ワンピース~ただ側で~
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第6話『力を求めたその先は』
ここは魚人島を少し外れた南東部『海の森』。
強い光を受けてサンゴが美しく広がり、それに群がるように鯨や魚たちが集まっている。
実に見るものを魅了する光景。当然ながらたくさんの魚人や人魚がこの場所をデートやら憩いのスポットとして愛用している……という事実がわるけではなく、よく見ればただ美しいだけの場所ではない。
潮の流れの関係からか、流れ着いた沈没船がそこかしこに座礁している。別名『船の墓場』とはよくいったものである。
それも含めて雄大な景色であることに違いはないのだが、いかんせん沈没船がでかすぎることが問題なのかもしれない。
例えるなら綺麗な花の隣にう○こが落ちているようなものだろうか、さすがにう○こだけを視界から外して「花が綺麗だね」「そうね」「アハハハ」「ウフフフ」なんて出来ないのと似たようなことだ。いや、う○こと沈没船を一緒のように例えるのは語弊があるのかもしれないが。
とにかく、そんな、魚人島の中でも魚人の少ないこの地にいるのは大体がこの海の森を研究しているドンという魚人だったりするのだが、今はその姿もなく代わりに一人の魚人と一人の人間がそこにいた。
まず魚人は青い肌に大きな体格。魚人の中でも親分と呼ばれ親しまれている海侠ジンベエ、そしてそこにいるもう一人の人間、体のいたるところに包帯を巻いて、ジンベエの後ろをついて歩くことすらも大変そうな人間、そのジンベエに助けられたハントである。
なかなか珍しい場所での一人の王下七武海と一人の子供というなかなか面白い組み合わせ。世間的にみて子供一人が恐怖に顔をひきつらせている、といった場面の方が想像しやすいだろうが、今回は完全に逆パターンだった。
ハントが真剣な顔で何度も頭を下げ、ジンベエが困ったような顔をしている。
「――いします!」
また頭を下げるハントに、ジンベエが疲れたようにため息をついた。
ジンベエがハントを助けたのは完全に成り行きだった。
人魚をさらっている海賊船がある。そういう情報を見つけたからその海賊たちを懲らしめた。そしたらぼろ雑巾のようにいためつけられた人間の子供がいたから、海賊を海軍に連行するついでに海軍へと届けてやろうとした。
ジンベエがしたのはそれだけだ。
普通の子供なら泣いて喜びそれに従い感謝しそうなものだが、あいにくとハントは普通の範疇に入る人間ではなかったらしい。
ハントは海軍へと届けられることを拒否。
むしろジンベエへと弟子入りを志願したのだった。
「……だから、わしは別に弟子などいらんと言うとるじゃろうが」
これも何度言っただろうか、内心で辟易しながらジンベエはハントへと言うのだが「そこをなんとかお願いします!」やはりハントの意思は変わらない。
これでは埒が明かないと判断したジンベエが、歩くのをやめてその場に腰を下ろした。
「?」
急な行動に首をかしげるハントだったが、ジンベエが目を閉じて黙り込んでいるからなにか意味のある行動なのだろうと思い、同じようにその場で腰を下ろす。
「……」
「……」
どれほどの時間がたっただろうか。ふとジンベエの腕に小さな重りが寄りかかってきた。
「?」
大して興味もなさそうに首をかしげ、そっとその腕へと顔を向けて小さく微笑んだ。
「……ほんとに、変わった子供じゃ」
己の腕へと寄りかかってすやすやと眠ってしまっているハントの寝顔はまだあどけなく、子供そのもののソレでしかない。なのに、この子供は普通の子供とは違う。
「普通、魚人の腕に寄りかかって寝れるもんかのう?」
魚人である自分を恐れる様子を見せない。
海軍本部にいくことを拒否する。
しかも政府公認とはいえ海賊であることに変わりない自分の弟子になりたいと何度も懇願してくる。
変わっているというか、むしろおかしい。
ジンベエの感覚からすればそうとしか思えなかった。
最初みた時から傷だらけで、ついさっきまでマーメイドカフェ店員の女子寮、その一室でずっと寝ていたのに、たまたまジンベエが顔を出したらベッドで寝ていたはずのハントが飛び起きてずっとここまで「弟子にしてください」とお願いしながら歩いてついてきた。歩く中で何度か傷を抑えてしかめっ面を作っていたのを見て、小一時間も歩けば勝手にあきらめるだろうと思っていたのに、ずっとついてきて気づけば海の森だ。
