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真鉄のその艦、日の本に

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第三話 進撃

第三話 進撃


艦内は静まり返っていた。
張り詰めた空気である。緊張感。
各部署の担当の手には、封筒が。
その封筒には、時刻が記されている。
それぞれが、その封筒の時刻を今か今かと待ち構えている。

「14:00……訓練開始だな」

建御雷の戦闘指揮所に立った長岡が、手首の腕時計を見ながらつぶやくと、すぐにそれは始まった。

<上空警戒中の加藤機より建御雷、北東より噴進弾多数接近を確認!>

「対空戦闘○△□°!!機関最大戦速取り舵!」
「とーーりかーーーじ!!」


突如入った通信に、田中が声を上げる。
建御雷のエンジンがうなりを上げ、艦隊がぐぐっと左に傾く。操舵席の佐竹海曹長が、操縦桿を思い切り左に倒す。洋上艦に比べ、艦隊が操舵に追随するのが速い。

「一番隊各機、噴進弾排除に当たれ!二番隊各機は引き続き上空警戒!」

建御雷の遥か彼方の空、狭く苦しい、キャノピー越しに透き通るような空が広がるそのコクピットでヘルメット付属のレシーバーに叫んだのは、建御雷艦載機隊隊長の森。

「二番隊迎撃にあたります!二番隊全機○△□へ!」

応えたのは津村で、津村の戦闘機を初めとした戦闘機隊が、指定されたポイントに翼を翻して急行する。
そして津村が叫ぶ。

「二番隊、噴進弾8基撃墜、20基防衛戦突破!」

それを受けて、指示を出すのは砲雷長の本木。

「対空戦闘、目標諸元入力18基、撃ち方はじめ」
「うちーかたはじめー」

建御雷ブリッジ後方の垂直発射装置がその発射口を開放する。87式対空噴進弾の、その弾頭が顔を覗かせる。火を噴きはしない。訓練である。

「自軍噴進弾18基飛翔中!目標群到達まで三分!」

航海長の脇本が、操舵の佐竹に命ずる。

「下げ舵、高度100につけ!応急に備える」
「さーげかーじ!」

被弾に備え、建御雷は高度を下げる。ジェットコースターのようである。巨体が急激に潜り込んでいく。

「命中、16基、4基噴進弾防衛線突破なおも飛翔中」
「主砲迎撃、速射、撃ち方はじめ」

建御雷の双胴式の艦体の上部下部、計8門の火砲が、指定の方角にその砲身を向ける。

「撃墜2基、さらに二基近づく」「近接防御、チャフ展開、総員衝撃に備え」
「総員衝撃に備えーーー!」

戦闘指揮所の全員が、コンソールに頭をかかえて、うずくまる。艦内各所、全ての場所で同じような光景が繰り広げられていた。

<機関室被弾、第三甲板傷者多数>
<第二艦橋、火災発生>

被害報告に、艦内ではダメージコントロール要員が走り回る。
これが、出航からずっと繰り広げられている訓練であった。


―――――――――――――――――――


幹部食堂では、いつものような騒がしさがない。ずっとそうだった。与勝基地を出航した時から。建御雷の幹部は選ばれて、一年の間専用の研修を積んできた仲間 である。それは曹士に至るまでもがそうである。あの与勝基地での件以来、研修中のように馬鹿話もできるような雰囲気ではなくなってしまった。周りが変わっ た。環境が変わってしまった。明日、建御雷は作戦行動に移る。基本、若手の幹部達には、実戦の経験はない。艦長の田中に、15年前の日本海尖閣諸島沖海戦 の経験があるくらいだ。幹部達はその田中も含め、食事中も顔が強張っている。人と命のやり取りをするのが、恐ろしくないはずがない、普通は。海軍軍人達 は、普通の人間だ。艦を動かす事を仕事にした、普通の人間だ。

「……………」

しかし、有田は泰然自若とした雰囲気を崩さない。話そうともしないが、余裕のある顔をしている。あの与勝基地での戦いも経験しているからなのか、落ち着いている。

「……………」

航空隊隊長の森も、緊張した様子はない。元々空軍は中共国境線や、米太平洋艦隊の領空侵犯その他諸々に対してしょっちゅうスクランブル発進を繰り返してお り、一触即発の修羅場には慣れているのだろうか。一瞬の不注意が命取りになる緊張のもと、日々空を駆ける男達の頼もしさだろうか。それを考えてみると、普段の海軍は随分とのんびりとしたものなのかもしれない。

