ソードアートオンライン アスカとキリカの物語
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
アインクラッド編
月夜の涙と誓い
前書き
前話に更新早めだと書いておきながら2週間近く間をあけてしまいました・・・・・・すいません。
少し遅くなりましたが、楽しんでいただければ幸いです!
「もう・・・・なにも食べられない・・・・動けない・・・・・・」
「食べ過ぎだよ、キリト」
「あんなおいしい料理を大量に作ったサチとアスカが悪い」
と、呆れた視線をぶつけてくるサチに何とか返事をしながら、キリトはベッドにぼすんと仰向けに寝転がる。
現在、丁度日付が変わったところ。
〈月夜の黒猫団〉ホーム2階、サチの部屋。
そこにキリトとサチの二人は寝るため、ではなく、休憩でもなく、避難してきた。
この世界の個室では内部に外部の音が聞こえず、外部には内部の音が聞こえない。
ノックをしてからの数秒、あるいは〈聞き耳スキル〉を上げている物好き―――――と言うより、趣味の悪い奴だけは聞き取ることが可能だが。
2人だけの部屋は静かだが、現実世界なら間違いなく階下の騒音が届いていることだろう。
今、1階のリビングは何と言うべきか・・・・・・取り敢えず、悲惨。
一言で説明すると、ヤバイ。
この世界のお酒に新たに〈酔い〉効果が追加されたとしか思えないテンションで、クラインやエギル達おっさんと〈月夜の黒猫団〉男性陣が、アスカを巻き込んで絶賛宴会中だ。
2人がすごすごと2階へと消え去るのを恨めしそうに見てきていたアスカの顔が印象的だった。
いつも毅然としているアスカがあれほどマキシマム疲れた顔をするのはめずらしい。
「こりゃ今日は徹夜だな・・・・・・」
「あ、あはは・・・・・・・」
2人の乾いた笑い声が虚しく響いた。
既にボス攻略終了から5時間近く経過している。
最後の回転攻撃に一度は戦線が瓦解したが、無事に1名も死者を出すことがないままボス戦は終わった。
30時間以上の苦闘の末に倒したのに、予想通りと言うべきか、やはりボスがドロップしたアイテムと経験値は全然割に合わない量だった。
全員の顔がビミョーになったのは言うまでもない。
頼みの綱のラストアタックボーナスも、残念なことにキリトには使い道のない斧。
仕方ない、とその斧をエギルにきちんと適正価格をもって売り渡し、そのコルを盛大にぶちまけて今日はわたしのおごりだ! と格好つけたのは、ほんの3時間前。
最初はパーティーメンバーだけで行うつもりだったのだが、アスカの手料理がたいそうなる美味という情報を持っているクラインとエギルが厚かましくも参加したいと言ってきた。
キリトとしては、おっさん2人はお断りだったのだが、〈月夜の黒猫団〉のみんなが快くオッケーを出してしまった。
この2人に奢るのは何となくイヤなだけだが。
じゃあ、俺たちも・・・・と〈風林火山〉ギルメンがそろそろと付いてきていたが、これは部屋の許容量的観点から蹴り返した。
「リーダーだけズルイ!」
「そうだそうだ!」
「俺もサチさんと一緒がいいんだ!」
と、ギルメンが抗議の声を上げ、
「こうなれば死ねばもろとも! あんたも男だらけのむさ苦しい打ち上げ連行だ!」
「無精ひげのおっさんじゃサチさんと釣り合わねえぞ!」
「モテないおっさんはこっちに来い!」
「ふざけんな! てめぇらは寂しく騒いどけ!」
と、リーダーをも道連れにしようと、圏内で得物を抜き放たない殴り合い乱闘が勃発していた。
少しだけサチの人気に引いた。
本人は苦笑い。
そして、無事(?)に打ち上げが始まったのはいいのだが、2日に及ぶボス戦で疲れがピークを越えたのか、サチとアスカの手料理が山盛り並べられて音頭を取ったすぐその後・・・・・・説明したとおりの状況だ。
少しだけアスカがあの場に放置されていることに罪悪感を覚えるが、きっと上手くやっているだろう。
