SAO--鼠と鴉と撫子と
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31,光と闇の世界で
光から抜け出した俺の目の前に現れたのは、見慣れたダフトの風景――ではなかった。
真っ暗闇の中にたった独り、動くこともできずに漂っていく。
停滞した虚空――その先で何かが瞬いた。目を凝らすと、光は徐々に大きくなり、こちらに向かってきている。
光の奔流は動けない俺の周囲を包み込んだ。
目の前にしてみると、その一粒一粒は0と1によって構成された機械語だった。
光は俺の周囲をグルグルと加速した。もう0と1を肉眼で伺い知ることは出来ない。
俺の体はそれに応えるように、体の端から少しづつ文字へと変換され、周囲の光に吸い取られていく。
自分自身が透明になっていく感覚を表す言葉を俺は持ち合わせていない。
融合というには光からは何も感じない。消失というには四肢の感覚がありすぎる。
いずれにせよ、この状況は何なのかが分からない。
ひょっとして、俺は死ぬのか?もしかして、これこそがこの世界での死の体験なのか?
体の透明化はそのままデータの削除を意味していて、サーバー上から俺は今この瞬間も消されているのかもしれない。
時を同じくして、俺のナーヴギアは脳神経を焼こうと唸りをあげ、俺の脳味噌へとマイクロウェーブを照射するタイミングを謀っているのかも知れないのだ。
嘘だ。ありえない。
確かにあの瞬間、俺は転移結晶で生き残った。
もっと別の何かが起こっているはずなんだ。
そうだ、そうに違いない。
それなのに、腕の震えが止まることはない。
「ぁぁぁあああああ」
今はダメだ。サチやキリトに重荷を背負わせる。
そんな死に方、望んじゃいない。誰にも重荷を背負わせること無く、俺は死ななきゃいけない。
だめだ。今は、今は……
「――大丈夫です。カーディナルはプレイヤーを攻撃しません。安心してください」
「ッ!!」
声は突如として、後ろから響き渡ってきた。
後ろから暖かい手が俺の体を抱き締めてくる。
視線を下ろして見えたのは小さな掌。
まるで玩具みたいな小さな手は、一生懸命に俺の服を掴んでいる。
「おま……え……は?」
「スキャンはもうすぐ終わります。大丈夫です。あなたの個人データからは違法性の高いデータは検出されていません」
言葉通りに、光の奔流は徐々に勢力を弱め、完全に消え去った。
光に奪われていた俺のデータは俺へと呼び戻され、半透明になっていた体は色を取り戻していく。
俺の体は五体満足で、消えたものは何一つとしてない。
まるで体の中を見られているような奇妙な感覚だけが、名残として体にとどまった。
「スキャン結果:ver未対応武器の所持。 対策:隔離処理。jailに対象を移動、アドミニストレーターの処置を希望」
無機質なアナウンスが流れ出す。
再び俺の体を包み込んだのは、見知った転移結晶の光だ。
「さよなら。会えて良かったです」
その言葉と共に回りこんできたのは少女、いや幼女だった。
白いワンピースを着て、長い黒髪を縛りもせず伸ばしっぱなしにした少女。
日本人よりもどこか人形を思わせる顔は、とても嬉しそうで、それでいてどこか寂しそうだ。
「おまえ……名前は……」
「私の名前は――」
その大切な次の言葉は光に遮られて、聞こえることはなかった。
再び光から抜け出した俺の目の前に現れたのは、見慣れたダフトの風景――ではなかった。
先程の宇宙の様な暗闇とは真逆の純白の世界。
重力はあり、白銀の地面があり、そして俺を中心として数メートルほど先にはこれまた純白の壁と天井があった。
壁には何の細工もない。ただ、頭上の天井には大小様々な杭が取り付けられていて、それが何を意味するのかを雄弁に語っていた。
何が起きているかはわからないが、先程よりかはデンジャラスな空間なようだ。
試しに周囲を歩きまわってみるとやはり四隅は壁で覆われていて、叩いて調べると全てが破壊不可能なオブジェクトだった。
逃げ場がないなら、上の物騒な天井に細工して安全地帯を作れないか。
天井に目を凝らしたところで視線の先からはギシィというノイズが響き、吊り天井――ではなく、白銀の声が降ってきた。
「――mしもし、クロウくん!!クロウくん、聞こえるかい?」
「――っ!!あんた、お役所の?」
「こちら、菊岡。済まない、そちらの声は僕に聞こえないから、僕から一方的に話をする」
菊岡。俺をこの世界へと送り込むように決めたSAO対策チームのリーダーだった男。
その男の声がどうして聞こえるんだ?SAOと外部はメッセージの一通ですら送信不可能なはずなのに。
「君の状況から話す。君はSAOサーバーとは隔離された空間に転移されている。そこは未知の驚異にたいして外部から解析をすることが出来るように設計されている。だから、反応テストとして、外部から内部への通信が出来るんだ」
「そうか……なんて言えるかよ。未知の驚異って何だよ。俺は戻れんのか?」
聞こえないとは分かっていても、俺は声を荒げた。
話がいきなり突飛すぎるんだよ。
「恐らく君の一番の心配は現実かSAOサーバーに戻れるかどうかだろうね。それは大丈夫だ。カーディナルシステムはあくまでバランス調整を主としたプログラム。プレイヤーの直接殺傷権限は持ち合わせていない筈なんだ。バランスを調整できない問題に対しては一度隔離処理をして、そして管理者の判断を待つことになる。それが君の今の状況だ」
???