「…………フッ」

戦闘への恐れが全く垣間見られない男は場にもう一人居た。クシャクシャな髪の毛をした、面皰が少し目立つ面長の顔、少し小柄だが、どこかバカにしたような笑みを大抵の時間顔に張り付かせている。印出中尉。福岡駐屯地で増員として加わった、諜報機関の東機関直属の要撃部隊「山犬」70人の隊長である。今回 の任務では、最も危険な敵地への上陸を試みる。その癖、誰よりも顔に緊張感がない。

「相手方の戦力は、どんなもんなんでしょうね…」

重い雰囲気の中で口を開いたのは脇本航海長だ。まだ若く、29である。太い鷲鼻と太い眉、大きな目をしている、幼い顔の男だ。面々の中で一番不安気な顔だ。実際怖いのだろう。

「東機関からの情報によれば、機動甲冑が15機、基地内の構成員が1500人弱、結構な要塞だ。岩盤に守られているから、噴進弾による爆撃では潰せん。だから機動甲冑を揚陸して…」

作戦会議で決まった作戦の内容をもう一度なぞるような事を言い始める、小太りの辻掌帆長を、長岡は冷ややかな目で見ていた。この若い航海長が聞きたいのはそんなデータでの話ではなく、大丈夫だ、その一言だ。ビビってるが故に、安心したいのだ。理屈で考えて云々の話ではない。

しかし、実際、敵の二神島要塞は、思った以上に堅牢に、よく作られている。機動甲冑の数は敵が倍以上。歩兵の戦力で言うと、相手は1500人弱、全員が歩兵 ではないにせよ、とても70人で対処できる数ではない。爆弾をし掛け、地下要塞の内部から爆破するという作戦だが、長岡はそこで印出が言った言葉が気にか かった。

「1500人…一人20人殺せば……」

まさか本当に20人殺すつもりでいるのか、それとも、あの作戦会議において笑えもしない冗談を言ったのか。
死地に直接赴く人間の気持ちは、敵と遠く離れて戦闘指揮所に篭る自分には、想像もできないものなのかもしれない。長岡の視線の先では、印出がずっと同じ笑みを顔に張り付かせたまま、箸を動かしていた。


――――――――――――――――――

翌日正午、建御雷は作戦行動を開始した。
二神島までは、最短距離で行けば半日もかからないが、申し訳程度に三日間集中的に訓練を行ってから、進軍を開始したのである。
この三日間の訓練は、非常に効率のいい訓練となっていた。いつ来るか分からぬ敵への対処ではない。これから確実に戦闘が待っている中での訓練だからだろうか。三日間、たった三日間だが、多少は練度も向上した手応えはあった。戦闘にたえうる程度かは、全くの未知数であるが。

格納庫では、航空隊が慌ただしく集合している。青の航空服の肩には荒鷲のエンブレム。生命維持のバックパックを背負い、フルフェースのサンバイザー付きヘルメット片手に、格納庫で円陣を組んでいた。

「最終確認だ。控室で言った通り、二神島南西部、敵電探の死角より高度100で進入、敵電探及び噴進弾設備に対地噴進弾による水平爆撃を加え離脱する。これは俺の一番隊が引き受ける。二番隊は後方で上空警戒にあたれ。理解してるな?」
「「「ハッ!」」」
「よし、出撃用意!」

森の短い確認が終わり、総勢20名のパイロットが、整備を終えた鉄の翼、それぞれの自機の元に駆け寄り、そのコクピットに体を収めていく。口々に、整備士が激励の声をかけ、パイロット達はそれに応える。

森は梯子をよじ登り、その大きな体を小さな、そして硬いシートに収め、キャノピーを閉めた。ここからはコクピットは自分だけの空間、この戦闘機の翼は森自身 の翼である。手足は計器ペダルそして操縦桿と一体化する。パイロットは戦闘機の最も高価な部品、その体と機は一つ。次々とデジタルコクピットのディスプレ イ達に光が宿っていき、船のものとは違う、軽くそして荒々しいエンジンの唸りが段々とその音量を増していく。その時、不意に通信の呼び出し音がヘルメット 耳のスピーカーから鳴った。格納庫で隣に位置している津村の機かららしい。

「どうした津村?腹でも下したか?」
<僕やないんですね、爆撃担当>
「何だまたそれか」

津村は作戦会議から、自分が隊の露払いを務めると意気が上がっていた為に、森自らが先陣を切って爆撃する事に今ひとつ納得がいってない様子であった。

<普通隊長は後ろで見てて指示を出すでしょ。何でわざわざ自分から危ない所に突っ込むんですか?おかしないですか?>
「危ないからこそだ。俺みたいなボチボチ先が見えてきてる奴がお前みたいな若造より早く死なないとな」

敵レーダーの死角は、東機関が集めてきた統一戦線基地のデータを元にして割り出したものだ。東機関のデータがどこまで信用できたものか、森には分かったもの ではない。万が一でも、相手側が奇襲に気づいて対空ミサイルをぶっ放してくる可能性もある。そうなったら、そうそう簡単にミサイルからは逃げ切れない。

