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真鉄のその艦、日の本に

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第七話 蜂起

第七話 蜂起

静かになったもんだ、と思う。作戦を終え、戦闘空域から離脱を図ってしばらく経っているこの状況なら当然ではあるが。戦闘に被害復旧に慌ただしく動き回っていた曹士にも休息が必要だ。これだけの犠牲を出した状況で寝られるかは分からないが。自分自身もまだ現実感が湧かない。こんな激しい戦闘を経験する事になるとは、ほんの一週間前には想像していなかった。

営倉の、毛布一枚敷かれた床にごろんと寝転んで、長岡はぼんやりと考えていた。この戦闘はどう報道されるのだろう、どう日本に影響を与えていくのだろう、後世の日本の歴史の中にどう位置付けられるのだろうか。考えた所で、中々明確にイメージが描けるものではなかった。

ガチャ、とハッチが開く音がして、長岡は体を起こす。牢屋の格子の外を覗くと、数人の銃を持った曹士に促されて、飛行服を着た若い男と、小綺麗でかつブカブカな青のツナギを着た小柄な女が、それぞれ別の部屋に入っていっていた。


「航空隊副隊長津村中尉、そして6分隊遠沢准尉、貴様ら命令違反のかどで、入港まで営倉入りだ。上に報告して、以後の処理は決める事になるだろう。それまでここで頭を冷やしておけ。」


名越船務長の言葉に、若い二人は部屋の中から「はっ」と返事を返す。船務長の隣には、6分隊長の有田の姿もあった。


「軍に怪我の功名はあってはならんのだ、遠沢。上への報告は控えてもらうように、俺が艦長と掛け合うが、とりあえずここに入っててくれ。すまん。」
「分かっております。私の営倉入りは当然です。お気になさらないで下さい。」


命令違反とはいえ、結果として作戦の遂行に大いに貢献したとも言える遠沢に遠慮しているような有田に、遠沢は牢屋の中からでもはきはきと返す。本人はどうやら、何とも思っていないようだ。津村も、ショックを受けてるようでもなく涼しい顔だ。


「お前らも上に逆らってもたんかや…バカが」


自分に続いて牢屋にぶち込まれてきた若い連中と、その態度を、長岡は呆れた顔で見ていた。しかし、津村に関しては、艦を守った独断専行の攻撃を咎められたのだろう。あれによって命を救われた、少なくともそんなもの関係なかったとは言えないこの艦の年をとった幹部が、命を守る為に捨て身で向かった若い津村を命令違反だ何だと断罪するというのは、釈然としないものがある。
長岡の中で、軍隊なんてそんなもんだという思いと、それはあんまりじゃないかという思いが混ざり合う。そして、そんな中途半端な自分に嫌悪感が湧いた。



―――――――――――――――――




中華人民共和国のその中枢は、共産党の中央政治局常務委員会である。共産党の一党独裁体制は既に80年近くの間中国大陸をその手中に収めていた。米ソの衝突のその隙を突いて人民の支持を得た共産党が国民党を駆逐し、この巨大な共産主義国家を生み出した。対独戦で疲弊したソ連を潰したもののまた新たな敵対する大国を生んでしまったのはアメリカの失策であろう。それだけアメリカは共産党と、中国人民の力を見くびっていた。

北京某所、厳重な警備が成されたシェルターの一室に、その中央政治局常務委員が集められていた。滅多に無いことだ。そこで話し合われるのはやはり、二神島近海での、日中両軍の衝突についてである。
この事件で、人民解放軍海軍東海第三艦隊が「消滅」した。跡形も残らず消え去った。衛生からの映像ではそのようにしか見えない。勿論生存者などは0である。飛空艦一隻に、艦隊一つを見事に消し去られた。


