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真鉄のその艦、日の本に

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第二話  不穏

第二話

艦のエンジンの重低音が響いてくる。しかし、そううるさくはない。この420mの図体を飛ばしているという事を考えると、旅客機のエンジン音より静かというのは意外である。
驚くほど、揺れも少ない。小刻みな揺れはたまにあるが、船乗りだった長岡にしてみれば、その程度の揺れは揺れのうちに入らなかった。飛空艦とはこんなものなのか、と、改めて実感する。

建御雷は、沖縄の与勝基地から福岡の陸軍基地へと航行を続けていた。処女航海とも言えよう。しかし、その直前にあの戦いがあったので、処女航海、それも日本 初の飛空艦の航海などというのは乗り組む側からしても本来胸が高鳴るようなもののはずだが、今の所、非常に淡々と時が過ぎている。与勝基地を飛び立つ時に は、軍楽隊の演奏も、お偉方の演説もなかった。

「おぉ」

長岡が酒保のある談話室に足を踏み入れると、与勝基地での戦闘で大活躍を見せた6分隊(陸戦科)の面々が和気あいあいとくつろいでいた。
長岡の姿をみると、談話室の全員が一斉にビシッと立ち上がり、背筋を伸ばし敬礼する。
6分隊の、陸軍式の敬礼は海軍とは少し違うようだ。彼らが艦内での普段着とも言える、青の繋ぎを着ていると、少しおかしく見えてしまう。

「おぉ、ご苦労。まぁ座ってくれや」

言われて、談話室の全員が座り直した。長岡は自販機で缶珈琲を買い、6分隊の陣取る長テーブルの席の一つに腰掛けた。

「おぅ、6分隊、こん前は世話んなったのぅ。建御雷がこうしてあるんもお前らのおかげだけん!」
「はっ、恐縮であります!」

元陸軍の戦車乗り達を見回してみると、海軍に比べ無骨な男が揃っているように見えた。スマートな海軍、泥臭い陸軍、この図式は前大戦の頃から変わらない。
そしてだからこそ目立つ。
集団の隅にちょこんと座る、可憐な遠沢の姿が。
このゴリゴリの男たちも、尖って冷たいこの小娘を受け入れている様子だ。不思議な奴だ、と長岡は思った。その戦果も含めて。

「遠沢准尉ィ!敵の半分貴様がやったらしいの!大活躍じゃの!」

長岡に話を振られると、遠沢はそこで初めて長岡と目を合わせた。まるで、自分が見透かされてるような気がした。何とも無機質な、モノを見るような視線である。

「まだまだ、であります。一発外してしまいました。」

遠沢の言葉に、6分隊の一団がどっと湧いた。

「こいつ!またスカした事を言いやがるなぁ!」
「いや、でもこいつは本当凄いんですよ副長!」
「もはや同じ人間に思えませんからね!」

茶化されても褒められても、遠沢は表情一つ変えない。遠沢の周りの兵は、兵と言えども若者らしさがある。しかし、遠沢は…

まるで機械みたいな女じゃの。

長岡は思った。そして、それでもここまで隊に溶け込めているというのは、やはり人は能力をこそ信頼するというものなのかとも思う。

こんな事、別にお前がやらんでもよかろうに。

長岡は女が戦場に出るなどという事には反対だ。戦って体を張るのは男の仕事だと思っている。この遠沢にしたって、その能力、もっと他に活かせるもんだろうに。人を殺すより、他に相応しい道があるだろうに。

こいつの親は何て言うたんじゃ。

ふと、長岡は考える。それを考えると、また遠沢とは別の、丸顔の、優しい顔の女性の面影が長岡の脳裏に浮かんできた。

わしに娘は居らんからわからん。

長岡は考えるのを辞めた。
長岡に子どもは居ない。そして、これから先もできることはない。あの女との子どもは。


――――――――――――――――

「これはまた、大きなものを作りましたね。」

陸軍福岡駐屯地は、九州最大の拠点である。車両倉庫などの大型倉庫が並び、陸軍航空隊の滑走路、防衛用固定武装も散見される。
まさに要塞。その司令部施設の屋上から、二人の人物が空を見上げていた。