能力的には、津村の方が森よりも上である。無い才能を努力に補っている感が否めない森には、天性とも言えるセンスを持ち合わせた津村との差がはっきりと分か る。しかし、ただ能力だけで任務は決められない。はっきり言って危険だ。まだまだ先がある優秀な部下を死地に突っ込ませて、自分は後方で見守るというよう な選択は森にはできなかった。だったら自分がやるしかない。

<死ぬんが怖くて、パイロットはしてませんよ>
「それはただ怖さを実感してないだけだ、死ぬ事のな」
<隊長はしてるんですか?>
「今はしてない方が幸せだ。オラさっさと行くぞ!」

森はそこで通信を切った。計器を何やら操作し操縦桿を握ると機体がわずかに浮いて、大きな口を開けて青空が覗いている発進口のカタパルトへと、その身を預けに行く。

「航空隊、雷電改森機、出ます!」

口元のレシーバーに力強く吹き込むと、機体の下のリニアカタパルトが電気を帯びる。磁気のパチンコは、戦闘機の流線形をパチンコ玉の如くアッと言う間に押し出し、森の乗った雷電改は、大空の真ん中に吐き出された。

「まずは頼むぞ、航空隊」

戦闘指揮所の画面の一つに映る、建御雷艦載機発進口からの勇ましい戦闘機隊発進の様子に、田中は期待を込めてつぶやいた。

――――――――――――――――――

雷電改は、これもまた建御雷の部隊の機に相応しく、最新テクノロジーの集合体のような戦闘攻撃機(マルチロール機)である。
可変式の後退翼、エンジンは熱核ジェットエンジンが二機、尖った機種、見た目はやや大型の戦闘機だろう。
しかし、大きな特徴は、飛空艇の反重力機構を簡易なものにして戦闘機にも導入している所である。水平方向の推力だけでなく、縦軸の揚力も得る事ができるの だ。これは運動性を飛躍的に高め、普通の戦闘機には勿論不可能なはずの動きをも実現している、戦闘機の常識を覆すような機である。アメリカ由来の飛空艇の 理論を発展的に利用した、日本人らしい発明の機だ。
デジタルグラスコクピットに、高度な戦術レーダー、ミサイル搭載量も多く、飛空艇用の艦載機という特殊な設定のものでありながら、現段階で日本最強の戦闘機と言えよう。

「一番隊、突入位置へ」

編隊の先頭を飛ぶ森機が翼を帰して高度を下げていく。それに追随する一番隊の各機、その姿を上空に留まる津村以下二番隊の各機が見送っていた。

10機の一番隊雷電改が、海面スレスレを這うように飛ぶ。上空からそれを見ると、まるで10機のエイが凄まじい速さで滑空しているように見える。

「敵電探捕捉範囲、通信やめ、電探停止!」

レーダーや通信による電波発信を止め、息を殺して二神島敵基地のレーダーの捕捉範囲の切れ目の中に突入する。さて、本当にこのコースは死角なのか、否か、この一直線40キロの先に待ち受けるのは、栄光かまたまた地獄の業火か。
しかし、今は、信じる以外ない。

「……いくぞっ」

森がスロットルを目一杯に引き込み、雷電改のエンジンが唸りを上げ、機体が軋み、急激な加速に体がシートにドンッ!っと押し付けられる。ほぼ同時に、全機のエンジンが目一杯にふかされ、その鉄の翼を加速させた。
キャノピーの外の海、その波間が凄い勢いで後ろに流れ、海面に風圧で白い跡がつく。
正面に小さく見えていた「黒点」、二神島が、一気にクローズアップされていく。
敵の迎撃は?来ない。敵の対空ミサイルは来ない。まだ来ない。

「よーし!」

十分接近して、森は機首を上げ、高度を上げて急減速。機首が折り曲がる雷電改独特の変形機構により、機体全体がフラップとして空気抵抗を受け減速。追随する一番隊全機が同じ行動をとる。同時に、雷電改全機の射撃管制レーダーが解禁される。敵のレーダー手からしてみれば、いきなり10機の敵機が出現したように 思えるだろう。しかしもう遅い。鎌は目前で振りかぶられた。

バシュ!!

