東方攻勢録
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第三話
そのころ彼岸では、判決を終えたばかりの少年がただただボケーっと突っ立っていた。
別に冥界に行くわけでもない。もしそうだったとしても、とっくの前か裁判が終わった直後に冥界に飛ばされているはずだ。
「……なんだったんだろうか……さっきの」
少年の脳内には、いまだに言い渡された結末がぐるぐると回り続けていた。
『勝手ではありますが、あなたの死体は先ほどこちらの手で封印させていただきました』
『里中俊司、あなたには亡霊になっていただきます』
『あなたには幻想郷を守るという使命を与えます。普段は冥界の白玉楼にて雑務をこなしていただき、異変が起きれば解決に出向いていただきます』
生涯最後の裁判を行う場所で言い渡されたのは、まだ『里中俊司』として、この世界にいることだった。
もちろんタダではない。ちゃんとした使命を言い渡されての話だ。それでも、俊司にとっては理解しきれないままだった。
「まだ……俺として……いれるってことなのかな」
「先ほどそう言ったはずですが?」
「!?」
ぽつりとつぶやいた俊司の背後から、背の低い少女が声をかける。
そこにいたのは、先ほど俊司を裁いた閻魔『四季映姫』とその部下『小野塚小町』だった。
「映姫さん……小町さん」
「ここにいらしたのですね。では、参りましょうか」
「参るって……どこにですか?」
「決まっています。幻想郷ですよ」
映姫はそう伝えると、川岸に向けて歩き始めた。
「でっ……でもいいんですか? そんな勝手なことして」
「すでに謹慎処分が下されました。小町、船を準備しなさい」
「はい」
「きっ謹慎ですか!?」
「あれだけのことをしたのです。当たり前のことですし、こうなることも把握していました」
映姫は顔色一つ変えず、無表情で淡々としゃべり続ける。そんな彼女を見ながら、俊司は何も反論することはなかった。
川岸まで到着すると、映姫は小町が用意した船に乗り込む。俊司も訳が分からないまま、船に乗り込んでいった。
「かじ取りは任せますよ小町」
「任せてください。では、行きますよ」
小町は慣れた手つきで船を川岸から離すと、徐々にスピードを出しながら三途の川を進みだした。
「でも……なんで謹慎処分になってまで俺を助けようとしたんですか?」
不思議そうな顔をしたまま、俊司は映姫に問いかける。
そんな少年を見た映姫は、なぜか溜息をついた後話し始めた。
「別にあなたを助けようと思ったわけではありません。そうでしたら、あなたがあそこで力尽きる前に、私達がなんとかしたはずです」
「……はあ」
「それに、幻想郷の状況はあなたの手で大いに改善された。先ほども言いましたが、あなたをここで失うのは、我々にとっても惜しいと思ったのですよ」
「だから……俺を亡霊にしたんですか」
「そうですね。まあ、謹慎処分はいい副産物となってくれましたが」
「副産物?」
「あいにく『どこで』とは言わなかったので、利用させていただきました。まあ、そうでなくてもこのようにしたとは思いますが」
淡々としゃべる映姫。俊司と小町はただただ苦笑いをするしかなかった。
「そういえば……なんで小町さんだけがついてきたんですか?」
「あたいも謹慎処分なんだよ。映姫様の道づれだね」
「小町は私の命令に従ったため、同じく謹慎処分を言い渡されたのですよ」
「でも……小町さんの仕事は船頭ですよね?魂を狩った死神は他にいるんじゃ……」
死神には三つの仕事がある。一つは自ら地上へとおもむき、死者の魂を狩る運び屋の死神。二つ目は、魂を狩った死神からその魂を受け取り、彼岸まで届ける役目を持つ船頭の死神。三つ目は地獄で事務や雑用を行う補佐役の死神。小町はこのなかの二つ目に当たる死神である。
それぞれの仕事は確立させており、担当以外のものが別の仕事を行うことはない。つまり、小町が謹慎になったということは、少なくとも最初の魂を狩る死神も謹慎を受けたことになる。だが、その死神はこの場にいない。それが俊司にとっては疑問だったのだ。
「確かに、小町の仕事は船頭です。ですが、今回は特別にあなたの魂も狩ってくるように指示しました」
「それはまたどうして……?」
「いくら謹慎処分と言えど、地獄は現在も人員不足のせいで仕事が立て込んでいます。向こう側の被害も最小限にと考えただけですよ。それに……」
「それに?」
「小町のさぼり癖を考えると、謹慎になったところで支障は少ないはずですから」
「ちょっ……そりゃないですよ映姫様ぁ」
「あたりまえです。だいたいあなたは普段から……」
ある一線に触れてしまったのか、それ以降小町は映姫の説教攻めにあっていた。俊司は説教を聞きながら、ただただ苦笑いをするしかなかった。
それから何分経っただろうか、三途の川を渡り切った一同は川岸に船を止めた後、今後について話をしていた。
「これからどうするんですか?」
「この人数では、まだ戦力的に不安が残ります。そこで、ある場所に行こうと思いまして」
「ある場所ですか?」
「はい。『太陽の畑』です」
太陽の畑。一面が向日葵に覆い尽くされた場所である。戦力不足の解消を行うために行くと映姫は言ったが、俊司にはその意味合いも何となくわかっていた。
「太陽の畑……『風見幽香』さんですか?」
「ええ。彼女はまだそこにいると聞いています。革命軍も彼女の対応にかなりの戦力をつぎ込んでいると聞いていますから」
「つまり、手伝ってもらうわけですね映姫様」
「仲間になってもらえるかどうかはわかりませんが、話だけは聞いてくれるでしょう。それに、少しばかり協力していただきたいこともありますし」
映姫はそう言って真剣な顔になっていた。
「……?」
「それは合えばわかります。では行く前にこれを」
映姫はそう言うと、俊司に旅人が着るようなフード付きコートを手渡した。
「これは?」
「あなたは死んだんです。つまり、革命軍はあなたが目の前に現れることがないと考えているはずです。それはこっちにとって都合が良く、あなたにとっても大きなアドバンテージとなっているはずです」
「それはそうですけど……つまり正体を隠せというわけですか?」
「そういうことです。あと、これまで行動を共にしていた方々とも、当分は接触せずに別行動で行きたいと思います」
「え……あ……はい」
そう言われた瞬間、俊司は表情を濁らせていた。
あんな別れをしてしまったのだ、今すぐにでもあって謝りに行きたいのだろう。それは映姫にも分かっていた。だが、急に彼女達の状況が変化してしまえば、革命軍もそれ相応の対応をしてくるだろう。
今の革命軍は士気は高まっているが、その分つけ入るスキもあるはず。映姫はそれを利用したいと考えていたのだ。俊司にそれを伝えたのは、それを生かすためしかたがないことだったのだ。
「気持ちはわかりますが、しばらくは辛抱してください」
「……わかりました」
「ありがとうございます。さて……そろそろですね」
映姫はそう言うと、すたすたと歩き始めた。小町も軽く深呼吸をしたあと、ゆっくりと歩き始める。
これからが新しい戦い……第二ステージが始まる。俊司はもらったコートを着ると、覚悟を改めてからその足を動かし始めた。
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