「張司令の独断専攻による出撃だった、という事で良いな?」


常務委員7人の頂点は、共産党総書記と軍事委員会主席を掛け持ちしている周共和国主席だ。この会議を取り仕切る。


「はい、張には出撃直前に、日本人と接触していた節があります。この日本人とは、日本内のゲリラで、抗米統一戦線の日本支部の者である事が濃厚です。日本のゲリラは我が共和国を日本の内戦に巻き込もうとした、そして反日過激派の張はそれを満更でもなく了承した、というのが事の顛末のようですが」


答えたのは中共の諜報を担う敵偵処の責任者、
公安部長の孟である。


「失ったのはほぼ旧式艦のみのロートル艦隊と、個人の感情で艦隊を動かすような無能な指揮官か。スクラップにする手間が省けたみたいだな。」


常務委員のNo.2、国務院総理の李のこの発言に噛み付いたのは、No.4の中軍委副主席と政協主席を担う劉である。


「まさか李同志、この件に対して日本側に何もせずに済ますつもりではないでしょうな。例え日本のゲリラ共の思惑通りになってしまうとはいえ、多数の人民を殺され、旧式とはいえ艦隊一つを葬られたのは事実ですぞ。ここで何もしなければ我が人民共和国の沽券に関わる。日本に舐められます。」

「勿論、外交的圧力はかけるし、この件について日本から【誠意】を見せてもらおうとはするさ。しかし武力での報復は辞めた方が良い。相手は艦隊一つを一瞬で消し去る事のできる大量破壊兵器を持った飛空艦と、数はそう多くは無いがイージス艦隊も持つ日本海軍だ。安易に武力に訴えると、旧式の艦隊一つどころではない被害が出る。こちらも張一人の独断専攻という事であの老人一人に責任を着せ、日本には艦隊全滅の結果に対し経済面できるならば領海の面で譲歩を迫る。無駄なモノだけを犠牲にして、利を得る事ができるではないか。心配するな。向こうは呑むよ。我が共和国と正面切ってぶつかって無事でいられるとはまさか思ってないだろうからな。向こうだって戦争には持ち込みたくないはずなんだ。」

「いえ、これはある意味好機ではないですか?我が国が太平洋を見据えた際に、日本があの位置にあるというのはどう考えても邪魔です。日本などと交渉し、折衷していかねばならない事自体が既に駄目なのです。これほど大規模な軍事的衝突が起きて、日本を攻め落とす大義名分ができ、絶好の好機ではないですか。安易に得られる小さな利よりも、むしろ多少の被害には目を瞑ってあの列島を取りに行くべきです。日本が大量破壊兵器をちらつかせた今なら人民はリスクに関しても納得します。80年前の日中戦争の記憶はまだ人民に残っているのですから。」

「お前は一つ大事な事を忘れているぞ、劉同志。アメリカ太平洋艦隊の存在だ。こちらが全面戦争で列島を取りに行ったとして、わが共和国が自由に太平洋に出れるようになるという状況を【世界の警察】アメリカ様が見過ごすと思うか?日本軍の抵抗に遭うだけでなく、アメリカ太平洋艦隊までもが横あいから殴りつけてくるんだ。下手をするとあの列島をアメリカに持っていかれるかもしれん。そうなれば「厄介な小国日本」がそこにある、という程度の脅威では済まない。我が共和国にとって邪魔な事は邪魔だが、日本がアメリカともギクシャクしているおかげでバランスが取れている面もあるんだぞ。その均衡を崩すリスクは負う必要がない。」

「しかし…」



外交的処理を主張する李と、武力行使を主張する劉のやり取りを、周主席はジッと聞く。
しかし、やはり武力行使するにしてはイマイチ踏み切れない所があるように周は感じた。80年前の同じ状況ならば攻めた。しかし今は、アメリカという大きな世界の重石の中で、慎重に行動せねばならない。今の均衡を崩してしまえば、現状すらも失う可能性がある。この均衡を保ったまま、じりじりと自分達の側にバランスを傾けていくというのが最善のように感じた。


