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真鉄のその艦、日の本に

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第六話 反撃

第六話 反撃

<被弾した…>
<まずいぞ、帰る艦がなくなっちまう…>
<何で攻撃命令を出してくれないんだ!すぐ第二波がくるぞ…>

建御雷にミサイルが着弾したのを見届けた航空隊のパイロット達が、口々に言う。津村は、僚機のその言葉を黙って聞いていた。
目の前には、中共艦隊の支援ヘリ部隊。建御雷航空隊が領空侵犯に対し警告を行い、威嚇するように展開しても、一歩も退く気配がない。
まるでこちらが攻撃してこないという事を見透かしてるかのようである。
随分と舐められたものだな、と津村は思った。

そうだ。舐められている。平気で僚機を堕とした相手にも即座に反撃に出れない、自分達皇軍は。

「航空隊、一番隊も二番隊も聞けよ。」

津村は、レシーバーのスイッチを入れた。航空隊全機に語りかける。

「これから俺、命令にない行動とる。絶対に俺に着いてくんなよ。…俺、軍法会議で死刑にでもなるかもしれんけど、でもこれからする事、間違ってるとは思わん。 建御雷の発令所に篭ってる幹部が何考えてるか知らんけど、少なくとも俺は、同胞の命を助けるのは絶対に正義やと思ってる。助けられる命を見殺すのは悪やと 思ってる。例え死刑なっても、それ俺は譲らんから。じゃ、お前らはそこでみとけよ。」

津村は、空中停止させている自機を、一気に加速させた。目標は、中共艦隊艦載ヘリ部隊。
もう津村には何の躊躇いもない。その目には、明確な殺意。怒りと憎しみと闘争心。

すんません、森大尉。でも、あなたもこうしたでしょ?

中共ヘリ部隊は、津村機の急接近に殺意を感じ取ったのか、方向転換して友軍艦隊の方に逃げようとする。しかし、速力なら、帝国空軍最強の雷電改とヘリでは比べものにならない。

津村は、機首の20mmバルカンを見舞った。ミサイルを撃つまでもない。ミサイルがもったいない。機銃で十分だ。

簡単に、ヘリの機体が蜂の巣になり、爆発を起こして火の玉になる。次から次へと、手際良く津村は中共ヘリを叩き潰していく。ヘルメットのレシーバーから、発令所の女の通信士官が何か喚いてる声が聞こえるような気がするが、そんなものは津村にとってはただのノイズでしかなかった。
やかましい。今集中している。黙ってろ。

中 共ヘリも、機銃で対抗して弾幕を張ろうとする。津村はひらひらと機体を器用に旋回させ上昇下降を繰り返し、のろまなヘリの射線をかわした。実に簡単な戦闘 だった。そもそも彼我の機体性能が違いすぎる。空軍でもトップクラスの訓練成績を誇る津村が雷電改に乗ってヘリなどを相手にすれば、まぁこんなものだった。赤子の手をひねるようなもの。相手にもならない。


最後に残った一機の機体正面に回り込み、真正面から艦載ヘリに相対して空中静止した。艦載ヘリのパイロットの目が大きく見開かれ、シートベルトを外すような仕草をしているのが見える。逃げようと言うのだろうか。空に逃げ場などないのに。津村は操縦桿のボタンを押し込んだ。

雷電改の機首バルカンが火を噴く。敵ヘリのコクピットガラスにヒビがいくつも入り、血の赤が飛び散って付着しコクピットの中が見えなくなった。



――――――――――――――――




「中共艦隊ヘリ部隊、全機の撃墜を確認!津村機が1機のみでやりました!他の航空隊機は動いてません!」

レーダー手の山本が言ったように、CICスクリーンに映る海域俯瞰図からは、中共ヘリ部隊の小さなマーカーが全て消え、津村の雷電改のマーカーだけがその空域に残る。

「何をしているかッ!!津村中尉ッ!攻撃命令など出しとらんぞ貴様ァ!!」

田中は、通信手席の風呂元からヘッドセットを奪い、口角泡を飛ばして怒鳴っていた。
長岡は、冷ややかな目でそれを見つめる。

建御雷は被弾した。が、幸いにも機関部には影響なく、弾薬庫への誘爆も防げ、武装系統にも問題はない。艦として致命傷にはならなかった。しかし、それでも被害は小さかったとは言えない。数十人が死傷した。
最初からヘリ部隊を潰していれば、この噴進弾も避けられていたものを…長岡は唇を噛みしめる。

