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センゴク恋姫記

作者:遊佐
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第1幕 仙石権兵衛

 
前書き
前々から書きたかったものの一つです。
やっとプロットが最終話まで出来あがりました。
それでは馬鹿の権兵衛の恋姫文絵巻、開帳でございます。 

 

 時代はまさに戦国の世――

 後年に戦国時代、もしくは安土桃山時代と呼ばれる1560年(永禄3年)からの40年間は、その100年ほど前に起こった応仁の乱より続く、戦乱の時代だった。
 時の権力者である足利義輝は、管領であった細川晴元の家臣を裏切り、幾内に大勢力となった三好長慶の傀儡と成り下がっていた。
 その三好長慶が1564年(永禄7年)に死去すると、その将軍である義輝も翌年に松永久秀と三好三人衆の襲撃に遭い、死亡。
 その跡を継ぐように担ぎ上げられた義輝の従兄弟である義栄が、次の将軍となるはずであった。

 だが、そこに一人の時代の革命児が現れる。
 彼の者の名前は、織田信長。
 彼は、義輝の次弟である足利義昭を擁立して、京へ上洛。

 三好三人衆は抵抗するも敗れて阿波へと逃れ、松永久秀は信長に臣従。
 義栄は、そのすぐ後に病死し、足利義昭が15代征夷大将軍となった。

 だが、世の乱れはそれで終わらない。
 その義昭を傀儡としようとした信長と、義昭の間で争いがおき、義昭は陰謀を廻らせ周辺諸侯への信長討伐包囲網を完成。
 それを各個撃破しつつ、信長は主犯たる義昭を西国・毛利へと追放した。

 時代は織田政権へと移り、幾内の陸運・海運という莫大な資金力を背景に、日ノ本全土を掌中に治めんとしていた。

 そして、刻は1582年3月。
 その数ヵ月後に、日ノ本を震撼させる出来事が起こることなど誰が知りえただろうか?


 さて、そんな渦中の時代に1人の男がいる。
 疎の者、(つら)の勇壮さのみにて、黄金の一錠を与えられ、召抱えられた男。
 信長が、美濃を岐阜と改め掌握した頃に、敗退した斎藤家から織田へ鞍替えし、木下籐吉郎の寄騎となった古株の男。

 その両腕の才覚のみで千石を賜り、木下籐吉郎が『羽柴筑前守秀吉』と名を変え、中国の総大将となったことで1万石という寄騎中、最大の出世を果たした男がいた。

 彼の者の名は――


「ぶえっくしょんっ!」

 ぶっ!

「……ゴン(にぃ)、またですか?」

 鼻を手で抓み、顔を背ける男。
 彼の者の名は、萩原孫太郎国秀。
 通称、孫。

「……まさか、また漏らしたんじゃねぇだろうな」

 その横で、こちらも鼻を抓む右頬にソバカス顔の男がいた。
 名を津田杉ノ坊妙算。
 通称ソバカス。

「こらぁ、ソバカス! じゃから武田との戦以来、漏らしとらんゆうたじゃろうがっ!」

 その横で唯一馬に乗り、怒りを顕わにして叫ぶ男。
 羽柴家寄騎中、突出した出世を果たした男。

 仙石権兵衛秀久。
 通称ゴンベエである。

「にしては回数が多いですからね。疑いたくもなります」
「いやに臭いしな」

 孫とソバカスが、顔を見合わせながら神妙に言う。

「馬鹿者! わしの屁はそんなに臭くないわい! ほれ、こうして……オエッ!」

 騎乗の人であるゴンベエは、その尻からの匂いを手で手繰り寄せるように嗅ぎ……その匂いに咽る。

「馬鹿ですか、ゴン兄」
「馬鹿だな」

 呆れる従者である二人。

 漫才のような三人は、湯山街道を西へ歩を進めている。
 仙石ゴンベエは、ここ中国方面軍の湯山奉行としての任に就いている。
 湯山奉行とは、いわゆる温泉で裸の要人を警護する任であり、またその周囲一帯の警備を統括する者だった。