一番隊全機の機体下部弾倉が口を開け、無数の対地ミサイルが撃ち出される。自動追尾のそれは誤りなく、わずかに水平飛行した後、ほぼ直角に急降下し、草木に似せ蔦を被せて隠蔽した二神島敵基地のレドームに殺到した。
鎌が、振り下ろされた。

爆発。続けざまの爆発。火に染まる二神島の上空を、念の為のチャフを展開しながら、一番隊全機がすり抜けていった。

「……やるぅ〜〜〜」

後方上空でその様子を見守っていた津村がヒュウ、と口笛を鳴らす。たった数十秒間の出来事。しかし、これが航空隊の仕事。この数十秒間にパイロットの意地が詰まる。

<敵電探への対地攻撃は成功!繰り返す、攻撃は成功!>

森からの通信を聞いた建御雷戦闘指揮所では、「おお!」と喜びの声が上がる。
すかさず、艦長席の田中が厳格な声で艦内マイクに吹き込む。

「機関全速前進。これより二神島への上陸作戦を開始する。」


―――――――――――――――――


レーダーが無力化された二神島に、全速で建御雷が接近する。東機関のデータによれば、二神島の統一戦線基地施設は、このやたら大きな無人島の西側に偏って分布 していた。建御雷は飛空艇ならではの、水上艦とは比べ物にならないその機動力で一気に二神島の東側に取り付いた。レーダー破壊を確認してから、機関全速 200ノット以上を出して肉迫しても、五分はかかり、その間に奇襲に気づいた敵が対空レーダーが潰されているとはいえ、何らかの迎撃を加えてくるのではと の恐れもあったが、火と煙に包まれたその西側は、それ以外はとても静かで、何の抵抗もなく、建御雷は東海岸に静かに着陸できた。

艦隊基部の前部ハッチが開き、日本製可変式機動甲冑「叢原火」5輛と、大型自走砲「頽馬」が海岸の砂浜に歩みを進めていく。頽馬のコクピットには、いつも通り有田。射撃手席には、遠沢。有田が、通信回線を開く。

「敵基地に向け、進撃。」

計6輛の陸上機甲部隊が、二神島の密林の中に姿を消していった。

――――――――――――――――――

「敵は、東側海岸に着陸。機甲部隊を揚陸したようです。」
「数は?」
「機動甲冑が5、自走砲が1です」

世 界抗米統一戦線日本支部二神島基地の発令所。この基地は、その施設の半分以上が、この島独特の硬い岩盤の下に埋まっている、まさに秘密基地である。この岩 盤に守られて、上空からの爆撃ではいくら頑張っても基地中枢は無傷である。だからこそ、地上部隊を揚陸しての制圧にかかったのだろうが、それがこの数であ る。日本軍が秘密裡に動かせる戦力には、相当限りがあるようだ。そして、日本軍が秘密裡に動かねばならない状況を作っているだけでも、統一戦線としてはか なりの成果だと言えよう。日本政府は、統一戦線を大々的に潰して、アメリカの手伝いでもしてるかのようなイメージが広まるのを避けたい。統一戦線の側に支 持が集まるかもしれない。「60年前の戦争を、ビビって早く終わらせ、今も統一戦線を潰してアメリカに媚を売るような腰抜けの今の政府ではダメだ。統一戦 線と共にアメリカと戦おう」このような論調を恐れているのだろう。そのような恐れを抱かせるほど日本に浸透しているのは成果だ。

「上の都合に構って、討ち死にしに来た哀れな奴らだ。機動甲冑全機出しておもてなししてやれ」
「は、全機を攻撃に回すのでありますか」
「全機だ。ここは周りが海、孤島。これ以上奴らの戦力は増えん。どこからも増援は来ん。全機出して潰せ。」

岩盤に配線も剥き出しで無理矢理くっつけたようなコンソールに向き合うオペレーターに、指揮官は支持を出す。その顔は堀が深く、無精髭が目立っていた。


―――――――――――――――

「………………来た」

遠沢は、高台に配置した頽馬の砲塔内射撃手席でつぶやいた。つぶやいた時には、既にもう撃っている。頽馬のリニア砲身から放たれた徹甲弾は、飛翔し、木々の間を芸術的に縫い、遥か彼方の密林の中を動く統一戦線の機動甲冑をあやまたず貫いた。

「あと、17。」
<なぁ、遠澤、時々俺はお前が同じ人間じゃないんじゃないかって不安になるよ>

呆れるほどに正確な、そして人がやるものとも思えない遠沢の射撃に、有田は通算何度目か分からないため息をつく。

「敵も機動甲冑を出してきたぞ。全車、警戒、会敵に備え!」

―――――――――――――――

「んふふ、始まってる始まってる」

印出は海中から顔を上げ、磯に体を引き上げた。特殊部隊用の隠密行動に適した体に密着した黒の戦闘服、体のあちこちに武器を携え、背中には小さなバックパッ ク、これがこの大きさでありながら潜水ボンベだった。「山犬」に東機関は、これはまあ色々と便利なものを持たせてくれるのだ。ずっと遠くの密林で聞こえる 銃声を聞き、印出はニヤニヤと、顔をさらに歪める。