「好機です、艦長…」

砲雷長の本木が、田中に言った。
田中はヘッドセットを風呂元に返して、そちらを見る。

「今なら、敵巡洋艦からの噴進弾攻撃は来ません。敵艦隊の射撃電探の射程外です。ヘリの支援が無い以上、敵艦隊はこちらに噴進弾を撃てません。しかし、こちらの射撃電探は敵艦隊を捉えています。今撃てば、一方的に敵艦隊を攻撃できます。」
「"敵"?中共艦隊がいつ"敵'になった?我々の敵は統一戦線、それだけだ」

田中のこの一言に、長岡は、腹の底から何か熱いものがこみ上げてくるのを感じた。それがそのまま、口を突いて出た。

「あんたは、こん状況なってもまだそげん事を言うんですか!?部下が死んでるんですよ!?」

艦長の田中に対して怒鳴った副長・長岡に、CICの皆の視線が集まる。

「そもそも、最初から、中共艦隊は展開した時からこちらを敵として見てるんです!だからあんなに簡単に戦闘機を墜とせるし、40発もミサイルをぶっ放せるんだ!こちらが敵じゃない、戦う気がないとか言ったって、奴らは聞いちゃくれないんです!こちらが撃たなきゃ相手に撃たれる、殺さなきゃ自分が殺される!それをいい加減受け入れないと、我々は我々を守れませんよ!!」

田中の目も、くわっと見開く。

「バカモン!だからこそ撃ち返してはならんのだ!奴らは戦争をしたがっている。この流れに乗って、撃ち返して、それで日中間の本格的な武力衝突に至ったらどうする?それこそ奴らの思うつぼだ!統一戦線の思うつぼではないか!」

「ま た…またあんたぁそんな事を!あんたはこん発令所に篭ってるけんそんな事が言えるんですよ!今第三甲板は地獄です!五体不満足になった者も居れば、体に火 がついてのたうつ者も…いや命があれば良い方だ。もはや人の形も失ってただの肉の塊になっちまった者も居るんですよ!何でここまでされて、平気で居れるのんですか!?艦と乗員を守るのが艦長でしょう!?」

「軍人が感情で動いてはいかんのだ、冷静になれ長岡!確かに艦長の仕事は艦を守り乗員を守る事だ、しかし我々皇軍の使命は我々自身を守る事ではない、日本を守る事だ!今ここで我々が撃ち返して、我々自身が守られても、その後日本として我々以上のものを失う事になれば本末転倒ではないか!今の日本は中共との武力 衝突になど耐えうる体力はない、耐えれたとしても被害は絶対に少なくない!例え我々がここで死のうとも、それ以上の被害を防ぐ為なら仕方がないのだ、我々だけの犠牲で済んだという事なのだ!軍人ならば耐えろ!耐えて国の為に死んでみせろ!!」

「とにかく争いを避けて避けて、ぶつかれば必ずこちらが折れて、耐えて、細々と、細々と…!そげんして生き永らえる事しか出来なくなっちまったけん今の日本はダメになっちまったんだ!あの戦争、80年前のあの戦争で最後まで戦わんでから、ずっと日本はそうだ!恥も誇りも、戦う姿勢もなくなっちまった!戦争を避けて人が死ななんだらそれで平和なんかや!?それで国って呼べるんかや!?」

不意に、長岡の両腕が背後から掴まれる。長岡がぎょっとして振り向くと、自分より遥かに頑健な体格の本木が、長岡を拘束していた。

「まー(長岡の愛称)、落ち着きんさい。今それ言っても無駄じゃけ。」

友人に冷めた目で見られ、長岡の腹の底から湧いて出てきたものが、ぷつっと途絶えた。熱が冷めた。

「副長、発令所からの退出を命じる。船務長、この男を営倉に閉じ込めておけ。」

田中の命令で、船務長と数人の曹士が、長岡に銃を向ける。本木が自分の体を手放しても、長岡は何も抵抗せず、呆けた顔をして、彼らに促されるままにCICから出て行った。

長岡が居なくなったCICで、田中はふう、とため息をつく。帽子をとって、頭をかいた。
出て行く長岡の背中を無表情で見送っていた本木が、田中に向き直る。

「艦長、支援ヘリを失った中共艦隊は、先ほどからこちらに向かって前進してきています。ヘリの支援を使わない直接照準での攻撃を意図しているかと。」

田中は、帽子を被り直した。やや、疲れの色がその顔には滲んでいる。

「山犬と、機甲部隊に撤退命令を出せ。東海岸に早急に集結させろ。中共艦隊がその射程にこちらを捉えないうちに撤退する。陸上部隊を収容次第、全速でこの海域を離脱する。」