なんたって、〈閃光〉殿だし。〈血盟騎士団〉副団長様だし。
「ねえ、キリト」
「なんだ?」
静寂を先に破ったのはサチだった。
「ありがとね」
「ん?」
なんの話だ、と首を捻ったキリトに向けてサチが続ける。
「昨日、片手剣貸してくれて」
「ああ・・・・そのことか」
思わず苦笑。
「そのことで感謝しないといけないのはこっちだろ?」
あの・・・・サチを庇ってボスの攻撃を受けた時、キリトは自分が死ぬことを覚悟していた。
サチを助けるためと言えば聞こえが良いが、あれは完全にリーダーの指示を無視した無茶な特攻だった。
たとえ、サチが避けきれずに一撃くらっても、全員がアスカの指示通り動けば何の問題も発生しなかっただろう。
それを救ってくれたのはアスカと〈月夜の黒猫団〉のみんなだ。
あそこでサチが〈投槍スキル〉を使い、片手剣でダメージを与えてくれなかったら、ボスを倒せていたかさえ疑わしい。
だが、サチは首を横に振った。
「ううん。私を助けるためにキリトが危ない目にあったんだから、あれくらいは当然だよ」
あれくらい。
槍に比べて間合いの狭い片手剣で特攻することが、あれくらい。
今、サチはそう言った。
その言い回しにキリトは疑問を浮かべた。
本当にそうなのだろうか、と。
サチにとって、あの攻撃はそんな軽い言葉で済ませることのできることだったのだろうか。
今まで、槍で攻撃することすら躊躇っていたというのに。
「いや、本当にみんなには感謝してるよ。みんながいなかったら今回のボス戦が無事に終わるか分からなかった」
キリトが率直な感想を言うと、サチが照れたように笑みを浮かべた。
「そんな風に言ってくれたら、嬉しいな。でも、私もボス戦に参加して良かったって思ってるよ」
「へえ」
「うん。本当に大事なことをようやく見つけられた気がしたから」
そう言って、サチは笑った。控え目ながらも芯のある表情だ。
こんな晴れやかなサチの笑顔を見るのはいつぶりだろうか。いや、もしかしたら初めてかもしれない。
「キリト」
すると、ぎゅっとサチが手を握ってきた。
突然のことで驚くが、振りほどく理由もない。
仮想の温かさがキリトを伝い、
「ゴメンね。あの日、キリトを探せなくて、みんなに録音結晶のことを隠してて」
体の内から湧き出てきた冷気と衝突した。
急な話題の転換にキリトの、攻略組トップクラスと言われている思考回路も正常に動かない。
あの日。
それは間違いなく、トラップにかかり、全員の命が危機に陥った、キリトが〈月夜の黒猫団〉から逃げた、あの日。
その話題は血盟騎士団ギルドホームで再開してからお互いに触れていなかった、避けていた、と言ってもいいであろう話題。
キリトも、そして彼らもその話を持ち出すことで、あの時のことを思い出すことが怖くて出来なかったのだ。
「・・・・・・」
「ずっと謝りたいと思ってたんだ」
「・・・・・・違う。違うよ。サチが謝ることじゃない。あれは・・・・・・わたしのせいなんだ」
キリトは首を大きく横に振る。
そう。あれは自分のせい。馬鹿で愚かだった自分が招いた結末だ。
それをサチが背負うのは筋違いだ。
キリトはそれを信じて疑っていない。
対して、サチは首を、
縦に振った。
「・・・・・・え・・・・・・?」
「私、ホントは攻略に参加することをあの時は望んでいなかった。だから、ケイタは嬉しそうに提案してたけど、私はギルドにキリトが入ってくれることを嬉しいと思いながら、心の片隅で、攻略に参加しないといけないって怖かった。練習を手伝ってもらいながらキリトに守ってもらってばっかりで、いつ呆れられて、見捨てられるかって怖かった」
サチは微笑みながら続ける。
「だから、記録結晶にキリトが残した言葉を知って私は――――――嬉しかったし、辛かった」
「サチ・・・・・・」