視線の先には、空を飛ぶ建御雷。両舷にエンジンが突き出し、前部は艦首が二つに見える擬似双胴式。重厚なフォルムだ。

「これは期待できますかね。」

二人は、屋内に戻った。


―――――――――――――――

「福岡にようこそ。どうぞ司令部応接室へ。」

建御雷を陸軍航空隊の滑走路に着陸させた後、田中と長岡は中央司令部からの指示通り、福岡の司令部に出向いた。
今後の任務を言い渡されるらしい。
田中にとっては、任務というのが気にかかる。
まだ出港2日目の我々に、何の任務を与えるというのか。まずは遠洋航海で隊の練度を上げるのが筋というものだ。一体どんな事が押し付けられるのか、気が重くなる。
ここまで何度も無茶は言われてきたが、今回はそれらの無茶を遥かに越えるような予感がしていた。
し かしまだ、今回は幹部が優秀だ。一年の研修を受けてきたとはのはあるが、護衛艦とは全く違う性質の飛空艦であっても、艦を動かせる程度にはなっている。副 長の長岡はいずれ艦長になる男だ。航海の脇本、操舵の佐竹は潜水隊からの出向で、三次元機動には慣れているだろう。本木の砲雷管制も、研修を見る限り悪くはない。
普通、護衛艦の幹部は部署が、艦が移っていくもので、専門を学び切る間もなく次の事を覚えていかねばならない。しかし、日本初の飛空艦でありながら、二番艦 建造の目処も立たない建御雷においては、ここから転属される事は考えにくく、その事が研修の動機につながったのかもしれないな、と田中は思った。
自分の艦長生活も、恐らくこの建御雷で終わる。

そんな事を考えているうちに、福岡司令部のオフィスまで来てしまった。通された部屋は会議室らしく、卓の向こう側に二人の人物が立っていた。片方は、陸軍の 濃緑色の制服。階級章を見ると、准将らしい。小太りで、髪は相当後退したメガネの将校だ。どうにもただのオヤジに見えないのは、メガネの奥の小さな目がど うにも油断できない輝きを放っているからだ。
その隣に立っているのは、黒のパンツスーツを着込んだ女だ。背が高く、すらっとしている。
長い髪を一つにまとめて、肌は白く、唇が厚く艶かしい、細面の女だ。この陸軍司令部に似合う人物には見えない。

「建御雷艦長、田中です」
「副長の長岡です」

田中と長岡は敬礼。今日は二人とも、純白の制服を着込んでいる。

「陸軍技術本部部長の白川です、どうぞよろしく。」

技本か…と田中は思った。なるほど、白川の見た目はいかにも技術畑の人間だ。

「東機関局長、上戸です。よろしくお願いします。」

こ れには田中は驚いた。この女、東機関だったのか。東機関とは、前大戦中に作られた日本の諜報機関である。アメリカCIAとは違い、その存在は殆ど表に出る 事はなく、本拠地すら分からない。軍属の田中も、東機関の関係者に会うのは初めてだ。その局長が、こんな若い女とは。まだ30は越えてなさそうである。

「あら、驚かれてますか?」

上戸は上品に笑みを見せた。

「スパイにとっては、女である事も武器になりえますので…」
「がははは。可愛い顔して恐ろしい事を言う。」

白川は対照的に下品な笑い声を上げた。
田中と長岡は少し引きながら、上戸に促されるまま席についた。

「我々に任務とは?それも中央司令部直々の」

「単刀直入に言いますと、反乱軍の殲滅です。二神島まで出向いて頂きたいのです。」

答えたのは上戸だった。

「世界抗米統一戦線の本拠地が二神島にあります。日本の反米意識の高い若者を引き入れて、無視できない勢力となりつつあります。
潰して下さい。徹底的に。」

世界抗米統一戦線は、アメリカに占領された旧ソ連人民を中心に組織された世界最大の反米テロ集団である。ソ連軍残党なども多く参加している為、ただのゲリラ とは違う重火器なども揃え、またアメリカに反感を持つ企業、国なども世界には山ほどあるので、それらの援助を受け勢力を更に伸ばしつつある。この日本でも 大きな動きこそ見られないが、反米感情に付け込まれた若者はここ日本でも少なくはないと見られていた。

