ソードアートオンライン アスカとキリカの物語
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アインクラッド編
鍛冶屋の少女
前書き
タイトルで分かると思いますが、原作のとあるキャラが登場します。
ヒントは『MORE DEBAN』ですかね。
ではっ!
「ガアアツッ!!」
鋭い爪の生えた強靱な前足が真上からアスカの体に迫る。
ステップで回避するとブン! と、空気を切り裂くような擦過音を立てた前足が地面にぶち当たる。
しかし、それらの余計な情報を頭から追い出したアスカは距離を詰めて細剣を体の正中線に構えた。剣の刀身に純白の光が輝く。
「ふっ・・・・!!」
斜め上に放たれた〈細剣スキル〉単発技〈リニアー〉がボスの頭を貫く。
ギガッ! と悲鳴を上げるボス。
「テツオ、スイッチ!」
「うおおっ!」
アスカと入れ替わるように前に躍り出たテツオのメイスに赤色のライトエフェクトが灯る。
レベルならアスカの方が10近く上だろう。
まあ、テツオのレベルが低いと言うより、アスカやキリトのレベルがこの階層において異常なだけだが。
だが、メイサーとして鍛えている筋力値はアスカのそれより数段上。
鈍い打撃音を響かせてメイスが3度ボスの頭に叩き込まれる。
弱点への連続攻撃によってようやくボスの最初の一段のHPバーが8割を切った。
「おめえら、交代だ!」
そこでボス部屋の扉からクラインの声が聞こえた。
「了解!」と、全員で叫んで〈風林火山〉の面々と交代してボス部屋から全速力で抜け出す。
そのまま勢いを殺さず安全地帯まで走り抜けた。
敏捷値の高いアスカ、キリト、ダッカーに続いてテツオ、ササマル、ケイタ、サチも順に入る。
そして、7人全員が揃ったところで、肩で息をするような様子のダッカーが、
「堅すぎるだろっ!?」
と、叫んだ。
まったくもってそのとーり、と、他の6人も首を縦に振った。
「いやー・・・・想像以上だな・・・・」
アスカが作ってきたサンドイッチをパクリ、と頬張りながらキリトがぼやく。
「まったくだ」
キリトに完全同意のアスカもパクッとサンドイッチを摘みながら言った。
既にアスカ達が最初にボス部屋に突入してから2時間が経過している。
ボス正面を交代で駆けつけた〈風林火山〉の面々に任せてきた2人は英気を養うため体力回復で食事を頂いているが、決して元気な状態ではない。
今回のボス、〈ファランクス・タートル〉は4方向から攻撃が可能だ。
頭部へのクリティカル攻撃が成功する率の高いプレイヤーが所属しているパーティーがボス正面を、ダメージディーラーの中でボス正面担当から落ちた者が後方を、残りのタンクプレイヤー2パーティーが側面を担当している。
ボス後方は基本的に尻尾への攻撃となる。
全長15メートル越えだけあって、尻尾の長さも2メートル近くある。
かなり出の早い攻撃を仕掛けてくるので、動きの速いダメージディーラーが任されている。
それで、どう考えてもクリティカルポイントへの攻撃は無理だ、という重量武器組が側面から渾身の力で最大威力のソードスキルを叩き込む、という役割分担だ。
当然側面組が一番武器の耐久値減少が激しいが、軽量武器に比べれば重量武器は耐久値が基本的に高く設定されてある。
とはいえ、2時間の戦闘で余裕な状態の者もいないようで、10人近くの鍛冶屋が急ピッチで研磨作業に勤しんでいる。
アスカとキリトが2人だけ先に昼食を食べているのは、2人だけほとんど頭部への攻撃に失敗しなかったので、武器の耐久値に問題がないからだ。
かなり失敗してしまった〈月夜の黒猫団〉の面々は我先にと鍛冶屋の元へと向かっていっている。
しかしながら、2人の成功率が高くなるのは当然なのだ。
単純に体躯が数倍なのだから、クリティカルポイントの幅も数倍に広がっている。
むしろ、フィールドで研鑽を積んだ2人なら全段命中も不可能ではない、と踏んでいたが、
「あれはクラインの刀でも厳しいだろ」
「ああ。〈刀スキル〉も上方向に放てる技は少ないはずだ」
ボスの頭への攻撃担当だった2人が揃う。
「まさか・・・・頭の高さが2メートル超えてるってのはな・・・・」
「・・・・俺もそんなこと気にしていなくて聞くの忘れてた・・・・悪い」
「誰もそんなこと予想してないから仕方ないって」と、苦笑しながらキリトがもう1つサンドイッチを口に入れた。
そう。全長15メートル越えのボスの頭部がアスカ達の背丈より上に存在するのだ。
そのせいで、上方向へと軌道変更が可能なソードスキルしか使えない。
感覚的にしか仰角が変更できない突進技ソードスキルが使えないのが一番痛い。
少しでも距離を取ってしまったら反撃する時間が足りなくなってしまうのだ。
