を伝い、そして音を立てて蒸発していく。もはや顔だけでなく、俺の身体も炎で包まれつつあった。

この鋭い痛みは俺が侵してきた罪の代償なのか、身を焼く音は殺してきた者の怨嗟の声なのか。だが、

「俺は・・・俺は俺は自分のやってきたことを悔やまない。」

 罪を犯さなければ生き延びられなかった、このキングストンという街では。この街はスラムのようなものだ。街は外観こそ整い小奇麗に見えはするがその実は、ギャングが蔓延りクスリや売春行為で侵されている。ズブズブに沈んだこの街に人々は無頓着だ。上っ面だけ生きる奴らは自分の街の腐った部分は見ようとはしない、この路地裏から見える表通りを歩く連中がまさにそうだ。奴らは細い路地に目を向けようともしない。そこには薄汚いものが満盈していることを知っているからだ。

 だが、俺はそちら側では生きられなかった。当然だ、金もない、家もない、そんなガキが生きていけるのは裏路地しかなかった。殺しもやった、盗みも働いた。恐喝、人身売買、何でもして金を稼いだ。だが、ナイフを買う金もない俺はどうやって連中を黙らせてたと思う?焼いてやったのさ、しゃべれなくなるまでな。親父のくれた銀のオイルライターは血と墨で煤けて赤黒く変色し、いつしか禍々しい光沢を帯びるようになっていた。焼けていく奴らの断末魔を聞きながら小気味良い音でライターを鳴らす。その音がお気に入りだとあの女は言っていた。

 ここ一体の裏路地を仕切っていたのはスザナ・ポニファシオ、「カーニバル」と呼ばれている女だ。彼女の一存で裏路地の闇が動き、彼女の一声で首か飛ぶ、そういう女だ。イギリスではこういう女のことを鉄の乙女(アイアンメイデン)というのだろう、乙女なんて容姿ではないがな。とにかく、この女に気に入られなければ裏路地ではやっていけない。奴はレズビアンだったのか?ヤツの周りにはいつも数人の女がいた、赤毛に金髪、グラマラスな女どもでどれも目を見張るような上玉だった。

 硝煙が収まり、嫌な臭いが当たりに漂う。この臭いが自分の身体から発せられていることに気づくまで少し時間がかかった。上着はとっくに燃え尽き、俺は半裸で地面にうつぶせで転がっている。死んでいない。俺はまだ生きている。顔面の痛みに表情をひきつらせようにも今ではそれもかなうまい、触らずとも俺の顔がどうなっているのかぐらい容易に想像がついた。もう人の顔ではないだろう、この路地裏でさえ異形だ。裏路地の闇医者アンガス・メリルでも手の施しようはない。普通ならとっくに絶命しているほどの重症だ、俺が焼いてきた連中がそうだったように。手の中に熱い感触を感じた、オイルライターだ。熱されてほのかに赤く色づいている。右手に鋭い痛みが走るが気にはならない。銃弾なら胸ポケットに入れとけば命でも助けてくれそうなもんだがこういう時には役に立たないな、そんなことを考えながら立ち上がるために腕に力を入れた。ベリベリと顔と地面がはがれる音がする。唇も燃えてしまったのだろう、歯が小石にぶつかりカチカチと鳴った。

 遠くから笑い声が聞こえる、下卑た笑い声だ反吐が出る。こいつらが俺を燃やしたのか?独断で?いや、ちがう。裏路地にも秩序がある。勝手な殺しは混乱の元だ。じゃあ誰の差し金で?

---------------------------------------------カーニバルだ。

あの女の差し金に決まっている。心当たりなら山ほどあるが誰が奴に漏らしたのか、誰が俺に直接手を下したのか、それが重要だ。必ずこのツケは払ってもらう、全員殺す。

 背後で音がした。ゆっくり振り向き慎重にあたりに目をやると、そこにいたのはホームレスだった。彼は怯えた風に両手で顔を隠して震えている。汚らしい風貌だ、この手の連中は裏路地では珍しくもないが、俺はこの男に覚えがあった。ほんの数分前だ、俺をこの裏路地に誘ったのは他でもないこの男だからな。

「ひ・・・俺は知らねェ!あんたがこんな・・・あぁ、ひどい顔だ!そんな顔でこっちを見ないでくれ!俺は関係ねェんだ!ただ、アンタをここに呼び出せば金をくれるって・・・よせよせやめてくれ!」
 
弱者に罪はない、この男もおそらくは本当に無関係なんだろう。きっとはした金を掴まされ、利用されたんだろう。俺は怯える男に近づき、ゆるりとした手つきで左手を男の肩に添える。ゆっくりとさすってやると、震えて緊張し、強張った男の身体がいくらか治まったかのように思えた。
右手でオイルライターを遊ばせ親指で蓋を鳴らす音を聞きながら、俺は男に聞いた。


「俺が今どんな顔してると思う?」

 
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