「……本気、なんかのう」
ずっと歩いていたから傷が熱をもって痛むのだろう。ハントの表情がいつの間にか苦しそうなソレへと変化していた。ジンベエは寝ているハントの頬をつつき、そっと撫でる。
苦しそうだったはずの表情が少しだけ安らかなものへと変化。
「……強く、なるんだ」
小さな寝息ととも強い言葉を落とす。表情とは裏腹の、意思にあふれた言葉に、ジンベエの目がかすかに見開かれた。
こんな時代だ、この少年も何かを抱えているのかもしれない。だが、こんな時代だ、むしろつらいことを経験せずに生きている人間のほうが少ない。
考えるように視線をさまよわせ、それからジンベエは首を横に振ってため息を落とす。
「まぁ、いうてもわしが面倒を見る義理はない……悪くおもわんでくれよ」
自分の中何らかの決定を下したジンベエはハントを起こさないようにそっと抱え、魚人島へと歩き出すのだった。
その動きは柔らかく、優しく。
とても海賊のものとは思えない。
海中。
空気の膜に包まれて徐々に高度を上げていく船があった。
船の規模は小さい。
船室などなく、大きなボートと表現したほうが近いのかもしれない。
そこに、彼らはいた。
人魚をさらおうとしていた海賊たち一行、それにジンベエとハントだ。
海賊たちは全員死んではいないものの、今のところ誰一人として目を覚ます気配はない。ジンベエが彼らを成敗してもう5日になるというのに誰も目を覚ます気配がないのはそれだけ彼らがあまり強くなかったのと、それ以上にジンベエの一撃が強烈だからだろう。
意気揚々と浮力の高い木片、クウイゴスをあやつり海中を浮上していくジンベエの後ろ姿に、ハントがこれまた何度目だろうかという頭を下げた。
ジンベエはもうそれに目を配ることすらなく首を横に振る。
「くどい、わしは弟子をとらんし、そもそもお前さんの面倒を見てやる義理もない。海賊と一緒に海軍へ連れて行ってやるだけでありがたいと思うんじゃな」
とりつくしまもない。
うなだれるハントに、ジンベエも不思議に思ったのか一瞥を送った。
「そもそも、お前さんなんでわしの弟子になりたいんじゃ」
その問いに、ハントがテンションを一気にあげて立ち上がった。
――しまった。
自分で言った瞬間から既に後悔をはじめたジンベエをよそにハントは目をきらきらとさせた。
「魚人空手に惚れたからです! 単なる正拳突きじゃなくて空中でなにかがはじけるあの感じ……めちゃくちゃ格好良かったです! 正直あのときの俺の意識なんて朦朧としてしてましたけど強くなるならアレしかないって思いました!」
「……」
ジンベエの反応はない。だが、どうやらうれしかったようでジンベエが耳をピクピクさせている。自分でもその喜びを隠しきれないと判断したのか、わずかに顔を背けて、言う。
「……ふ、ふん。ほめてもなんもでん! お前さんが魚人空手に惚れたというのはわからんでもないが、どうして強くなりたいんじゃ? ただ格好良いからという浮ついた理由では魚人空手を覚えることなど――」
「――助けたい人たちがいます」
たしなめるようなの言葉を割って、ハントが言った。その目は鋭く、ともすれば怒りすら感じられるほどに真剣な目だ。
「海賊に支配された俺の故郷の村を救うためです……彼らを助けるため、自分が守りたいと思ったものを守るため……海賊ばっかりのこの時代で、強くないとそれも出来ない、そう思ってます」
――だから強くなりたいんです。
ジンベエを見つめ、言い切った。
「ふ、む。いいたいことはわかるが……海軍に言えば村を救ってもらえるじゃろう?」
「……」
ハントの目が点になった。言葉を失い、視線をさまよわせ「え?」と首を傾げる。
「?」
その動きの意味がわからずに、ジンベエもまた同様に首を傾げのだるが、すぐに気づいた。ハッとした表情をして、まるでさび付いた機械のような動きで問いかける。
「まさか、それは盲点だった……とか言わんじゃろうな」
「ふっ、盲点だった」
遠い目をして、船首に片足をのせてなぜか格好をつけて言うハントに、とりあえずジンベエからの拳骨がひとつ。
「……ったぁ」
「あほか、お前さんは!」
「よく言われてました!」
「えばることか!」
