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ドン=カルロ

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第四幕その五


第四幕その五

「あの、王妃様」
「どうしたのです!?本当に」 
 彼女は立ち上がった。公女も立たせた。
「仰って下さいな。私達の間に秘密は不要ですよ」
「はい・・・・・・」
 その王妃の優しさと清らかな心が余計辛かった。
「王妃様に申し上げたいことがあります」
 彼女は気を振り絞って言った。
「何でしょう」
「はい・・・・・・」
 言おうとする。だが言葉が出ない。それでも気を奮い立たせた。
「あの・・・・・・」
 彼女は意を決した。そして再び口を開いた。
「私は罪を犯しました」
「罪とは?」
 エリザベッタは不思議な顔をして問うた。
「はい・・・・・・」
 再び言葉が詰まりそうになる。だがそれを必死に抑えた。
「小箱のことですが」
 彼女は語りはじめた。
「カル・・・・・・いえあの小箱のことですか?」
「はい」
 彼女は頷いた。
「あの小箱がどうしたのですか?」
「陛下がお持ちでしたよね」
「ええ」
 エリザベッタの顔が再び青くなる。
「あの小箱を陛下にお渡しした者ですが」
「ご存知なのですか!?」
 エリザベッタは少し顔を前に出した。
「はい・・・・・・」
 公女の顔がまた青くなる。
「私です」
 彼女は何時に無く弱々しい声で言った。
「今何と・・・・・・」
 エリザベッタはその言葉を聞いて思わず耳を疑った。
「あの小箱を盗み出し陛下にお渡ししたのは私です」
「嘘ですよね」
 エリザベッタは思わず問い詰めた。
「貴女がそんな・・・・・・」
「本当です」
 彼女は言った。その青い顔が真実であると告げていた。
「何故・・・・・・」
「全ては私の愚かな憎しみと嫉妬の為」
「嫉妬・・・・・・」
「私もまた殿下を愛しております」
「そうでしたの・・・・・・」
 エリザベッタはそれを責める気にはなれなかった。自分自身もそうだからである。
「私は殿下を愛しております。ですが殿下は・・・・・・」
「公女よ、もういいです」
 エリザベッタは彼女に対して優しい声で言った。
「貴女があの人を想う気持ちはよくわかりますから」
「いえ」
 公女はその許しを受け取ろうとしなかった。再び顔を背けた。
「公女、神は愛故の罪を咎めはしません。気を落ち着かれて」
「私はまだ罪があるのです」
「・・・・・・・・・」
 エリザベッタはそれに対してあえて聞かなかった。彼女の言葉を聞こうと思った。
「私は・・・・・・」
 言えない。わかっていた。これを言ったならば自身の破滅であると。
 言葉が喉を出ない。どうしても言えない。身体が言葉を出すことを拒否していた。
 しかし良心がそれに打ち勝った。彼女は言葉を出した。
「私は陛下のお情を受けておりました」
「そうですか・・・・・・」
 エリザベッタはそれを聞き哀しい声で答えた。
 欧州の宮廷ではよくあったことである。正妻がいながら寵妃を愛する。彼女の父アンリ二世はその最たるものであった。
「よくある話です」
 彼女は現実を受け止めた。
「ですが」
 しかしその顔は白いままである。
「私は貴女が陛下と共にいることを認めることは出来ません」
「はい・・・・・・」
 彼女はその言葉を受け入れた。
「さようなら」
 彼女はそう言うとその場を去った。あとには公女一人だけが残された。
「ああ・・・・・・」
 彼女は一人になるとその場に崩れ落ちた。
「何もかもが終わってしまった・・・・・・」
 彼女は王妃を愛していた。それは偽らざる真心からのものであった。
「全ては私の憎しみのせい・・・・・・」
 そして自らの激しい心を呪った。
「それもこれも私の高慢故、そのもとはこの美貌・・・・・・」
 悔やんでも悔やみきれなかった。激しい怒りと後悔が彼女の心を打ちすえた。
「その為に私は今全てを失った、そしてこの罪は決して消えはしない」
 涙が流れた。赤い。血の涙であった。
「この赤い血も全てはこの美貌の為、これ程までにこの美貌を憎んだことがあろうか」
 それは彼女の誇りであった。しかし今は憎しみの根源であった。
「もう私には何もない。何処かの修道院に入り静かに暮らすしかない。この罪を悔やみながら」
 だが彼女はここで気付いた。
「いえ、まだ私には残っていたものがあるわ」
 そして彼のことが脳裏に浮かんだ。
「殿下を、殿下をお救いしなければ」
 王妃への想いを知られたならば、その末路は容易に想像できた。
「殿下だけはお救いしなければ」
 彼女は立ち上がった。そして涙を拭いた。
「私はまだ全てを失ったわけではない、あの方だけはこの命にかえても!」
 彼女は意を決した。そして王の間から姿を消した。
 
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