話についていけなくなってきた。
話を論理立てていた以前とは印象が違う。なんというか、興奮している?
「簡単に話すと、君がSAOであり得ない行動をした。それがカーディナルには調整しようもない問題だからGMが来るまで君を捕まえておくことにしたんだ。そう、茅場明彦が来るまではね」
茅場明彦。その名前を聞いて一瞬だけ世界が点滅した。
あいつが、来る?そういうことか。
「君たちにメリッサを渡して正解だよ。あれの機能はイレギュラーだ。あとは、僕たちの予想通りに茅場明彦が君を解析すれば、僕たちは彼の居場所を調べることができる」
「……おまえ、最初っからそれが狙いか!!」
「すまない。僕たちのプランでは君のゲームクリアが保険のはずだったんだ。結果として君に一番危険な役割すら押し付けてしまった」
俺の声は聞こえていない筈だけど、言葉を予想していたのだろう。謝罪には本心と確かな決意が滲み出ていた。
つまり、こういうことか。
SAO事件が始まって外部からの救出は困難。茅場明彦の居場所も突き止めることの出来ない。
そこで、菊岡はゲームへとログインさせた俺達の使命は2つあった。
表向きはSAOの経験者を投入することでゲームクリアを促すこと。ゲーム内側からの状況打開。
そして、裏の目的は俺達にゲームでのイレギュラーなバグを引き起こさせること。
どういう仕組みかは知らないけど、メリッサにある見修正のバグを使えば使用者――つまり俺がカーディナルによって隔離措置を食らうことになる。
それを餌にして茅場晶彦を呼び出し、その居場所を探ること。
居場所さえわかれば、ゲーム外側の膠着状態は一気に崩れ去る。茅場晶彦の逮捕が可能になるからだ。
そこまでわかった時、上からの声はトーンを変えた。
「それはそうと、万が一に備えてもう一つ保険をかけておくよ。いいかい、ユニークスキルが35層に隠されている。方法はーーー」
耳寄りな情報を菊岡がはっきりと告げる。
しっかりと覚えようと復唱しようとした時、世界が揺れた。
ノイズのようなドットズレがおこり、魔術めいた深紅のヘックスが周囲の空間を溶かしていく。
「アクセスを確認。トラフィックの取得急いで!!」
バタバタとマイクの音が騒がしくなる。来たか……俺の方にも視覚的なエフェクトを貰えるとは、結構な太っ腹だ。
「……嘘だ。このIPはSAOサーバーのものと一緒じゃないか。IPの偽造でもない……?じゃあこれは本当に内部から……」
菊岡の呟きを聞く余裕は俺にはなかった。赤い靄はとうとう人の形へと姿を変えつつあるからだ。
皮膚は見えない。真紅のローブに身を包み、手にはやや厚手と思える純白の手袋。
フードの中にあるはずの顔はなく、代わりに真っ暗闇がぽっかりと広がっている。
俺は、本能的に飛び出していた。勝てるはずもない。だけど、ここでこいつを殺せればそれでこの世界は終わるんだ。
振り下ろそうとした拳は、しかしその手前で勢いを失った。
体中から感覚が消えていく。上体を支えることすら出来ず、俺は為す術もなくその場に倒れ込んだ。
視線の右上にははっきりと麻痺エフェクトが浮かんでいる。チクショウ、なんでもありかよ。
魔術師は左手でゆっくりとメニューバーを操作していく。
悔しいが俺には睨みつけることしか出来ない。
『アドミニストレーターの処置を確認。これより通常転移先へと転移を開始します。x座標11809,y座標3349。都市名:ダフト……』
「そんな……クロウ君!!いいかいよく聞くんだ――」
俺の体はそこで光に包まれていく。
目の前の魔術師は、超然としたこの世界の神そのものだ。
「――茅場明彦はSAOをプレイしている」
その言葉と共に俺は三度、転移反応によって掻き消えた。
後書き
今回はチョット後悔残りのプロットになってしまった。話の流れがスッキリしていないから、あっちに行ったりこっちに行ったり……構成力不足、申し訳ないです。
とまあ、次の話でどこまで行くかは……わかりません(オイ)
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