ドラクエⅤ・ドーラちゃんの外伝
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王妃様とヘンリーくん
前書き
本編四十六話時点までのネタバレを含みます。
未読の方は、ご注意ください。
「何?ヘンリーが、……行方知れず、じゃと……?」
齎された情報の意味が、最初は理解出来ず。
次に、理解した事の重さに愕然とする。
「……捜せ。何としてでも、捜し出すのじゃ」
脳裏を過るのは、気弱な、けれども優しげな、幼い笑顔。
扇子を固く握り締めて、何とか手の震えを抑え、指示を受けて部屋を出る影の背中を見送る。
扉が閉まり、部屋にひとり残されて、途端に手が、体が震え出す。
私は、私は。
何ということを。
こんな、そんなつもりでは、無かったのに。
ヘンリーの母である前の王妃が亡くなり、私は後添いとして陛下に嫁いで来た。
と、言うことになっていた。
それが建前で、真実は別にあるということは、当時を知る一定の身分にある者であれば、誰もが知っていることであったけれど。
それを口にして得をする者など誰もいないのも、また誰もが知っていることであったから。
真実などは、どうでも良いことではあった。
ただひとり、いや、ふたり。
愛する女性を失った陛下と、ただひとりの母を奪われた、ヘンリーを除いては。
陛下と愛によって結ばれた前の王妃は、その座に相応しい身分も財産も、何も持ってはいなかった。
周囲の猛反発を退けて迎えたその女性を、だが陛下は、守り切れなかった。
いや、守るために。
手放した。
何度も命を狙われたその女性の、命だけでも守るために。
手放して、死んだことにして。
様々な思惑が絡み合い、選び出され押し付けられた私を、受け入れた。
そんな厭わしい存在である筈の私をも疎んじること無く、愛してはくださったけれど。
手放した女性を、その忘れ形見であるヘンリーを、より大切に思っていることは明白だった。
私は、それで良いと思っていた。
それなりにでも大切にして頂き、身に余ることだと思っていた。
実家からも他の者たちからも、何としても子を成し、国母となることを強く望まれ、義務のように言われてはいたけれど。
それは陛下がお決めになることであり、私にどうにか出来ることでも、すべきことでも無いのだから。
ヘンリーも、私を慕ってくれた。
周囲の、利に聡い者たちからの疎ましい視線に、気付いているのか、いないのか。
追い出された実の母の存在を、知っているのか、いないのか。
そんな汚れた思惑や事情には係わらず、母として慕ってくれていた。
私は、本来ここにいる筈の女性に代わって、この幼子を守ろうと。
そう、決めた。
その想いは、我が子デールを授かってからも変わりは無かった。
周囲からの圧力が日々増していくのに、ほとほと疲れ果ててはいたけれど。
ヘンリーをも、我が子同然に愛しく思う、その想いに変わりは無い。
筈、だった。
そうでは無かったことに気が付いたのは、ヘンリーに打ち明け話をされた時だった。
「ははうえ。ぼくは……、おうには、なりたくありません。みんなが、ぼくは、ふさわしくないといってるのを、しっています。ぼくも、そう、おもいます」
「何を言うのじゃ、ヘンリー。そのような戯れ言を、真に受けるで無い。陛下も妾も、そのようなことは思うてはおらぬ。世継ぎの王子は、長子であるヘンリー。其方なのじゃ」
窘める私の言葉に、ヘンリーは俯き。
「……ぼくは。なりたく、ないんです。からだはよわいし、あたまも、よくない。ひとに、つよくものを、いうことも、できない。おうになっても、……つらい、だけだと、おもいます」
ヘンリーが、ヘンリー自身が。
王に、なりたくは無い。
それが、事実であるならば。
デールが王になることに、何ら問題は無いではないか。
ヘンリーは王位の重圧から解放され、私は周囲の期待に応え、圧力からも解放され、讃えられて。
デールは国の頂点に立ち、栄光の道を歩む。
あとは、陛下のお気持ちだけ。
陛下にさえ受け入れて頂けば、デールが。
王に、なれる。
そのことに、喜びを感じ。
感じた自分に衝撃を受ける。
私は、ヘンリーを。
我が子同然に、愛していたのでは無いのか。
そうしようと、決意したのでは、無いのか。
「……ははうえ?」
目の前のヘンリーは、私を信じ切った瞳で。
真っ直ぐな瞳で、衝撃のあまり黙り込む私を、不安げに見やる。
「おかげんが、わるいのですか?」
我に返り、応える。
