トリスタンとイゾルデ
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第二幕その六
第二幕その六
「熱く焼けた胸の至上の愛の歓喜」
恍惚として言い合う。二人は今完全に一つになっていた。
しかしその時だった。恍惚として抱き合う二人のところに来たのはクルヴェナールだった。彼は血相を変えその手に白銀に光る剣を持っていた。夜の中にその光が煌く。
「トリスタン様、お逃げを!」
「クルヴェナール、何故」
「お話は後です。ですから」
あくまで彼を逃がそうとする。だがトリスタンはイゾルデと共に動こうとはしない。そうしてそこに今大勢の兵士達が来た。彼等の先頭には白く長い髭を持つ思慮深そうな顔の威厳を持った老人がいた。そしてその横には剣呑な顔をした黄金の髪に青い目の男がいた。彼は既に剣を持ち怒りに満ちた目をしていた。
「まさかと思ったがな」
「メーロトか」
「トリスタン」
彼は怒る声でトリスタンに声をかけてきた。
「これはどういうことだ?何故卿がここにいる」
「トリスタンよ」
そしてその彼の前にいる老人は沈痛な声を彼にかけてきた。この上なく悲しい目で。
「わしは今見ている光景を信じることができない。そなたが」
「・・・・・・・・・」
「申し開きはないのか」
王にかわってメーロトが怒れる声のままトリスタンにまた問うてきた。
「どうなのだ?」
「夜に永遠に留まりたい」
トリスタンはただこう呟くだけだった。
「私は」
「卿は今まで王やコーンウォールの為に尽くしてくれた。戦場では果敢に戦いそうして王妃までもたらしてくれた。その卿がよりによってその王妃と」
言いながらトリスタンが一言も言わないのを見て言葉を変えてきた。
「言わぬのか。何故だ」
「トリスタンの国は夜の国」
彼はこうメーロトに返してきた。
「光の入らぬ暗い夜の国。母はそこに私を送り出してくれた」
「我が妹だ」
王はまた沈痛な声を出した。
「そなたの父はそなたが生まれる前に戦場に倒れ母はそなたを産んですぐにこの世を去った」
「その通りです」
「母はその死の間際にそなたを名付けたのだったな」
「それが我が名。トリスタンです」
悲しい人という意味だ。
「母が私に与えてくれたのは愛の国、不思議な夜の国なのです」
「夜の国・・・・・・」
王とイゾルデがその言葉を聞いていた。
「それがトリスタンの」
「イゾルデ」
トリスタンは傍らにいるイゾルデに顔を向けた。
「来てくれるか」
「その夜の国に」
「そう。私は先に行く」
既に生と光を見てはいない。
「その後に貴女も。それは」
「トリスタンが見知らぬ国の為にイゾルデを勝ち得た時」
イゾルデはその時から話すのだった。
「イゾルデはその時に冷酷な男に忠実に従いました」
「それでは」
「貴方は今己の国を私に見せようとしている」
こうトリスタンに答える。
「全ての世を包むその国に私が行かないことはない」
さらに言う。
「トリスタンが行く世界に私もまたこの心だけで向かうだから」
彼はイゾルデのその言葉に無言で頷いた。メーロトはそれを見て目をさらに怒らせそのうえで既に抜いているその剣を彼に突き出してきた。
「弁明はないのだな」
「この通りだ」
剣には臆してはいなかった。
「これでわかる筈だ」
「卿は王の名誉を汚した。それを許すことはできない」
「卿はあくまで王への忠誠に生きるのだな」
「それ以外に何がある」
メーロトの今の言葉、そこには絶対の信念があった。
「私は騎士だ。コーンウォールの」
「だからだというのだな」
「何度でも答える。私はコーンウォールの騎士だ」
やはり彼も引かない。
「だからこそだ。王の為に」
「昼の世界の摂理」
だからといってメーロトを批判する素振りはなかった。
「私は。その摂理を拒む」
言いながら剣を抜いた。
「私は夜の世界に生きる者」
「ならば裁きを受けるのだ」
メーロトは構えに入った。トリスタンもまた。だがメーロトのそれが強いものであるのに対してトリスタンのそれはどういうことか朧なものであった。
「さあ来るのだ」
先にメーロトが剣を出した。当然トリスタンはそれに反撃してくるものと思われた。しかしである。
トリスタンは動かない。その胸にメーロトの剣を受けただけだった。
「何っ!?」
それに最初に驚いたのはその剣を繰り出した他ならぬメーロトであった。
「何故よけなかった、卿ならば」
よけられるというのである。トリスタンの腕を知っていれば誰もがそう思うものだった。
「避けられた筈。それがどうして」
「トリスタン様!」
その胸に剣を受け前に倒れ込もうとする彼をクルヴェナールが何とか助け起こした。
「これ以上はさせぬ!我が主は!」
「どういうことだ」
メーロトは己が倒されるのを覚悟していた。だからこそまだ呆然としていた。
「卿は。まことに」
「トリスタン様、イゾルデ様!」
ここでブランゲーネが駆け込んできた。同時にトリスタンの兵達もいる。
「こちらです。早く!」
彼女はクルヴェナールとも合流しそのうえで二人を連れて夜の闇に消え去っていく。王もメーロトも今は彼等を呆然と見送るしかなかった。夜の闇の中に。
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