「俺達も、殺るとしますか」

印出の背後の海面から、70匹の山犬達が顔を出した。

――――――――――――――――――――

「どうなるんだろなあ俺達」

統 一戦線基地地下施設への入り口は、そこかしこにある。岩盤をくり抜いた人工の洞窟の入り口である。その入り口の一つに、歩哨が二人立っていた。訪ねて来る 者も居ないこんな無人島の基地では、出入り口の歩哨など万に一つのお客様だろうが、しかし、今の状況では、その「お客様」が島の反対側から攻め込んできて いる。こんな事はかつてない。言葉を発した男は、まだ二十歳前後の若者である。それを聞く方も同じくらいの年齢だ。人生のあらゆる選択肢の中から、世界の 支配者に対してのレジスタンス活動を選んでしまった、勇ましく無鉄砲で恐れを知らない男たちだ。

「殺されるか、拷問されるか、とにかくロクな目には遭わねえだろーなー」
「ま、大丈夫だよ、こっちは機動甲冑が18機、相手の三倍らしいぜ。心配すんなって」

そう言って、片方が、隣を振り向いた時、目の前にあったのは、くしゃくしゃの髪と、面皰が目立ち面長で、人をバカにしたように笑う顔。

「」

彼 の頭がその状況を飲み込む間もなく、印出の手はその口を塞ぎ、小型ナイフを、彼の首筋に突き立てる。頚動脈がぶち切れ、ピューーッと血が噴水の如く飛び上 がる。もはや彼には混乱する間もなかった。彼の視界が閉じていく。彼は最後まで恐れを知らなかった。目の前の、同じ日本人はそれすらも教えてくれなかっ た。

―――――――――――――――――――

「基地各所から通信が途絶しています!」
「第一発電所からの電力供給止まりました!」
「地下一階部分に火災が発生しているようです!」

基地最深部、地下五階の発令所では、蜂の巣をつついた騒ぎになっていた。島の中央部の密林で機動甲冑同士が戦闘状態に入り、その戦いを見守っていたかと思え ば、突然基地施設そのものに異変が起こりはじめた。いや、異変ではない。明らかに何者かによる攻撃を受けている。何者か、ではない。攻め込んできているの は明らかに日本の正規軍だ。岩盤に守られた地下要塞という安心感、機動甲冑による迎撃、統一戦線側には少なからず、攻撃を受けていても大丈夫だろうとい う、安心があった。それが直接今基地施設内に乗り込まれている。統一戦線はゲリラとはいえ、実戦経験が豊富な兵士ではない。ゲリラ戦の経験はあったとして も、闇から石を投げて相手を騙し打ちにするようなゲリラ戦は相手に正面から立ち向かうのとはまた違う。ただ無鉄砲と義憤だけで、その身を投じたという者も 多い。それが死の恐怖を目の前にして、敵と正面から戦うのは難しい。無理である。

「慌てるな。各員、遅延戦闘しながら後退。四階中央階段フロアにバリケード、陣地を作れ。残存兵力はそこに集結、敵を迎え撃て。」

指揮官だけは、他の誰とも違って落ち着いている。その落ち着いた指示も、オペレーターの動揺ぶりからすると、しっかり伝わるか分かったものではない。その様子を見て、指揮官は半ば呆れたように口元を歪めて苦笑いを作っていた。


―――――――――――――――――

「ゔわ"あ"あ"あ"あ"」

絶 叫。そして乱射。統一戦線の、各々が繋ぎだったり、迷彩服だったり、シャツにジャージのズボンだったり。そんな雑多な服装の兵士達が叫びながら、迫りくる 「死」に向かってマシンガンを撃ちまくる。しかし、「死」とは往々にして、そのような、人間の必死の努力にも関わらずに無慈悲に襲いかかるものである。

「!!」

物陰に隠れ、弾幕を張っていたはずなのに、山犬の兵士は壁を蹴り、壁を走ってその物陰の内側に入り込んできた。

連続する銃声。その銃声は、全身黒ずくめの戦闘服を着た山犬兵士のものだ。
統一戦線兵士の体が、無数の弾丸を撃ちこまれて踊り、ぱっと赤に染まって沈黙する。
床 には血だまり。このような血だまりは、この二神島要塞の、そこかしこにできている。積み上がる屍、屍、屍。東機関直属要撃部隊「山犬」の強さは圧倒的だ。 そこらのチンピラに毛が生えた程度の統一戦線兵士など、全く相手にならない。赤子の手を捻るようなものだ。建御雷で立てた作戦は、基地内部に潜入し爆弾を 仕掛け内側から爆破するというものであったが、今山犬が行っているのは潜入などではない。正面きっての突入。そして殺戮である。

