ワンピース~ただ側で~
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最終話『君とともに』
ハントはどちらかといえば小心者だ。
自身よりも何度も強い人間と戦ってきたことのあるハントだが、例えば白ひげが相手をしてくれると対峙したときは本気で小便を漏らしそうになっていた。
一度決めたことだってすぐにぶれるくらいに意志が弱い。
未だに自分の実力が客観的にどれくらいの強さなのかわかっていないほどに愚か。
考えることが苦手で、頭もあまりいいとはいえない。
こうして考えるとだめなところが多い彼だが、そんな彼にも譲れないものがある。
それもまた当然だ。
なにせハントが強くなった原動力はその譲れないものがあったからに違いない。
そして、その譲れないもののひとつが――
「シャーッハッハッハッハ!」
アーロンパークにてアーロンの高らかな笑い声が響いた。
「海軍だと……? そりゃ不運だったなぁ。しかし約束は約束……おれの目の前に一億ベリー用意できなきゃおれも村を返すわけにゃいかねぇ」
ナミが流す涙には気にも留めず、ただただ理不尽な事実を突きつける。
――ナミの笑顔。
「だがまぁ、たかが一億べリーだ。またためりゃあいいじゃねぇか! それともここから逃げ出すか? ただしその時はココヤシ村の連中は全員殺されることになるがな」
「……!」
その言葉に、ナミがなにかに気づいた。慌ててアーロンの手を離し、アーロンたちに背を向けてナミは走り出す。
「おいどうしたナミ、ついにここから逃げ出すのか? シャハハハハ――ん?」
その背中に、思ってもいないことを突きつけて、またアーロンは笑うのだが、突如現れた影に気づき首をかしげた。その影が正門を走りぬけようとしたナミを抱きしめ、受け止めたからだ。
その人物はナミを背中に手を回し、そっと耳元でささやいた。
「よく頑張った……もういい。もう、いいんだ」
「離せ! さっきの甚平の男!? 今すぐに村に向かわないと! 離せ!」
嫌悪感を露に甚平の男の腕からもがくナミに、甚平の男はやれやれとため息をついて、言う。
「俺だ、ナミ……ハントだ」
その瞬間、ナミの動きが止まった。
「……え?」
もがいていた力が一気に抜け、じっと顔を見つめる。
短い茶色の髪、黒の瞳、どこか懐かしい柔和な笑顔。
「ハン……ト?」
「ああ」
「ハント!?」
痛いほどの力で背中に回された腕に、ハントはやさしく抱き返す。
「夢……じゃない、よね?」
「現実だ」
辛かったのだろう。
――背中が震えてる。
怖かったのだろう。
――甚平がぬれる……ナミが泣いてる。
それでも歯を食いしばって戦って、気のいい仲間たちすらも裏切って。それでやっとあと一息になったと思った途端、全てが泡に消え去って。
あくまでもおおざっぱな事情しかしらないハントでもナミが何に慌てているかがわかる。
この暴挙をココヤシ村の皆が許すはずがない。ナミを逃がすため、アーロンを潰すために自分たちの死を厭うことなく彼らは絶対に立ち上がる。
「私、行かないと! みんなを説得に行かないと!」
慌てて駆け出そうとするナミの体をさらに強く抱きしめて、ハントがそっと首を横に振る。
「もう、いいんだ」
「……え」
「今まで辛かったろ? もう苦しまなくていい。一人で抱え込まなくていい。あとは俺がそれを引き継ぐから」
「っ」
ナミの目が見開かれた。何かに耐えるかのようにハントをまたぎゅっと強く抱きしめる。
「でも、でもそうしないと村の皆が――」
「――俺が守るよ」
そっとナミの体を離して、両肩に手を置く。
「俺が全部終わらせる。だからナミ……もう泣くな、笑ってくれ」
「で、でも相手は化け物のアーロンで――」
「――あんなバカ魚、俺の敵じゃない!」
「ぅ」
言い切ったハントに、ナミがまた目に涙を浮かべる。
「俺はもう死なないし、ナミも泣かない。村の皆も無事に解放される。少しだけ、待っててくれよ?」
――8年も頑張ったんだ、あと少しだけなら簡単だろ?
