ソードアート・オンライン~黒の剣士と紅き死神~
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ファントム・バレット編
ファストバレット
依頼人の品格
前書き
行間変えました。
頼み事を引き受ける際、依頼人と自分の間で良好な関係が築くことが出来ればモチベーションは上がり、結果的に依頼の成功率も上がる。さらに、依頼人に満足されれば新たな仕事のクチも増える。
大昔から伝わるこの形式の取引はシンプルでだからこそ、そこに互いの気分を害する余地はない。ハズだった。
「おーいキリト君、レイ君、こっちこっち!」
『ハズだった』と言うのはこの男の存在があるからで、俺はその点においてこの男を酷く忌避していた。
ただ、この場合には『互いの』という部分を受け身的に『一方的に』と修正する必要がある。
例によってこの間の上品な喫茶店。前回の依頼からたった1ヶ月程でまたここに来るハメになったのは勿論、先程の無遠慮な声をあげた菊岡に9.9割程の非があるが、今回ばかりは多少、和人のせいもある。
隣でげんなりしている和人と共に菊岡の待つ席に座ると、菊岡はニコニコしながら好きな物を頼んでいいと言った。和人が容赦無く高額メニューを頼む傍ら、俺はコーヒーだけ(その代わり最も高額なもの)を頼み、とっとと要件を話せや的な雰囲気で菊岡を睨む。
菊岡は肩をすくませて苦笑すると、前口上から語り出した。
バーチャルスペース関連の犯罪件数の増加と共に妙な噂も増えて来ているというのだ。
「妙な噂?」
俺がここに居るのは『キリト君に調査を依頼するので、彼が承諾したならばゲーム内で彼の護衛に付いてくれ』という内容だったため、その前段階として和人に同行しているのだ。よって、和人に依頼される内容までは知らされていない。しかし、何だかキナ臭い話になってきたため、思わず反応してしまった。
菊岡は珍しく神妙な顔をしながら本題に入った。
曰く、《ガンゲイル・オンライン》銃主体のMMOのトッププレイヤーである《ゼクシード》が現実世界で変死をしたらしい。
「死んだときもGGOにログインしてたのか?」
「いや、どうもそうではなかった。《MMOストリーム》というネット放送局の番組でゼクシードの再現アバターで出演中だったようだ」
「ああ、そういえば通信障害か何かで一度ゲストが落ちて番組が中断したって話を聞いたな」
「Mスト……ああ、アレか……。俺も聞いたな」
「おや、結構騒がれているんだね。それだよきっと。実は、ちょうど彼が心不全で死亡した時刻に、GGOの中でおかしな事をしたプレイヤーがいるってブログに書いているユーザーがいるんだ」
Mストは仮想世界でも見られるため、プレイヤー達は中で視聴する事を好む。そのユーザーも例外ではなく、その状況をこと細かに書いていたようだ。
画面の向こうのゼクシードに銃を向け、『裁きを受けろ、死ね』などと言って発砲したらしい。直後、ゼクシードは番組から落ちて帰って来なかった。
さらに10日前、同じくGGOのプレイヤーで《薄塩たらこ》という人物は街の中で銃撃され、同じく通信切断しているらしい。
「偶然、というのには出来すぎか……」
「そうだろうね。何らかの方法でゲーム内から殺した、というのが一番可能性がある……」
和人と菊岡が議論している間、俺は1人で黙考していた。
現在、一般に普及しているアミュスフィア、それに類するあらゆるフルダイブマシーンで人を殺す事は不可能だ。
だが、現実に人が死んでいる。この矛盾する事実は何か、嫌な予感を俺にもたらした。
盛んに議論していた2人も落ち着き始め、菊岡がようやく今回の依頼について言及した。
「ガンゲイル・オンラインにログインして、この《死銃》なる男と接触してくれないかな」
件のプレイヤーが死銃という通り名であるのは話を聞いていなかった俺にとって初耳だったが、その趣味の悪いネーミングに俺は顔をしかめた。