 そして彼は今、その上司である羽柴筑前守秀吉に(いとま)返上で警護の命を受け、美濃の自領地より有馬温泉へと向かっている最中なのである。

「やれやれ……本来は半兵衛様の為に買って出たはずが、なんでこんなことに……」

 ぶちぶちと文句を垂れるゴンベエ。
 その様子に、孫は苦笑する。

「それ、籐吉郎様に言わないでくださいね」
「言うだろうな、絶対」

 孫の言葉を即座に否定するソバカス。
 彼の言葉は、いつも的を射ていた。

「お前ら、わしをなんだと思ってるんじゃ! 一万石の大領主じゃぞ!?」

 叫ぶゴンベエに、素知らぬ振りを決め込む二人。
 他者が見ても、三人が主従関係とは思えない姿だった。

「なら、もうちょっと威厳というものをですね……」
「無理だな、無理」
「お前ら、減俸にしちゃろうか……」

 すでに石山の町を過ぎ、湯山街道を有岡城へと向かう街道の上。
 織田領となったこの場所は、盗賊への苛烈な取締りと商人保護の為に、安全を最優先で考慮されている。

 その為、こんな馬鹿な話を無警戒できるほどに、街道は安全だった。

 そのはずだったのだが……

「!?」

 ソバカスが前方から歩いてくる一人の男、その異様な雰囲気に眼を細める。

「どうしたんだ?」

 横にいた孫は、同僚の急変した顔色に訝しげな表情をする。
 そして騎乗の人、ゴンベエはそれすらも気がつかず、鼻をほじっていた。

「おい……気をつけろ。なんか嫌な空気を感じる」

 その言葉に、孫はようやく顔色を変え、左手で刀の柄を握る。
 三人は武将であり、それは織田領の道中でも甲冑を着込んでいた。

 そして孫は片手に槍を持ち、ソバカスは鉄砲を担いでいる。

「む……? あの商人がどうかしたのか?」

 ゴンベエが無頓着な顔で、様子が変わった二人を見る。
 この期に及んで鼻をほじる姿は、一万石の領主とは思えぬ姿だった。

「気がつかねぇのか、あいつ……透波(すっぱ)かもしれねぇ」
「ゴン兄! お気をつけを!」

 二人は警戒心全開で、前から近づく優男を睨む。
 だが、ゴンベエは、そんな二人とは対照的に平然としていた。

「お前らな……そんなさも警戒してますじゃ、相手がどう動くかわからんじゃろが。ああいう相手はむしろ平然として対応するもんじゃぞ。まあ、もう遅いがの……」

 かつては間者働きで、長島城への潜入すら行ったゴンベエである。
 不審者や怪しい者への対応、その思考を誰よりも読みきっていた。

 伊達にその身一つで一万石まで登りつめた訳ではないのである。

「じゃが、あやつも警戒されとるのに平然とまあ……肝がすわっとるのう。どれ……声を掛けてみるか」
「ゴン兄ぃ!?」

 そう言って馬を進めるゴンベエに、慌てる孫。
 その後ろでは、すばやい手つきで火種を作り、国友銃へ弾丸を詰めるソバカスがいた。
 その手腕は、実に神業とも呼べる素早さだった。

「おぅい。そこの怪しい兄ちゃん。わしになんか用かのう?」

 相手がいる数十mという距離で、馬を止めたゴンベエが不敵に笑う。
 その表情は、三十路を過ぎてますます精悍だった。

 容(つら)の勇壮さで召抱えられたという逸話は、伊達ではないのである。

「ゴン兄ぃ! お下がりを!」

 その馬の前に、身を挺するように槍を構える孫こと、萩原孫太郎国秀。
 普段はどんなにゴンベエを馬鹿にしていても、彼ほどゴンベエの忠臣はいないといえる。

「まあ、そういうこっちゃ。お前さん、あからさまに怪しいんでの。ちくと止まってくれるかのう」

 ゴンベエの言葉に、無言のまま足を止める優男。
 その姿は旅をする商人のようだったが、どこか不自然な違和感があった。

「ふむ……盗賊の類ではなさそうだが、なにやら面妖じゃの。もしかして、噂に聞く伊賀忍びかの?」
「………………」
「…………黙っとっちゃ、わからんぞ?」

 そういうゴンベエも、顔は笑いながら腰の刀の鞘を押さえる。
 いつでも抜刀できるように用心している。

 そしてゴンベエの後方から伝わる殺気……それはソバカスが優男に狙いをつけたものだった。
 ちらりと横目で確認すると、再度優男へと向き直る。

「誰の手の者か……白状するなら命は助けんこともない。まあ、ここでわしを狙うぐらいじゃから毛利か……それとも、宇喜多から毛利に寝返ったばかりの伊賀氏か……」

 その言葉に、ニヤリと笑う優男。
 瞬間――

「ソバカス!」

 ドパァーンッ!