付け加えられたハントの言葉が、なぜかナミの心に染み渡り、すとんと胸に落ちた。
もう助けは期待しないと決めたはずなのに。
それがきっとハントの言葉だから。他の誰でもないハントの言葉だから、ナミはそっと頷いた。
「……ん、腰ぬけただろ」
「……うん」
ど直球な言葉。本来のナミなら鋭いつっこみが暴力に添えられて返ってきそうなものだが、今回ばかりは素直に小さく頷いた。
――まだ現実感、ないんだろうな。
その大半が自分のせいだということを自覚しつつ、腰を大地に下ろして動けないでいるナミの頭に手を軽く置いてから歩き出した。
「いなくならないんだよね?」
どこか震えたその言葉に、既に背中を向けてアーロンパークの中に入ろうとしていたハントはそっと手をあげて、返事をする。
声で返事しなかったのはただただ単純なこと。
アーロンが目に入って、その瞬間に怒りが沸騰しそうになっていたから。
「おいおい、お前この辺じゃ見ねえ顔だが……ロロノアの仲間か?」
一人の魚人がハントへと歩み寄る。
その無造作な歩みに、ハントは一切の笑みもなく、ましてや言葉すらもなく、その魚人の腹へと己が拳をつき立てていた。
崩れ落ちる魚人を踏み越えて、ハントは立ち止まる。周囲を値踏みするかのように見回すハントに、アーロンが実に不快げに顔を歪ませる。
「てめぇ、さっき俺のことをバカ魚って言ったように聞こえたが俺の聞き間違えか?」
「……」
問いかけられたのそ言葉に耳を貸さず、ハントは静かにその場で拳を振るった。
「?」
意味がわからずに首を傾げる彼らをよそに、そっと呟く。
「魚人空手陸式『若葉瓦正拳』」
そしてその瞬間、大気とそれに含まれる水分が爆発した。
魚人たちがまるで打ち上げ花火にでもなったかのように上空へと吹き飛び、水面へと浮かんでいく。次々とあがる水柱を見つめながら、ハントはアーロンをにらみ返し、告げた。
「言ったけど、それがどうした。バカ魚」
意識があるのはただ標的にされなかったアーロンのみ。アーロンが信頼する幹部たちも皆一様に海に浮かんでいる。悲鳴すらあがらなかった同胞たちの末路に、アーロンは青筋を浮かべながらゆっくりと立ち上がった。
「てめぇ、どうやら俺に殺されてぇらしいな」
「……」
それを、ハントはいやに冷静な目で見つめていた。
怒りが我を通り越して冷静になっているとかではなく。ただ単純に見極めがついたからだ。
――こんな奴に。
過大評価していた。
それが、目の前の魚人に抱いたハントの正直な感想。
おそらく、いや確実に。
ハントには一撃で目の前のギザ鼻を葬れる自信がある。
体からあふれる風格、その一つ一つの動き、師匠である魚人ジンベエに比べて話にすらならないレベル。
――せめてあと一年、はやくこの村に帰ってきていれば。
ただそう思う。
きっとナミが受けた絶望はもう少し軽かった。
麦わらたちとの邂逅、それを裏切らなければならなかったナミの気持ち、そして海軍に奪われた目標額寸前の金。
必然的に震えてしまう拳に、アーロンはなにを勘違いしたのか実に盛大に笑う。
「シャーッハッハッハ! 今更俺に恐怖してももうおせぇ、てめぇはやりすぎだ、絶対に殺してやる」
すべてはこの男のために。
こんな弱い魚人のために。
「おいバカ魚。集中しろ」
相手だけではなく、自分にすら怒りを感じているハントが短い言葉をつきつけ、それにアーロンの機嫌が一気に急降下。睨み殺さんばかり視線をハントへと送りつける。
「てめぇ、次に俺をバカ魚と呼んでみろ。この世に原型をとどめておかねぇくらいにぐちゃぐちゃにしてやる」
「……」
ハントはスイッチを入れる。
武装色の覇気で拳を固め、全力で叩きのめすという意志を、示す。
「っ」
それを、やっとアーロンは感じ取った。
ハントからあふれるなにか。人間のことを下等生物だと見ているアーロンからしても絶対強者の品格すらある。
捕食動物としてのプライドといえばいいのだろうか。いつもは相手を躍らせる側であるアーロンは躍らせれる経験がほとんどない。少なくともこの8年間は一度もなかった。そして、なによりも魚人としてのプライド。魚人が人間ごときに恐れるなどあってはならないというプライドがあった。