「接触、ねえ?ハッキリ言ったらどうだ、菊岡サン。撃たれてこい、ってことだろう、その《死銃》に」
キリトが冷ややかな眼差しと共に菊岡の本心を言い当てる。
「いや、まあ、ハハハ」
「やだよ!何かあったらどうするんだよ。アンタが撃たれろ。心臓トマレ」
「いや、何。心配要らないさ。ちゃんと対応が出来る場所をこちらで用意するし、優秀な護衛も付けようじゃないか」
なぜかどや顔でサムズアップする菊岡をひと睨みすると、俺は手元のコーヒーを一口飲んだ。
「優秀な護衛?誰だよ?」
「君の隣でムッスリしているそこの人さ」
ようやく俺までここに呼ばれた詳しい理由が分かり、俺はコーヒーを置くと菊岡に訊ねた。
「何を企んでいるんだ菊岡。こんな信憑性のない話を調査している暇があったら、取り逃がした『ボッシュ』の足取りでも追えよ」
先月のWBOでの一件は実はまだ片付いていない。後日、犯人の最有力者である『ボッシュ』こと『糸井大輔』の自宅に警察が押し掛けたが、中には何も残っていなかった。
「そっちは警察が鋭意捜索中だよ。僕の管轄じゃない。――話を戻すと、上の方が気にしてるんだよね」
どっちの上でなのか大変気になる所だったが、ここには和人もいるので自重する。
「フルダイブ技術が現実に及ぼす影響というのは、いまや各分野で最も注目されるところだ。特に生物学的なソレは日本は勿論、海外で大いに議論されている。どこかで何らかの危険がある、という結論が出れば法規制の話しも出てくるだろう。だが僕は――仮想課は、ここで流れを後退させるべきではないと考えている。ゲームを楽しむ、君達新時代の若者達のためにもね」
「……………」
いけしゃあしゃあと……。と、この発言で思ったのも仕方あるまい。勿論、今言ったことはコイツの本心ではあるだろう。だが、それは本心の一部でしかない。それを知っている俺としては何とも複雑な気分になるのだった。
「……VRゲーム世代の若者に理解のある、アンタの理念は善意に解釈しておこう。だが、そこまで本気にしているなら直接運営に当たったらどうなんだ?」
「和人、残念ながら運営している《ザスカー》はアメリカにあるんだ。この眼鏡は一応有能ではあるが、一存で海外に捜査の手を伸ばすとなると難しいんだ」
「詳しいんだな?」
「……ぶっちゃけると、俺GGOやってんだよ。だから今回は不馴れなお前のサポートなわけ」
「……なるほど」
じゃあ俺が行けばいいじゃん。とはいかない。理由?大人の事情というヤツだ。
「そうゆうことで、真相を探るにはゲーム内で直接会うしかないんだよ。銃撃されろとは言わない、君の眼から見た印象で判断してくれ。――行ってくれるね?」
和人はしばらく難しい顔で考え込むと、やがて承諾した。
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和人はこの後デートのため、先に帰った。残っているのは菊岡と俺だけだ。
「……菊岡、請け負った後でとやかく言うのは俺の趣味ではないが、今後はこ
うゆうやり方は控えてくれ」
「すまないね。こっちも予算的にきついんだよ」
「……わかってら」
仮にも特Ⅰ級国家機密機関の構成員なのだ。国から要請があれば動くが、その費用はバカにならない。だから菊岡は民間人である『桐ヶ谷和人』から『友人』として護衛を頼まれた。調査に協力してくれた民間人である『水城螢』には『任意』の報酬しか発生しない。という子供の屁理屈を使って低コストで俺を運用しているのだ。
そこら辺の大人の事情は俺も理解しているので了解して協力しているが、こっちはこっちで上がうるさいのだ。
さらにホークス内での内部派閥がそれに拍車を掛けている。
『総帥派』つまり客観的に見れば正当の派閥である『第一、二師団』と菊岡率いる『プロジェクト・アリシゼーション』は良好な関係を築いている。だが、反乱分子の巣窟こと我らが『第三師団』は残念ながら菊岡達のプロジェクトに懐疑的だ。理由は幾つかあって、双方の和解はまず望めない。