 ゴンベエの叫びと、ソバカスの銃撃は、ほぼ同時だった。

 そして、優男が爆発したのも同じだったのである。




「………………む?」

 ゴンベエは、気がつくと白いもやの中で倒れていた。
 周囲はまるで白い霧が視界を覆うように漂っている。

「どこじゃ、ここは……孫ーっ! ソバカスーっ! おるかーっ!」

 ゴンベエは起き上がりながら、仲間の二人の名を呼ぶ。
 だが、白い霧の中、その周囲の視界はまったくといっていいほど見えない。

「なんじゃここは……わしはどうなったんじゃ……?」

 ゴンベエは、自身手や足、顔などをぺたぺたと触る。

「……足はあるの。死んどらんのか。ちゅうこたあ……あ、夢か」

 そんな馬鹿な。
 と、誰かのツッコミも聞こえはしない。

「まいったのう……急いで有馬に向かわんと、籐吉郎様に何を言われるか……」

 ぼりぼりと頭を掻きつつ、とりあえず歩こうとしたその時。

「フンフンフ~ン♪」

 調子の外れたような声と共に、白いもやの向こうから誰かが近づいてくるのが見えた。

「お! 誰かおるのか……おおぅい! ちくと道を尋ねたいのじゃ、が……ぁ……」

 ゴンベエが手を振り叫ぶも、その声が次第に小さくなる。
 その理由は……こちらに向かってくる相手の異様な姿にあった。

「だ、誰じゃ、お前!?」

 薄黒く筋肉質な肌。
 衣服は着ておらず、桃色の下帯(パンツ)のみの湯上りのような姿。
 (まげ)は降ろして二つに分けて編んであるという、あるまじき髪型(ヘアーセンス)

 なにより、その巨漢な姿にまったく似合わない身体のくねらせ方。

(ほ、堀才介よりでかいっ!?)

 ゴンベエが化け物を見るように見上げつつ、武将としての条件反射で腰の刀に手をかけた。
 だが、あまりの気持ち悪い姿に、がたがたと震えだす。

「あ~ら、なかなか格好いい男じゃないの~。アタシ、惚れちゃいそう♪」
「ひ、ひぃ!?」

 生理的嫌悪……などという言葉もない時代である。
 ブツブツと泡立つ腕を、抱えるように後退りながら刀を抜く。

「な、ななななななななななな、なんじゃ、お主は!? 伴天連の者か!?」
「んふふふ……反応もなかなか可愛いじゃないの。アタシがツバ付けちゃおうかしらぁん?」
「な、なんじゃと!?」

 見るもおぞましいといった様子で、刀を構えるゴンベエ。
 だが、彼の鍛え上げられた生存本能は、すぐにもこの場から逃げろと脳裏で警鐘を鳴らしていた。

「ま、まずい……こんな化け物など相手にできん……」
「だ~れが、織田信長すら逃げ出す第六天魔王の申し子だってぇ~?」
「お、大殿を知っておるじゃと……?」

 ゴンベエの眼の色が変わる。

「あら、いけない。アタシとしたことが……つい口走っちゃった」
「……貴様、何者じゃ?」

 ゴンベエの眼差しが、幾千の修羅場を潜り抜けた武人の目へと変わる。
 だが、その鋭い眼光を受けながらも、目の前の変人は涼しい顔で頬を掻いていた。

「しょうがないわねぇ……そろそろ助けてくれないかしら、ハンベーちゃん」
「!?」

 その大男が、自身の背後を振り向いて呟いた言葉。
 ハンベー……そう呼ばれた人物が、白いもやからゆっくりと現れたのである。

「あ……あ……」
「……お久しぶりですね、ゴンベエ」
「は、半兵衛様!?」

 ゴンベエが眼を見開いて驚く。
 それは、三年前……天正7年(1579年)に亡くなった筈の人物。
 稀代の天才軍師として謳われ、権兵衛とも浅からぬ(えにし)のある人物。