「全面戦争は避けたい、しかし何もせずに置くのは納得できない、そういう事でよろしいですか?」


ここで口を挟んだのは、先ほどの公安部長の孟であった。


「日本が日本としてあの位置に維持したまま、より我々共和国に従順な政権がそこに出来ればよろしいのでしょう?」
「反乱を扇動しようというのか?」


孟が言わんとしている事に、周が先回りした。
孟は頷く。


「ええ。私らが得た情報によると、間も無く日本の反政府ゲリラが蜂起します。現政府を打倒して、より反米色の強い政権を作るつもりです。しかし一方で彼らは、同じ反米的国家に対しては協調の姿勢を見せています。日本の反政府ゲリラの中心は世界抗米統一戦線の日本支部ですので。彼らの蜂起を手助けするという形にするのはどうでしょうか?より少ないリスクで、バランスを大きく損なう事もなく、しかし日本政府の変質により利益は見込めるパターンではないかと…」
「どうせ日本のゲリラは貴様らの手助けを当てにして蜂起するのだろうが」


李が気に入らなさそうに鼻を鳴らした。


「貴様の敵偵処も日本の抗米統一戦線と通じてるのだろうが。張の独断専行もさては貴様、知っていながら放っておいたな?日本に兵を送る事を議題に挙げる為に。そういう敵偵処の隠蔽体質と独断専行気質が…」
「やめないか、李同志」


李の厳しい追及を、周は遮る。
責められている側の孟は、気にしている様子もないが。


「…東海第三艦隊の出撃を防げなかったのは確かに我々の失策でありました。」


メガネを直しながらとぼけている様子の孟に、周はため息をつく。


「…義勇軍と言うが、それにしても多くの戦力は割けんぞ。何か案はあるのかね」
「は。我々敵偵処の秘蔵っ子共を送ります」


孟の表情からは、何らかの自信が垣間見られた。周はもう一度ため息をつく。


「…構わん。君が描いた絵だろう、好きにしたまえ」
「はい、ありがとうございます」


それだけ言うと、不敵に笑う孟と、孟を険悪な目つきで見ている李に背を向けて、周は部屋を出て行った。


――――――――――――――――



「お前ら、若い癖に将来を棒に振りかねんようなマネを平気でしやがって…」


長岡は床に横になりながら、津村と遠沢から営倉入りの顛末を聞いて呆れた顔をしていた。
津村はあぐらをかき、遠沢は正座して自室の鉄格子の前に座り、長岡の方を向いていた。
津村は苦笑いして頭をかく。遠沢はいつもと変わらない。


「でも将来がどうとか言ってられませんでしたって。あそこで中共艦隊にやられたら、将来も何も無いやないですか。」
「そらそうだけどの…」


身分が上の人間に対しても、話を聞くだけでなく意見を主張もしてくる。最近の若い者の特徴だ。昔の軍なら、「黙って話を聞いておれ!」と殴ったのかもしれないが、長岡に津村を一喝する気は起きない。今はお互い、営倉にぶちこまれたしょうもない軍人だ。そもそも説教する権利がない。


「でもの、お前ら航空隊に限っては、この建御雷が噴進弾に沈んでも、そっから逃げりゃ本土に生きて帰れただろ。燃料切れで機は途中で放棄するかもしれんけどの。本土近くの海で浮いてりゃ、助けに来てくれただろ。」
「え?海軍って、仲間を見捨てて生き残れって教えるんですか?僕は友軍を助けろって、仲間の死は自分の死だって教わってきましたけど」
「独断専行してまでそれをしろとは教えんだけじゃい」


津村は口を尖らせて不満げな顔をした。


「まぁ独断専行は悪い事っすけど、でも俺自分がした事悪いとはやっぱ思えないですよ。仲間が殺られて、さらに殺られそうになってて、どうしてそれほっとけますか。それほっとけるようになったら、人としておしまいっす」
「非常時の軍人に"人間性"なんて要らんのんだって」