つばをとばしながら叱りとばすジンベエにハントが「いや、本当に頭になかったんです」と言葉を落とす。いきなり魚人の海賊に殺されかけ、気づけば今度は人間の海賊に好きなようにいたぶられ、目の前のことにしか考えがいかなくなっていた。
痛い、怖い、辛い。
魚人の海賊に殺されかけたあの日以来、その3つが主な感情だった。余裕など一切なく、ただその一瞬一瞬のことにしか思考がなかった。
「……」
ふと言葉を止めたハントがジンベエへと顔を向けた。
――死ぬ。
そう思った瞬間に出会ったのが、子供心から惚れ惚れするような格好良い技で海賊を吹き飛ばし、圧倒的強さを示したジンベエ。
強く、格好良く、ヒーローで、勇者で、希望。
ハントにとって、ジンベエはソレだった。
「……村を支配した海賊を助けてもらった後とかでも、あなたの弟子になりたいです」
控えめに、それでも願いをこめた言葉はジンベエの一言でばっさりと切られてしまう。
「強くなりたければ海軍にでも入ればよかろう、さっきも言うたがわしにはお前さんの面倒を見る義務などない……そもそも海賊の弟子になってどうするというんじゃ」
やはり断られてうなだれようとしたハントだが、その言葉に顔を上げた。その顔はただただ驚きに彩られている。
「海賊!?」
「お、なんじゃ……知らんかったんか」
「海賊!?」
「うるさいのう、そんなにショックじゃったか?」
「かか、か……かいぞ――」
「――うるさい」
壊れたステレオレコーダーを叩いて直したジンベエは、もうこれで話は終わりだといわんばかりに付け加える。
「ほれ、もうシャボンディ諸島につく……はぐれんとついてくるんじゃぞ?」
「……」
うなだれるハントの顔を、なぜか見ていられずに光差す海中へと顔を向けるのだった。
「ほれ、わしは海賊どもをひきわたさんといかんからここでお別れじゃ……そこの事務に自分で顔を出して、後は自分でなんとかするんじゃぞ?」
「あのジンベエししょ……さん」
さっさと行ってしまおうとするジンベエを呼び止めた。
「なんじゃ、弟子にはせんぞ?」
その言葉に、ハントは少しだけ笑顔に。
「ありがとうございました、お世話になりました」
まだ少し元気のない様子で事務の受付へと歩き出したハントの姿に、ジンベエは少しばかり呆気にとられた様子でその後姿を見送ったのだった。
そうして少しだけ固まっていたのだが、やがて小さく笑んでぼそりと呟いた。
「お前さんなら強くなれる」
その言葉はもちろんだがハントの耳には届かなかった。
さて、ジンベエさんとものすごくさわやかに分かれた俺なんだけど今、自分でも驚くくらいに居心地が悪い。
無精ひげをはやし、机を人差し指でトントンと叩く俺担当の役人のその姿に威圧されつつ、もう一度説明する。
「俺の村が魚人の海賊に支配されて……それで助けてもらいに来ました」
「いや、うん……それは聞いたけどさぁ、その村ってえーと……どこだっけ? オコノミヤキ諸島ココナツ村?」
「コノミ諸島ココヤシ村です!」
実に、目の前の男にやる気がない。
「あぁ、うんココヤシ村ねぇ……いや、わかるよ、わかる。おじさんもその村は知ってるよ、ノースブルーだろ?」
「イーストブルーです!」
明らかに何も知らないからだ。
「ああ、そうそう……んで、君はそのイーストブルーのココヤシ村から来たんだろ?」
「はい」
「どうやって?」
「……え?」
「いや、だから、どうやって?」
言葉に詰まる。
正直に言ってしまっていいのだろうか。こころなしか、その役人の目が徐々に険しくなってきている。
少しばかり迷ったが、自分に嘘をついてごまかす知能はないと判断して正直に言うことにする。
「攫われて……ここまで来ました」
「へぇ……じゃあ非加盟国なんだ。そんで、攫われて逃げてきたの?」
攫われたきたという事実にはまったく興味を示さずに、おざなりな質問。
政府って人攫いって禁止にしてたよな、この人スルーしたけどいいのか? ……というか非加盟国ってなんだろうか。子供に難しい言葉を使うんじゃないっての。
しかし……これが、海軍?
「まぁ、そんなとこです」
ベルメールさんから聞いてたのと、なんというか……違う。
「はぁ」
ふと、役人がため息を吐き出した。ただひたすら面倒そうにため息を吐き出して「坊主」とドスの聞いた声で、周囲に聞こえないようにぼそりと。
「あんまり大人をからかうんじゃねぇぞ」
「っ!?」
――なんだ、何を言ってるんだ、この人!?
