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堕ちた英雄

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第二章

「凄いですよ。一年で七億ですよ」
「七億!?」
「今ゲーリッグ選手三億ですよね」
「うん」
 彼のその問いに対して頷いてみせる。
「そうだけれど」
「それが七億ですよ」
「七億」
 当然ながら彼も七億がどれだけの価値があるものかはわかる。日本にいて長いからこそわかることだった。ただ二倍以上というわけではないのだ。
「しかもですよ」
「まだあるの!?」
「七億以外にもボーナスがあるんですよ」
「ボーナスって!?」
 七億だけではないというのだった。
「ホームラン打つ度にですよ」
「ホームラン一本で」
 日本球界最高のホームランバッターとされている彼にとってこれがかなり魅力的な話なのは言うまでもない。しかも記者はここでまた囁いた。
「その額は二百万ですよ」
「じゃあ四十本打てば」
「八千万ですね」
「凄いな」
「打点やヒットにもちゃんと出ますし」
 さらにであった。
「凄いでしょ、あのチームは」
「そこまでお金があるんだ」
「マスコミですから」
 権力に金が集まる。まさにその言葉のままであった。もっとも権力に集まるのは金だけではないのであるが今のゲーリッグには見えなくなっていた。
「だからですよ」
「ううん、凄いな」
「どうですか?」
 にやにやと笑いながらまた囁いてきた。
「あのチームは。いいでしょう」
「ううん、けれど僕は」
 彼はまだ迷いがあった。愛着に基くものである。
「今のチームが好きだし」
「少しの間だけ出張すればいいじゃないですか」
「出張」
「そう、お金は大事ですよ」
 これまたあからさまな誘惑であった。
「そうでしょ?七億以上稼いで」
「七億以上・・・・・・」
 言葉がさらに揺れていた。
「しかもそれだけじゃないんですよ。今のチームって一年契約ですよね」
「そうなんだよね」
 ゲーリッグは契約年数の話になると顔をさらに曇らせた。
「一年しかないんだよ。だから毎年ね」
「あのチームは複数年ですよ」
「複数年!?」
「凄いでしょ」
「複数年。じゃあ」
「そうです、二年で十四億」
 またしても金をちらつかせてきた。
「プラスアルファもあって」
「ううん、じゃあ十六億は貰えるのかな」
「そうそう、タイトル取ったらさらにボーナスが」
 あくまで金の話をしてくる。まるでそれで全てが買えるかのようにであった。この辺りの金の使い方は少なくとも他の国のマスコミにはないものである。
「二年でそこまでお金があったら」
「考えるのもいいですよね」
「確かに」
 考える顔で記者の言葉に頷いたのだった。
「一生食べるのに困らないよ」
「お金は幾らあっても困らないですよ」
 金から離れることはなかった。
「結論はじっくりと」
「そうだね」
 虚ろな顔で記者の言葉に頷くゲーリッグだった。そしてこの話から暫く後で。その悪名高きオーナーがまだゲーリッグの契約の話が済んでいないのにこんなことを言い出した。
「ゲーリッグ?いいね、欲しいね」
 この発言にネットは騒然となった。
「はあ!?あの爺今度はゲーリッグかよ」
「また金積んだんだな」
 皆もうわかっているのだった。またしてもこの老人の評判は悪くなったがそれでもそうしたことが耳に入るような彼ではなかった。まさに何処かの腐敗した独裁国家の将軍様である。
 だが話はあのチームにとって有利に進んだ。ゲーリッグは今いるチームとの契約が難航し何時の間にか破綻してしまった。そしてあのチームとの契約はすぐに済んだ。
「このユニフォーム、着たかったんだよ」
 ゲーリッグは記者会見で得意満面の顔で言った。だがその会見の光景を見て笑っているのはあのチームのファンだけであった。他には誰もいはしなかった。
「精々今のうちに喜んでおくことだよ」
「今まであのチームにいって幸せになったのいるか?」
 何故か誰も金で入ってその末路はお払い箱である。不思議なことにあのチームに入って幸せになった人間はいない、少なくとも外様ではいなかった。
 皆それを知っているからこそゲーリッグを冷たい目で見ていた。だがマスコミはまさに独裁国家そのものの提灯記事ばかりであった。チームの優勝請負人とまで持て囃した。
 そしてペナントががはじまった。ゲーリッグは打ちまくる。だがそれでもチームは低迷していたのであった。それは彼のせいではなかった。
「おいおい、やっぱりしゃもじはしゃもじだな」
「またボケ采配やってるぜ」
 誰もが実際に采配を執る監督を嘲笑jした。
「あそこで走らせるか?」
「今の野球のピッチャーの起用わかってないだろ」
 いつも采配ミスで負けていた。解説者やコーチとしてはいつも大言壮語を吐いていた人物であるがそれでも実際に采配を執ってみればこの有様であった。 
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