バリケードを作って抵抗していた統一戦線兵士の、その銃声が止んだ。対峙していた印出は、微かに「カチカチ…」と弾切れを起こしたマシンガンの音を聞いた。 印出もバリケードの向こうの様子を黙って伺う。するとバリケードの向こう側から、数人の兵士が手を後頭部に組んで出てきた。

「降伏、降伏だ!もう抵抗の意思はな」
「降伏は無駄だ抵抗しろよ」

丸腰の兵士達に、印出のマシンガンが火を噴く。ばら撒かれる弾丸に、無惨に引き裂かれていく兵士達は、信じられないとでも言いたいかのように目を見開いていた。

「せっかく、自決する時間くらいはやったのに、何だよそれ。もっとカッコ良く死ねよ。命を粗末にすんなよ。無様に死ぬなよ。死ぬのは決まってんだから。」

印出は、この血の匂いと硝煙の匂いが立ち込めるこの地下施設の中でも、微妙に笑った顔を崩さない。足元に倒れている、統一戦線兵士だったものの頭を、ぐしゃりと踏み潰す。

「1人20殺、1人20殺」

つぶやいて、印出は口笛を吹き始める。

守るも攻めるも黒鉄(くろがね)
浮かべる城ぞ頼みなる
浮かべるその城日の本の
皇国(みくに)四方(よも)を守るべし
真鉄(まがね)のその(ふね)日の本に

「仇な〜すく〜にを〜♪せ〜め〜よ〜かし〜♪」

最後のワンフレーズを口ずさみながら、印出は更に通路の奥へと歩みを進めていく。


―――――――――――――――――

徹甲弾が装甲を貫く。撃たれた統一戦線の機動甲冑のコクピットは、亀裂から赤い液体を垂れ流して沈黙する。

密林に潜む敵も、遠沢の狙撃は許しはしない。頭を上げた途端に、鋼鉄の槍がコクピットを貫き、中に棲む人間を串刺しにする。

遠沢だけではなく、叢原火の奮戦も目を見張るものがあった。1対1の勝負になれば、統一戦線の機動甲冑にはほぼ負ける事は無いのではないかと思うほどに強 い。木々の間をすり抜けるように動き、関節各部の稼働域の違いが、とりわけ近接戦闘での強さの違いによく表れる。白川が自信を見せている叢原火の優秀さは 疑いようないらしい。

また一機、叢原火の接近に気づいた統一戦線機の銃撃をヒラヒラとかわし、身をぐぐっとかがめ、地面に滑り込んでその足元を掬い、バランスがぐらついた所を、 0距離で主砲の射撃を食らわせる。密林という、動きの限られ、また最高速度が出せない場所で、叢原火のしなやかでトリッキーな動きが際立つ。

18対6の戦力差は、今や6:6になっていた。


――――――――――――――


二神島要塞の地下四階では、統一戦線が基地内の戦力をそこの一点にかき集め、頑強な抵抗を続けていた。地下四階から最深部、発令所のある地下五階へは、大き な階段が一つだけ。その唯一の五階への入り口の前には大きなバリケードによる陣地が築かれていた。その階段がある大きな部屋へは、これまた広めの通路だ が、その通路も一本道で、その通路は遮蔽物が取り除かれ、200mの長さがある。基地各部から侵入し統一戦線の兵士を血祭りにあげてきた「山犬」といえど も、何も隠れるものがない200mの通路を正面から掃射を受けながら走り抜けるのは難しい。統一戦線側も、遠距離では重機関銃による斉射、これをかわして 近距離に入り込んできたら、ショットガンによる散弾攻撃でミンチにする。そのパターンの迎撃で何度か突撃を試みてきた山犬部隊は、死体ではなく肉塊になっ ていた。本来、基地攻略戦は守る方が圧倒的に有利である。驚異的な身体能力でその差を埋めてきた山犬も、基地最深部を目の前にして足踏みを続けていた。

「おいお前ら、手こずってんな」
「は、隊長…」

階 段手前の通路に差し掛かる曲がり角で、山犬兵士達が立ち往生している。そこに印出がやってきた。基地最深部に至るこのルートを残し、綺麗に「掃除」してき たのである。黒の戦闘服には所々血の飛沫が付着していた。1人20殺、それも冗談ではないくらいに殺して殺して殺しまくった。もうこの基地に残っている人 間は、この奥の統一戦線兵士と、「山犬」部隊だけである。他に抵抗を諦めて基地から逃走する輩も居たが、それらはとりあえず放っておいている。