アスカは偵察隊からの報告の時に、かなりデカいな、程度の感想しか頭に出ていなかったことが悔やまれる。
よもや、頭が高すぎて攻撃が難しい、なんて考えもしなかった。
今回のボス戦の指揮担当は〈聖竜連合〉なので、このことを懸念しなかったのはそちらが悪いと言えなくもないが、自分が気づけなかったことに歯がゆくなることに変わりない。
「まあ、事前に聞いてたからって対策ができたことでもないから気にしなくていいだろ。長期戦になることは覚悟してたことだし」
少し慰められているようだが、キリトの言うとおり今更アスカが気にしていても遅い。
すでに戦闘が始まっているのだ。
そこはバッサリと諦めて戦闘に集中する方が最善の選択だろう。
「そうだな」
「というわけで、今はサンドイッチを食べて元気を付けよう」
「・・・・・・みんなの分も考えて食べろよ」
一応釘を刺しておく。
そして、パクリ、ともう一度2人揃ってサンドイッチを頬張った。
15分もしたら〈月夜の黒猫団〉の面々も戻ってきて、7人で腹ごなしをしていた。
サチもアスカ同様にサンドイッチを作ってきていた。
初めてのボス戦でアスカやキリト以上に体力と精神力をすり減らした5人はお腹が空いていたのだろう。ハイペースでサンドイッチを胃に放り込んでいる。
会話を時たまするが、基本的にはボスかてー、と愚痴るような話ばかり。
さすがにこの場でボス戦に全く関係ない話をするほどアスカもキリトも剛胆ではない。
あっという間に1時間が過ぎ、全プレイヤーの研磨が終わったようで砥石の音が響かなくなった時だった。
「アスカー、あんたは武器の研磨しなくていいの?」
7人の円陣の外からアスカへと声が掛けられる。
「俺はほとんど耐久値減ってないからいいよ、リズ」
答えながら振り向く。
そこにはアスカの予想通りの人物、リズことリズベットがいた。
茶色の癖毛を肩口で整えており、頬にはそばかすがある。
同じ女性プレイヤーでもキリトやサチに比べたら勝ち気な目が印象的だ。
シンプルな装備で、ハンマーを振るために動きやすさ重視となっている。
彼女がアスカの知り合い鍛冶屋職人であり、今回のボス戦への協力要請を個人的に頼んだ人物だ。
アスカ以外は初見のプレイヤーなので、自然と興味の目がリズベットに集まる。
「彼女は今回のボス攻略で俺たちの武器の研磨を頼んでる鍛冶屋のリズベット。腕に関しては俺が保証する」
アスカの紹介に続いて6人が名前を言うだけの簡単な自己紹介をする。
「―――で、最後になるけど僕が〈月夜の黒猫団〉のリーダーのケイタ。よろしく」
「こちらこそよろしく。あたしはリズでいいわよ・・・・って、そんなことより―――」
リズベットが興味津々! と言った顔をサチに向けた。
「―――あなたが初めての攻略組女性プレイヤーかー!!」
その発言にキリトだけでなく、男性陣全員が気まずげな顔をしたのは察して欲しい。
そんなリズ主観的男性全員の反応を気にしていない様子でリズベットが続ける。
「へーっ! 攻略組プレイヤーになるくらいだから、どんな剛胆な人かなって思ってたけどそうでもないわね」
「・・・・剛胆な見た目じゃなくてゴメンね」
「いや、別に謝ることじゃないんだけどさ・・・・。あー、なんか予想していた感じと全然違うから変な感じになっちゃう!! アスカ! あんたもっと詳細に教えておきなさいよね」
なぜか怒りの矛先がアスカへと向けられた。
「ちゃんとメッセージで外見の説明はしただろ。あれでも丁寧に書いたつもりだ」
「外見の説明なんていらないからキャラ教えてよ」
「教えようとしたら楽しみに取っておくって返信してきたのはリズだろ」
「そんなの忘れたわよ」と腰に手を当てたリズベットは「そんな話をしにきたんじゃなくて!」と1人で盛り上がって再度口を開く。
「アスカ、あんた本当に研磨しなくていいの? 私のところにも6、7人が来たけど全員2時間の戦闘じゃ信じられないくらい武器の耐久値減ってたわよ」
「ああ、俺とキリトは武器の耐久値3割も削られてないから問題ない。鍛冶屋に無駄に負担かけるわけにもいかないからな」
「こっちもちゃんと報酬貰っての商売なんだから心配しなくてもいいわよ・・・・・」
そこで、今度はサチの時と異なり値踏みするような視線がキリトに突き刺さる。
「な、なんだよ・・・・・・」
キリトはやはり女性プレイヤーであることを隠したいのだろう。低い声で訊ねる。
「あんたがキリトよね? ・・・・・・なんか、あんまり強そうな見た目してないわねー・・・・・・コートもボロそうなの着てるし」
リズベットも男であると勘違いしているからか、結構失礼なことを言っている。
アスカはリズベットの取り繕わない、いらぬ気遣いをする必要がない態度が好ましいと思っている。
だが、それを全員が全員好ましく思うかは無関係だ。