役人が急に怒り出したことに驚いた。助けを求めるように周囲へと顔を――
「――キョロキョロすんじゃねぇよ」
あまりにドスの効いた声で、びっくりした。
魚人と人間の海賊に怖い目に合わされていたからすごくチンピラ感があるけど、それはさすがに言わないでおく。
「あんまし大人をなめんなよ? いまんとこイーストブルーの海軍支部からはなんも要請でてねぇんだわ、わかる? これがどういうことか」
「……?」
「ったく、察し悪いのな。これだからガキは……まぁ、いいや。要するにイーストブルーに今のところ本部が必要なほどの問題は起きてないの、わかった? はい、おつかれさん、かえっていいよ」
言うや否や立ち上がって背中を向けようとするその男に、慌てて声をかける。
「い、いや! ちょっと待って!」
「……」
このままだと村が救われない。
会話の意味はよくわからないけど、それだけはなんとなく感じる。この人は村のために動いてくれる気がない。必死になって呼び止めた甲斐があったのか、男が立ち止まってくれた。
少しだけほっとしつつ「もうちょっとちゃんと調べてよ」といった瞬間だった。
男が振り向き、笑顔で顔を寄せてきた。
気持ち悪いと思ったけど我慢。
「大人は忙しいんだよ、くだらない嘘で人の手をわずらわせてんじゃねぇよ……いい加減にしないと、売っちまうぞ?」
実に恐ろしいことをさらりと言ってのけてくれる。
つばを飲み込んだ俺がおかしかったのか、役人はさらに笑顔を深めるけど、俺はこの男の言葉がひっかかっていた。
嘘?
嘘って……なんだ?
あの日の光景が、脳裏をよぎる。
俺は撃たれた。
ベルメールさんは血だらけだった。
ナミとノジコはないていた。
俺を助けようとしてくれた村人たちは抵抗して、ずたぼろにされていた。
嘘って……なにさ。
自身の身体が一気に渇くのを感じていた。
「そもそもイーストブルーの人間がこんな場所にいるわけねぇだろ……人攫いにあって、グランドラインのこんなとこまでどうやってくんだよ、くだらねぇ嘘つきやがって、っていうかそもそも嘘じゃねぇにしても非加盟国の人間が政府に助けを求めてんじゃねぇよ……おら、さっさと帰れクソガキ」
実に笑顔で、手振りだけは親切な対応だ。この口上をきいていない人間はきっとこの男を親切な役人だと勘違いするのだろう。
手に力がこもる。
――これが、海軍?
ただただ絶望を感じてしまう。
もちろん、海軍は実際にここまで頭ごなしにハントの言い分を否定する組織ではない。ないのだが、これはもうハントの運が悪かったとしかいえない。
いくらハントが子供とはいえ、この海軍本部がイーストブルー出身という、子供が一人で来るには遠すぎる場所だという事実があったとしてももう少しまともな人間が受付を担当していたのならば少なくともイーストブルーの海軍支部に確認をとってくれるくらいはしていただろう。
だから、運が悪かった。ハントの目の前にいる男は決して子供にもちこまれた言葉を信じて自分の労力を費やそうなどと考えるような男ではなかったのだから。
……確認をとっても現実問題、海軍支部大佐がココヤシ村を支配した魚人に買収されているのでココヤシ村が支配されているという情報は出回らず、結果は変わらなかっただろうが、ハントにとってはそれだけでも随分と違う印象だっただろう。
どちらにせよハントが混乱して途方にくれることに違いはないだろうが、少なくとも海軍に絶望まで感じるにまではならなかったはずだ。
さて、それはともかくとして。
「……あれ?」
呼吸が乱れる。
――俺、いまどこにいるんだっけ?
