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ハイスクールD×D ~我は蟲触の担い手なれば~

作者:RF
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『転生。 或いは、交差する赤と紅』
  EP.04

「……悪魔、ねぇ」

 放課後の教室に、俺の呟きが溶けて消える。  
 気が付けば、朝に起きた衝撃的な出来事から随分と時間が経っていた。
 窓の外。 千切れた雲をなんとなく数えながら、俺は今朝の出来事を思い出す。
 ……あの後。 懸念していた家族会議が開かれることは、結局なかった。

『添い寝をしてあげただけです。 彼が怖い夢をみるというもので』

 朝の状況を尋ねる母さんに、リアス先輩が返した言葉だ。
 取り乱す母さんに、落ち着きなく視線をさ迷わせる父さんに、諭すように囁く先輩。
 それだけで、俺の両親はリアス先輩の言葉に納得した。
 何故? 俺の両親に、いったい何が起きたんだ?
 不審に思う俺の耳に、そっと告げられたリアス先輩のその言葉。

『話がこじれそうだったから、少し力を使ったわ。 ―――悪魔の、ね。』

 悪魔。 おそらくは比喩でなく、そのままの意味で悪魔。
 詳しくは放課後に話すとのことだが……。
 チラリと壁に掛かった時計を見る。 揺れる針が指し示すのは、間違いなく放課後だ。
 使いを寄越すとのことなので、こうして教室に待機しているわけだが……来ないな、誰も。
 ぐるりと一周した細い秒針、続いて分針が僅かに跳ねる。
 放課後のチャイムから十分、いっそリアス先輩を探したほうが早いのではないかと思い、俺は鞄に手を掛け……。
 そのときだ―――。
 俺の鼓膜を、黄色い声が突き抜けた。
 何事かと振り向けば、教室の入り口に噂のアイツが立っていた。 同時に、成程なと俺は思う。
 木場祐斗。 笑顔の爽やかな駒王学園二年生。 学園女子の王子様。
 湧き上がる女子の歓喜。 その歓声にアイツは笑顔を、変わらずに。

「ちょっと、ここを通させて貰えるかな?」

 群がる女子を掻き分けて、アイツが教室へと入ってきた。
 自分のクラスでもないというのに、この教室に、ただ一人で。
 一歩、また一歩。 迷いない足取りで、教室の中を進む。 進む。
 そして、俺の机の少し手前。 三歩ほどの距離を開けて、アイツはそこに立ち止まった。

「兵藤一誠くん……で、あってるかい?」

 呼ばれた名前。 俺の名前。
 爽やかな笑みを浮かべて、木場は確かに俺の名を呼んだ。

「ああ、間違っていないけど……なに? なんか用?」

 低い声、隠しもしない苛立ちが言葉に混じる。
 見苦しいとは自覚しつつも、燻る嫉妬の火は消えない。
 しかし、いかにも不愉快だと全身で訴えているというのに木場の態度は変わらない。
 その表情は笑顔のままで、木場は俺にそう告げたのだ。

「先輩の使いで来た……って言えば分かるかな? 心当たりがあるんじゃないかい?」

 ―――っ。
 ―――そうか、コイツが。

 言われて、すぐに理解した。 リアス先輩の言っていた使いとはコイツのことかと。
 右手に鞄をぶら下げて、俺はすぐさま席を立つ。

「……で、どうするんだ?」
「まずは僕についてきてくれるかい? 先輩たちも待っているからね」
「了解。 じゃあ、さっさと案内してくれ」

 木場に後を追うように俺が歩く。
 校舎に響く女子たちの悲鳴と妄想を無視しながら。


 夕暮れ、赤く染まる空の下。
 俺は木場に連れられて、校舎の裏手を歩いていた。
 何処に行くのか? 訊ねても木場は答えない。
 行けば、分かる。 それだけ言って、俺を連れて、奥へ奥へと歩いていく。
 やがて、視界にある建物が視界に映る。
 駒王学園の敷地奥、隠れるようにひっそりと木々に囲まれたその建物は。

「……旧校舎?」

 旧校舎。 今ではもう使われていない、かつて校舎だったもの。
 怪談の類にはこと欠かないが、取り立てて何かがある場所ではない。

「……こんなところにリアス先輩たちが?」
「そうだよ、部長たちはこの奥にいるんだ」

 そう言いながら、木場は旧校舎の玄関を潜り抜けた。 追って、俺も中へと入る。
 ……しかし、木場は部長と言っていたか?
 リアス先輩が何処かの部に所属しているという話は、聞いたことはないのだが……。
 唐突に湧いた疑問に俺は首を傾げる。 ……いや、考えても仕方がないか。
 どうせこれから会うのだからと、湧いた疑問を俺は無視した。
 歩く。 歩く。 歩く。
 廊下を、階段を、時たま軋む床板を踏み鳴らして。 前へ、前へと。
 歩きながら周囲を見渡す。 旧校舎へ入ったのは今回が初めてだ。
 古ぼけた外観とは裏腹に、校内の手入れはしっかりとされていた。
 ちらりと覗いた教室は塵一つなく、窓には汚れも罅もなかった。

「―――さあ、着いたよ」

 木場がそう告げ、立ち止まる。
 旧校舎の片隅、とある教室、その入り口にぶら下げられた一枚のプレート。

『オカルト研究部』

 ―――え? 
 ―――オカルト研究部?

