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ソードアート・オンライン 穹色の風

作者:Cor Leonis
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アインクラッド 前編
  Turning battle

 
前書き
ハイ、一ヶ月ぶりの更新です。遅れてしまい、本当に申し訳ございませんでした。
……何かネタを書こうと思ったんですが、僕の頭では思い浮かばなかったので(orz)、本文どうぞ。 

 
「……高いな」

 物々しげな重低音と共に開かれた扉の向こう、第十五層フロアボスルームが視界に入るなり、マサキは天井を見上げて言った。その言葉通り、この部屋の全高は今までのボス部屋と比べて随分と高い。

 これまでの経験から、ボス部屋は基本的に同一の構造であり、その部屋の主、いわゆるフロアボスの特徴に応じて細部が変化――遠距離攻撃技を持つボスの場合は面積が広くなり、逆に強力な近接攻撃技を持つ場合は狭くなるなど――することを、プレイヤーたちは知りえていた。それは即ち部屋の構造からボスの特徴をある程度予測することが可能だということである。

「これだけ高いってことは……飛行型?」

 隣で首をかしげているトウマの口から質問が飛ぶ。

「ああ、恐らくな。となると、少し厄介か……」

 飛行型モンスターの特徴として、敏捷性に秀でているという点がある(例外は幾つかあるが)。もしこの部屋に住まうボスが大多数の側に属していた場合、危なくなって転移結晶で離脱する際に必然的に生ずる僅かな隙に攻撃を受ける可能性が高くなるということであり、それはそのまま生存率に直結する。ターゲットを分散させることができない少数での威力偵察の場合は尚更だ。

「……どうする? 一度戻る?」
「いや。ここまで来たんだ、ボスの攻撃パターンくらいは把握しておきたい。クエストで入手できる文章のみの情報と実際の体験とでは、やはり理解度や反応に差が出る」
「……ふーん……」

 マサキの答えに驚いたのか、トウマは不思議そうにマサキを見た。それに気付いたマサキが逆に尋ねる。

「何だ、何か不満か?」
「不満はないけど……。何か、マサキらしくないな~って思って」
「俺らしくない?」

 マサキが更に訊くと、トウマは爽やかな顔のパーツを不思議そうに配置したまま「うん」と頷いた。

「だってマサキの性格なら、ここは絶対に引き返すと思って。「敵の情報ならば、クエストでNPCから入手可能だ。ここで死の危険を冒すことによるリスクとリターンとでは、とてもではないが釣り合わない」とか言って」
「……お前、俺のこと馬鹿にしてるだろ」

「敵の情報~」のくだりを、眼鏡のフレームを中指で押し上げながら、警察の捜査に協力し謎が解けるとところ構わず数式を殴り書く某天才物理学者のものまねと思われる口調で話したトウマに対し、マサキは呆れたようにツッコんだ。ジト目で睨む視線の先で、トウマが苦笑を浮かべる。

「……まあいい。俺だって人間だ。多少の気まぐれぐらいは起こす。……ほら、行くぞ」

 マサキはぶっきらぼうに言うと、壁際のろうそくがオレンジ色の光を放つ不気味な静寂との境界線を踏み越えていった。


「ホォォォォォォ……ホォォォォォォ……」

 二人が部屋の中心付近まで進んだとき、低いオーボエのような音色が部屋に響いた。即座に抜刀した二人の前方で、夜の闇を凝縮したような濃紺の霧が浮かび上がる。それは段々と一箇所に凝縮していき、その度に判然としないシルエットがくっきりと定まっていく。
 能面のようなのっぺりとした顔とその前面で不気味に光る二つの眼球、(わし)のようなくちばしと羽毛に包まれた翼。(ふくろう)特有の体つきが露になると同時に、闇色の全身の上で《The invisible wind》の文字が(きらめ)いた。

「《The invisible wind(見えざる風)》ね……。さて、どうくる?」

 その言葉に呼応したように、闇色の梟はマサキに向かって飛翔を開始した。ただ一つの雄叫びも羽音も上げることなく無音で獲物に迫るその姿は、今までに見たどのMobと比べても異質だ。
 だが、その気味の悪さを吟味する間がマサキに与えられることはなかった。次の瞬間には既に梟が目前にまで迫っていたからだ。