 竹中半兵衛重治、その人だった。

「は、半兵衛様……生きて、生きておいでだったのですか!?」

 ゴンベエが、刀を取り落として涙ぐむ。
 彼にとって半兵衛は、上司である羽柴秀吉と同じくらい尊敬する人物だった。
 その死には、上司と共に涙したほどである。

 その人物が目の前にいる――

「よか、よかった……生きて、生きておられたのですね……」
「ゴンベエ……残念ですが、私は生きておりませんよ」
「……………………はっ?」

 半兵衛の言葉に、泣きながら固まるゴンベエ。

「私は確かに死にました。ここにいるのは実体じゃありません」
「……え? あ…………え?」
「ハンベーちゃ~ん。言っても理解できないと思うわよん?」

 苦笑した大男が、半兵衛に諭すように言う。
 その言葉に苦笑した半兵衛は、コホンと咳払いをした。

「ここにいる私は、ただの夢の欠片……貴方の思い出です」
「おも……いで」
「ええ。そう思ってください」

 そう言って微笑む半兵衛に、がくっと膝を崩すゴンベエ。

「……夢、夢じゃったか……そうじゃ、半兵衛様が、生きておられるわけが、ない……」
「……すみませんね、ゴンベエ。ですが、会えて嬉しかったですよ」
「!! も、もちろんです! わ、わしだって、半兵衛様には、いくら返しても返せぬ恩があります……!」

 ゴシゴシと自らの目を擦るゴンベエ。
 その姿に、半兵衛はフッ、と笑う。

「しかし……夢にしては……こんな大男、見たこともないんじゃが」

 そう言って大男を見やるゴンベエ。
 その視線に気付いた大男は、バチーンッとウインクする。
 思わず卒倒しかけるゴンベエ。

「……はっ!? なんじゃ今のは! 気が遠くなったんじゃが……」
貂蝉(ちょうせん)さん……」
「ホホホ、ごめんしてねぇん。この子、結構可愛くて、気に入っちゃったのよん」
「……(ゾクゾク)」

 悪寒が全身に伝わり、震え上がるゴンベエ。
 その様子に苦笑しつつ、半兵衛は再度咳払いした。

「さて……そろそろ本題に入りましょう。ゴンベエ……実は貴方にお願いがあるのです」
「お願い、ですと?」
「ええ……聞いてもらえますか?」
「もちろんです! 任せてください!」

 そう言って、ドン、と自分の胸を叩くゴンベエ。
 その姿に大男――貂蝉は、呆れるように呟いた。

「まだ内容も言ってないのに、せっかちな子ねぇん」
「ふふふ……そういう人物なのですよ、ゴンベエは」

 半兵衛は、そう言って笑う。
 二人の様子に、先走った事に気付き、顔を赤らめるゴンベエ。

「あー……それで、どんな頼みごとで?」
「実は……貴方には少し遠い場所に行ってもらいまして。そこで一人の人物の未来を変えてほしいのです」
「未来を……変える?」
「ええ。まあ、簡潔に言えばそちらで一人の人物が、信長様のように世を変えようとして頑張っています。ですが……このままだとその者は、夢を果たせずして死にます」
「なっ!?」

 ゴンベエは愕然とした。
 天下に名高き、信長様のような人物が他にもいた事。
 そして、その人物が死にそうだという。

「ああ、あくまでも『このままでは』ですよ。あなたが行った先では、まだ尾張の一勢力に過ぎなかった信長様と同じような状況です」
「尾張の頃の……ですか」
「ええ。ちょうど籘吉郎様がおね様と婚姻なされた頃……そういえばわかりますか?」
「……以前、籘吉郎様から聞いたことはありますが……」

 半兵衛の言葉に首を傾げるゴンベエ。
 彼が羽柴籘吉郎秀吉に仕え始めたのは、斎藤家が滅ぼされた後なのだ。
 その籘吉郎秀吉が、未だ木下の姓で織田信長にとして仕えるようになったのは、実に二十八年前。
 小者として仕え、その才覚を見出されて普請奉行、台所奉行などで功を成し、愛妻であるねねと婚姻したのが、1561年(永禄4年)であった。