だが、個人的な交流がある俺は中立の立場を貫いている。
現状、問題を先送りにしているだけなのだが。
「総帥には俺から言っておく。他ならぬアンタからの要請とあれば喜んで俺を貸してくれるだろ」
「欲を言えばウチに欲しいくらいだけどね」
互いに苦笑すると、俺は先に席を立った。
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家に帰ると、珍しく沙良が帰っていた。何でも2月頃まで防衛省の方に行くようだ。
「左遷?いやこの場合、出世か?」
「違います。何でも新しい指揮系統の試験運用らしいですよ」
「ふぅん?」
何にせよ沙良が居ると家の中が明るくなるし、蓮兄の機嫌も良くなる。何故とは言わないが。
当の蓮兄は「何、沙良が帰ってきた?宴じゃあ!!」と同じくハイテンションになった孫馬鹿祖父に拉致され、新しい土鍋を買いに行っている。何故に土鍋か……。
「おや、お帰り螢」
「……ただいま」
不健康そうに目の下の隈を隠そうとせず、ボサボサの髪のまま割烹着を着て台所から出てきた我が母に呆れながらも返事を返す。
俺の記憶が確かならばこの人はつい一年前まで家とは険悪だったはずだが、今ではすっかり馴染んでいる。
「アンタはアンタで珍しいな。この時間に帰ってるなんて……」
その言葉に雪螺はキョトンとすると、ため息を吐いて言った。
「螢、明日が何の日か覚えてないのか?」
「明日?12月8日だな。……ジョン・レノンが死んだ日?」
「そうだが、違う」
ちなみに、1980年の事だ。
「……太平洋戦争が始まった日か?」
「そうだけど!?何で私が早く帰って来なきゃならんのだ!?」
どうやら相当おかんむりらしい。むぅ……。この人の誕生日は過ぎたし、親父は本人が居なきゃしょうがないし、ましてやじいさんのなんて知らんぞ?無論、蓮兄も違う……。
「……いや、全く覚えが無いんだが?」
そう言うと、遂に雪螺ばかりか、沙良まで呆れた顔をする。
と、
「馬鹿もん」
――ゴォン!!
「ぐぉ!?」
脳天に何やら堅いもの落とされて思わずその場に踞る。
振り向いたその先にはもう一度手に持った土鍋を脳天に落とそうとしている祖父の姿があった。
「まあまあ、爺ちゃん。螢も6年も居なかったんだから忘れてるって。去年はドタバタしてて出来なかったし」
6年前っていうのは、俺が家出した時だが……。何かあったか?
「全く……。そんな事では先代に顔向け出来んわい……」
先代……俺を拾ってくれた人。……って、あ……。
「……あー、と……その……、思い出したかなぁ~。あははは」
一同に呆れたたような顔をされ、居心地の悪くなった俺はそそくさと退散した。
向かった先は屋敷の最も東端にある離れ―――と言うか、プライベート神社だから『離宮』か。
歴代の水城家の人々を祀っている、名も無き神社だ。
俺をこの家の門の前で拾ってくれた先代もここに祀られている。
「俺、すっかり忘れてましたよ……」
苦笑しながら白い息と共に言葉を紡ぐ。
「貴方に拾われて、育てられて……まぁ、一応恋もして……、それから大切に思える仲間も出来て……」
12月8日は、俺がこの家の門の前で、先代の当主に拾われた日だ。その日が俺の誕生日という事になっている。
明日は平日で皆忙しいので、お祝いは今日に、という事だったのだろう。
「……幸せ者だな、俺は」
分かっていたはずなのに、それを見ようと、感じようとしなかった。人の優しさを拒絶して止まって休むことをしなかった。確かに、それは『水城螢』を強くしたかもしれない。だが、それだけでは意味がないと俺はあの世界で教わったのだ。だから―――、
何があっても死ぬわけには行かない
まだやらなければならないこともある。何より、皆と離れたくない。
再度大きく息を吐くと、ゆっくりと歩き始めた。
後書き
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