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センゴク恋姫記

作者:遊佐
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第2幕 曹孟徳

 
前書き
1幕と2幕に分けていますが、実はここまでが1話だったり。
例によって長すぎるので分けました。 

 
「半兵衛様っ!」

 自身の叫ぶ声で、目を開く。
 だが、その眼差しの先にあるのは青空。

(空……空じゃと?)

 そのことに気づいたゴンベエが、体を起こす。
 そして周囲を見て呟く。

「どこじゃ、ここは……」

 見たこともない森の畔。
 目の前には小さな小川。

 遠くに見える山々は、見たこともないような禿山で、地平線の先まで見える大地は乾燥した不毛な地。

 木と水に溢れた日ノ本の大地とはまるで違うことに、ゴンベエは急に孤独感に襲われる。

「あら……やっと目が覚めたのね」

 不意に声がした。
 慌てて振り向くと――

「随分高いびきで寝ていたけど……私が盗賊だったら、貴方死んでいるわよ?」

 見たこともない美少女が、草むらに座り込んで、こちらを覗きこんでいる。
 ゴンベエは、その少女の容姿に、思わず見惚れてしまった。

(髪が金色……南蛮人か? 幼子のようじゃが……おかずよりええ器量じゃの)

 自分の娘――養女だが――より見目麗しい少女に、一瞬我を忘れる。
 だが、瞬時に自分の妻の恨みがましい眼を思い出し、ぶんぶんと首を振るった。

「? 大丈夫?」

 その様子に、少女が訝しげに尋ねてくる。

「だ、大丈夫じゃ……童子(わらし)、ここはどこかの?」
「わらし? よくわからないけど、ここは兗州(えんしゅう)……陳留の近くよ。場所も知らないなんて、どこから迷い込んだのかしら?」
「えんしゅう……? そんな地名、播磨にあったかのう……」
「はり、ま?」

 互いにはてなマークを出しあう、少女とゴンベエ。
 ゴンベエは、少女に向き直ると、その姿を凝視する。

(見たこともない服……どこかの透波かとも思うたが違うようじゃ……かといって農民でもなさそうじゃの。奇天烈な格好じゃ)

 ゴンベエにしてみれば、少女の着ているスカートなどは見たこともない服装である。
 ましてや金色の髪を、左右で結って巻いてある少女など、見たことも聞いたこともない。

「童子よ。おんし、この辺りの者かの?」
「だから、わらしってどういう意味かしら? 私はわらしなんて名前じゃないのだけど」
「は? 童子は童子じゃろ? 幼子という意味じゃ」
「おさ……貴方ねぇ、失礼にも程があるのじゃなくて? 似たような年格好の癖に」
「は?」

 少女の言葉にきょとんとするゴンベエ。
 似たような年格好?

「あのな……わし、三十路越えとるぞ?」
「嘘おっしゃい! 川原の水で自分の顔を見てから冗談を言いなさいよ」
「……へ?」

 少女に言われて、水面に顔を写すゴンベエ。
 その顔は――

「なっ!?」

 ゴンベエは自分の顔姿に愕然とする。
 普段見慣れたダンゴ鼻はそのままだが、顔全体が……いや、体全体が縮んでいる。
 否――若返っていた。

「わ、わし……どうなっとるんじゃ!?」

 自分の手足を見るが、甲冑はそのままだが、肉体年齢は十五・六ほどまで若返っていた。

(これではまるで……稲葉山の頃の姿になっとる)

 若くして数多くの失敗をした苦い思い出……お蝶を失い、堀久太郎に殺されかけた思い出が蘇る。
 そして、信長様に初めて会ったあの頃を……

「貴方……本当に大丈夫? 見たこともない姿をしているけど、細作にしては間抜けだし……」

 少女が呆れた声で溜息をつく。
 その声に、ゴンベエは振り返った。

「……どうなっとるんじゃ?」
「は?」
「わしは夢でも見とるんかの?」
「知らないわよ」
「わし、若返っておるんじゃが?」
「だから知らない……ってちょっと待ちなさい。若返った?」
「夢じゃ……そうじゃ、夢の続きじゃ……そもそも半兵衛様が生きておられるわけがない……」
「ハンベエって誰よ」
「そうじゃ、もう一度寝よう……そうすれば、もとに戻るはずじゃ……」
「あ、貴方ねえ……人の話を……」
「そうじゃ、そうじゃ……目覚めれば、元に……」
「いい加減になさい!」

 ゴスッ!

「ぬあっ! くぁぁ……ッ! 何するんじゃっ!」

 ゴンッ!

