ソードアート・オンライン〜Another story〜
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SAO編
第40話 MMOの本質
カップで乾杯をした後、シリカは、ゆっくりとグラスを自分の口元へと持っていく。注がれているカップの中身を、口の中に一含みし、喉に通していく。
「わぁ……美味しい、です」
スパイスの香りと甘酸っぱい味わいは……遠い昔、父親が少しだけ味見させてくれた とても甘いワインに似ていた。でも、不思議だった。2週間の滞在でこのレストランのメニューにある飲み物は一通り試したのだが、この味は初めてだったから。
「あの……これは?」
シリカそう聞くと、キリトは笑顔で答えてくれた。
「NPCレストランは、ボトルの持ち込みも出来るんだよ。俺の持っていた《ルビー・イコール》って言う飲料アイテムさ。カップいっぱいで、敏捷力の最大値が1上がるんだぜ」
「え、ええ! そっ……そんな貴重なものを……」
思わず、慌ててカップを置いた。沢山もらったのに返せていないのに、と シリカは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「ん、酒をアイテム欄に寝かせてても味が良くなるわけじゃないしな。オレ……知り合い少ないから、ワインを開ける機会があまりないんだ」
そう言うと、キリトは少しだけ おどけたように肩を竦める。
だが、リュウキは真顔で。
「……まぁ確かにな」
横でワインを楽しんでいたリュウキも同意するが、やっぱり、普通の顔だ。
その顔を見ているとキリトは余計に感じる事がある。
「同意すんなよリュウキ。同意されると、切な過ぎるだろ……」
キリトは、更に肩をすくめていた。これには、おどけている様子は無く……素だった。リュウキは大して気にしていない、気にした事なんか、無い見たいだ。
「……ん? どうした? 少ないからこそ、こういう場面で思い切り使った方が良いんじゃないか? それに未成年が飲めるなんてここくらいだ。……だが、酒とは楽しむものだろう?」
リュウキはそうも言っていた。
キリトが、《切なくなる》と言った理由が判らなかったんだろう。それに、リュウキ自身もワイン、酒類を飲んだ事は無い(あたりまえだ!)が、 飲む、そう言う雰囲気なのは知っていたのだろう。どうやら、別にリュウキは、キリトの事をからかっていたわけでもなさそうだ。
「あはははっ! そうですねっ」
シリカはそんな2人のやり取りを見ていて、笑顔が戻ってきた。さっき、嫌な事を思い出していたが……、それも吹き飛ぶようだった。それほどまでに、今の2人と一緒にいるこの空間が好きになっているのだ。会って間もないと言うのに。
(凄く……温かい。この人たちと一緒にいたら……、とても……)
シリカは、今大切なピナを失って、物凄く辛いはずのに。2人はそのぽっかりと空いた大きな穴を、悲しみを和らげてくれる。でも、それでも、それを踏まえても、さっきのは不快感は拭いきれないのも事実だった。
「……でも、なんで、あんな意地悪を言うのかな……。キリトさんやリュウキさんは凄く優しいのに……」
楽しそうに笑っていた2人だったが、シリカの表情を見て、訊いた時 互いに表情を引き締めた。
「そうか、シリカはMMOを。ネットワークゲームはSAOが初めてなのか?」
「はい……そうです」
キリトが聞くように、シリカは、このSAOが初めてだった。話題作だからやってみたい。と思ってのプレイだったのだろう。
プレイの動機はさておき、MMO初心者だからこそ、その本質を知らない様なのだ。
「……現実でも、少なからずいるだろう? ……どうしようもない人間が。ここは現実世界をそのままトレース。現実世界も同じだ。だから、その連中の本質が浮かび出てくるんだろう」
リュウキは、どこか呆れたように……言っていた。心底 嫌なんだろう。シリカは、リュウキが自分のことのように怒ってくれているのが凄く嬉しかった。それを訊いたキリトも同意した。
「……リュウキの話も、最もだ尤もだよ。……この世界は、ゲームだから よりそう言う裏の顔、というべきモノが、出やすいんだろう。……それに、キャラクターに身をやつすと人格が変わるプレイヤーも多い。それが役割ってものなんだろうけど。でも SAOの場合は違う」
