ドン=カルロ
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第二幕その四
第二幕その四
「そうですか」
公女はそれを聞いて頷いた。
「それでは殿下をお待ち致しましょう。こちらから出向くのは失礼ですし」
そしてマンドリンを持つ小姓の一人に顔を向けた。
「マンドリンを」
「はい」
小姓はそのマンドリンを差し出した。公女はそれを受け取った。
「私の歌でも披露させて頂きましょう」
「本当ですか!?」
彼女は宮廷でも有名な歌の名手である。皆その言葉を聞き目を輝かせた。
「はい。今日は喉の調子がよろしいので」
そして彼女はマンドリンを両手に抱えた。
「どの曲がよろしいですか?」
皆に尋ねた。
「ヴェールの歌を」
「わかりました」
彼女はそのリクエストに答えると静かにマンドリンを弾きはじめた。そして口を開いた。
「ではいきますよ」
「はい」
彼女は歌いはじめた。
「グラナダの王様の宮殿のお話です。宮殿の睡蓮のお池のほとりに一人の女の人がおりました」
「その方はどなたですか?」
女官達はあえて聞いた。
「その方は厚いヴェールを被っておりました。その方は王様の前にまるで蜃気楼のように姿を現わされたのです。星降る夜の下に」
「まるで夢か幻の様なお話ですね」
「はい。その方を御覧になった王様は一目で心を奪われました。そしてその方に語りかけたのです。『美しい人、私と共に暮らさないか』と」
「けれど王様はお一人なのですか!?」
「いいえ。王様にはお妃様がおられました。けれども恋の炎だけはどうしようもなかったのです。これも全て厚いヴェールの魔力なのでしょうか」
「不思議なヴェールですね。本当に魔力が備わっていたのでしょうか?」
「それはこれからわかること。ヴェールは全てを覆い隠すものなのですから」
彼女は歌を続けた。マンドリンの音がさらに響く。
「王様はまた仰いました。『この庭はどうも暗い。おかげで貴女のその髪も顔も見えはしない。だが私にはわかる。貴女はこの宮殿に舞い降りた天女だ。さあそのヴェールを取ってくれ』」
「大胆な。それでその方はどうされたのですか?」
「何も答えられませんでした。ただ王様のお話をお聞きになっていただけです」
「まあ、恥ずかしかったのかしら」
「ですが王様があまりに強く望まれるので遂にそのヴェールをお取りになりました。さあ、ヴェールの下にはどなたがいらしたでしょうか!?」
公女はそこで女官達に顔を向けて微笑んで問うた。
「どなたですか!?」
女官達は尋ねた。
「お聞きになりたいですか?」
公女は再び問うた。
「はい、是非とも!」
女官達は言った。
「それでは」
公女は妖艶に微笑んで歌を再び歌いだした。
「そこにはどなたがいらしたでしょう。何とそこには」
「そこには!?」
「お妃様がいらしたのです、お妃様は驚く王様にお顔を向けられて仰いました。『王様の申し出、謹んでお受け致しますわ』と」
「まあ、それはそれは」
女官達は囃し立てるように言った。
「これは全て王様の浮気心を懲らしめる為にお妃様の計画でした。王様は以後お妃様をこれまでより大切になされたというお話です」
「それもこれもヴェールのおかげですね」
「そうです、ヴェールには不思議な魔力が備わっているのですよ」
公女は歌った。
「皆さん、殿方の心を我がものにしたければ」
「ヴェールの魔力を借りるのが一番ですね」
「そういうことです!」
彼女達は歌う。そこにエリザベッタがやって来た。彼女も僧院に参りに来たのだ。
「王妃様!」
皆彼女の姿を見て頭を垂れた。
公女もである。だがその物腰は何処か彼女に対して優位にあるようなものであった。彼女は口元にうっすらと笑みを浮かべていた。
「顔を上げて下さい」
エリザベッタは一同に対して言った。皆それに従い顔を上げる。
「お楽しみのようですね」
彼女は公女と女官達に微笑んで言った。
「はい、歌を歌っておりました」
公女が一同を代表して答えた。
「まあ、どのような歌ですか?」
「スペインの歌です。ヴェールの魔力を歌ったものですよ」
「ああ、あの歌ですね」
ヴェールの歌のことは彼女もよく知っていた。
「恋の魔力ですね」
「そうです」
公女は謹んで申し上げた。
「素晴らしいですね。殿方の御心を再び虜にするなんて」
「殿下には必要のないものかと存じますが。陛下がおられますので」
「はい」
彼女はおもてむきは優雅に微笑んで答えた。だがその内心は別であった。
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