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SAO--鼠と鴉と撫子と

作者:紅茶派
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29, その日

それからの一ヶ月はあっという間に過ぎていった。

私は、キリトに頼んで盾持ち片手剣を本格的に習い始めた。
槍スキルを完全に捨てて、使っていた槍も売り払い、逃げ道をたって挑んだ決死の覚悟。
その甲斐もあって、なんとか私は何とか戦うことが出来る様になった。

やっぱり恐くて眠れない夜は、キリトの部屋に上がり込んで一夜を過ごした。
夜中に上がり込んでこういうのも可笑しいけど恋なのかは分からない。
ただ、私が一方的にキリトにもたれ掛かっているだけ。
キリトの横にいれば、「君は死なないよ」という一言に甘えてしまえば、私は安心して眠ることが出来た。

私たちは順調すぎるくらいレベルアップを繰り返して、ギルドホーム購入にまでたどり着いた。
25万コルもした私たちの新居を買うのは未だに戦闘のできないクロウにお願いし、残りのメンバーで家具のお金を稼ぐために第27層の迷宮区へと潜ることになった。

戦えないクロウがいないのだから、もう少し上層でも安全に狩りができるだろうというのが私とキリト以外の考えみたい。

その考えは間違っていなかった――戦闘の回数が10を超えても、私たちは危なげなく勝利を重ねていたのだから。

「もう少しで最前線に行けるかもな」
「あっだぼうよ~~」

先を歩くメンバーからこんな話が聞こえてくる。
私達が攻略組になる日は、キリトとクロウが入る前よりもずっと簡単に想像できた。

隣にいるキリトの方をチラリとみた。私よりもずっと年下で幼さを残した優しい顔立ち。
君のお陰なんだよ。君が本当は強いって知っているから私は安心できる。
キリトは私の視線に気がついてこちらに顔を向けてきた。

「どうした、サチ」
「ううん、なんでもないの。また後で、教えてあげるね」

いろいろな言葉が浮かんだけど、面と向かって言うのは恥ずかしい。
もしも、私がもっと生きていけたら、例えばクリスマスまで生きていれたら、その時にお礼を言おうかな。

「――それよりさ、サチ。頼みがあるんだ」
「どうしたの?」
「なんか、食べるものを持って無いか?」

はいはいと私は持ってきたホットドッグをキリトへと手渡した。
本当に腹ペコになるのが早いのも知っているんだからね。

「お、トレジャーボックスだ」

ダッカーのその一言で、私達二人は前へと視線を向けた。
見ると、タイル上の外壁の一つが外れ、その隠し扉の先には大きなトレジャーボックスが堂々と置いてあった。
アレだけの大きさなら、もしかしたらたくさんのコルかいい装備が複数入っているかもしれない。

思わず、走り寄ろうとした所で隣から緊張したような声が聞こえてきた。
「こんなトコロに隠し扉……」
キリトは明らかに顔が険しくなっている。
どうしたの?そうこえを掛ける前に、ダッカーが罠解除スキルでボックスの扉を開ける音が響き渡った。

それは一瞬の出来事だった。
キリトの叫びはけたたましいサイレンによってかき消された。
キリトが食べていたホットドッグを放り投げ、部屋の中へと駆け込んでいく。
咄嗟に私も中へ駆け込み、ちょうど正方形の部屋の中に入った所で背後の扉が唯一の通路を閉ざした。
私達六人を真っ赤な光が包み込んだ。

警告の光はユックリと五度ほど瞬いてから一面を赤く染め上げた。私達が入った通路の向かい端の壁がユックリと開いていく。

中から行軍してくるのはおびただしい数のダークロム・ドワーフ。
その後ろには大量のゴーレムが召喚されている。

モンスターたちはみるみると数を増やし、私たちの周りをぐるりと取り囲んだ。
「みんな、転移結晶で脱出するんだ」

ダッカーがすぐにタフトの名を叫んで青色の結晶を頭の上へと掲げた。
だが、結晶は何度叫んでも光を一瞬すら帯びることはない。

恐怖に揺れる私も転移結晶を使ってみた。
25層以降でようやく解禁された究極の安全手段は一切の光を帯びなかった。
咄嗟にポーチの回復結晶も使おうとしてみるが、こちらも全くつかいものにならない。

「キリト、ケイタ。クリスタルが使えないよ」
「クリスタル無効化エリアか!!」
半狂乱になりそうな私の肩にケイタの手がユックリと乗った。

「大丈夫だ。みんな互いをフォローしながら戦えば、だ、大丈夫だ」

ガチガチと歯がかち合い、手は小刻みに震えている。
驚いて、ケイタの方を見ようとした時に、キリトが来るぞ、と叫んだ。

振り下ろされる岩石の腕をなんとか盾で押し返した。
その場でとどまろうとして、左から迫るピッケルの多さに背筋が凍った。

こんなの……防げるわけがない。

「おおおおおお」
その時、私の横を雷のような爆音が通り過ぎていった。
通り抜けたのは一筋の風。
私の横にいたドワーフの群れをキリトが見たこともないソードスキルで粉砕していた。