「こんな見た目だけどアシュレイさんのオーダーメイドの一点物だぞ」
「はあっ!?」
キリトの返しにリズが素っ頓狂な声を上げる。
そして、
「ばっかじゃないの!?」
と、続けた。
「ば、ばかって・・・・・・」
「だって、あんたあのアシュレイさんにオーダーメイド頼んだんでしょ? そんな質素なコート作らなくてもいいじゃない。あの人ならもっと格好いいコート作れるでしょうに」
「お、俺が気に入ってるんだからいいだろ・・・・・・」
「まあ、人の好みにケチ付ける気はないけどさ・・・・・・でも、その格好はないんじゃない。なんで全身真っ黒でマフラーまで巻いてるのよ。まるで顔を隠したいみたいじゃない」
ぎくっ! という異音がキリトと〈月夜の黒猫団〉5人から発せられた気がした。
アスカも内心少し焦る。
まるで、ではなく実際に顔を隠したいのだ。
リズベットの読みは見事的中している。
「違うんだよ、リズ。キリトはちょっと引っ込み思案な性格でさ。あまり人目に付きたくないんだよ」
「そ、そうそう。あんまり目立ちたくないんだ」
しかしながら幸い、ケイタが良いタイミングでフォローを入れて、キリトもそれに乗っかる。
横でサチやダッカーも、肯定の意を示すためにか勢いよく首を縦に振る。
「・・・・そうだとしても他のやり方があるでしょーに・・・・」
まだ少し納得がいっていない様子だが、本人だけでなく〈月夜の黒猫団〉の面々が加わったことが効いたのだろう。リズベットが引き下がる。
そこで話を変えるべくアスカが口を開く。
「リズは昼食どうしたんだ?」
そう訊ねると、リズが分かりやすくしかめっ面になる。
「あっちでかったーいパン頂いたわよ。こんなことなら自分で持ってきたら良かった」
「じゃあ、こっちの料理少し渡そうか?」
言いながらバスケットに大量に作ってきたサンドイッチを適当に皿に移す。
「いいの? あんたらの分減っちゃうでしょ?」
「サチも作ってきてくれてたから余ってるくらいだ。気にしなくていい」
「へー、サチさんも料理するんだ!」
「サチでいいよ。私もリズって呼ぶから。まあ、ギルドのみんなの分作ってるだけだから味は自信ないけど」
照れくさそうに笑うサチの横でダッカーがなぜか誇らしげな顔をする。
「いやいや、うちのシェフの料理はおいしいぞ。アスカにも負けない腕前だ」
「本当に!? そりゃ期待が高まるわね!!」
勝手にハードルを上げるダッカー。
リズベットが皿に山盛り積まれたサンドイッチの中からサチが作った物を手に取る。
「じゃあ、さっそく頂いてみましょうか・・・・」
パクリ、とリズベットがサンドイッチを頬張り、途端、目を輝かせた。
「うわっ! おいしい!」
「そう? 口にあったならよかった」
「うわー・・・・攻略組に参加しててそれでいて女子力まで高いとか羨ましいわー・・・・」
いいなー、とリズが溜息を零す。
その姿に少しにやけたダッカーが割って入る。
「だいじょうぶ、だいじょーぶ。リズ殿も鍛冶屋としてハンマーを振る様は大変おと――――女らしいですよ」
どこが大丈夫なのか? と全員の疑問がシンクロした。
リズベットが目を細める。
「・・・・・・ダッカー、だっけ? あんただけ次から研磨倍額ね」
「そんなあっ!? 褒めたのに!?」
悲痛な叫び声に続いて全員の笑い声が安全地帯に木霊した。
「あたしは仕事があるから、そっちも頑張りなさいよ~」
と、言ってサンドイッチ山盛り皿片手に去っていったリズを見送りっているとケイタが口を開く。
「鍛冶屋の女の子ってめずらしいのに、攻略組相手に商売できるってことは熟練度も相当高いんだよね?」
「ああ。多分、ここにいる鍛冶屋の中でも1、2番狙えると思う」
「凄いなー」
「・・・・そんなに素晴らしい腕の持ち主なら女の子らしさなんて気にする必要ないんじゃ・・・・」
先ほど倍額宣告を受けたダッカーが恨めしそうに言う。
「あれはダッカーが悪いよ・・・・女の子に失礼すぎ」
「はい、すいません・・・・」
めっ、と指を立てるサチ。
その横の女子、キリトはどうやらサチとは異なる意見のようで、
「別にこっちの世界じゃ熟練度だけで料理作れるから気にしなくてもいいだろ・・・・」
と、小さな声でつぶやく。
それはあまりにも26層ボス戦の後の打ち上げの時にクラインに対して言っていた言葉と同じだった。
隣に座るアスカはキリトにだけ聞こえる声量で訊ねる。
「クラインさんに言われたこと本当は気にしてたのか?」
「・・・・・・・そんなこと無い」
返事に詰まったことを追求するほどアスカは鬼ではない。
誤魔化すようにサンドイッチをポイポイ口に放り込むキリトを横目で見ながら、アスカは不思議な香りのするお茶をすすった。
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