津村はさらにむくれた顔をした。遠沢は表情を変えず黙って聞いている。


「そんなの言いながら、副長も艦長に逆らったやないですか。艦長だったら艦と乗員を守れって。何でここまでされて平気なんだって。俺、あれたまたま通信入ってて聞こえたんですけど、結構感動しましたよ。副長だって、仲間が死んで胸が痛んでるやないですか。僕と一緒ですよ。」


長岡はチッと舌打ちした。自分が艦長に何を言ったかはハッキリとは覚えていないが、相当感情に任せた事を言っていた記憶がある。あれを聞かれていたかと思うと、気恥ずかしい。まさか、全艦放送にはつながっていなかっただろうな?


「…あんなの、艦長の言った事が正論なんだ」


長岡はため息をつく。

「軍は軍じゃなく日本を守らんといけんのだ。国民の代わりに死なんといけんのだ。その引き換えにこんな不景気でも高級どりで許されとるんだけん。その金で自分の命を売る、その覚悟無しに職業軍人になんかなっちゃいけん。」

営倉の近くの貯蔵庫の扉が開く音がした。食事の時間はとうに過ぎ、船務科が調理の食材を取りにくる時間ではないのにも関わらず、何度かこの音はしている。負傷者がまた1人死んだのだろう。その死体を冷凍庫に一時保管しておく為の音だった。


「まだ曹士以下はの、自分らの身の回りの事だけ考えとってもええかもせん。大きな事考えずに上からの命令に従う事が何より重要だけんの。そら、自分らの命、仲間の命が一番大事だわ。けど俺は幹部だ。ある程度自分で考えないけん。国費で防大で学ぶ学費を賄われて、育ててもらった分だけ、身の回りの事だけ考えとったらいけんのんだわ。大きな視野でモノ見れんのだったら、頑丈な発令所に篭って命令だけ出しておれる権利はないんだ。撃ち返すことさえも出来ないような日本の状況を分かっておるんだったら、自分や仲間の命を守る為に撃ち返すって事も自重せないけん。そして国の為に死なんといけん」
「でもお前はそれを分かっとっても、身近な連中の死に耐えられん。そうじゃないんか?」


いつの間にか営倉にやってきた本木が、言葉を挟んだ。長岡は、少し驚いたような、そしてうんざりしたような顔を作った。

「ちょっと俺も休憩入っての」


本木は、長岡の入っている牢屋の前にどかっと腰を下ろし、手に持った袋の中身を床に撒いた。飲料の缶が四本、そして乾パンだった。
元木は鉄格子越しに、牢屋の中の三人に一本ずつ缶と、乾パンをよこす。


「…よろしいのですか?」
「良くないじゃろな。まぁ、俺に文句言うのはこいつか艦長くらいじゃけ、ばれなきゃええんよ」


躊躇いがちに受け取った遠沢に対し、本木は無精髭が汚い顔に笑顔を浮かべて見せた。津村は「ありがとうございます砲雷長!」と言いながら缶を開けて一飲みし、乾パンに食らいついた。相当喉が乾き腹が減っていたのだろう。

「お前にしては意外じゃったな、まー。基本的にお前は従順じゃし、嫁さん亡くしてからどうも投げやりでのう、適当に首縦に振っとるような所もあったのに、それが艦長にあんなに食ってかかるなんての。」
「甘っちょろいだけだ、中佐にもなってんのに」

缶の中の水をぐっと飲み、長岡は顔をしかめた。

「部下の命を預かって、部下の命を、自分の命でさえも、日本の為に、モノみてぇに使う。そういう仕事してんのに、カッコつけて【良い人】で居たがっただけの話だ。何より自分自身死ぬのが怖かった。それをな、部下の命を守る為に撃てよって、カッコつけて言っただけだ。俺に死ぬ度胸なんて無かったし、部下に一緒に死ねと言う勇気も無かった。それだけなんだよ」
「まぁそう卑屈になんな。」