「くっ……!」

 マサキはこの時点で迎撃を諦めた。重心を右へ傾けつつ、自身が持つなけなしの筋力パラメータを総動員して地面を蹴り飛ばす。マサキが元々立っていた場所の右数メートルに胸から着地したときには、闇色の身体は遥か後方に流れ去っていた。

「マサキ!!」
「大丈夫だ、ダメージはない」

 トウマの声に答えつつ立ち上がったマサキは、反転してこちらに向かいつつある梟を視認すると、腰の投剣を抜き、腰の脇から手首のスナップを利かせて投げつけた。
 投剣スキルに属する単発技《ライズシュート》。基本技である《シングルシュート》と比べ威力は低く、また投げる位置が腰のすぐ横であるため狙いもつけにくいが、その分予備動作が短く出が速いという利点がある技だ。

 狙いにくさをものともしないマサキの頭脳によって投じられた投剣は、針穴を通すような精度で梟の右翼に吸い込まれていき、突き刺さった。衝撃によって滑空体勢が乱れ、闇色の体躯がぐらりと傾く。
 その隙を逃すことなく、マサキは駆け出した。体勢を崩し、速度が落ちた梟の翼の下を潜りながら、《リベーザ》で斬り抜ける。追撃を喰らった梟が、更に体勢を崩した。

「トウマ!」
「OK、任せろ!!」

 言うが早いか、トウマは手に握った大剣を振るった。敏捷一極化ビルドのマサキとは違う、筋力優位型ゆえの高い攻撃力が遺憾なく発揮されたその攻撃が、梟の一本目のHPを5%ほど削る。

(……なるほど。高い敏捷力と引き換えに防御力は低いわけか)

 戦闘開始早々にボスのステータスに見当をつけたマサキは、この段階での撤退を頭から消した。この分ならば、ボスの形態変化後に撤退する可能性はもちろんあるが、それ以前に撤退するような状況に追い込まれることはほぼないと考えたからだ。

「トウマ、このまま行くぞ」
「おう!」

 背後から響く威勢のいい答えを聞きながら、三度襲い掛かる梟に向かってマサキは駆け出した。今までと同じく敏捷性を生かした突進攻撃を行おうと高空で態勢を整える梟に向かい、《ライズシュート》で腰元の投剣を投げつける。
 だが、ここは攻撃態勢が整っていなかったことが相手にとって幸いした。梟は整いつつあった攻撃態勢をキャンセルすると、見事な反応で投げられた投剣の下を潜り、かわすことに成功する。
 しかし、それこそがマサキの狙いだった。かわすことによって高度を下げ、かつ行おうとしていた突進攻撃に必要な加速距離を確保するために壁際によっていた梟に向かって、マサキはスキルスロットにセットしたばかりの《軽業》スキルと壁を利用した三角跳びで迫った。壁を蹴るときにつけておいた体の捻りを利用し、ライトエフェクトを纏った回し蹴りに更なる威力を乗せて闇色の体躯に叩きつける。

「……セッ!!」

 体術スキル単発技《旋月(せんげつ)》を浴びた梟が、この戦いで初めて動きを止めた。その好機をマサキが逃すはずもなく、旋月の短い技後硬直が解けるや否や、曲刀用ソードスキル《ファラント・フルムーン》を発動させた。黄色く光る四本の剣閃が闇色の体を上書きし、切り裂いていく。

「……………………」

 身体を目一杯使っての突きから派生した、手首を翻して跳ね上げる四段目が梟のHPを更に削った瞬間、梟の顔面に貼りついた能面のような表情が微かに引きつった。HPバーの上に表示されたアイコンが、《ファラント・フルムーン》が持つ追加効果であるスタン状態に陥ったことを示している。
 マサキが下を見ると、既にトウマが持つ両手剣はライトエフェクトに包まれていた。言葉を介さずともこちらの意図が伝わっていることに片頬のみの笑みを浮かべ、数瞬遅れてやってきた不快感に口元を歪める。そして、その不快感を身体の外へと追いやるべく、マサキは右手に握った曲刀に、更に強く力を込めたのだった。


「ホォォォォォォ……ホォォォォォォ……」
「マサキ……何かマズイのが来るんじゃ……」

 闇色の羽毛に覆われた体躯の上に光るHPの残量が半分を切ったのと同時に、これまでどんな攻撃を受けようと無言だった梟が低く呻いた。その不気味さに怖気づいたのか、隣で大剣を正中線で構えるトウマの顔が青ざめる。