拳に力がこもる。
「うそじゃ、ない」
だけど、それ以上に言葉に力をこめて、言う。
「嘘じゃない!」
急に大声をだす俺に役人が明らかにいらだった表情を見せた。が、それも一瞬。後ろで事情を聞いてくれそうな顔をして、こっちに向かってきた上司に笑顔で「このままだと他の方の迷惑になってしまうのでこの子の話を外で聞いてきますね」と断っ俺の手をとる。
「じゃ、いこうか、ボーヤ」
「……」
――これが、現実。
その引っ張る力を、無言で肯定する。ただ静かに目を閉じて、その男に連れられるままについていく。
――どうすれば……いいんだ。
ココヤシ村のみんなの顔がまぶたの裏に浮かぶ。
力がない。
海軍に訴えても動いてもらえない。
力を得る手段も、ない。
海軍に入って……というのはもうありえない。こんなやつでも入れるような場所で村を救えるくらいに強くなれるわけがない。
ジンベエさんにも断られた。
「……」
男がなにかを言っている。
あ、そういえばさっきの男についてきたんだっけ? ずっと目を閉じて考え事してたから忘れかけてた。
「っ」
なんとなく、ほんとうになんとなく。
この男が木の棒を振り下ろしてきた気がして、目を開けたら、本当に振り下ろしてきていた。
ただ、遅い。
反射的に両手をあわせてそれを受け止めた。いわゆる真剣白刃取りというやつだ。この場合は木だから白刃というのは少し違うのかもしれないけど。
「がき、てめぇ!」
周囲は建物に囲まれてて、誰もいない。人が通る気配もないし、誰かが近くにいる感じもしない。いや、人の気配とか感じれるわけじゃないけど、なんとなく。
ただ、俺の後ろには海があって、下手をしたら投げ捨てられるような状況だ。
もしかしたらこの男は面倒くさい訴えをしてきた人をこうやって、殴って海に捨ててきたのかもしれない。
がっかりだ。
がっかりだった。
「これが海軍のやることかよ」
「うるせぇんだよ、ガキが! そもそも俺は――」
もうこいつの声すら聞きたくなかった。
木刀をひねって奪う。急な力の動きに対応できなかったこの男は「げ」と言葉を漏らして、体勢が崩れる。俺は体勢が崩れて反応できない男の頭部へと木刀を振り下ろした。
男がいたそうにうめいている。
本気で振り下ろすのが怖くて、結構力を抜いてしまったからだと思う。男は痛そうにしているものの流血していないし、意識だってしっかりしてるようだ。
「……」
木刀を海に捨てて、歩く。
これからどうすればいいんだろう。
ただ、もう何をすればいいかわからなかった。
と。
「ガァキィィィ……あんまし大人をなめてんじゃねぇぞぉ!!」
羽交い絞めにされた。
男の腕が首にきまってる。
「が……は」
股間をけってやろうと足を振りかぶって……やめた。
視界がにじむ、酸素不足だろうか、それとも苦しいからだろうか……そう思ったけど、違った。
――なんだ、涙か。
自分でも笑ってしまうくらいに情けないと思う。
抵抗する気力も起きないんだから。
まだ村の人がいる、俺はあの人たちを助けるために動かなければならない……だけど、もう本当にどうすればいいのかわからないから。
この涙はいったい何の涙なんだろうか。
死ぬ恐怖の涙?
みんなを救えない無力な自分に感じる悔しさの涙?
きっとそれらもあるけどそれ以上になにかがある気がする、よくわからない。
「ははは死ね! 死ね!」
強くなりたい……強くなりたかった。
少しずつ意識が朦朧としてきて視界も暗くなってきた。
ベルメールさんの顔が浮かんだ。
次にノジコとナミ。
お、今度はゲンさん。
ドクターに、村のみんな。
楽しかったあのころにはもう戻れそうにない。
「……」
ああ。
わかった。
なるほど。
俺が泣いてた本当の理由がわかった。
俺、まだ。
あの人たちの空気にまた触りたい。また笑いたい。死にたくなかったんだ。
今更抵抗しようとして、足に力をこめるけど、だめだった。
力がこもらない。
これはまずい。
薄くなる意識とともに「ふげ」
変な声とともに首の圧力がなくなった。
気づけば腰が地面に落ちていた。
「がは……はぁ……はぁ」
慌てて酸素を求めつつも、何が起こったんだろうかと首を上げて、すべてわかった。
「まったく、お前さんは厄介ごとに巻き込まれやすいのう……才能か?」
笑顔のジンベエさんがそこにいたから。
海岸。
すべての事情を聞いたジンベエが難しい顔でため息を落とした。
「それで、お前さんはこれからどうするんじゃ」
ハントはジンベエから数歩距離を置いて、そっと顔を伏せる。
そのまま両膝をついて両手を地面につき、額までも地面にこすり付けて、ハントは大声で願った。
「なんでもします。だから、お願いします! ……俺を強くしてください、村を救う力を……生きる力を教えてくださいお願いします!」
ハントの声がこだまする。
ジンベエは答えずに、じっと向けられた頭に視線を送る。
「もしもお前さんが最後、首を絞められたまま抵抗する素振りを見せんかったらわしはお前さんを見捨てていた」
言葉を区切って、ジンベエが笑う。
「命を拾ってやったわしにもお前さんの面倒を見る義務が少しはあるじゃろうな」
「ぇ」
ハントの顔が上がった。
ぽかんと、何をいわれたかわからない様子のハントに、ジンベエは大きく頷いた。それを見て、ハントの表情がみるみると喜悦にゆがんでいく。
「ありがと……ござびばず!」
また、ハントは地面に額にこすりつける。
「……ばず……ばず」
涙にぬれた声で、何度も、何度も。
ハントはお礼を言う。
こうして、ハントはジンベエのもとで厳しい修行をつむこととなったのだった。
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