本木は長岡をなだめる。年の割に若く見える長岡と、老けて見える本木。兄貴と弟のように傍目には見える。

「お前をその歳で中佐にしたのも、お前の【良い人】って側面じゃろ。お前くらいじゃけ、海曹海士以下の連中の名前までいちいち覚えようとして、そいつらの気持ちまで考えようとする幹部は。お前の事を悪く言う先任海曹を見た事が無いわ、幹部なんて先任海曹にゃ冷めた目で見られがちなのにのう。その評価があったけ、お前は今その地位におるんじゃ。それを否定しなさんな。なんだかんだ、艦と乗員を守りたかったのは事実じゃろうて。」

本木にそう言い聞かせられても、長岡はぶすっとした表情のまま、寝返りを打ってそっぽを向いた。まるで拗ねた子どものようで、本木はため息をつく。

「俺には大した事できんけん、そうやって人に好かれようとするくらいしかできる事が無かっただけの話だわ。そうやって生きてきて、本当に必要な判断力をずっと鈍らせてきたんだ。軍なんて、命の取り合いが仕事の人でなしの組織なんだ。その人でなしの組織に於いて人間性で出世できるなんて、この日本が戦いを忘れてる証拠だよ。非常時には糞の役にも立たんのんだって、そんなもんは」
「しかし、古来から戦争は人間がするものです、副長」


唐突に遠沢が言葉を発し、本木と津村はぎょっとして遠沢を見る。長岡も、ピク、と体を震わせ、億劫そうにそちらを向いた。


「機械がいくら発達しても、それを使うのは人間です。人間が戦うという事に変わりはありません。人間性、それは戦闘においては時として邪魔になるものかもしれませんが、その人間性との戦い、葛藤、それも戦闘の一部であると私は思っています。そう簡単に人間性は否定されるものではありませんよ。」
「…随分わかったような口叩きやがるな」


遠沢の視線が長岡を捉える。長岡の心臓がドキッと跳ねる。目を合わせたのは二回目だっただろうか。モノを見るような目で見られた。普段からこの女はそういう目でしか人を見ないのだろうが、しかし落ち着かない。


「発令所に篭っているのが仕事のあなたよりは、人を沢山殺してきましたし、戦闘を理解しているつもりではいます。」


長岡は、鉄格子の向こう側でちょこんと行儀良く正座しているこの小柄な女に、恐ろしさを感じている自分を自覚した。遠沢はこれまでの短い期間にも多大な戦果を挙げた。しかし、その戦果の中身は「敵の命」という事でもあり、それを遠沢自身の口から、より噛み砕いた表現で伝えられると、ゾッとする所がある。この涼しい顔で、この女は沢山の命を奪ってきているのだ。


不意に、本木が笑い声を上げた。


「遠沢に慰められたの、まー。お前より戦争を分かっとる遠沢が、人間らしさも大事っていうんじゃ。要するに、そんな卑屈になんなっちゅー事じゃ。そうじゃろ、遠沢?」
「……そうですね、そう言えば良かったのかもしれないです。申し訳ありません、偉そうな口をきいて」


軽い調子で発言をフォローする本木に、遠沢は少し俯いた。長岡は、本木のフォローを聞いて、また見方が変わったような気がした。まさかこの女、俺を気遣ったってのか?気遣ってこれかよ…俺を慰めるどころか、俺に説教かましてたぞ?なんだよそれは…どんだけ不器用なんだ…
ていうか、俺は、こんな年下の女に慰められてたのか?
その事を考えると、長岡はまた恥ずかしさを覚える。