「キリトが一緒にいてくれた理由、一人でいるより私たちといた方が楽しかったって言ってくれて、こんな私でもキリトの役に立ってるって分かって嬉しかった。でもね、キリトが自分と同じで、弱い部分も持っている普通の女の子だって気付けなかった自分が悔しかった」
「サチ・・・・・・っ!」
「キリト」
もう一度、丁寧に名を呼ばれてキリトは体を竦める。
「もしかしたらさ、キリトがやったことは間違ってたのかもしれない。キリトの言うように、レベルを隠して情報を教えなかったことが、あの事件に繋がってたのかもしれない。でも、それはあくまで原因の一部だよ。キリトが悪くない、なんて私には言えないし、言う権利も資格もない。でも、キリトだけが悪かったわけじゃないってことは断言できる。弱くて戦えなかった私も、情報を知らずに宝箱を開けたダッカ―も、そんなダッカ―の行動を安易に承諾していたササマルもテツオも、キリトに頼って自分たちで情報を集めようとしなかった私たち〈月夜の黒猫団〉全員にも責任がある」
サチの言葉をキリトは黙って聞いていた。
そんな考え方、思いつくはずもなかった。
キリトの中では悪いのは自分だと、自分が加害者で彼らは被害者だと思い込んでいた。
「だからキリト一人が背負い込まなくて良いんだよ。あれはみんなで背負うべき罪だから」
その言葉はキリトの心の戒めの鎖を吹き飛ばしていく、
「一緒に背負うよ。あの時、弱くて怖がりで何も出来なかった私も」
サチに頬に涙がこぼれ、
「それで、もう守ってもらうのは終わりにしたいんだ」
気付けばキリトの視界がぼやけ、
「だって私はキリトの背中を見ているんじゃなくて、隣で、肩を並べて戦いたいって思えたから」
涙が、一筋、流れていた。
「今はまだレベル差もあるし、隣で戦うには頼りないかもしれないけど――――――」
そこでサチはキリトの目をまっすぐ見た。二人の視線が交錯する。手が差し出される。
「―――――これから、よろしく、キリト」
こうやって手を握り合ったことがあった。
初めて、〈月夜の黒猫団〉と出会った日。
『じゃあ、わたしでよければ付き合うよ』と言って、キリトは一人ひとりと手を握り合った。
その時、サチとも同じ言葉を交えて手を握った。
だが、あの時は二人には大きな心の隔たりがあった。
キリトは、レベル差が大きくある彼らの手伝いをしながらも、やはり自分はビーターであると、仲間になるべきではないと思っていた。
サチは、攻略組になること、フィールドで戦うことが本当は怖くて、本格的に攻略組参加に向けて動き出した自分のギルドから逃げ出したかった。
お互いに傷痕を舐めあう、悲しい関係だった。
それを終わりにしようと。
今のサチの、よろしく、と言う言葉はあの時とは大きく意味の異なる、強い覚悟のこもった言葉だった。
「ああ・・・・・・」
ぼやけた視界の中でキリトはサチの顔を見据えた。
以前の、彼女とは比べようもない、強い意思の籠もった瞳。
自然と、キリトの右手は動いていた。
・・・・・・もしかしたら、この選択も、間違っているのかもしれない。
いつか、後悔する時が来るかもしれない。
サチを危険な攻略に参加させなければ良かったと、思う日が来るかもしれない。
でも。
それでも。
前に進みたいと思う気持ちは同じだった。
「こっちこそ、よろしく、サチ」
手を握り返す。
二人の仮想の温かさが交わる。
涙で濡れた顔でお互い微笑む。
この時、初めて、キリトとサチは本当の意味で、対等の戦友となった。
月夜に隠れて怯えてばかりの黒猫は、もういない。
後書き
これにて〈月夜の黒猫団〉編は終了です。
長かった・・・・・・気づけば16話も書いていましたし。
どんだけ長々と書いているんだと、自分のことながら驚きです。
次回からようやく本編(?)であるアスカ中心の話に戻ると思います。
ですが少し書き悩んでいるシーンがあり、今手が止まっております。
早めの更新は厳しそうですが、少し気長にお待ちください。
ではっ!
ページ上へ戻る