「サチ!!ケイタ達と絶対に離れるな」
私達の間に湧いてくるモンスターの群れに遮られ、キリトの姿が見えなくなる。

怖くなって叫ぼうとしたけれど、再びやってきたドワーフの群れに私はそれどころではなくなってしまった。

盾で弾きながら、みんなの元へとかける。テツオが盾となってササマルとケイタが迫る敵の群れをなぎ払っていた。

「みんな、無事?」

その一言にみんなの表情が一気に曇る。
その足元にはモンスターのものでは有り得ない一振りの短剣が転がっていた。

――そこにいるのはテツオ・ケイタ・ササマルの三人

「ああああ」
漏れるのは気合の雄叫びとも悲しみの悲鳴とも聞き取れる声。

――ダッカーが、死んだ。


呆然としていた私はその一言でようやくこの状況を把握した。
私は、死ぬかもしれないんだ。

振り下ろされるピッケルを必死に受けとめた。
思い一撃に腕がしびれ、たたらを踏む。だけど、腕を下げたら、私はもう死ぬしか無い。

「おおおおお」

遠くでキリトの声が響き渡る。
破砕音はこちらへと近づいてくるけれど、その度にモンスターの群によって、遠くにまで押し戻される。

何もわからない。
ひたすらに防ぎ続けるけれど、僅かなHPの減少は避けられはしない。

どれほどの時間がたったかも忘れた頃、テツオが死んだ。
スイッチをして回復しようとポーションを開けた所で、後ろから近づいたモンスターに背中をバッサリと切り裂かれた。

その後、すぐにササマルがしんだ。
怒りに任せてつきだした槍はゴーレムを殺すには至らず、突き刺した槍と共に体を両断された。

わたしも、しんじゃうの?

死にたくないよ……恐い、恐いよ。

――生きたいのか、死にたくないのかどっちだ?
心の中で、響き渡ったのはあの時の会話。

震える腕でしっかりと盾を握りしめた。あの時のことを思い出せ。
一撃・ニ撃と降り注ぐ猛攻をなんとか防ぎきる。
反撃をしようかと考えた所で、背後からにさっと影が迫ってきた。

咄嗟に体を反転させ、振り下ろされたピッケルを弾き返した瞬間、盾が質感に似合わぬ音を立て、爆散した。
拠り所を失った左手が空中を彷徨う。
盾に阻まれていた視界はスッキリとクリアになった。

ケイタのスキルエフェクトが左の隅で見えた。
――サチ、もうちょいだ。頑張れ
ごめんね。私が死んじゃったら私達パソコン同好会はケイタだけになっちゃうよ。

右からは、キリトが手を伸ばし、必死に叫んでいる。
――君は、俺が守る
そう言って私を安心させてくれた瞳は恐怖に染まりきっている。

私は、私のいなくなった世界を想像した。

キリトは私が死んだのを自分のせいにするかもしれない。
ケイタは私たちの後をおって、このゲームから降りてしまうかもしれない。
二人とも、私の死を枷にしてしまうだろう。

クロウがそうであったように。
そんなのは――嫌だ。
このままじゃ――ダメだ。


――生きたいのか、死にたくないのかどっちだ?
答えなんて決まってるよ。

口が動く。
咄嗟に、一言

「私は――生きたいよ」

崩れた態勢で、右手の剣を振るった。
お守り程度の重量。いつもはほとんど振るわない私の愛剣はきっと寂しくて面白くなかったに違いない。
だけど、お願い。この瞬間だけは言うことを聞いて。

「やああああああ」

剣は運良く、振り上げられたゴーレムの腕と真っ向から衝突した。
愛刀が軋みを上げ、そしてその衝撃が指先から腕、そして全身へと伝わる。
私は文字通り空中へと吹き飛ばされた。

HPのゲージを見ると防御こそ間に合ったけど、ゲージはもう1センチも残してはいなかった。
空中で腕を無茶苦茶に突き出す。どうやればダメージが減るのかも分からないけど、とにかく何とかしないと。


上昇は滞空へと変わり、墜落へと転じる。
ようやく、体が半回転し、地面を見ることが出来た。
モンスターの群れを飛び越えてしまったみたいだけど、それでお終い。
あと少しで入り口の扉に頭からぶつかってしまう。

私は、壁に恐くてぎゅっと目を瞑った。
ごめんね、そう念じた瞬間、頭の方で轟音が響き渡った。
 
 

 
後書き
余談ですが、SAOのライジング読みました。面白くなってきたけど、あの設定に某週刊少年漫画を思い出したのは俺だけでしょうか? 
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