「いや、大事無い。ともかく、ヘンリー。そう、結論を急ぐものでは無い。体はこの先、丈夫にもなろうし、王たる者に必要なのは個人の優秀さばかりとも限らぬ。我が身を省み、他人を思いやれる其方が、王に相応しくない等と言うことは無いのじゃから。もう一度、よく、考えてみるのじゃ」
「……はい」
また、窘めはしたものの。
完全に否定し切れなかった時に、私の心は、もう決まっていたのかも知れない。
その後も変わらず、弱々しく王位を拒否し続けるヘンリー、強まる圧力。
兄のため、王位に就く可能性を受け入れ始めたデール。
自分の心に芽生えた、輝かしい誘惑。
いつしか、私の心は決していた。
デールを、王位に就けよう。
陛下を説き伏せ、ヘンリーには王兄として。
穏やかな生活を、与えよう。
決意の元に根回しを始めるが、元々そう求めていた周囲はともかくとして、陛下の反応は、はかばかしいものでは無かった。
当然のことだ、しかし肝心のヘンリーが、王位を望んでいないのだから。
陛下もまだまだお元気で、子供たちは未だ幼い、時間をかけて説得すれば良い。
そう構えていた私に、過激な者たちがヘンリーの暗殺を企てているとの情報が入る。
のんびり構えて命を奪われては元も子も無い、王位のことはともかく、デールと全く同じように想えるかは、ともかく。
大切に思っていることには、違いは無い。
焦る私に陛下はますます渋い顔をされ、そうしている間にもヘンリーは危険に晒されているやも知れず。
憔悴する私に、ヘンリーが言う。
「ははうえ。ぼくは、しろを、でようとおもいます。たすけて、いただけないでしょうか」
ヘンリーを、助ける。
城から、出すことで。
そうだ、もうそれくらいしか。
この子を守るには、それくらいしか。私に出来ることは、無いのではないか。
「ぼくひとりでは、しろからそとに、でることもできません。でたあとに、いきていくことも、できません。どうか、ははうえ。たすけて、ください」
穏やかな生活を送るだけなら、何も城でなくとも良い、命さえあれば幸せを得ることも出来よう。この城には、この子の敵が多過ぎる。
城から出して保護し、デールが王位を継いだその後に、改めて城に迎えても良い。
ともかく、今は。
この子の命を、守らねば。
ヘンリーと示し合わせ、裏で手を回して誘拐の手筈を整えることと、その可能性を匂わせることで、焦って手を汚す必要は無いと知らしめることと。
危険を感じ取ってでもいるのか、一刻も早く城を出たいと焦るヘンリーを、焦るあまり失敗しては元も子も無いと宥めすかし。
受け入れ先も含めて全ての準備を整えたその日が、陛下がヘンリーに教育係を付けた日であったことは、予定外ではあったけれど。
些細な問題ではあったし、そのことは実際、ヘンリーの行方に影響を及ぼしはしなかった。
問題は、実行した者が裏切ったらしいこと。
私の手の者に引き渡す前に、別の何者かに引き渡そうとしたらしいこと。
恐らく、より高い報酬を示されでもしたのだろう。
救出に向かった教育係の男を疑う声も出たが、居合わせた兵士の証言、報告を受けた陛下の迅速な対応による事実確認、現場に残された戦いの跡に、父を追った娘が身に付けていた筈の、無惨にも擦り切れ焼け焦げたケープ。
全てが、男の無罪を。
男と娘の命が、失われたであろうことを示していた。
陛下が捜索隊を出されるのとは別に、手を尽くして調べさせたが、ヘンリーの行方も、安否も。杳として知れなかった。
憔悴する私を、陛下は気遣ってくださった。
疑われもしなかった。
私こそが、ヘンリーを。
陛下の大切な子を、死地に追いやったというのに。
私の思い上がりが、王位を思うままに操り、あの子の命も守ることが出来るという、有りもしない力への過信が。
あの子を、あの子を陛下に任される程の優秀な男を、その愛らしい娘を。
三人もの、尊い命を、奪った。
もしも、生きているならば。
無惨な現場の様子からは到底そんな望みは持てなくとも、遺体の確認もされぬ彼らが、もしも生きて帰ったならば。
その時は命でも差し出して、罪を償おう。
それまでは罪を重ね、我が子デールを。
この国を、守り続けよう。
私が罪を犯したのは、守るためだった筈なのだから。
ヘンリーも、デールも、この国も。
本当は、全てを守りたかった。
私にはそんな力は無いと、確認出来ただけで。結局は、失ってしまったけれど。
残されたものだけでも、今は守り続けよう。
既に汚れたこの手を、汚し続けることで、守れるものがあるのなら。
そんなことは、造作も無い。
後書き
あくまで、王妃様視点での解釈です。
その辺、詳しく説明する機会があるかはわかりませんが。
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