脇本が、泣きそうな顔で田中を見た。

「間に合いますでしょうか…?」
「……もう一発もらうかもしれんな…」

田中の一言に、CICの温度がまた一度、下がったように感じられた。幹部連中が息を呑んだのがはっきりと分かった。

「我々は、命令に従うだけです。」

本木だけは、その表情が全く変わらない。どこか、割り切った、吹っ切れたようにも感じられる態度である。

「…すまん。皆の命をくれ。」

田中はその視線を、冷たい床に落とした。





―――――――――――――――




「お前さんの言う事もな、もっともだよ。俺からこの件は内密にするように、艦長にかけあってみとくから、ちょっとの間だけ我慢してくれ。」

営倉までの通路の途中、温厚な顔をした名越船務長になだめられても、長岡は憮然として、何も話さなかった。艦内通路には、ダメージコントロールに駆け回る曹士達が溢れ、通路を行き来する彼らと何度も肩がぶつかった。

営倉として使われる小部屋に、長岡は自分から入った。部屋の隅に置かれた毛布の上にどかっと腰を下ろし、帽子を脱ぎ捨てて床に叩きつけた。


――――――――――――――――――




「……何を思うか……って…?」

痛ぶられ続けていた遠沢から、細い声が漏れる。常に表情が少なで尖って冷たい雰囲気をたたえる遠沢も、さすがに堪えているようだ。手足が見慣れぬ方向を向いており、唇と口内が殴打により切れ、口の端から血を流し、息も上がっている。そんな遠沢が、少し充血した目で右側の和気を見やる。和気達は、その手を止め た。

「何も、思わないわ。私を、こんなにして、それであなたの気は晴れるの?残り少ない寿命は伸びるの?奪われた地位は返ってくるの?」
「「「何ィ?」」」

和気が拷問の手を止めると、すぐに遠沢はいつもの尖った目つきに戻り、和気を睨んだ。
和気には、発した言葉の中身と同じくらいそれが気に食わなかった。こちらが手を止めるとすぐにこれだ。若い女なんだろ?女らしく、少しは許しを乞うだの、泣くだのしろ。

「「「お前、もっとズタズタになりたいみたいだな。」」」

遠沢を取り押さえている個体とは別の和気が、その懐から大ぶりのナイフを取り出す。大きく振りかぶり、遠沢の胴に突き刺した。

陸軍の濃緑色の戦闘服に、赤黒い血の華が咲く。遠沢に和気のような皮下装甲などはない。その刃は、遠沢の中に深く深く入り込んでいく。

「…………!!」

遠沢はぐっと息を詰めて、呻きをこらえる。全身にぐっと力を込める。刃を、受け止める。

「「「!?」」」

和 気は機械的改造を施された、複製人間にしてサイボーグである。単純な力も、常人とは比べものにならない。しかし、その和気がどれだけ刃を押し込み、遠沢の 体を引き裂いてやろうとしても、そのナイフはある程度刺さった今の状態から、ビクともしない。引き抜く事さえできない。何故だ、何故だ、と和気が焦る。

「…もう、あなたは普通に殺してあげられないわ」

ぎゅっと閉じて痛みに耐えていた遠沢の目が開く。らんらんと鈍く輝く。

「あなたが東機関を追われたのはね、コストがかかりすぎる、それもあるけど、単純に能力も無いからよ。私を拘束して追い込んでおきながら、殺す事より苦痛を与える事に気持ちが向いてるその非合理性。敵とのじゃれあいを楽しんでるその心。」

遠沢を取り囲んでいた10人少しの和気の表情に、恐怖の色が浮かんだ。それはそうである。
語りながら、目の前の遠沢がその姿を変えていく。所々が隆起し、目鼻口耳、それらの形が崩れる。掴んでいた手足の形も変わる。もう手足ではない。「何か」である。

(でも私もあなたの事を言えないわね。すぐにあなたを殺せなかったから。)

その声は、もはや空気の振動ではなく、脳内に直接響いてきた。

遠沢の手足だったものが、四人の和気の手の中からするり、と抜ける。遠沢だったものが、血に汚れた戦闘服から抜け出して、その塊は、ぐにゃぐにゃと蠢き、ゼリー状で、決まった形を持っていない。

