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ドン=パスクワーレ

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第二幕その十


第二幕その十

「頼んだぞ」
「わかりました」
「それじゃあ」
 パスクワーレの言葉に頷くマラテスタとエルネストだった。夜に遂に決まろうとしていた。
 その夜。エルネストは屋敷の庭にいた。緑の木々も茂みも色とりどりの花々も今は暗闇の中にその姿を消してしまっている。あるのはその濃紫の空に浮かぶ黄色い三日月だけである。
「何と心地よいのだろう」
 エルネストはその中で言うのだった。
「叔父さんには困ったことだけれど僕には幸せが訪れようとしている。やっと」
 さらに言葉を続けていく。
「ノリーナと。永遠に」
「エルネスト」
 ここでその彼女の声がした。
「そこなのね」
「うん、ノリーナ」
 声がした方に顔を向けて答えるのだった。
「そうだよ。僕はここだよ」
「わかったわ」
 その声に応えて左手からノリーナがやって来た。外出の時の派手なドレスと帽子のままである。
 その姿で恋人の前に来て。それからしかと抱き合うのだった。
「やっと。こうして」
「普通に話ができるね」
「ええ。何か話が滅茶苦茶になってるけれど」
 一旦恋人から離れてそのうえでまた言うのだった。
「それでもね」
「叔父さんのせいでね」
 楽しそうに笑って言うエルネストである。
「こんなことになってしまったね」
「あの人のことは知っていたけれど」
 彼女も知っている程ローマでは有名人なのである。
「それでもあれは」
「子供の頃から困ってるよ」
「そうでしょうね」
 そのことはよくわかるノリーナだった。
「あれだけ騒ぎを起こす才能があったら」
「動けば絶対に騒ぎになる人だからね」
 悪気はないのに、である。パスクワーレは悪意やそういったものはないのだ。
「本当に困ったことにね」
「それもうすぐなのね」
「そうだよ。来るよ」
「じゃあ」
「うん」
 真面目な顔になって頷き合う。その時だった。
「いたぞ!あそこだ!」
 不意にそこにパスクワーレが出て来たのであった。マラテスタも一緒である。
「遂に見つけたぞ。逃がさん!」
「来たわ」
「それじゃあ」
 エルネストはこっそりとノリーナの言葉に頷きその場から消える。彼と入れ替わる形になってパスクワーレとマラテスタがノリーナの前に飛び込んで来たのだった。
 その小太りの身体を舞わせてやって来たパスクワーレは。怒りに満ちた声でノリーナに対して告げた。
「浮気をしていたな。離婚じゃ!」
「離婚ですって!?」
「浮気は絶対に許さん」
 ノリーナを右手の人差し指で指し示しながらの言葉であった。
「だから離婚じゃ。そうしてじゃ」
「そうして?」
「エルネストに嫁を貰う」
 こう言うのであった。
「その相手はノリーナじゃ」
「ノリーナですって!?」
「そうじゃ、ノリーナじゃ」
 まさか本人が目の前にいるとは夢にも思っていないパスクワーレだった。
「ノリーナと結婚させる。御前は屋敷を出て行け」
「ええ、そうさせてもらうわ」
 ノリーナはわざと不愉快に満ちた声で述べてみせた。
「あの女は大嫌いだから」
「何っ、知り合いじゃったのか」
「そうよ。もう昔から大嫌いなのよ」
 忌々しげな顔にもなっていた。
「あの女と同じ屋根の下で暮らすなんて考えただけでもぞっとするわ」
「では話は早い」
 パスクワーレはそれを聞いてあらためて言った。
「この屋敷を出て行くのじゃ」
「言われないでもそうしてやるわよ」
「よし。それではじゃ」
 パスクワーレは満足した顔でその言葉を受けた。そうして、であった。
「エルネスト、いるか?」
「叔父さん、現場を押さえたんだね」
 少し離れた場所からこう叔父に問う声がしてきた。
 
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