キリトも表情を歪めた。従来のMMOと全く違う点。それは、今のSAOの仕様に一番あるだろう。
「今はこんな状況なんだ。異常なな……。そんな異常な時にプレイヤー全員が一致協力するなんて不可能だってことは解っている。でも……それでも」
「ああ。……他人の不幸を喜ぶ、アイテムを奪う、―――何より、殺人を犯す連中が多い。……な」
この話をシリカが聞いていて本当によくわかった。2人の目は本当に同じだ。怒りの中に、どこか深い悲しみも見える。何か深い闇を抱えている様にも見えたのだ。
「……ここで悪事を働く連中は現実世界でも腹ん中から腐ってた奴だとオレは思っている。……どうしようもないな」
リュウキは、口元をへの字に曲げていた……。だけどそれは一瞬だった。シリカと視線があったからだ。シリカは思わず赤くなりそうだった為、直ぐに視線を外した。
リュウキは、それを見ると。
「……悪い。食事中に言う事じゃないな。……不快にさせた」
リュウキは直ぐにその表情を止めた。シリカが気圧されたような表情をしていた事に気が付いたからだ。実際は視線があったから、恥ずかしくなって逸らせたのだが、リュウキにはそう見えた様だ。
「……オレもだな。とても人のことを言えた義理じゃないのに。仲間だって……見殺しにした事だって……」
キリトのその言葉を聞いて、リュウキも押し黙った。
キリトは、あの時のこと……やはり忘れられないのだろう。確かに、助かっているメンバーはいる。だけど、亡くなった人もいるんだ。それなのに 早く吹っ切れるほうが、おかしいと言うものだろう。
心に留め続けている。それが生きている者の責務だから。
そんな2人を見て、シリカは、改めて感じた。いや より見えた、と言う事が正しい。2人は優しいだけじゃない。何か、深い懊悩を抱えていると言う事を。だから何か 労りの言葉をかけたかった。でも、言いたいことを形に出来ない。
だから、シリカは、思わず身を乗り出しかねない勢いで立ち上がる。勢いで、勢いに身を任せ、心に思うままに言葉を発した。
「いいえ! お2人は良い人です! だって……だって!」
シリカは、しっかりと2人の目を交互に見て。
「だって、お2人は、私を助けてくれました! 私を、元気付けてくれました! 私の恩人なのですからっ!」
シリカは、大きな声でそうはっきりと言っていた。
2人は、突然だったから、一瞬驚いた表情をしていた。ついさっきまで……本人が一番悲しい思いをしていた筈なのに、いつの間にかこちらの方を気にかけてくれる。……気にかけてくれていたんだ。
「……これじゃ、どちらが慰めてるのか、わからないな。」
リュウキは、ふぅ、とひとつ息を吐くと キリトの方を見た。キリトも頷く。同じ気持ちだったから。
「……だな。オレが慰められちゃった。ありがとう、シリカ」
キリトは優しく微笑みかけた。リュウキも、その表情は柔らかい。2人とも、とても素敵な笑みだった。さっきの顔よりも、ずっとずっと良い。そう思った途端にシリカは わけもなく心臓の鼓動が早くなった。鼓動と共に、顔を一気に赤くさせていた。
「……?」
リュウキはふと表情を見たら真っ赤にしていたシリカの顔が見えた為。
「どうかしたのか?」
「わっ! ほんとだ、大丈夫? シリカ」
リュウキの言葉を訊いて、キリトもその顔に気が付いたようだ。だけど、聞いてもシリカは慌てて。
「なっ……なんでもないですっ! あっあたし、おなか減っちゃって……チーズケーキ遅いですねっ!」
慌てて 話題を逸らせる、そして、その勢いのまま、NPCのウェイターに声を掛けた。
「あっ あの~~! まだなんですけどぉ~~!!」
注文の催促をしていた。
これなら、少しの間だけだけど、NPCウェイターの方に視線を向けられる。2人に顔を見られる事も無く、落ち着ける時間も得られる。だが、あからさまだ、と思われる可能性は高い筈だが。
「……なるほど。それでか」
リュウキは、全く疑うこと無く、それで納得してたけど。
「ははは………」
キリトは、ただ2人を見て笑っていた。リュウキの姿を見ていたら、キリトは自分がしっかりとしないといけないとも思えていた。
こう言う時のリュウキは、キリトにとって 何だか世話の掛かる弟の様に感じられるのだった。
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