「「「あ……あ…あ…」」」

和気はその、「得体の知れないもの」への驚きと恐怖を隠し切れない。常に余裕を持って他人を見下ろしてきた和気が、怯えている。慄いている。震えている。

不意に、その塊から、数本の触手が伸びた。それは驚くべき速さで一体の和気の手足そして首をつかむ。

次の瞬間。

引きちぎった。それら全てを胴体から。バキバキと皮下装甲に亀裂が入る音の後、ぶちぶちっと鳴りながら筋繊維が千切れ、膨大な血を吹き出しながら和気が四散した。

唖然とするその他の和気の個体。塊がさらに隆起する、変形する。塊から、数十本の

手。それも、マシンガン、拳銃、バズーカ、様々な武器を携えた手。

遠 沢の中から出てきたそれらの火砲が一斉に火を吹く。その弾丸が、恐怖で動くことすらままならない和気の群れを一掃した。射撃音、爆発音、悲鳴。さまざまな 音がないまぜになって、地下五階にあふれる。普通の銃では破られないはずの和気の皮下装甲を、この遠沢の弾はやすやすと貫いていく。

ただ一体を残して、10以上あった和気の体は全てが殲滅された。一瞬の事である。僅かの時間で、あまりにもあっさりと形成は逆転し、まるで想像もできなかった展開に、和気は理不尽さを感じずには居られない。

「ばっばっばっバケモノっ…バケモノだ貴様っ」
(ええ。バケモノよ。)

遠沢が何を思っているのか、不定形に蠢くその「塊」から表情を読み取るのは不可能である。
触手群が最後の一体にも伸びる。触手の一本一本の裏側には、夥しい数の牙が付いていた。それが無数に殺到し和気にとりつき、和気の表面を削りとっていった。
和気の衣服と共に全身の皮膚がめくれあがり、剥ぎ取られ、露わになったのは、皮下装甲が剥き出しになった鉄の人形の姿だった。

(でもあなたも、バケモノよ)
「……!………」

和気は目の前のおぞましいモノに対して、何も言えなかった。

触手の先が、鋭く尖り、刃物の形をとる。その無数の刃が、全方位から最後の和気に突き刺さり

地下五階には、遠沢以外に誰も居なくなった。




―――――――――――――――――



「エンジンのエネルギーがダウンしています」
「何?」

機関長からの報告に、田中は怪訝な顔をした。

「機関の故障か?エネルギー漏れを確認しろ」
「いや、それが…エネルギー漏れではなく、艦内の中の、いや、これは未確認なんですけど、あるようなんです、ダクトのようなものが。エネルギーがそのダクトを伝導しているようでして…」

機関長は、何だこれ、こんなのあったかなぁ何でこんな…と一人つぶやきながら首を傾げる。
どういう事だ…?と田中は内心つぶやくが、自分で確認したエンジンの、設計図との違いを思い出す。まさか、あれと何か関係が…
そう思った時には、艦が急激に減速そして方向転換し、揺れが田中を襲った。

「て、て、転舵なんて命じてないぞォ!」

焦った顔で脇本が怒鳴る。怒鳴られた操舵士の佐竹も怒鳴り返した。

「舵が効いていません!艦が勝手に方向を変えました!」

スクリーンの海域俯瞰図には、見た事もない画が映し出される。接近しつつある中共艦隊のマーカーの周りに、赤の囲いができる。
まるでそれは、ロックオンマークのようであった。

「砲雷長、何が起こってるか分かるか?」
「いえ、こんな事はマニュアルには…」

建御雷が止まったのが、スクリーンからも、感覚からも読み取れる。そして微妙に俯角と、横の角度を調整した。少し下に向いた角度で、建御雷はその艦首を中共艦隊へと向ける。

