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ドン=パスクワーレ

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第二幕その九


第二幕その九

「とてものう」
「ですからここはコーヒーを飲まれて」
「それにじゃ」
 差し出されたコーヒーを左手に持ち右手であの手紙をマラテスタに差し出したのであった。
「これじゃが」
「手紙ですか」
「今度は浮気じゃ」
 目を滲ませ口を日本の梅干を食べた様にさせての言葉であった。
「浮気じゃぞ。浪費だけでなく」
「おや、そんな筈は」
 マラテスタはここでもとぼけてみせたのだった。
「あれに限って」
「しかしこの手紙はじゃ」
「ふむ。では疑っておられるのですね」
「疑ってるも何も確信じゃ」
 それだというのである。
「逢引の約束じゃぞ。相手はわからんがのう」
「成程。それで私を御呼びしたのですね」
「そうじゃ」
 やっとここで本題に入るのだった。実に長い前置きであった。
「場所は手紙の中に書いておる」
「ふむ」
 コーヒーをここで飲み終えメイドにそれを手渡す。そのうえで実際に手紙を開いて読んでみる。そしてそこに書かれていた場所とは。
「この屋敷の庭ですか」
「大胆なことにじゃ」
 コーヒーを飲みながらも全く落ち着いていないパスクワーレだった。
「わしのこの屋敷の庭でじゃぞ」
「今夜逢引ですか」
「許さん、浪費も許さんがこれも許さん」
 もう顔を真っ赤にさせて話す。
「断じてな。それでじゃ」
「私にどうせよと」
「証拠を押さえて離婚してやる」
 こう言うのであった。
「こうなればのう」
「離婚はできませんが」
 マラテスタもカトリックの話を持ち出す。
「パスクワーレさんは教皇様ともお知り合いですしそんなことをされては」
「寄付は弾む」
 この辺りは実に即物的ではあった。
「それで認めてもらうわ」
「ふむ。そのうえで離婚をですね」
「このままではわしは金も面目も何もかも失ってしまう。だからじゃ」
「わかりました」
 一応頷きはするマラテスタだった。とはいってもここでも演技であるが。
「それでは及ばずながら協力させてもらいましょう」
「頼むぞ。おおエルネスト」
 ここでまた甥に声をかけるのだった。
「御前にも協力してもらうぞ」
「けれど僕は」 
 そう言われてバツが悪そうに言葉を返すエルネストだった。
「もうこの屋敷から」
「あれはなしじゃ」
 何と一日にしてその話を覆してしまったのだった。
「なかったことにする」
「なかったことに」
「御前はわしの跡を継げ」
 話を完全に元に戻してしまった。
「よいな。だからじゃ」
「この屋敷に残っていいんだね」
「そしてマラテスタさんと二人でじゃ」
 矢次早の言葉である。
「今夜庭に張り込むのじゃ」
「浮気の現場を押さえるんだね」
「そうして離婚してやる」
 鼻息も荒い言葉だった。
「それでじゃ」
「わかったよ。じゃあ」 
 エルネストも芝居で叔父に返すのだった。
「僕もね」
「よし、当然わしも行く」
 パスクワーレ自身もだというのである。
「これで話は終わりじゃ」
「それでは今夜」
「うむ」
 ここでやっとコーヒーを飲み干すパスクワーレだった。エルネストはもう飲み終えている。メイドは三人のカップを何気なく受け取り持っている盆の上に置いていた。
 
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