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外伝 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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追憶  ~ オフレッサー ~

 
前書き
少し短めです。 

 



帝国暦 488年 6月17日  オーディン  ヘルマン・フォン・リューネブルク



まだ昼には早い時間だがドアを開けて店の中に入った。あれからもう半年以上が経つが店の中は少しも変わっていなかった。客はそれほど多くない、むしろ空席が目立つ。この店が混むのは後一時間程後の事だろう。店の主人、いや親父だな、彼が俺を見て微かに頭を下げた。ほんの少し、申し訳程度だ。

適当な席に座ると親父がやってきた。相変わらず無愛想なオヤジだ、むっつりとしている。客商売など到底出来そうな男には見えない。オーディンで料理を作るより辺境で樵(きこり)でもやっている方が似合いそうな男だ。
「お待ちしておりました。いつもの奴で構いませんか?」
待っていた? 低くどすの利いた声だった。まじまじと親父を見たがまるで表情を変えない。無言で俺の答えを待っている。

「……ああ、いつもの奴を頼む」
親父は軽く頭を下げると戻って行った。妙な感じだ。いつもの奴か、俺はここに来るのは二度目だ。しかも前回から半年以上が経っている。それなのに親父は俺を常連客の様に扱い俺もそれを受け入れている……。覚えているのだろうか、俺を。……俺とオフレッサーを。

ここに来るのは正直迷った、行くべきだとも思ったし、行くべきではないとも思った。大体俺はここに何をするために来たのだろう? 食事をするためだろうか? あの男の事を思い出すためだろうか? 良く分からない、だが俺は今此処に居る……。

暫くして料理が運ばれてきた。親父が出してきた料理はアイスバインを使ったシュラハトプラットだった。白ワインが一本添えられている。あの時と同じだ、間違いなく親父は俺を覚えている。親父が俺のグラスにワインを注いだ。一口飲む、冷えた液体が喉を潤した。爽やかな酸味と芳醇な香りが口の中に広がる。
「美味いな」

素直に美味いと言えた。かなりの上物だろう、この店には似合わない代物だ。美味いと言った事が嬉しいらしい、無愛想な親父が微かに笑みを浮かべた。
「あの後、オフレッサー閣下がいらっしゃいました。私にこれを預けておくと言われまして……」
「……」
オフレッサーが預けた……。

「もう直ぐ内乱が始まる。先日飯を食ったあの男と闘うことになる。俺が勝つか、あの男が勝つか……。勝った方がこの店に来るだろう、その時、このワインを出してくれと……」
「そうか……」

もう一口飲んだ、やはり美味い。来て良かった、オフレッサーの配慮を無にせずに済んだのだ、間違いでは無かったと思えた。勝者に相応しい、いや勇者に相応しい飲み物と言えるだろう。出来る事ならあの男にも飲んで欲しかった……。

“馬鹿を言え、卿が俺の立場なら降伏するか? 敗者を侮辱するな、勇者として扱え”
“我等の前に勇者無く、我等の後に勇者無し。さらばだ、リューネブルク”
いや、あそこで散ったからこそ飲んで欲しかったと思うのだろう。人は無理な事ほど叶えたいと願うものだ……。あの男が捕虜に甘んじる事など有り得ない。

「オフレッサー閣下と一騎打ちをなされたそうで」
「ああ」
親父がゆっくりと頷いた。
「二、三年前からあの方は嘆いておられました。装甲擲弾兵としての自分は少しずつ衰えていると」
「衰えている?」

「はい、そして願っておられました。自分がヴィクトール・フォン・オフレッサーとして闘える間に思う存分闘える相手と出会いたいものだと。……御辛かったのでしょうなあ、ただ老いていくという事が……」
「……」
親父は遠くを見ている。無愛想な親父の詠歎する様な口調が心に残った。力有る男がその力を発揮する事無く老いていく、その事に苦しんでいる。傍で見ているのは辛かっただろう。親父が俺を見た、穏やかな目をしている。