「艦首下方、開口しました!」
「開口?何を言ってる、一体どうなってるんだ?」

スクリーンの端が四角に切り取られ、艦外カメラの映像が映し出される。建御雷の、二つの艦首が、パックリと装甲を開き、そこから見えていたのは、大口径の砲口であった。

「何だ、これは…」

このミサイル全盛の時代に、新造艦に秘密裡に造られていた、二つの砲口。まるでそれは、前時代の大艦巨砲主義の具現化であった。
その砲口の奥が、鈍い光を放ち始める。

「機関からのエネルギーが、艦首部に集まっていってます!」

機関長が言った頃には、その光はまばゆいまでに膨れ上がり、砲口に光球ができていた。

スクリーンの、建御雷のマーカーの傍に、数字が出てくる。五、四、三、二、一…そして最後に、建御雷のマーカーにオーバーラップして「発射」この文字が表示された。


刹那、建御雷の二つの「口」が、膨大な光のうねりを吐き出した。その光は凄まじい早さで、
数十キロ先の中共艦隊が浮かぶ海へと達した。


――――――――――――――――





「司令、現在日本の領海に入ってますが…」

渋い顔をしている「福建」の艦長に、張はフンと鼻を鳴らした。

「撃ってこん。奴は撃ってこんよ。さっきもヘリを撃墜せずに、ミサイルを迎撃しようとした。迷いがある証拠だ。戦う事への。」
「しかしそのヘリ部隊は先ほど撃墜されたのです。相手もその迷いを改めたのでは…」
「小日本が我々人民解放軍に正面切って戦えるはずがなかろうが」

性能では明らかに相手の方が上、それは全弾発射の攻撃でも、命中は一発だけだった事ではっきりと分かる。建御雷は直撃弾を食らってもまだ墜ちない。それを心配している艦長の不安を、張は跳ね除けた。
合理的判断ではない、それは老人の妄執である。

「尖閣事変の借り、今こそ…」

その呟きは、突如襲った衝撃にかき消された。


――――――――――――――――




うねる光の渦が、凄まじい熱量を持って中共艦隊を呑み込み、焼き尽くす。装甲は溶け、弾薬は誘爆し、艦が弾けて砕ける。
そこに居る人間たちも皆、細胞の一つ一つをその渦に灼かれ、熱さなどそんなものを感じる間もなく、一瞬のうちに消滅していった。



――――――――――――――――――



「何なんだ、あれは………?」

二神島東側海岸で、建御雷の収容を待つ機甲部隊は、目の前で行われている事に釘付けになっていた。建御雷から、光の渦が放射された。
その渦は水平線の向こうに達し、その水平線の向こうで大きな大きな水柱が立ちのぼった。
遅れて、轟音が響いてくる。地を揺るがすような音だった。

<……有田隊長、あれを…>
「うん?」

二神島の西側が、爆発を起こしていた。一つ、二つ、三つ…たちのぼる火柱の数は増えていき、今度は直接地面が揺れる。何度も何度も爆発が起こる。

「やった…山犬が遂に…」

それは予定されていたように、統一戦線の基地が爆破されたという証拠であった。
有田はホッと胸をなでおろす。とりあえず任務は遂行できた。作戦目的は達成した。

<あ!遠沢だ!>

ちょうどその時、遠沢が森の中から東海岸へと姿を現した。手いっぱいに、楕円形のプレートが付いたネックレスを握り、確かな足取りで歩いてくる。

有田を始め、機甲部隊がすぐさま自機のコクピットから飛び出して、遠沢に駆け寄る。

「遠沢准尉、帰還致しました。」

有田をみると、遠沢は背筋を伸ばし、片手にネックレスを持ち替えて敬礼した。有田は、ずかずかと歩み寄る。

パチィン!乾いた音が響いた。煤で汚れたその頬を、有田がビンタした。遠沢はそれを微動だにせず受け止める。

「勝手にどこに行っていた!?」
「申し訳ございません。以後気をつけます。」

ホッとしたような有田に対して、遠沢はいつもの尖って冷たい無表情で通す。

「遠沢、それ……」
「認識票です。山犬部隊70名全員のものです。彼らは全て殉死しておりました。」

遠沢が持っている血に汚れたネックレスを見て震えながら尋ねた若い兵士に、遠沢はハッキリと答えた。兵士たちにどよめきが広がる。

「じゃああの爆発は…」
「僭越ながら、私が作戦を遂行させて頂きました。」

事も無げに言い放つ遠沢に、もはや機甲部隊の兵士たちは呆れて言葉も出ない。
有田は、遠沢の血に赤黒く汚れた戦闘服を見た。

「怪我してるのか、遠沢」
「いえ、大丈夫です。これは、返り血です。」


――――――――――――――――

「撃ったな」
「撃ったわね」
「予定どおりだ」
「ええ、予定どおり」
「和気の冥福を祈ろうか」
「そうね。これが終わりの始まりだから」
「みんなすぐそっちに行くわ」
「待っててね」


第七話に続く。


 
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