 再び、鈍器のようなもので殴られる。
 否、それは巨大な鎌だった。

「さっきから理由(わけ)のわからないこと言ってるんじゃないわよ! 貴方がどう思おうと、ここにいる貴方は現実よ! 貴方は私のお気に入りの場所で、ぐーすか寝息を立てていたの! まったく……久しぶりに政務が早く終わったから涼みに来てみれば……」
「おおおおお……」

 突きつけられる巨大な鎌に、引き攣りながら頭を押さえるゴンベエ。
 少女は、その鎌の切っ先をゴンベエの首へと当てた。

「どこの馬鹿か、細作かと思って近づけば、鼻提灯だして眠りっぱなし。とは言え、放置もできずにどうしようかと思っていたら、眼を覚まして訳の分からないことを言い出した挙句、言うに事欠いて人のことを孩子(ハイズ)扱い? 随分舐めたこと言うじゃないの」
「は、はいず? おんしゃ、なにいっとるんじゃ?」
「あ・な・た・が! 何言ってるのか、わかんないのよ!」

 少女は、その勢いのまま、ぶんっと鎌を振るう。
 たまらず、ゴンベエは首を縮めてその鎌を躱す。

「あ、危なっ!? なんつーぶっそうな女子(おなご)じゃ! 南蛮人の女子は、こんなんか!?」
「誰が南蛮人よ! あんな変な奴らと一緒にしないで頂戴! 私は、生まれも育ちも曹一族よ!」
「そう? そうなんて豪族、知らんぞ!?」
「まだ言うか、このっ!」

 少女の振るう鎌を、右往左往しながら避ける若返ったゴンベエ。 
 本人たちは大真面目なのだが、傍目から見ると痴話喧嘩にしか見えなかった。

「ハァ……ハァ……い、意外にすばしっこいわね」
「そりゃ、おなごの太刀筋じゃ、いくらわしだって避けられるわい。これでも槍一本で一万石になったわけじゃしのう」
「? 一万石? なんのことよ」
「わしのことを知らんのか……というか、ほんとにここは日ノ本なのか?」
「日ノ本……ちょっと待ちなさい。貴方……本当にどこからきたの?」

 少女は鎌を構えたまま、訝しむ。

「……その前に、お互い名すら知らぬ。ここはひとつ、互いに名乗るとせんか?」
「……いいでしょう。けど、まずは貴方が名乗りなさい。それが礼儀よ」

 少女の言葉に、頷くゴンベエが胸を張る。

「わしは織田家、羽柴籘吉郎様寄騎、仙石権兵衛じゃ」
「……おだけ? 聞いたことないわね」
「な、なにい!? お主、天下一統を目前としておる織田家のことを知らんと言うのか!?」
「………………」

 ゴンベエの言葉に、訝しむ少女。
 その言葉の真意を考えるも、少女には皆目見当がつかなかった。

「……まあ、ええ。お主の名はなんじゃ?」
「え? ええ……私はね、姓は曹、名は操、字は孟徳……陳留刺史よ」
「なんじゃ、そのけったいな名前は……おそうとでも言うのか?」
「……やっぱり。貴方、大陸の人間じゃないのね」

 そう言う少女――曹操は、ゴンベエに向けていた鎌を下ろす。

「見慣れない鎧に、知らない名前。そして私の絶を躱す力……ふむ」
「何を納得しとるんじゃ? わしは皆目見当がつかんのじゃが」
「……ふん。ただし、頭はあんまり良くなさそうね。まあいいわ」

 曹操は、鎌――絶を肩に担いで、ニヤリと笑った。

「貴方、面白いわね。話を聞いてあげるわ。私の屋敷にいらっしゃい」
「は……?」

 突然、態度が変わった曹操に、ゴンベエが訝しむ。

「いつまでもここにいてもしょうがないでしょ? それとも当てがあるのかしら?」
「いや……まあ、ここがどこかもわからんしのう。孫もソバカスもおらんし……というか、本当にここはどこじゃい」
「それが知りたければついてくることね」

 そう言って、曹操は森の中へと歩き出す。
 しばらく逡巡したゴンベエだったが……

(……とりあえず行ってみるしかないわい)

 覚悟を決め、歩き出した。




  * * * * *




 森を抜け、禿げた大地をしばし歩くと、目の前に大きな壁に覆われた城が見えてくる。
 ゴンベエは、その城壁を見てたまらず声を上げた。

「なんじゃ、この城は……えらくでかい石垣じゃのう」
「これは城牆(じょうしょう)……城郭の外壁よ。街はこの中にあるわ」
「街!? 城の中に街があるじゃと!?」
「そうよ……いいからいらっしゃい」

