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ドン=ジョヴァンニ

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第二幕その十


第二幕その十

「さもなければあんな小細工はしませんね」
「ではやっぱり」
「まず訴えるべきです」
 オッターヴィオの考えてそのうえで述べることは常識の中でのことであった。
「そのうえで復讐を果たすことを約束します。神の御守護と義務と恋の求めによって」
 そのうえで彼は言うのであった。
「その間に僕の恋人を慰めて下さい。そしてその美しい睫毛の涙を乾かして欲しいのです。そして」
「そして?」
「彼女に告げて下さい」
 さらに言葉を続ける。
「僕があの男の悪事に復讐することを。あの男が死んだという知らせだけを持って皆さんのところに帰って来るということを」
「ええ。それじゃあ」
「私達も協力させて下さい」
 マゼットとツェルリーナは彼の今の言葉を受けて協力を申し出たのだった。
「殿様、僕も及ばずながら」
「私もです」
「それは有り難い」
 オッターヴィオは二人の協力の申し出に満面の笑顔になった。
「ではマゼット君、ツェルリーナさん」
「はい」
「どうか」
「行こう、皆で」
 アンナも当然一緒であり村人や家の者達と共にまたジョヴァンニを探しに向かうのだった。
 そこに残っているのはエルヴィーラ一人だった。一人になった彼女は思い詰めた顔になって言うのであった。
「あの男は何という罪を犯したのでしょう」
 声もまた思い詰めたものになっていた。
「天の裁きも近いでしょう。既にあの人の頭上には運命の雷が落ち」
 ジョヴァンニが裁かれる姿を脳裏に思い浮かべる。
「死の淵が口を開いているわ。けれど私は」
 思い詰めたものがさらに深くなっていた。
「どうして裁かれて欲しいと思いながらも救われて欲しいと思えるのかしら」
 呟きながらさらに。言葉を続けるのであった。
「あの男は私を欺いてまた不幸を与えたというのに。私は裏切られ捨てられたというのに」 
 辛い顔での言葉であった。
「それでも私はあの人の為に慈悲を請いたい。私が苦しみに遭うと復讐を欲するのに彼の苦しみを思うと私の心は胸騒ぎを覚える。どうしてなのかしら」
 最後にふう、と溜息をついてその場を後にする。そして彼女もこの場を後にするのであった。
 悠々と逃げ延びているジョヴァンニは低い塀をひらりと飛び越えて墓地に出た。夜の墓地はしんと静まり返り何もない。あるのは立ち並ぶ石の墓標達だけであった。彼はその中に入ったのである。
「さて」
 ジョヴァンニは明るい月明かりの中で呟いた。
「レポレロはどうなったかな」
「旦那、ここだったんですか」
「おお、いいところで会ったな」
 そのレポレロが来たのを見ての言葉である。
「無事なようだね」
「奇跡でしたよ」
 レポレロはまたしても忌々しげに言葉を返してみせた。
「全く。どういうことなんですか」
「どういうこととは?」
「危うく殺されるところだったんですよ」
 口を尖らせながらの言葉であった。
「本当にね。危なかったですよ」
「しかし生きているな」
「運がよかったですよ」
 このことは強く実感しているレポレロだった。
「全く以って」
「うむ。それではその幸運に応えて御前に褒美をやろう」
「褒美っていいますと?」
「面白い話だ」 
 それが褒美だというのである。
「それを話してやるがどうだ?」
「それってあれですよね」
 レポレロにはそれが何なのかすぐにわかった。
「女の話ですよね」
「それでだ」
 レポレロの問い詰めをよそに話をはじめてみせるジョヴァンニであった。その話とは。
 
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