「彼らはまず、現体制を崩して革命政府を作り、中共などの国と組んでの米国討伐を目論んでいます。そのような大国と組んだところで、日本がどうなるか。体の良 い駒として使い潰されるという事も想像できない盲目な連中です。先人が築き、守ってきたこの国土、歴史、我々の日本を、そんなバカな若造に渡す訳にはいき ません。破防法を適用し、これらを抹殺します。」


長岡は、目の前の女が、かの東機関の長であるという事を、ようやく実感し始めた。

女だ。外見も、やさぐれた女ではなく、むしろキッチリとスーツを着込み、髪はキュッと上段にくくり、清潔な身なりだ。
しかし、激しい。口調ではなく、ゆったりとした話し口の中にも威圧感がある。何故だかは分からないが、とにかく、気圧される。

「詳しい二神島の敵本拠地のデータは後ほど送ります。また、増員として……」
「少し待って下さい」

上戸の言葉を、田中が遮る。上戸は表情を崩さず「どうぞ」と。
田中は咳払いをして、質問をぶつけた。

「我々単艦で、あなた方は、仮にゲリラとはいえ、無人島に根を張った根拠地を潰してこいと仰られるのですか?無茶です。我々はまだ訓練航海すらしていない。戦力も足らなければ、練度も足りないんです。他に護衛艦も強襲揚陸艦も我々海軍にはあって、そこで何故我々が……」
「あなた〜、与勝基地で襲いかかってきた〜、敵をご覧になったかな?」

今度は、白川が話を遮った。

「はい、とても見た事が無いような、化け物のような敵でした」

白川は何故か、嬉しそうに顔を歪める。

「今度の敵は~、あいつらなんだよねぇ~。あいつら~、統一戦線だったんだよねぇ~。」

田中と、今度は長岡も血相が変わる。与勝基地を強襲したあの人型。基地陸戦隊を嬲りに嬲ったあの人型相手に、今度はこちらから攻めていくのだと、この二人は言っている。

「あんな感じの、超技術のシロモノを彼らは抱えているんだよ~。まあ、先日のものは、我々が作った叢原火の相手じゃあなかったけどねえ」

白川はまた、何故か嬉しそうである。長岡と田中の二人にしてみれば、この老人の態度には神経を逆撫でさせられる。

「と、いう訳でさ、君ら、我々陸海軍の技術の粋を凝らしたビックリドッキリメカじゃないと、駄目なんだよ、うん。対抗できない。いや〜、叢原火はもっと量産して欲しいんだけど中々予算がねぇ〜。君らに渡してるので、あれ全部なんだよねぇ〜」
「……つまり、我々以外では太刀打ちできない相手である、と、そういう事でありますか。…………素人同然の我々以外には太刀打ちできない相手である、と」

皮肉を効かせながら確認した田中に対しても、白川はムッとするどころか、目を輝かせて

「そーいう事!何だ、出撃したくないとか駄々こねてたからもっと話が分からん奴だと思ってたよ!
安心したまえ!建御雷は、あれは海軍特派が造ったとは思えん出来の優秀な素晴らしい兵器だ。まだ研修をこなした程度の素人同然の君たちでも勝たせてくれるさ!」

長岡の手が震え始めている。その眉間に皺が寄っている事に、どうやら白川は気づいていないようだ。

上戸が、コホン、と咳払いをして、場の雰囲気を直す。

「言い方に問題はありますが、あなた方がこの作戦に当たる理由としては概ねその通りです。統一戦線が所有している機動甲冑は、こちら側には、建御雷陸戦隊に配 備した分しか用意できておりません。また、通常兵力を多く投入する事になると、二神島は中共との国境付近、無用に中共を刺激する恐れもあります。増員とし て、東機関隷下の特殊要撃隊を70名つけます。自分の部下ながら、百戦錬磨、一騎当千です。この部隊と、建御雷の機甲兵力、この兵力で何とか、二神島の統 一戦線を排除して下さい。」

白川とは違って、上戸の頼み方には誠意が見えない事もない。それに、軍である以上、命令は命令である。最初から、従わないという事はできようもない。命令を受けて働く側にできるのは、「具申」のみ。意見する事だけだ。