「まあ、あなたはその頃、乳飲み子でしたからね……つまり、私があなたにお願いしたいのは、信長様に籘吉郎様がおられたように、その人物に貴方がいてあげて欲しいのです」
「うええっ!? わ、わしが籘吉郎様のように、ですか!?」

 ゴンベエは、今頃になって自分が安請け合いした内容に驚く。

「あ、あの……わ、わし、馬鹿なんですが……」
「ははは。なにも籘吉郎様と同じに振る舞えなどとは言いませんよ。籘吉郎様は籘吉郎様。貴方は貴方です」
「は、はあ……」

 汗をだらだらとかきつつ、曖昧に頷くゴンベエ。
 その様子に、貂蝉が半兵衛に耳打ちする。

「(ぼそぼそ)ちょ、ちょっとハンベーちゃん! 本当に大丈夫なのん? どう見ても貴方の代わりになんて、なれそうにないわよ?」
「(ぼそぼそ)大丈夫ですよ。彼は勘で道理がわかる男です。きっとドタバタしつつ成し遂げてくれますよ」
「(ぼそぼそ)でもねぇ……やっぱ貴方が行ってくれない? アタシは貴方に行って欲しいんだけど……」
「(ぼそぼそ)それはできません。貴方が籘吉郎様をダメと言った以上、彼しか状況を変えることはできないのですから、あきらめてください」
「あのう……わし、やっぱり……」

 ゴンベエの目の前でぼそぼそと話す二人を前に、俯きつつ声を上げるゴンベエ。
 ちなみに半兵衛はともかく、貂蝉の声はダダ漏れだった。

「こほん……さっき言ったとおり、籘吉郎様のようにしろとは言いません。貴方のやり方でその人物を助けてあげてください」
「わし……自慢にもなりませんが、失敗ばかりしますが」
「そうかもしれませんね……ですが、貴方はいつもそれを挽回する功で成し得てきた。試し合戦、姉川の戦い、小谷城虎口、そして丹羽山城……上津城のことや、湯山奉行にしても私の死後、必ず事を成すであろうことはわかっていました」
「は、半兵衛様……」

 その言葉に、じんわりと涙を浮かべて感動するゴンベエ。
 彼にとって、半兵衛は籘吉郎と並ぶ良き理解者でもあった。

「今も昔も、貴方は私の策が間違ったとしても挽回してくれる『担保』なのですよ……やってくれますか?」
「はいっ! やります! 絶対にやってみせます!」
「あらあら……」

 貂蝉が、ゴンベエの眼の色に感嘆の声を上げる。
 そこにいたのは、先程まで自信なさげに見えた猪武者ではなかった。
 今は、自信に溢れ、『其の容貌見事也』と謳われた剛の武人、仙石権兵衛秀久の姿だった。

「たとえ我が身と代えてでも、其の方の命を守ってみせます! 信長様を守れるならば、武門の誉ッス!」
「ははは。信長様ご自身ではありませんよ。まあ、保護欲は出る容姿かもしれませんがね」
「はいっ……………………は?」

 半兵衛の言葉の意味がわからずに、間の抜けた顔を見せる。
 ただ、半兵衛は目を閉じ、微笑むように笑った。

「あの…………………………いまさらなんですけど、どんな方で?」
「それは…………まあ、行けばわかりますよ。ええと、貂蝉さん?」
「え? ああ……えーと、そうねん。目が覚めたら目の前にいる相手がその人よん。しっかり守ってね?」
「は?」

 守るべき相手の姿も、名すらもはぐらかされ、さすがに困惑する。

「あと、そうねぇ……ちょっとしたサービスもしといたげるわ。そのままだと、相手の印象もあんまり良くないだろうし……じゃあ、もういいかしら?」
「ええ。がんばるのですよ、ゴンベエ」
「え? あの、半兵衛様!?」

 焦るゴンベエに、笑いかけながら手を振る半兵衛。
 その姿が霞のように白い霧に覆われていく。

「貴方の活躍、楽しみにしています。すべてが終わったら、また会いましょう……」
「半兵衛様!? 竹中半兵衛様!」

 消えていく半兵衛へと手を伸ばすゴンベエ。
 だが、そのゴンベエ自身の視界すら覆われ――

 全てが白い闇へと消え去った。
 
 

 
後書き
なおこの作品は、不定期更新となります。
本編の合間に書きますのでご了承ください。 
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