「やられたか?」
「は、12名が…」
「山田井野元田口西嶋佐田宮地大川芝楢崎西原岡崎下田か」

印出は、にやけている顔をきゅっと引き締めた。神妙な顔を作っている。そして、12名の亡骸が倒れているであろう通路に向かっておもむろに叫び始める。

「諸君!君達は勇敢だった!最後までよく戦った!陣地に引きこもり一方的に撃ちまくる敵に対し、よく生身で立ち向かっていった!諸君らは山犬である!そして山犬は永遠なり!よって諸君も永遠である!さらば兄弟!」

印出の声は、200mの廊下にこだました。向こうの陣地から、ざわめきが聞こえてくる。
「何だ?」「狂ったのか?」「山犬?山犬といったか?」
それらを印出は気にもとめずに、部下に向き直る。

「で、どうすりゃいいんだ?」
「ここを曲がった通路は200mの直線で、通路を突っ切った大広間に敵は陣地を作っています。大型機銃が5、ショットガンは10は下りませんね。かなり横幅の広い通路ですが、相手の戦力も相当です。」
「他の階段全てベークライトで固めてやがった。奴ら、全く頭を使えねえ訳ではなさそうだな。」

部下は、ニヤと笑いながら「ここは、隊長が…」と耳打ちする。印出は、目を剝いて「はぁ!?」と反発する。しかし、印出の口元も笑っている。

「おめーらなぁ、普通こーいう時は部下が『我々が血路を開きます」とか言って尊い犠牲になった後を隊長が行くってのがスジだろーがァ!」
「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ〜」

山本五十六の名言を引用して茶化す部下に対して大仰に手を挙げて印出は嘆く。

「ああ、俺はアレだ、悲しい。こんな薄情な部下を持って悲しい。歪みだ、現代日本の歪みだ。」

そう言いつつ、印出はつかつかと、敵の陣地への回廊の曲がり角に立つ。そして、部下を振り返る。

「仕方なく、俺が突っ込んできてやるよ。お前らは後からゆっくり来な。」

――――――――――――――

「!!」

陣地の統一戦線兵士が身構える。しばらくぶりに、200mの通路の向こうに敵が見えた。たった、一人。黒の戦闘服。間違いなく、山犬だ。

「撃てェ!!」

そう陣地の指揮官が叫ぶと同時に、200mの向こうに居る印出が、大きく振りかぶって「球」を投げた。印出の投げた球が宙に舞うと同時に、陣地の5基の機銃、そして無数の小銃が一斉に火を吹き、その「球」を弾丸が貫通した。
刹那、爆炎、そして爆風。陣地の兵士達は、その衝撃に怯む。

「室内でグレネードだとぉ!?」

印出が投げた「球」は、手榴弾だった。それも、普通のものよりも相当威力が高い。その爆発音は地下に強烈に響き、破片、爆風、爆煙、その熱は、バリケードから顔を覗かせ銃を構える兵士達をも襲う。

「あ…ああ…」
「あ!?」

うずくまった状態から顔を上げた統一戦線の兵士は信じられないものを見た。印出が、恐ろしい速さでこちらに走ってきている。印出が投げた手榴弾は、200m の彼方に居た印出と、統一戦線陣地の間で爆発した。そして今印出は、統一戦線の陣地の目の前にいる。自分で投げた手榴弾の爆発の中を、走り抜けてきたとい う事になる。この地下の通路で、他に道はない。爆発の熱、爆発の破片、爆発音、その中を走り抜けるなど、普通の人間はそんな事できない。自分自身がミンチ になる。木っ端微塵の肉片と化す。普通ならそうなるはずだ。

「隙ありぃいいい!!」

叫び、印出は、天井ギリギリの高さまで飛び上がる。厳重に作られたバリケードを飛び越えながら、両手に持ったマシンガンで、バリケードの内側にひしめき合う 統一戦線の兵士に弾丸をばらまいた。統一戦線の兵士は状況を理解できないままに死んでいく。弾丸にズタズタにされた肉の塊と化していく。頭がスイカみたい に割れる。弾の衝撃で体が踊る。血がとめどなく流れ、床で他人の血と混ざり合う。床は血の海である。

突破口を開いた印出に続いて、残りの山犬部隊も、バリケードを叩き壊し、組織的抵抗能力を失った陣地に突入してくる。二神島統一戦線基地の最後の砦が陥落した。

バリケードの奥に控えていた兵士が抵抗を試みるが、地形に守られた戦い方でないと、常人に山犬の相手は務まらない。印出はもう銃を撃つまでもないと、小型ナ イフを煌めかせて、銃を乱射するくらいしかできる事のない統一戦線の兵士の喉元を次から次へとかっ切っていく。この連中は、むしろ陣地の最前線に居て印出 の最初の不意打ちで撃たれて死んでいた方が幸せだったろう。一瞬で死に切れずに、倒れ伏して喉からヒュー、ヒューと呼吸の音を鳴らして自らの血だまりに顔 を埋め、苦しみの声を上げる事も許されずに死んでいく。