「…了解しました。弾薬、燃料の補給が出来次第二神島へ発ちます。あと、上戸局長……」

田中は、卓上に置いた白の海軍帽を手にとり、年に見合って後退している頭に被り直した。

「"殲滅"でよろしいんですね?」

上戸は頷く。

「はい。1人残らず」

田中は息をつき、「分かりました」と言うと席を立つ。長岡も続いて立つ。

「作戦内容、受理致しました。失礼致します。」

二人揃って敬礼し、部屋を出て行った。

――――――――――――――――――


建御雷では半舷上陸となっており、福岡駐屯地での物資補給の間、補給科以外の曹士や士官はその半数が基地内の娯楽施設などを利用していた。

「!!」

遠沢も上陸許可に従って、基地内の書店に行っていた。本を読むのは、幼い時からの趣味である。船の上では、暇を潰すものも欲しかろうと、手提げ鞄に買い込ん だ。その帰り道に、ドキッとして振り向いたのは、その良すぎる眼が視界の端に、見知った顔を捉えたからだ。黒のパンツスーツを着込み、長い髪を上段にまとめて、そして女にしては背が高い。遠沢は足を止めて、その人影が近寄ってくるのを待った。

「お久しぶりです、上戸さん」

敬礼した遠沢を、上戸は手で制した。

「よしなさいよ、そんな他人行儀。そんな間柄だったかしら?」

表情少なな遠沢だが、上戸の前では、緊張して見える。少し強張ったように見える。一方で、上戸はさっきの会議室での雰囲気に比べ、随分ゆったりと余裕のある顔をして長身から小柄な遠沢を見下ろしていた。

「陸軍はどう?元気にやってるかしら?」
「はい。居心地は、悪くはありません。同僚は女の私にも親切です。」
「そう…あの時に比べて随分生き生きしてるわね、そういえば。」

二人の間にひゅう、と風が通り抜けた。

「……なぜ、上戸さんがここに?」
「…仕事よ。今度の建御雷の作戦には、ウチの部下も相当数参加するから。」

遠沢の表情が更に幾分強張った。ごく、と唾を飲み下した。

「まぁ、あなたの手を借りなきゃいけなくなるかは分からないけど、私の大事な部下達よ。何かあったら頼むわね」
「…心得ておきます。」
「もしそうなったら、あの半島での件みたいなドジは踏まないように気をつけてね」
「っ」

遠沢は唇を噛んで、目線を伏せた。上戸はその姿を見て、ふふん、と鼻を鳴らして笑った。

「じゃあね。久しぶりに会って安心したわ。あまり変わってなくってね。相変わらず可愛いわ。…頼んどくわよ」

上戸は踵を返して、歩き去って行く。
遠沢はその背中に敬礼すると、目線は伏せたまま、自分もさっさとその場を離れていった。


――――――――――――――――――



「機動甲冑、ねぇ」
「えぇ、ああいう人型兵器の事を我々ではそう呼んでいます。」

建御雷の格納庫では、有田が本木に機動甲冑なるものの説明をしていた。目の前には、「90式戦車」から変形した状態の日本初の機動甲冑、「叢原火」がその姿を見せていた。

「しかし、人型にわざわざする必要なんてあるん?こんなの整備に手間がかかっちまうし、何より高いじゃろうが」
「実 際、世界最強の米陸軍は開発を行っておりません。開発する必要もないのでしょうね。この叢原火だって、さすがに戦車100輌の物量で攻められると苦しいで すし、米陸軍はこんな破天荒なモノ作るより戦車沢山作って兵力で押した方がコストにも見合うでしょう。ソ連、ナチスドイツや我々日本が一輌の性能を上げよう と苦心したその成果がこいつらです。ただ、動きにバリエーションが出るんですよ。戦術に幅が出る。運用によっては相当力を発揮するって事です。」