それゆえに反応が遅れ、今も逃げ出せずにじりじりと足を後退させることしか出来ないでいる。
「……て、てめぇ一体」
恐怖に震えた声が響く。
ハントは静かに、ただただ静かに獲物をにらみつける。それに、アーロンは耐えられない。
「くそっ!」
泡を食ったように海中へと逃げこもうとする。が――
「――読んでたよ」
見聞色の覇気がその逃走を許さない。海へと飛び込もうとしたアーロンの懐にいつの間にかいたハントが、構えた拳をその顎へと解き放つ。
「魚人空手陸式『五千枚瓦正拳』」
放たれた拳が、大気の振動とともに顎を捉えた。肉体的衝撃と同時に大気の振動がアーロンの体内の水へと作用し激しく振動する。それがまた共鳴を果たし更なる振動を呼び起こし、そして数瞬の後――
「――っ!?」
アーロンの体内が爆発した。
彼もまた他の魚人と同じく打ち上げ花火のごとく打ち上げられ、そのまま水面へと浮かぶこととなった。
「……バカ魚が」
吐き捨てるように、ハントは言い捨て、その瞬間だった。
「アーロンパークが落ちたぁ!」
ハントの遥か後方。そこでいっせいに喜びの声が打ち上げられた。
見聞色の覇気で人がたくさんいることはわかっていたハントだったが、実質自分に危害を加えない存在としてほとんど思考に入れていなかったため、その声の大音量にびくりと小さく背筋をふるわせた。
――びびった。
慌てて振り返った先ではココヤシ村のみんながナミをもみくちゃにしながら大喜びしている。ベルメールも、ゲンゾウもノジコも、ドクターも、ハントがお世話になったみんなが、まるで子供のようにはしゃいでいるのだ。
それを見ていたハントも、なんとなく感じることの出来なかった実感がじわじわと自身に染み渡っていくのがわかった。
「んー、終わったなぁ」
未だにそびえたつアーロンパークを見上げてそっと呟く。
誰もがまだこの瞬間を夢のようにすら感じている。
――が。
「そこまでだ貴様らぁ! チッチッチッチッチ!」
それに水を差す一団。
「なんというラッキーデイ。いやご苦労戦いの一部始終を見せてもらった。まぐれとはいえ貴様のような無名の男に魚人どもが負けようとは思わなかった。だがおかげでアーロンに渡すはずだった金も――」
――やはり海軍。
ハントがまた怒りにその拳がぷるぷると震える。
だめだ、やってはいけない。
その自制が徐々に削られていく。
「――武器を捨てろ! 貴様の手柄、この海軍第16支部ネズミ大佐が――」
ハントの我慢が遂に限界に達しようとしたときだった。
「――うるせぇ!」
「!?」
ネズミを殴り飛ばす一陣の影。
「む、麦わら!?」
「人が喜んでるところを邪魔すんじゃねぇよ!」
次々と海軍たちを殴り飛ばしていく麦わらとその一味。
――不覚にもかっこいいと思ってしまったじゃないか。
逃げ帰るネズミ大佐に罵られる麦わらの男、ルフィの背中に、ハントは呆けた表情で魅入り、そのルフィの隣に立つナミへと目を配る。
――そこにいてこそ、だよな。
ナミはやはりルフィたちの仲間。
それを実感し、ハントは苦笑を浮かべつつもそっとため息をつくのだった。
また夜がやってきた。
時折吹く風がやさしく肌を包み、潮のにおいをそっと運ぶ。今日もまた静かな波間に半分かけた月が大きく浮かぶ。
アーロンパークの陥落に、島をあげた盛大な宴が開かれていた。
その宴は一夜で終わることはなく、その次の夜も、そのまた次の夜も終わらない。
彼らが笑うのはいつぶりのことか。
今まで耐えに耐えた8年間。笑えなかった今までのときを一気に開放するかのようにまた今夜の宴でそれを発散する。
人々は今日という日のために、笑うために生きてきたのだから。
終わらない島を挙げての宴の中、そっと一人たたずむ影があった。
黒い服と灰色の甚平。いうまでもなくハントだ。
この組み合わせの服を着てまだ数日だというのに、その服は既に彼の代名詞となりつつあった。
そのハントが酒を片手に己の十字架の前に座り込んでいた。
「……昔に死んだ俺とのご対面、ってか?」