 正直、胡散臭いと思ってしまった。 ……ここにリアス先輩が? え? 本当に?
 なんというか、リアス先輩や木場のイメージとはあまりにもかけ離れている気がするのだが……。
 そんな俺の困惑をよそに、引き戸の前で木場が呼びかける。
 俺たちの存在を、中にいるであろう先輩へと。

「部長、彼を連れてきました」
「ええ、入ってちょうだい」

 引き戸の向こうから声が届く。 女性の声、おそらくはリアス先輩の。
 木場が戸を開き中へと、続いて俺も中へと入る。
 そして、俺は室内の装いにぎょっとした。 ……なんだ、コレは?
 まず目に付いたのは文字だった。 
 壁に、床に、天井に、至る所に刻まれた奇怪で面妖な無数の文字群。
 次に視界が捉えたのは部屋の中央、そこに描かれた巨大な円陣。 おそらくは魔方陣。
 なるほど、確かに。 ここはオカルト研究部で間違いないのだろう。

「驚いたかい?」
「……え? ……いや、まあ、少し。 思ってた以上にオカルトっぽいっていうか……」
「まあ、そうだね。 普通の人はだいたいそんな反応をすると思うよ」

 かけられた声、木場の言葉にいくらか落ち着きを取り戻す。
 異質な文字群を無視して部屋を見渡せば、そこには一人。
 見るからにふかふかなソファの上に、ちょこんと座り、黙々と切り分けられた羊羹を齧る小柄な少女。
 塔城小猫。 小柄な体格の駒王学園一年生。 もちろん貧乳。

「……?」

 ふと、俺の存在に気付いたらしい小猫ちゃんと視線が合う。
 その表情はいかにも眠たげで、いまいち感情が読み取れない。

「その……どうも、兵藤一誠です」

 俺の挨拶に無言でお辞儀だけを返す小猫ちゃん。
 それだけすると、再び彼女は羊羹を齧りだした。

「えーと。 ……俺、もしかしてあまり歓迎されてない?」
「そんなことはないさ。 少なくとも、ボクは君を歓迎するよ」

 声、俺のよく知るあの人の。
 振り向くと、そこにはやはり桐原先輩の姿があった。

「ようこそイッセー君。 さあ、お茶とお菓子を用意したからまずはくつろいでくれないかい?」

 カチャリと静かな音をたて、テーブルの上に琥珀色を湛えたティーカップと羊羹の乗せられた皿が置かれる。
 それにあわせて、俺は柔らかなソファの上に腰を沈めた。

「その、桐原先輩」
「うん? もしかして甘いものは嫌いだったかな?」
「いえ、そうじゃなくって。 リアス先輩はいないんですか?」
「ああ、部長かい? 彼女なら、ほら、あそこだよ」

 桐原先輩の指先の示す向こうで、薄いカーテンが揺れていた。
 聞こえる、耳を澄ませば水の音が。 もしかして、あの向こうは……。

「……シャワー?」
「正解。 まあ、すぐに出てくるよ」

 カーテンに浮かんだ影、明らかに女性と分かる艶やかなその姿。
 思い出すのは、今朝の出来事。 生まれて初めて見た女性の裸体。

「……いやらしい」

 呟く声にハッとして、俺は表情を覆い隠す。
 もしかしなくてもエッチな気持ちが顔に出ていたのだろうか?
 見れば、あからさまに侮蔑を込めて小猫ちゃんが俺を見ていた。

「ははは、いやらしいか。 だけどね小猫ちゃん、男の子は誰だっていやらしいことをしたいんだよ」
「……そうなんですか?」
「いや、僕に聞かれても困るんだけど……」

 そのとき、きゅっと蛇口を捻る音が室内に反響した。
 鳴り止んだ水の音。
 カーテンの向こう側、浮かんだ影が濡れた身体をタオルでふき取る様子が見える。

「部長、これを」
「ええ、ありがとう」

 聞こえた声、リアス先輩ともう一人。 誰かの、女性の。
 見知らぬ誰かから何かを受け取る先輩の影。
 おそらく、それは衣服だったのだろう。 リアス先輩の影は着替えを始めた。
 ……そして、数分。 開いたカーテンの向こうから制服姿のリアス先輩が現れた。

「ゴメンなさいね、昨日はシャワーを浴びれなかったから、いま汗を流していたの」

 そう言いながら微笑む先輩は、湯を浴びたせいか妙に色っぽい。
 そして、ふと背後を見る。 リアス先輩の後ろ、そこに立つ誰かの姿。

「あらあら、あなたが例の男の子かしら?」
「あ、はい。 どうも、はじめまして、兵藤一誠です。 えーと、姫島先輩……ですよね?」
「あら、私の名前をご存知で?」

 当然だ。 そもそも彼女の名前を知らない男子はこの学園にはいないだろう。
 姫島朱乃。 ベストなバストをもつ駒王学園三年生。 巨乳2号。
 黒髪を束ねたポニーテールに、ふとした仕草でにおわせる和の佇まい。
 日本男児の理想たる大和撫子を体現する、我が学園のお姉さまだ。

