ソードアート・オンライン~黒の剣士と紅き死神~
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ファントム・バレット編
ファストバレット
悪夢の再来
――ザッ、ザッ、ザッ……
視界はクリア、掩蔽物も障害物もない平面の道路をレイはただゆっくりと歩いていた。
空気を切って飛来するライフル弾。それは彼の10m程手前で撃ち落とされる。
鍛え上げられたAGIが亜音速の弾丸を視認してからの迎撃を可能とする。今やGGOにおいて主流とは言えないAGI型のステータスタイプだが、彼の場合は反動制御をプレイヤースキルで補えるため、拳銃に限定すれば大口径弾の連射すらも可能となる。
事実、先程からライフル弾を1秒間隔ごとにけしかけられているが、それらは全て撃ち落とされていた。
――カカカカカッ!!
突如、対戦相手の《カフカ》はサブマシンガンの軽快な連射音と共に高速で突撃してきた。
(腕は悪くないケドな……)
比較的命中率の高いはずのサブマシンガンの連射をひらり、ひらりとかわし、あるいは左手に持ったコンバットナイフで軌道を逸らす。2人の距離が10mを切った瞬間、レイはステップのみで相手の側面に回り込み、サブマシンガンをコンバットナイフで破壊する。
だが、相手のカフカはそれに動揺した素振りも見せずに後方に跳躍すると、メインアームの中距離狙撃ライフルを俺の額に見事に照準する。
が、
「え………?」
ボトッ、と落ちるライフルを構えた右腕。レイはカフカが後方に跳躍する寸前に、ライフルを破壊した返す刀で相手の右腕を切り落としていた。
「ドンマイ♪」
魔改造された右手の《コルト・ダブルイーグル》が咆哮し、カフカの頭部を直撃した。
――Cブロック・『レイ』1回戦突破。
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予選は1対1のガチンコ勝負なので護衛も何もない。控え室まで違うのは少しいただけないが、仕方のないことだ。
俺もまたBoBに出場経験は無いので、対戦の前までは舐めたような、品定めするような視線が多かったが、今は逆に得体の知れないものへの恐れが混じっていた。
いずれにせよ、ビビって貰えればそれに越した事はない。
2回戦の試合がまだ始まらないという事は意外と速く終わったという事なのだろう。事実、現在控え室にいるプレイヤーはごく少数だ。もっと言えば、速く勝負をつけられた、実力者達なのだろう。
俺はまとわりつく視線を避けて部屋の隅に向かった。
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第4回戦―――予選の準決勝で俺はこの世界に来て初めて冷や汗を流していた。
―――ドォォォン!!
「のわぁ!?」
身を隠していた岩が砕け散り、砂ぼこりの中を必死に次なる掩蔽物の陰に走り込む。
「正気か?アイツ……」
岩陰から対戦相手を覗き見ると、丁度長い円筒の砲身に弾頭を付けている途中だった。俗に言う対戦車砲というやつだが、アレは圧倒的攻撃力を誇る反面、再装填の隙がとんでもなく大きい。
よって現在は隙だらけだが、こちらにも事情がある。
全身をガチガチに対弾アーマーで固め、フィールドの小高い山に陣取って何処に逃げても狙ってくる。対弾アーマーは重量があるため、筋力値を上げていれば装備できるし、対戦車砲等の反動軽減も出来る。
故に、上手く嵌まればかなりの強さを発揮する。例えば拳銃とコンバットナイフしか持っていない俺などに勝ち目は皆無だ。
弾頭の弾切れも考えてあるのだろう、背中にはサイドアームの機関銃が見える。
―カチン……
「…………ッ!!」
顔を引っ込めると、岩から離れて走り出す。STRの割に軽装で武器も拳銃のみ、加えてAGI優先なので機動力は大分こちら側に軍配が上がる。それを利用し、先程から弾頭をかわしまくるという戦法を取っている。
が、それは相手も心得たもの。予測線が的確に俺を追尾してくる。
(―――ならば!!)
仕方がない。出来れば本戦まで隠しておきたかったのだが……。ベテランにはもしかしたら見破られてしまうだろう。だが、負けるわけにもいかなかった。
背後で爆発が起きる。再装填までの約10秒間。それが勝負だ。
俺はウィンドウを開くと、装備武器をストレージから出した『切り札』たる、ある拳銃に変える。
残り5秒。
岩陰から飛び出し、まずはダブルイーグルによる銃撃。
フルオートで発射された7発の弾丸が空気を貫き、狙い違わず作業中の右腕に当たった。頭上のHPバーは1割りも減っていないが、手元が狂って作業が遅れる。
「……ッ!!」
無言の気合いの内に左手が霞み、漆黒の回転式拳銃が現れる。
――ズドン……
銃声は一発。それだけで回転式拳銃は素早くマントの内に仕舞われた。
残ったのは息を長く吐いて残心を取っているレイと、頭部を失って後ろに倒れていく対戦者だけだった。
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予選最終戦。これは先程と打って変わって(銃だけに)、中々面白い戦いになっている。対戦相手は《ACOG》と書いてエイコッグらしい。
確か照準機の名前だった気がするが、何故そんな名前にしたのだろうか?