「田中艦長も、けして命を冷徹に見られてる訳では無いんです。中共艦隊に撃ち返さない、それでいて被害を最小限にしようとするならば、私達機甲部隊を見捨て海域から撤退すれば良かったのですが、それをしませんでした。命を冷ややかに見ているようでいて、友軍を見捨てるような事をしようとはしませんでした。そのおかげで私達は無事なんです。艦の暴走が中共艦隊を全滅させたからこそ無事に済んだ所はありますし、今後より多くの人が死ぬ可能性もありますが。」
「でもまぁ、中共とものう、何も起こらん可能性もあるんじゃけ、現時点でよーさん人が生き残っとった方がめでたいじゃろ」


本木が、残りの水をぐっと飲み干して立ち上がる。場の全員の缶を回収して、自分の持ってきた袋に詰めた。


「多分、お前らみんな、中央には報告されんと思うけ、安心しんさい。一晩で出されると思うけ、それまで仲良く居れよ。じゃ、俺は部屋に戻るわ。俺も眠いからの。」


本木は営倉を出て行く。その後ろ姿を、遠沢と津村は牢の中から敬礼で見送った。長岡は何も言わずに寝転んだままだったが、やはり少し感謝していた。腹の中に抱えた鬱屈したものが、僅かではあるが晴れた気がした。




―――――――――――――――

営倉から出てくる本木の姿を、通路の影から覗いている人影があった。
細身で、目鼻立ちの整った男。
中野である。

「…今のうちに、休んどいてね、みなさん」

誰にも聞き取れないような声でつぶやき、営倉のドアの前に忍び寄って、背負っていたリュックの中身に手を伸ばした。




――――――――――――

帝都東京の某所に、東機関の本拠地はある。千代田区の警察庁、新宿の中央司令部とはまた別の場所で、具体的なありかを知っている者は一握りである。そもそも東機関は、軍や政府関係者の間でも都市伝説として語られる事が多い。そもそも存在してるものとされない、しかしその存在は随所にちらつく、亡霊のような組織だ。

その本拠地は地下に、厳重に作られている。国の裏側、国の影、暗部が集まる吹き溜まりである。

今現在、東機関の中枢となっている部屋に、上戸は居た。
薄暗い部屋に、大きなスクリーンの光が眩しい。そのスクリーンに映し出されているのは、日本列島とその周辺海域。そして皇軍をはじめとした、周辺各軍の展開の模様である。
帝国三軍の元締めである中央司令部と同じレベルの情報が集まっていた。


「建御雷の位置は?」


上戸が言うと、部屋に十数個も設置されているコンソールに向き合うオペレーターの一人が、手元のマウスとキーボードを操作し、それに伴って、大きなスクリーンの日本地図の一部分が四角く切り取られ、ズームアップされる。


「北緯○○°、東経○○○°です。現在の所、呉への帰投進路をとってます。噴進弾一発を被弾したようですが、今の所航行に支障はきたしていない模様です。」
「"海坊主"からの連絡は?」
「は、一時間前に。計画の進行は順調、とのことです」


上戸はスクリーンに映し出される建御雷のマーカーを見て、納得したように頷く。


「反政府ゲリラの動向は?」
「動いてます。激しく。」


先ほどとは別のオペレーターが、コンソールを操作する。大型スクリーンの列島地図の端がまた四角に切り取られ、そこには、テレビのニュース映像が流れる。ニュースキャスターが早口に、現在の状況を告げている。「戒厳令」の文字も見える。
同時に、列島地図の数カ所が、赤く染まる。
反政府ゲリラの動きを強調して見やすくしたのだ。


「西から、北九州、岡山、大阪、金沢、所沢で、規模の大小の違いはあれど、武装蜂起が確認されています。陸軍を中心とした部隊が鎮圧に当たっていますが、それなりに官民問わず被害は出そうですね。」
「装備は?機動甲冑などの武装は確認されてる?」
「いえ、携行火器が中心で、せいぜい装甲車程度です。陸軍機甲部隊並の重火器は確認されておりません。」
「じゃ、良いわね、ほっといても。陸軍がすぐ鎮圧するわ。」