「これで全員揃ったわね」

 リアス先輩はそう言いながらソファに座る。
 全員。 つまり、ここにいるメンバーがオカルト研究部に所属する部員なのだろう。
 中々に豪華なメンバーだなと、俺は思った。
 こんな旧校舎の一室に、学園の名だたる人気者が集結している。 
 ……ここ、本当にオカルト研究部か? 揃った部員を見る限り、にわかには信じ難い。
 木場なんかはスポーツ系の部活のほうが似合いそうだし、姫島先輩は弓道や茶道のような和の雰囲気がしっくりくる。
 いや、もちろん人の趣味はそれぞれなんだろうけど。 それにしてもオカルトねぇ……。

「ふむ。 意外だと……そう、思っているのかな?」
「あ、いや、別にそんなことは―――」

 ない―――。 とてもじゃないが、そう言えなかった。
 むしろ、意外を通り越して悪趣味の領域だ。
 もし、ここにいる全員が『特技は黒魔術です』なんて言ったら全校生徒がぎょっとするだろう。
 その光景を想像し口篭もる俺、その様子をみて三人の先輩がクスクスと笑っている。 ……え? なに?

「えーと……。 俺、何かおかしいことでもしましたか?」
「あらあら、いいえ、そういうわけじゃないのですけど」
「なに、君は嘘をつくには向いていないと思ってね」
「……え? なんのことでしょうか?」
「顔に出ていたわよ、イッセー。 意外を通り越して趣味が悪い……なんて、思っていたんでしょう?」

 ばれてるし!? リアス先輩に指摘され、俺は慌てて顔を覆い隠す。
 ……って、これじゃあリアス先輩に言い当てられたことを認めているようなものじゃないか!!

「はは、やはりというか大概君も分かりやすいね」
「あの、いえ、別にオカルトが悪いっていうんじゃないんです。 ただ、なんというか、その……」
「私たちのイメージにあわないと。 もしかして、そう言いたいのかしら?
 いいのよ、別に気にしなくても。 だって、オカルト研究部の看板なんて飾りみたいなものなんだから」
「……え?」

 看板は飾り? じゃあ、オカルト研究部っていうのは嘘なのか?
 だとしたら、この集団はいったい何だ? まさか、木場のハーレムというわけではないだろう。
 もし、そうだとしたら俺が呼ばれる理由がない。 ……いや、むしろあってたまるか。 

「さて、それじゃあそろそろ本題に入ろうかしら。 朱乃、さっそくアレを持ってきてちょうだい」
「はい、ただいま」

 リアス先輩に言われて、姫島先輩は教室の隅にある机の上から一枚の紙を取ってくる。
 そして、戻ってきた姫島先輩は手に持ったその紙を俺のほうへと差し出した。

「はい、どうぞ」
「あ、これはどうも」

 そんなやりとりをした後、俺は受け取った紙の内容を確認する。
 え? これって……。

「入部届け、ですか?」
「ええ、そうよ。 もちろん、入部してくれるわよね」
「……ええと、リアス先輩や、姫島先輩と同じ部活っていうのは確かに魅力的だと思いますけど。
 その、いきなりすぎるといいますか、そもそもオカルトなんていわれてもわけが分からないといいますか……」
「大丈夫、そう難しく考えることはないさ。
 それに、ここ以上に君にふさわしい部活動なんてそうはないよ。 だって、君は悪魔だからね」

 悪魔―――。
 静けさを湛えた室内に、その一言はいやに響いた。
 悪魔? 俺が、悪魔? 不可解な言葉に困惑する俺。 ……まさか、冗談だろう?
 しかし、俺の意に反して冗談だとは誰も言わない。 まさか。 まさか。

「そういえば……。 さっき、言っていたわよね。 この教室がオカルトっぽいって。
 でも、それは間違いよ。 だって、ここにあるのはそれらしい紛い物なんかじゃ決してないもの。
 あの文字も、この魔方陣も、ここにあるものは全てが真実にオカルトそのものよ」
「え? ……全部、本物?」
「そう、全部よ。 例えば―――」

 ―――私たちも含めてね。

 瞬間、バサリと音をたてて翼が広がる。
 俺は見た、この場にいる俺以外の人の背から伸びる黒の翼を。
 まるでコウモリのような黒の意匠、人外の証たるその姿は―――。 

「あ、悪魔……。 え? ほ、本物の、悪魔……?」
「ええ、そうよ。 これが人々の知らない世界の真実のその一つ。 悪魔って本当に実在するのよ」

 優しく微笑む先輩の声が、俺の耳を静かに撫でる。 
 彼女が言う。 それは、甘い雫となって、俺の胸へと溶けて消えた。

「教えてあげるわ、イッセー。 私が、悪魔を、あなたにね」


 
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