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ドン=カルロ

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第四幕その六


第四幕その六

 カルロは父である王の前で剣を抜いてから牢獄に入れられていた。このスペインの継承者である為待遇は悪くはない。だが彼は鉄格子の中にいるのである。
「あれから何日が過ぎただろうか」
 彼はふと思った。
「ここでは時間が進んでいることさえ忘れてしまう」
 この牢獄は王宮の地下にある。彼はここに閉じ込められているのだ。
 陽もささない。ただ薄暗く湿っている。そこはまるで闇の中のようであった。
「殿下」
 そこに看守達がやって来た。
「食事かい?」
 彼等がここに来るのは食事を運びに来る時だけである。
「ご面会です」
「私にかい!?」
「はい」
 やがて一人の男が姿を現わした。
「ロドリーゴ!」
 カルロは彼の姿を見て思わず声をあげた。
「お久し振りです」
 彼の身なりは綺麗であった。そしてカルロを見る目も何処か哀しみに満ちていた。だがカルロはそれに気付かなかった。ただ友が来てくれたことを喜んでいた。
「私はもう駄目だ、おそらくこの牢獄の中で一生を終えるだろう」
 彼はすっかり悲観しきっていた。
「殿下・・・・・・」
 ロドリーゴはそんな彼を何時になく優しい声で呼んだ。
「御安心下さい、神は殿下を御守り下さいます」
「有り難う・・・・・・」
 カルロはその言葉に微笑んだ。だが力のない笑みであった。
「けれど私は・・・・・・」
「救われます」
 彼は言った。
「私はその為に来たのですから」
「君が・・・・・・」
「はい、あの僧院での誓いを覚えておられますね」
「当然だ、一日、いや一瞬たりとも忘れたことはない」
 カルロは顔を上げて言った。
「有り難うございます。これで私も思い残すことはありません」
 ロドリーゴは哀しみを笑みの中に包んで言った。
「私の理想、想い、いや全ては殿下の中に生き残るのですから」
「ロドリーゴ、何を言っているんだい!?」
 カルロはそれを聞いて不吉なものを悟った。
「今日は一体どうしたんだい!何か妙なことばかり言っているけれど」
「妙なことではありません」
 彼は言った。
「私は幸福でした。殿下とお会いできてしかも私の全てを受け継いで下さるのですから」
 彼は言葉を続けた。
「その殿下をお救いできた。私は今までこの世に生きた者の中で最も幸福な者でした」
「ロドリーゴ!」
 カルロはその話を止めさせるように叫んだ。
「止めるんだ、今日の君は一体どうしたんだい!?不吉なことばかり言って」
 彼は震えていた。
「殿下」
 ロドリーゴはそんな彼を落ち着かせるような優しい声で言った。
「私は殿下に降り懸かる災厄を退けました」
「災厄!?」
「はい、私は殿下の楯となったのです」
 彼は毅然とした声で言った。
「楯って・・・・・・まさか!?」
 カルロはその言葉にハッとした。
「そうです、おわかりになられましたね」
「そんな馬鹿なことがある筈がない!」
 彼は叫んだ。
「いえ、本当です」
 ロドリーゴは静かな声でそう言った。
「私はもう陛下に仇なす反逆の徒、フランドルを煽動した謀反人なのです」
「父上も君のことはよく知っている、それは嘘だ」
「陛下だけがこのスペインを統べられているわけではありません」
「そんな筈が・・・・・・」
 カルロはそういったところで気付いた。
「そうか・・・・・・」 
 そして鉄格子を掴んだまま項垂れた。
「殿下もまた彼等に命を狙われておりました」
「私の命なぞどうでもいい」
 彼は首を横に振ってそう言った。
「そういうわけにはいきません。殿下はこれからのスペイン、そしてフランドルにとって欠かせぬお方なのですから」
「ロドリーゴ」
 カルロは顔を上げた。
「もし彼等が君の命を狙っていても誰がそんなことを信じるのだ!?」
「彼等にとっては神だけが全てです」
「証拠は!?何もないじゃないか」
「あの者達にとって証拠は必要なものでしょうか!?」
「いや・・・・・・」
 それは彼もよくわかっていた。異端審問に際して最も重要なことは疑われないことである。証拠は不要なのだ。何故なら神が全ての証拠なのだから。そして多くの罪無き者達が惨たらしい拷問と燃え盛る炎の前に消えていった。このスペインはまだましであった。彼等の同胞である神聖ローマ帝国はその叫び声で満ち燃え盛る炎の煙で天は暗黒に覆われていたのだから。
 
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