「おーい。まだかー?」
「おっけ。準備出来たぁ!!」
対戦ステージ《還らずの峡谷》の壁は脆い上に地面に何故か爆発する石が転がっている。
それを壁のすき間に上手く設置し、衝撃を加えると―――、
―――ドドドドドドドドド……
「あははは、逃っげろー!」
「……やれやれ」
事の発端は掩蔽物の無いこのフィールドに両者が不満だった事に始まる。
試合が始まった直後に堂々と仁王立ちされ自己紹介と、障害物作っていーい?と聞かれ、それを承諾したのだ。
土煙が収まり、良い具合に岩だらけになった所でエイコッグは満足そうに頷くと、向こう側に背を向けて走っていく。
「協力ありがとう!じゃあ、30秒後位にね!」
「あ、ああ……」
後ろから撃たれてもかわせる、あるいは俺が撃たないと信じている。だとしたら、どちらにせよとんでもない大物だ。
(ゲームを楽しむ、か……)
デスゲームから解放されて早1年。デスゲーム以前から度々死線を潜って来た彼からしてみればアインクラッドでの日々は日常の延長戦上だったと言っても本来ならば過言ではない。だが、あのゲームだけは違った。現実よりもリアルに人の内面を写し出したあの世界で彼は様々なものを思い出し、また新たに学んだ。
その1つが『死への恐怖』であり、『生きる意志』だ。
それは他のどんな事よりも深く心に刻まれ、今もまだ彼に影響を与えている。
フルダイブ技術の闇を現在進行形で観察し続けている彼にとってエイコッグ――また、キリト達――のような純粋にゲームを楽しんでいる人を見ると様々な感情が浮き上がってくるのだ。
(……俺も、いつかは)
銃声がして慌てて意識を切り替えると、エイコッグが岩から岩へと跳躍しながら手にしたアサルトライフルを撃ってくる。
足下で銃弾が弾け、足をかするのを感じて後方に跳躍する。無数の弾道線の合間を潜り抜けながら今度はこちらから距離を詰めていくと、エイコッグはニヤリと笑ってバックを開始した。
距離は300m。それが恐らくあのアサルトライフルの命中距離なのだろう。
(300……もう少しだな)
エイコッグのアーマーは大した性能ではない。それこそ、さっきの試合で用いた『切り札』のあの銃を使えば勝敗は簡単に決する。しかし、俺は何故かその手段を取らなかった。
岩の間を潜り抜け、飛び越え、俺は距離を詰めていった。エイコッグの表情をはっきりと見ることが出来る位置まで詰めていくと、彼の笑顔の中にハッキリと焦りがあるのが読み取れた。
―ザッ……
距離50m。俺は体に急制動をかけて止まり、同時に右腕を振り上げた。
しかし、エイコッグも空中でアサルトライフルの照準を俺に合わせている。
エイコッグの掃射。狭い岩の間で挟まれ回避が難しいそれらを左手のコンバットナイフが明後日の方向に弾く。
(……ああ、そうか)
最後の弾を弾き、自身も跳躍すると、エイコッグの額に拳銃を照準した。
SAO、ALO、WBOと世界を渡り歩き、幾度と無く感じた気持ちの良い高揚感。それは未知なる世界への興味。
強敵と相間見えた時の加速感。それはまだ知らぬ相手とのぶつかり合いを通じての対話。
「なんだ。簡単じゃないか」
試合を終わらせる銃声が渓谷に響き渡った。すっ、と地面に着地したレイはどこか満足げだった。
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チチッ……。
予選終了と同時にログアウトし目を開けると、安岐ナースがひらひらと手を振っていた。
ほぼ同時に帰ってきた和人の電極を剥がしにかかっているのを見て、先程の動作に納得する。
「はぁ……」
自分で電極を剥がしつつ、ふと気になって和人を盗み見る。リザルトで例のシノン共々本戦出場を決めているのは知っていたが、その割には覇気が無いように思えたのだ。
夜も遅いので、手早く帰り支度を済まして病室から出ると、和人は無言で暗い廊下を歩き始めた。
「……どうした?」
話し掛けづらく、駐車場までタイミングを図ったあげく、遠慮がちに訊ねる。和人は淡い光を抱いた目を向けてしばし考える素振りを見せると、話し出した。
控え室で黒いボロマントを着たプレイヤーに話し掛けられたこと。その人物はSAO時代のキリトを知っていた。つまり、SAO生還者だということ。そして、その腕には西洋風の棺桶、蓋にはニタニタと笑う不気味な顔が書かれていて、棺桶の内部からは白骨の腕が手招きしている、というタトゥー。殺人ギルド《ラフィン・コフィン》のエンブレムが施されていた。
そして、そいつが《死銃》であろうこと……。
「……そうか」
あの夜の事は意識的に忘れてきたのであまり記憶にない。
討伐に参加したあらゆるプレイヤー達は狂気に飲まれ、血みどろの戦いになった。かく言う俺も倒れていく討伐隊の面々を前に正気を失って実に10人以上を斬り殺した。
その時の生き残りがまた殺人を犯しているという事実に俺は戦慄した。約1年も経った今、何故……。
「……分かった。俺の方も気を付けておく。……明日、どうするんだ?」
「……行くよ。これ以上犠牲者を出すわけにもいかないし、シノンと再戦の約束も有るからな」
「そう、か……」
確かにこれは俺達の義務なのかもしれない。元《ラフィン・コフィン》の殺人者を倒しPK、いや、人殺しを止めさせる為に……。
「……送るよ。護衛だし」
「ああ。サンキュ」
俺達は縦に並ぶと、道路を川越方面に走っていった。
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家に帰り着いたのは日付を跨いでからだ。
あの後、真っ直ぐに帰る気にもならず、あちこち走り回っていたのが原因だが、その間に思考を整理できたのでかえって良かったのかもしれない。
そのまま部屋まで戻り、布団に身を投げるが、都合良く眠気に襲われるわけではない。
《死銃》、《ラフィン・コフィン》、《討伐戦》―――………。
整理されてもなお、永遠とループするその思考は停滞することなく、何時までも脳裏を離れなかった。
後書き
すいません……。遅れました(汗)
書き直しで時間を食って、気づいたらこんな時間にorz
70話も少し遅れるかもです……。
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