「喜んでおいででしたよ、オフレッサー閣下は。ぎりぎりで間に有ったと、ヴィクトール・フォン・オフレッサーとして闘えると……。このまま朽ちて行くのかと思ったが大神オーディンは最後に俺の望みを叶えてくれたようだとおっしゃっていました……」
「そうか……」
俺は間に有ったのか……。

“卿とは闘えぬのかと思った。だが大神オーディンは俺を哀れんでくれた。卿が来てくれた時、一騎打ちを望んだ時、俺は嬉しかった。感謝するぞ、リューネブルク。良く此処へ来てくれた”
あの言葉に偽りは無かった。オフレッサーは本当に喜んでいた。しかし、衰えていた? それが事実なら俺が勝てたのは僥倖としか言いようがない。

親父がゆっくりしていってくれと言って厨房に戻った。運が無かったな、オフレッサー。衰えていなければ勝利を収めたのは卿だっただろう。いや、衰えていたからこそ俺と戦いたがったのかもしれない。そうでなければ俺との戦いなど望む事は無かったはずだ。歯牙にもかけなかったに違いない。

食事は美味かった。絶品と言って良いシュラハトプラットと美味い白ワイン。十分に堪能できた。勘定を済ませる時、親父にまた来てくれと言われたが素直に頷く事が出来た。妙なものだ、来るときに有った拘りは綺麗に消えていた。

“このシュラハトプラットを食べて戦場に出る、このシュラハトプラットを食べるために戦場から戻る、その繰り返しだ。人間など大したものではないな、いや、それとも大したことがないのは俺か……”

その通りだ、オフレッサー。人間など大したものではない。詰らぬ事でくよくよ悩み、美味いものを食べれば悩みも消える、そして何を悩んでいたのかと馬鹿馬鹿しく感じる、その程度の生き物だ。だがそれでも何かに拘る、拘らずにはいられない、それも人間だ……。

卿が俺との一騎打ちに拘ったのもそれだろう。卿は信頼できる上官に出会う事が出来なかった。貴族達からもその血生臭さを疎まれ受け入れられる事は無かった。孤独だったはずだ、だからこそ装甲擲弾兵としての力量に、戦士としての誇りに拘った……。ただ生きて行くのなら不要なものだ、だが人として死んでいくには不可欠なものだったろう。

気が付けば宇宙艦隊司令部に来ていた。司令長官室は今日も喧騒に包まれている。昼休みの筈だがここは静寂とは無縁だ。執務机で決済をするヴァレンシュタインに近付くと彼が俺をチラッと見た、そしてまた決裁に戻る。

「相変わらず此処は賑やかですな」
「ええ、内乱の後始末も有りますが艦隊司令官達が治安維持のために出撃しています。色々と大変です」
大変です、と言いながらも声は明るい。戦争よりも国内の発展に力を尽くせることが嬉しいらしい。妙な男だ、軍人なのに。

「装甲擲弾兵はどうです、掌握出来ていますか?」
「徐々に努めてはおります」
「徐々にですか……。頼みますよ、総監。直ぐに戦争が始まる事は無いと思いますが油断はして欲しくありません。私はこの宇宙から戦争を無くしたいんです」
ヴァレンシュタインが俺を見た。笑みは浮かべているが目は笑っていない。

ヴァレンシュタインの推薦により逆亡命者である俺は装甲擲弾兵の総監に就任した。異例の事だ、帝国始まって以来の事だろう。彼は俺を信頼し、俺を評価し、俺の事を心配もしてくれる。ヴァンフリートで、イゼルローンで、そしてオフレッサーと戦ったレンテンベルクでその事は分かっている。俺は良い上司を持つ事が出来た。

「分かっております、小官も三十年後の宇宙を見てみたいと思っているのです。閣下との約束ですからな」
「そうですね」
ヴァレンシュタインが頷いた。

そう、俺には夢が有る。三十年後の宇宙をヴァレンシュタインと共に見るという夢が。俺だけでは無い、他にも同じ夢を見ている人間が大勢いる。だから俺は孤独ではない、老いて行く事を怖れる事も無い。俺は一人の人間として希望と夢を持ってこれからの人生を生きていけるだろう、三十年後の宇宙を見るために……。





 
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