誰に言うでもなく一人で笑いながら酒をかっくらう。
全てが終わり、目的を果たしたその顔は島民のそれとは違い決して明るいといえるそれではない。
「……なぁ、俺。何をすればいいと思う?」
もちろん目標はある。
彼の師匠との誓い。ジンベエを超える強さを見につけること。
それはハントにとって揺らぐことのない目標だ。
だからハントが迷っているのはこれから先に進むべき自分の道ではない。迷っているのは自分がどういう道を進むか、だ。彼の幸せな頭の中では島を救い、ナミと再会し、ナミと共に世界を回る旅をする。その旅の中で、ナミは海図を書き上げ、自身はさまざまな人間に出会い成長する。なんて、幸せな旅を本気で考えていた。
だが、現実は違う。
「海賊で、しかも先客がいるんだもんなぁ」
ルフィたちはいい奴らだ。ハントは掛け値なしにそう思っているし、だからこそきっと自分ひとりと旅をするよりもナミは幸せになれると信じている。だからもうそれに関しては何もいえない。
しかもナミには先客、要するにいい人がいる。
そうなるとナミがハントとの二人旅に嫌悪感以外の感情を見せることは考えられない。
「先客、先客ねぇ」
――ナミのことだからきっと島民じゃないだろうし……となると……海賊の誰かか?
「……って何を考えてるんだ」
首をぶんぶんと振り回し、脇道に逸れてしまった考えを振り払う。
今ハントの中では二つの道がある。
一つはこの島で暮らすこと。ベルメールたちと暮らし、のんびりおっとりと自己鍛錬を忘れずに日々を生きるという形だ。ずっと子供のころのハントの描いていた形とほぼ変わらない形でもある。
そしてもう一つはどこかの海に出る。
とは言っても自分を鍛える目的で海に出るというのもどこかしっくりとしないものがハントの中にはあった。そもそもたいした航海術がなければ船だって今はない。
実に現実的ではないのだ。
「となると、必然的にこの島でまた暮らすことになるのか?」
それはそれで悪くないのは確か。
今のハントなら釣り以外にも海中にもぐって大物の魚を取ってくることだって可能なのだからきっと豪勢な食卓を囲めることになる。
「んー、ま、それもいいか」
ハントの中で結論が出た。自分の墓に手を合わせて立ち上がる。
いつの間にか空になってしまった酒瓶に気づき、宴の中からまたなにかかっぱらってこようと歩き出し――
「――おっと息子よどこへ行く」
ベルメールがその首にがっちりと腕をかけた。
「べ、ベルメールさん」
慌てて体を離そうとするハントだが、ベルメールのホールドはどうもはがれそうにない。両手に酒と数種類の食物が盛られた皿があることから共に呑もうという証なのだろう。
「逃げないから腕をはずしてくれる?」
「お、ものわかりがいいわね」
どうやらベルメールはもう酔ってしまっているらしい。
だがそれも仕方のないことだろう。なにせ死んだと思った息子が帰ってきたかと思えばその息子がアーロンパークを潰してくれたのだから。まさに一粒で二度おいしい状態に違いない。
酒をぐいと勧めるベルメールの行動に、ハントは困ったように、だがやはりどこか嬉しそうにそれを一気に呑む。
「ベルメールさん」
「んん?」
「ベルメールさんはナミが海賊になるのをどう思う?」
「んふふ、ナミが本当にやりたいなら止めないわね……というかあの子が止めて言うことを聞くわけないし」
「はは、それは確かに」
「それで、あんたはどうするの」
「俺? ……俺かぁ」
先ほどまでずっと考えていたことだ。すぐに答えようと口を開こうとして、なかなかそれを伝えられない自分に戸惑う。もしかして迷っているのだろうか。自問し、だがそれに苦笑。
意味のない行為だからだ。
無駄に海に出るという選択肢はさすがにハントも嫌だ、となると残っている選択肢は必然的に一つ。
「ここでのんびりしようかなって考えてる……8年も家をほったらかしにしてたわけだし」
ハントにとってはしこりは残るものの名案だった。だが――
「――は?」
ベルメールが怪訝な顔で、実に不思議そうな顔をした。
「え、あんたナミのこと好きなんじゃないの?」