「逃げる奴ぁ皆国賊だ!逃げない奴ぁよく訓練された国賊だ!死んだ国賊だけが良い国賊だぁああああ!!」

印出の愉悦の混じった声が、悲鳴と銃声、硝煙と血の匂いに支配された地下に響く。

山犬達が、骸を踏み越えていく。靴音は、血で、びしゃびしゃと、水音が混じっている。
もう抵抗する者はこの地下には居ない。した所で、この者たちを止められる者は居ない。
進撃。国家を守る、法に守られたならず者達の進撃。その進撃は、ついに二神島の地下五階、最深部にまで達する。


―――――――――――――

「さすが、東機関、思っていた通りの暴力装置どもを送りこんできたな」

地下五階の発令所には、基地指揮官が一人。発令所には、これまた死体、死体。四階の陣地が破られた時点で、発令所要員は全員、どこにも逃げ場のないこの地下での自決を選んだ。この指揮官一人を除いては。

「殺すのが楽しみになってるのか、だからこんな所までノコノコと来てしまうのか、それでは猿じゃないか、自慰を教えられると血を噴き出すまで続ける猿と同じだ」

そうぼやき、司令官席に深く腰掛けため息をついてるのは、あの与勝基地を強襲した機動甲冑部隊の指揮官

和気その人であった。

――――――――――――――――――――

「!!」

目の前で、叢原火が最後の敵機動甲冑を破壊した瞬間、遠沢は体が粟立つ感覚を覚えた。ぞくぞくと、寒気が背筋を撫でる。遠沢は、唾を飲み下した。この感覚の出処を、遠沢は知っている。

<これで全機、18機だな?山犬からの報告は?まだ基地爆発は確認されていないな?>

操縦席から、部隊全機への有田の通信が入る。二神島の西側は、最初の航空隊の爆撃による火災で煙がたなびいてはいるが、未だ予定されていたような爆発は起きていないし、山犬からの連絡も入ってこない。

「有田大尉。」
<ん?何だ?>
「少し、勝手を許して下さいますか?」
<軍は勝手を許す所ではないよ。>
「…必ず戻ります。戻らなければ、死んだと思って下さい。では」

遠沢は頽馬の射撃手席のハッチを開ける。多機能ヘルメットを脱ぎ、シートベルトを外して、携帯通信機と拳銃をポケットに押し込んで、頽馬の射撃手席から、地面に飛び降りた。

<おい!遠沢!!遠沢!…法代ォ!どこに行くんだ!?>

射撃手席では、慌てふためく有田の声がマイク越しに響いている。それを尻目に、遠沢はごめんなさい、と心の中につぶやいて、森の中へと走っていった。


――――――――――――――

「結局、機動甲冑部隊全滅させちゃったよ。元々18:6やで。時間稼ぎ、囮の戦闘やって話はどないなったんやろ。あらくたいなぁ〜」

オペレーターから戦況を聞いて、上空警戒中の雷電改のコクピットで津村は呟く。このままだと、単艦で基地攻略という無茶も、至極簡単に終わってしまいそうな雰囲気である。
しかし、その時、雷電改のレーダーが、いくつかの影をとらえる。大きな影、そして数も多い。ちょうどその時、眼科の雲に切れ目が入る。水平線の向こうに、何か見えている。津村は、小首を傾げた。そして、その眉間にシワがよる。

「これ、中共艦隊ちゃうん…?」

―――――――――――――――――

二神島近海、中共と日本の国境付近に位置する二神島だが、中共側の海である。
中共艦隊が、建御雷の軍事行動に刺激されて、二神島近海まで出張ってきていた。
中国人民解放軍、東海第三艦隊。最新式の艦艇を揃えた艦隊ではないが、フリゲート艦5隻に、ヘリ母艦を擁する規模の艦隊である。
第三艦隊旗艦、ヘリ母艦「福建」のCICで、葉巻をくわえ煙草をくゆらせる老人が居た。

「日本海、ね。調子に乗るなよ小日本(シャオリーベン)。我々にとっちゃここは太平洋だ。我々人民共和国の玄関口をその国土で塞いでおいて、なおかつ好き勝手に軍を動かすなどとはな。」

恰幅の良い体格である。制帽を目深に被り、不敵に笑うのは、第三艦隊司令の張。
人民解放軍きってのタカ派、いや過激派である。
「挑発ととられても仕方がないぞ?」

ふう、と張が紫煙を吐く。その眼には鈍い光が宿っていた。



第三話fin
第四話に続く。










 
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