本木はその説明に、納得できるような気がしないでもなかった。古来より人は獣を狩ってきたが、獣より移動速度が速い訳でも、力が強い訳でもない。それでも人 が獣達に勝ってきた、そうして今まで発展したきたのは、それは動きにバリエーションがあるからだ。戦術に幅があったからだ。それと同じようなものかもしれ ない。戦車は動いて撃つだけだが、こいつ…機動甲冑は飛び道具だけでなく、近づき、飛び上がり、拳を叩き込む…そんな事もできるのかもしれない。それをさ れた時に、戦車の火砲だけでそれに全て対応できるのかと言われれば、そうでもないように思えてきた。

「ま、米国の目を欺く為こんな風に普段戦車の形でごまかすようにしたもんだから、整備兵も大変ですねぇ。」
「これもすげぇ技術じゃけどの。せっかくの日本の技術も表に出ず終いじゃの」

叢原火の整備に悪戦苦闘しているように見える、建御雷の整備兵の様子を見て有田と本木はため息をついた。

「おぉい本木ィ、ここに居ったんかいや!」

そこに、福岡司令部から戻ってきた長岡がやってきた。制服は、既にいつも通りの青の繋ぎに着替えられている。「探したんでぇ」と息も荒い長岡に、本木は「艦内放送で呼びだしゃええだろうが」と少し冷たかった。

「任務言われたんじゃろ?どうせまたロクでもないもんじゃろうけどのぅ」
「世界抗米統一戦線の基地を潰せだと。二神島
に基地があるんだと!それもあいつら、俺らだけでそれやれ言うもんだけん、ビビったわいや。」
「あぁ?訓練もしとらんのに戦える訳ないじゃろうが」
「そしたらな、あの禿げた陸軍将校が、建御雷は優秀だけん素人のお前らでも勝てるわいやって、あぁもうホントムカつくけん!俺30年生きてきたけどこんな無茶苦茶言われたのは初めてだわぁ!」

長岡としても、先ほどは言いたい所をこらえつづけていたようである。沸騰せんばかりの長岡の様子と、諦めて遠くを見るような目をしている本木を見て、有田は笑った。

「ははは、確かに白川准将はめちゃくちゃですね」
「知っとんか、有田大尉?」
「は い、叢原火と頽馬を造ったのはあの人ですからね。頽馬の訓練の時も厳しいというか要求がめちゃくちゃなんですよ、遠沢じゃなけりゃ半分もこなせないような 事ばっかり。あの人にとっては人は武器の一部ですからね〜。とっとと武器にお前らが追いつけって感じですからね〜。」

有田は肩をすくめた。

「というか、よく白川准将て分かったな」
「陸軍でもそんな失礼を言うのは、白川准将だけですよ。それが陸軍の全てでは、ありませんからね」

「こんだから陸軍はいけんのんだ」と続けて言うつもりだった長岡の意図を知ってか知らずか、しかし有田はその考えに釘を刺した。

<こちら艦長、本艦幹部は食堂に5分後に集合されたし>

艦内放送が響く。長岡を初めとした場の三人も、格納庫を離れた。叢原火の威容が、その背中を見送っていた。


―――――――――――――――

「何してるの?」

福岡駐屯地の娯楽施設内で、ノートパソコンを広げて、カフェのテラスでカタカタとキーボードを叩く中野に、たまたまそこを通りかかった風呂元が声をかけた。買い物袋満杯である。一体何を買ったのか、女の買い物ほど分からないものは無いが。

「ネットサーフだよ、いつも通りの。航海となりゃ中々外の情報も入ってきやしねぇ。この間に色々見て教養を深めねぇとな。」
「何を言ってんのよ、どうせエロ動画でしょうが」
「うるせーよ」

中野の事を鼻で嗤って、風呂元は大きな買い物袋を抱えたまま、その場を去っていった。
中野は、また自分のパソコンに向き直る。

「…………」

その表情は神妙だ。こんな顔でエロ動画を見る奴は居ない。指は休みなくキーボードを叩き、視線はディスプレイを睨みながら、しばしば周囲を確認している。中野の背中には壁がある。意図してそこに陣取っている。

そのディスプレイには、与勝基地での検分の結果などが記載された、陸軍データベースが映っていた。


―――――――――――――――



「来ますね、彼らが」

薄暗く湿っぽい部屋。誰にも気にかけられない場所。そこにも人はいる。

「そうだな。予定通り。」



第二話 fin


 
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