 曹操は、ゴンベエに先立ち、城門前に立つ歩哨に声をかける。

「これは孟徳様。おかえりなさいませ」
「ええ。変わりはない?」
「はっ。商人が数名参りましたが、いずれも許可証を持つものでした」
「そう。何かあればすぐに知らせるように」
「はっ!」

 歩哨は、姿勢を正して報告する。
 そして、曹操の後に続くゴンベエに気づき、槍を構えた。

「孟徳様、この者は……」
「ふふ……まあ、不審者ではあるわね」
「なっ!?」
 
 歩哨は、その言葉に、ぎらりと眼を光らせる。

「曲者!」

 その矛先をゴンベエに向けようとして――

「なっとらんの~……」

 その槍が、すでに歩哨の手の中から消えていた。

「なっ!?」

 自分の手から消えた槍は、すでにゴンベエの手の中にあった。
 歩哨は、自分の手と、ゴンベエを交互に見て呆然としている。

「うちのやつらでも、もうちょっとマシじゃぞ? 雇われたばかりの百姓でもなかろうに。もうちょっと気を入れることじゃな」

 そう言って、ひょいと槍を放るゴンベエ。
 歩哨は呆然として、その槍を受け取った。

「へえ……やるじゃない」
「これでも湯山奉行じゃぞ? あんな隙だらけの相手ならば当然じゃ」
「……興味深いわね。早く話が聞きたいわ」

 そう言う曹操に、ゴンベエは肩を竦める。
 と――

「華琳さまぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 ドドドド……という、砂煙を上げつつ向かってくるものが一人。
 そして、曹操の目の前で急停止する。

「華琳様!」
「あら、春蘭。どうしたのかしら?」
「どうしたのか、じゃありません! どこに賊がいるかもわからないのに、お一人で外に出られるなど……」
「あら。私が賊ごときに遅れを取ると思って?」
「いいえ! そんなことはまったく思ってもおりませんが……」

 春蘭と呼ばれた女性が、必死で否定する。
 その姿に、ゴンベエは……

(また、けったいな”おなご”が現れたのお)

 ぽりぽりと頭を掻いた。

「まあ、黙って出たのは悪かったわね。ちょっとした気分転換のつもりだったのだけど」
「ご無事でしたらよろしいのです! 私はいつでも、華琳様のことだけを考えていますので……」
「ありがとう。嬉しいわ」
「ああ、華琳さまぁ……」

 目の前にいる曹操を神のように慕う様子に、居心地の悪さを感じるゴンベエ。
 見れば、隣にいた歩哨も苦笑している。
 どうやら、これは日常のことらしい。
 勘の良いゴンベエは、そう察した。

「では、屋敷までお供します。華琳様!」
「ええ……ではいくわよ。ええと……」

 そう言ってゴンベエを見る、曹操。
 釣られて春蘭と呼ばれた女性もゴンベエを見る。

「名前、なんだったかしら?」
「ん? ああ、わしか。権兵衛じゃ、仙石権兵衛」
「ゴンベエ、ね。おかしな名前だから言い難いわね……まあいいわ、いくわよ、ゴンベエ」
「華琳様……誰ですか、こいつ」
「面白いから拾ってきたのよ……男にしてはなかなか使えそうよ」
「男が……ですか? とてもそうは見えませんが」

 そう言って上から見下ろすように見る女性に、むっとするゴンベエ。

「なんじゃい」
「…………」
「そう……といい、お主といい……けったいな格好したおなごは、無礼じゃのう。本来ならば斬られても文句言えんぞ?」
「なっ……なんだとぉ!?」

 ゴンベエの言葉にブチ切れる春蘭。

「誰の姿がけったいだと!? 私から見ればお前こそ見たこともない鎧で怪しい事この上ない! 貴様、何者だ!」
「……うっさいのう。声のでかい女じゃ。そう、よ。こやつ誰じゃ?」
「ふふ……春蘭のこと? 自分で聞いてみなさいな」

 この時、曹操はひとつの過ちをした。
 相手が自分の知らぬ土地から来たことを気づいているにも(かかわ)らず、ゴンベエを試すためにわざと、こう言ったのである。
 そのことで、後に頭を痛めることになるのだが……後の祭りだった。
 その理由(わけ)は……

「しゅんらん、というのか。こやつもおかしな名前じゃのう……」

 その言葉に、春蘭の眼が鋭利に光った。

 瞬時に抜き放たれた大刀が、ゴンベエの頭蓋を割るために叩きつけられる。
 だが、それを瞬時に避けたゴンベエ。
 その刀の先には、隣にいた歩哨がいた。

「へっ?」

 ゴシャッ!