「心当たりがあるのか?」

 両手剣の切っ先が手の震えで微妙に揺れる程、梟に対し恐怖心を抱いているトウマに、マサキは尋ねた。
 見た感じ、現在進行形の梟の行動は、体力の減少による攻撃パターンの変更を示しているものと思われる。だとしたら、変更後の攻撃パターンについての情報は、どんな些細なものであれ頭に入れておきたい。
 しかし、申し訳なさそうに俯いたトウマの口から続いた響きは、尻すぼみに消えていった。

「いや、そういうのはないんだけど……」
「だったら相手を見てろ。よそ見をしていてクリティカルでも喰らったら、それこそマズイどころの話じゃない」
「あ、ああ…………」

 自分の言葉が根拠不足であることを悟っているのか、掠れたような声で答えながらも腑に落ちないという表情を浮かべているトウマから視線を外し、再び梟へと投げた。すると、低く鳴く闇色の体躯の周りを同じ色の霧が覆い始める。やがてその霧は梟の全身を覆い、二人の視界を完全に阻んだ。

(……そういえば……)

 ボスの攻撃パターンの変化に関する情報がないか、海馬の隅々までを探索していたマサキは、ある一つのクエストのことを思い出した。
 そのクエストはトウマとマサキの二人が依頼を受ける前からボスの情報が報酬として得られるタイプのものだと推測されていたものの、実際には明確な情報は得られず、期待していた攻略組の面々をひどく落ち込ませ、更には一部のプレイヤーがマサキたち二人が情報の独占を目論んでいると言いがかりを付け、それが火元となり大騒動を巻き起こしたという、なんとも傍迷惑なものだった。
 より具体的な内容としては、二十二層主街区から少し北に行った場所にある小さな村――そこに住む人々は“村”ではなく“国”だと言い張っており、事実、王や大臣、宰相などの役職が存在した――の住人が依頼したもので、その住人曰く
「異国人が大宰相になってから、民のことを第一に考えていた王が突然重税を課すようになった。これはきっと大宰相が王を操っているに違いない」
 らしい。そしてその大宰相の罪を暴き、王を元に戻すことが目標という。SAOではあまり見ないタイプのものだ。

 だが、珍しい部分はそれだけではなかった。
 実は黒幕は大宰相ではなく、異国の地に就任したばかりで右も左も分からない大宰相にあれこれと進言し、あまつさえ王をも操った大臣だった。彼は自分の部署に割り当てられる予算を増やし、ピンハネを図ろうとした――。という、シナリオが売れない推理ゲームのように無駄に作りこまれていたことだ。中でも、

「人々の目を欺きつつ力を手にするには、どうすればいいと思う? ――なに、簡単なことだ。人々に目隠しをしておき、その間に人知れず王を、この国の()()()()()()()()()いい。さすれば、人々が()()()()()()()()()()()、我らの存在が人々の目に映ることはありえないのだからな!」
「では、大宰相様を異国の者に代えたのも……?」
「ああ、そうだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、政が混乱して()()()()()()()()()()()()()()()()からな!」

 という黒幕とクエストを依頼した住人とのやりとりでは、NPCの音声にかなり抑揚が付いていて、恐らくはこの部分のみ実在の声優を使ったのだろうと推測できた。グラフィックもかなり整備されており、たかが一クエストとは思えないほどの予算のつぎ込みようだ。

 ちなみに、最終的に黒幕を見破ったのはマサキだが、その前からトウマが度々「黒幕はあの大臣だ!」と言っていた。……尤も、マサキが理由を訊いても「何となく!」「勘!」などという非論理的な解答しか出さなかったため、まぐれあたりの可能性のほうが遥かに大きいが。

(あのクエストから得られる情報はないと思っていたが……やはり何かヒントがあるのか……?)

 マサキが思考を巡らせるときのクセである、右手で口元を覆う仕草をとりつつクエストでの会話などからヒントがないか探っていこうとする。
 ……が、しかし。

「…………!?!?」

 その考察は言葉と共に、拡散した闇色の霧から一瞬遅れて吹き飛ばされた。喉から漏れる僅かな空気だけが辺りに充満し、その驚きの余韻を感じさせる。

 ――闇色の霧に包まれていたはずの同色の体躯は、二人の前から忽然と姿を眩ませていた。 
 

 
後書き
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