「……あのね、いきなりぶっちゃけた言い回しやめてくれない?」
酒のせいか、それともベルメールに心をずばりと言い当てられたせいか……まぁ明らかに後者だが。ともかくハントの顔が真っ赤に染まる。しかしベルメールはそれをフンと鼻で笑い飛ばして言う。
「あんた、アーロンをぶっ飛ばして随分成長したと思ってたら……やれやれ、子供のままじゃないの」
「……そ、そんなことないし!」
慌てて否定する息子にベルメールは肩をすくめて苦笑。
「やれやれ、こりゃあの子も苦労するわ」
「あの子?」
「こっちの話……それで、ナミはいいの?」
「いいのって言われてもナミにはもう好きな人いるみたいだし」
人差し指をつき合わせて肩を落とすそのサマは本当に男か疑わしくなる。ベルメールもさすがに頬を引きつらせるが、それを息子に言うのも酷と考えてそこはスルーして、ハントの言った言葉に疑問をはさんだ。
「ナミに好きな人?」
「うん、最初に顔を合わせた時、美人になったなっていったら『私には先客がいるから早く消えろ』的なことを言われた」
――いやぁ、あの時のナミはものすごい剣幕だった。
化け物じみたアーロンを吹き飛ばしておきながら本気でナミに恐ろしさを覚えている。おそろしいまでのギャップだ。さすがのベルメールもどんな育ち方をしてきたんだろうかと本気で心配になってきている。
「その時のナミはもしかしてあんたのことを――」
「――確かどっかのよそ者って思ってたんじゃないかな?」
「ち、ちなみにあんた8年前アーロンに撃たれる寸前にナミになんていったか覚えてる?」
「……覚えてるよ! 一応人生初めての告白だし、忘れられなくて困ってくらいだ」
憮然と言うハントにベルメールは本気で呆れ顔になった。
――なんで自分がその『先客』だっていう可能性を考えないの、このぼんくら息子は。
内心で毒づき、ベルメールはどうにか体裁を取り戻してまた問いを重ねる。
「ま、まあそれは今はいいわ。それであんた本当に島でのんびりしようとか考えてるの?」
「え、うん」
「ナミの後を追いかけたりとか考えないの?」
そのベルメールの言葉にハントは驚きの顔に。どうやらその選択肢は本気で脳内になかったようだ。それを考えて、実にハントは満更でもなさそうな表情になるのだが、すぐに首を横に振る。
「だからさ、多分ナミの好きな人ってあの麦わらたちの船の中にいると思うし、俺がそこに行っても邪魔になるだけだし、というか俺がそもそもあの海賊船に乗っけてもらえるとも思えないし――」
グダグダと。
おそらくというか10人いればその全員が苛立ちを覚えるであろう長い長い文言を吐き出そうとするハントについにベルメールの鉄拳が舞い降りた。
「ってぇ!」
「うっさいわね! もっと自分の気持ちに正直に生きろって私は言ってんの! わけのわからない理由ばっか考えてる暇があるならその前にアタックして玉砕でもなんでもしてきたらどうなの!」
「……んな無茶な」
「無茶も粗茶もあるか! 男のくせいにうっとおしい!」
ここまで怒られたら今までの感じからしてハントは素直に言うことを聞いてなんらかの行動を起こす。そう考えていたベルメールだが、ハントはその予想通りには動かなかった。
「……」
そこでなぜか遠い目をして、酒をゆっくりと喉に押し込み、ほっと一息ついた。
「ベルメールさん、さ」
「な、なに?」
急に大人びた態度をみせるハントに、鼻白む。
「俺……ナミの邪魔をしたくないんだ」
波間に写る大きな半月を見つめて、また酒を一杯。もしかしたら彼の中で月見酒でもあるのかもしれない。実に優しい目で海に生まれた月を見つめている。
「邪魔って……一緒に行きたいとかそういうの言うだけでもいいじゃない」
その言葉にそっと首を横に振る。
「今のナミはもう海賊で、ナミはルフィの船の一員で。もしも俺がナミに一緒に行きたいって言って麦わらが俺を迎え入れてくれたらそれはそれで万事解決。俺も嬉しい。でもさ、もしも俺が海賊入りを断られたら?」
「……断られたらって」
「ナミは、さ。根本が優しいから、優しすぎるからきっと俺と一緒に海を回ろうとしてくれると思う」