あっさりと言い切った上戸に、オペレーターは一同苦笑する。


「良いんですか〜?相手が歩兵なら、"人でなし"の我々の出動が要請される可能性もありますよ〜?」
「ゲリラは隠れて戦うから厄介なのよ。表に出てきた時点で、正規軍の敵じゃないわ。今まで私達が担当してたのも、ゲリラの存在自体をおおっぴらにしたくなかっただけの話だし。こうなってしまった以上、隠匿も何もないでしょ」


少し投げやりに上戸が言ったその時、別の職員が指令室にコーヒーを入れて持ってくる。自分の席に置かれた湯気がたつコーヒーを、上戸は厚い唇を尖らせて啜った。オペレーター達も、自分の分のコーヒーに手を伸ばす。
スクリーン端に映されたままのニュース映像の中での、キャスターやゲストの慌てた顔。また、オペレーターが外したヘッドセットの向こうに流れる、傍受された軍関係者の焦った声での通信。これらに比べて、この指令室ではゆっくり時間が流れ、誰もがこの武装蜂起の状況に動揺の一つも見せない。
事の重大さが分かっていない訳ではない。慣れているのだ。
今までずっと、知る人ぞ知る闇の中で東機関は戦い続けてきた。そして、この戦いに、事態がとどまらないという事も彼らは知っている。


「隠れて戦うのがゲリラ、そのゲリラがここまで大きく打って出たというのは何かの裏打ちがあっての事でしょうね。必ず勝てるという。」


オペレーターの一人が、コーヒーに砂糖を溶かしながら言ったのに上戸は頷いた。


「そうね。タイミングがタイミングだわ。恐らく、建御雷が中共艦隊を討った事を理由に、中共が彼らを援助して戦力を動かす手はずね。統一戦線が日本のゲリラ全てをまとめて、自分達を犠牲にして日本軍を二神島におびき寄せ中共艦隊との戦闘を誘発、中共の援助を取り付け、反攻のきっかけをつくったって所かしら。」
「で、二神島基地攻撃を推し進めたのは局長ですから、いや〜一杯食わされましたね〜」


部下に茶化され、上戸は厚い唇を歪めて、ムッとした顔を作ってみせる。


「どちらにせよ、早めに叩いておかないと機動甲冑がさらに量産されて余計に厄介な事になっていたわよ。もうこのシナリオの時計は進んでて、その針は戻せなかった。進める事はできても、ね。」
「分かってますよ、局長がただ騙されてなんかない事くらい。」


同じ部下にフォローされて、「だったら最初から意地悪な事言わないの」と上戸はむくれる。


「中共はそして、どんな戦力を送り込んできますかね?今の所、艦隊戦力も空軍戦力も動かしておりませんが」
「艦隊戦やってる間に、米第七艦隊の介入もちらついてくるわ。恐らく正攻法では来ないわよ。恐らく、隠密行動に特化された部隊で、この帝都に直接侵入して、天皇を奪りにくるわ。」


オペレーター一同の表情がキリ、と引き締まる。


「敵偵処の、飛虎隊ですか…」
「そうね、それが濃厚ね。」


上戸はコーヒーを飲み干し、口をハンカチでそっと拭った。ふう、と息をつくと、次の瞬間に、リラックスした表情が一転、毅然とした東機関局長の顔に戻る。


「久しぶりに、総力戦になるかもしれないわ。覚悟はしといてね。」
「"人でなし"同士の戦いか…久しぶりに歯ごたえがありそうです」


オペレーター達も次々とコーヒーを飲み干し、持ち場に戻る。皆が席に戻ってすぐ、ヘッドセットを耳に戻したオペレーターが叫ぶ。


「東京郊外に、敵勢力出現の報!」
「現れた…思ったより早いわね」

上戸の眉間に皺が寄った。色白の細面に、緊張感が満ちた。




第八話に続く

 
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