 春蘭の大刀が、ゴンベエの代わりになんの罪もない歩哨を二つに両断する。
 その様子に、華琳の顔が青ざめた。

「ちょっと、春ら――」
「貴様……私の真名(まな)を呼んだな」

 鋭利に光る眼光が、大刀を避けたゴンベエを追尾する。
 その眼光は、すでに猛獣のそれだった。

 ――死ね。

 それは言葉だったのか、圧倒的な殺意が言語化したのか。
 曹操にはわからなかった。

 かき消えるような素早さで大刀を振るい、再度ゴンベエに襲いかかる。
 だが、ゴンベエはその大刀の鍔に自らの刀を合わせて、それを受けきった。

(あの春蘭の刃を受けきった!?)

 曹操は、驚愕する眼でそれを見る。
 春蘭の刀を受けきる豪傑など、この大陸に何人いるかどうか。
 そう常日頃思っていた曹操である。
 だが、それを受け止めた者がいた。
 しかも、男で。

(この男……思っている以上に拾いモノかもしれない)

 そう思った曹操は、まさに権力者の思考だった。

「……貴様っ!」

 だが、武人である春蘭には恥辱である。
 この女尊男卑の世で、自負する自分の武が受け止められたのだ。
 たかが、男に。
 春蘭――名にし負う夏侯惇の自分が、である。

 夏侯惇は、自分の剣を受け止めた男を睨む。
 その男、ゴンベエは――

「……な、なんつー馬鹿力じゃ」

 びびりまくっていた。

(や、やばかった……後一瞬遅れていたら、確実に死んどった。ほとんど無我夢中で刀を合わせたはいいが……力は堀才助以上じゃ。というか、なんでこのおなご、こんなに怒っとるんじゃ?)

 正直、偶然だった。
 いきなりの殺気に、体が無意識に動いた。
 気がついたら、見えもしない太刀から避けていた。
 そして、避けても殺気が追い付いてきた。
 無我夢中で刀を抜いて、勘を頼りに振りぬいた。

 そして今の状況である。

 全てはゴンベエ自身の、十数年間の間に培った生存本能の賜物だった。
 そして、その経験を持ったまま、十代の若々しい肉体の条件反射能力のおかげでもある。

 十代の頃の経験のなさでは死んでいただろう。
 三十代の肉体では、最初の一太刀を気づいても避けられなかっただろう。

 両方を持った今のゴンベエだからこその、奇跡だった。

(殺気は右府様以上……力は堀才助以上……速さは久太郎以上じゃ。こんなん勝てるかっ!)

 すでに腰が引けている。
 後一合、夏侯惇が打ち合おうとすれば、ゴンベエが受けきる事など、まず出来なかったであろう。
 だが、そこに救いの手が差し伸べられる。

 誰であろう、曹操の手によって。

「そこまでよ、春蘭!」

 主君である曹操の、激しい叱責の声がする。
 夏侯惇は、いざ、もう一太刀、と勢い込んだ矢先の制止の声に、ビクッと身体を竦めた。

「で、ですが、華琳様! こやつは私の真名を――」
「聞こえないのか、夏侯元譲!」
「……………………っ、はっ!」

 曹操の言葉に、夏侯惇が力を抜く。
 だが、その静止の言葉は片方にしか有効ではなかった。
 つまり――

(今じゃ!)

 目の前で隙だらけとなった相手に、一瞬の勝機を見出してゴンベエは、刀を押し込んだ。
 力を抜いていた夏侯惇。
 不意をつかれれば、大陸有数の豪傑とて脆いもの。

「なっ!?」

 たまらず仰向けに倒れる。
 そして、その上にまたがったゴンベエは、長い刀を捨て、脇差しを抜いた。

「やめ――」

 曹操の制止の言葉も、ゴンベエには効果が無い。
 すかさずその脇差しで、夏侯惇の首をかっきろうとする。

(やられる!)

 夏侯惇が、蒼白な顔で己の死を覚悟した瞬間だった。

 ストッ。

 静かな音。
 それは、その場にいた誰の耳にも届いた音。

 何かが刺さる音。

「……あ?」

 ゴンベエは、顔を上げる。
 その視線の先に、弓を放った怒りに燃える瞳の女性を見つけた後。

 急激に視界が暗転した。
 
 

 
後書き
今回はここまで。
またしばらく矛盾の方を書きます。

続きは少しずつ書き溜めておきますが……反響次第ってことで。 
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