「そ、それは――」
――ありうる。
言葉を呑み込んだ母親の態度がつまり肯定を示しているととったハントは今度は皿にもってあった肉にかぶりつく。
「でも俺じゃだめなんだよ。あいつらは一回ナミに裏切られたのにまたわざわざ迎えに来て、海軍からもここを救ってくれた。多分俺がいなかったらアーロンだってぶっ飛ばしてくれてたと思う。そんな仲間思いで、しかも話してるだけでも楽しいあいつらといたほうが絶対ナミにとっても幸せなんじゃないかな……あの海賊の中には多分ナミの好きな男もいるんだろうし」
寂しい目をして、それでもぶれずに言い切ったハントの言葉をベルメールが否定しようと口を開く。
「それはちが――」
「――違わないさ」
今日はじめて見せた強い意志の言葉。
少し前までモジモジしていた気持ちの悪いハントじゃない。
どうやら息子は己に関することだけだと思春期の女子以上にモジモジとするくせにナミの人生が関わりだすと急に真剣になれるらしい。
ベルメールは嘆息を吐く。
「……本当にナミのことずっと大切に思ってたんだね」
「……当たり前だろ?」
ぶっきらぼうに答えるハントの頭をベルメールがそっと撫でる。
「さすが、私の自慢の息子だ」
「はは、なんか懐かしいな」
「私もさ」
そっと二人が顔を合わせて笑う。
背後から聞こえる宴の笑い声が胸に響き、その熱気が伝わってくる。
「今夜は飲み明かすとしようか」
「付き合うよ」
母と息子が立ち上がろうとして――
「――やっと見つけたぞハント!」
肉を両手一杯に抱えて、口をもぐもぐとさせている麦わら帽子の男がそこに立っていた。
「ルフィ? どうした、ナミがまだ素直に首を縦に振らないとかか?」
――ナミは素直じゃないところ、昔っからあるからな。
やれやれと息をつくハントに、ルフィは言う。
「海賊にならねぇか!?」
「……は?」
いきなりのその申し出に、ハントは目を丸くして暫しの間沈黙を停止させたのだった。
さて、これは後日談。
ネズミ大佐の申請によってルフィに3千万ベリーの懸賞金がかけられた。
アーロンを実際にしとめたのはハントだが、ハントの名前はあがっていない。それもある意味では仕方のないことだろう。なにせハントは一切海軍に手をあげておらず、実質あのときはまだ海賊ではなかったのだから。
ネズミ大佐の私怨により、アーロンをしとめたことになったルフィだが本人はそんな小さいことは気にしない。なにせルフィは海賊王になる男だ。むしろ喜ぶぐらいだろう。
別れを済ませて出航した麦わらの一味。
そこに、彼らはいた。
穏やかな空にいくつかの雲が浮かんでいる。時折思い出したかのように空を流れるかもめが目に映っては視界の端へと消えていく。太陽が実にまぶしく、暖かい。
ウソップは新兵器開発。
サンジは昼食作り。
ゾロは鍛錬。
ルフィは昼寝。
珍しく静かな麦わらの一味の船で、必然的に残りの二人が肩をそろえていた。
「なぁ、ナミ」
「うん?」
「昔の約束、覚えてるか?」
「もちろん」
返ってきた肯定にハントは少しだけほっとしたような安堵の表情を浮かべて、また尋ねる。
「形は少し変わったけど、それでもいいか?」
「うん」
「一緒に海を回ろう……俺はもうずっとお前の側にいるから」
「うん!」
ナミの笑顔がハントに弾けた。
ナミと一緒にいれるのは嬉しいし、ルフィたちといるのも楽しい。この仲間たちとともに、きっとジンベエ師匠を超えてみせる。
ハントはそう胸に誓って、彼らと共に行く。
彼らの旅はまだ始まったばかり。
後書き
はい、というわけで『ワンピース~ただ側で~』これにて閉幕です!
こんな短いストーリーを評価してくださった皆様、感想をくださった皆様、お気に入り登録してくださった皆様、もちろんなんのきなしにふらっと読んでくださった皆様。
まことにありがとうございました!
お疲れ様でした!
私の作品がまた皆様の目に触れられることを願って、このあたりで。
本当にご拝読ありがとうございました。
またどこかで!!
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