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故郷は青き星

作者:TKZ
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第二十七話

「あっ!」
 梅木が咄嗟に自分が何を言ってしまったのかに気付いた。
 まず「梅ちゃんと呼んでください」だが既にそう呼ばれている。
 そして問題なのは「ご主人様」だった。テンパった末に出た言葉だが何故か胸に響き、強く琴線を震わせるのだった。
 実は彼女はマゾヒストの気があった。芝山に仲間として認められた以降、彼に何度となくつれなくあしらわれても怒る気になれなかったのは、彼女自身気づいていなかったが、むしろ放置プレイのご褒美であったのだった。
 勿論、そんな性向が自分にあることを彼女は自覚していなかった。しかし自分の口から出た「ご主人様」という言葉にもしやと疑ってみれば、思い当たる節が無いわけでもなく思わず顔が赤らんでゆく。
 やがて『ご主人様……良いかも』などとピンク色の脳細胞が囁く。

 そして時が動き出す。
「ご、ご主人様?」
 どもるタイミングまでぴったりの3人。
「ち、違います。その…………間違って先生をお母さんと呼んでしまうよう──」
 いきなり覚醒した3人の声に驚き、取り繕おうと考え出した答えがこれだった。頭の回転が早く学力も高いのだが、残念な子であった。1
「実際に先生をお母さんとは呼ぶ奴を知らない」
 
「それ都市伝説」
「大体、君は日常的に誰かをご主人様と呼ぶのか?」
「そんな奴はメイド喫茶でバイトしてる女子高生くらいのもんだろう」
「いらっしゃいませ~御主人さまぁ~」
「すまない。どうやら深刻なほど失礼な質問をしてしまったようだ。すまなかった」
 
「ぅぐっ」
 咄嗟の言い訳さえも許さない3人の流れるような連続攻撃の前に梅木は声も出ない。

「まあ梅ちゃんを弄るのはこの辺にしておいて」
 あっさりと投げ出す。これが芝山の誇る圧倒的なスルースキル。放置プレイをするために生まれてきたような男であった。
「俺の本名は芝山浩(しばやま・ひろし)で大学一年生。名前も見た目もそれほど弄ってないから、ゲーム内での俺とそれほど違和感は無いと思うけど、まあ改めてよろしく。ゲーム内では今まで通り柴田と呼んでくれればいいし、ゲーム外では芝山でも浩でも好きに呼んでくれ」
「じゃあ、やっぱりお兄ちゃんって呼んでも良い?」
 その件をまだやるの?と思ったが、芝山はノーと言えなかった。何故なら……察してあげて欲しい。
「私はどうしよう? 兄様も捨てがたいけど、もっと親しい感じにヒロ君とかヒロちゃんなんて呼ぶのも良いと思うんだ」
 尾津の凛とした声で兄様と呼ばれるのも良いが、艶のある甘い声でヒロ君、ヒロちゃんも……察してあげてください。
「わ、私は浩さんって呼ばせてもらいます」
 今度は乗り遅れないように慌てて、梅木が割り込むが、山田から冷たく「梅はご主人様で良いでしょ」と言われて、「それは、それで……」と呟き考え込む。
「いや、それは俺が迷惑」
 芝山としてはそんな羞恥プレイはごめんだった。尾津が耳元で「私が2人っきりの時にご主人様って呼んであげるよ」と囁いたが全力で聞こえない振りをした。

「……それで今回の話は、やま──」
「ナル」
 先程までのハイテンション過ぎた気持ちも収まり普段通りに山田と呼ぼうとすると、当の山田がメガネの奥から責めるように見つめてくる。
「……ナル……ちゃん、お──」
 その眼力に気圧されて言い直す。
「マコです」
 尾津と呼びかけそうになる芝山は、切れ長の目より覗く深い色の瞳に射すくめられる。
「マコ……ちゃん?」
 山田に対しては呼び捨てよりちゃん付けが良いかと思った柴山だが、尾津に対してちゃん付けはどうかと思う程度に冷静さを取り戻していたので、試しに疑問系で呼びかけてみると尾津は満足そうに首を立てに振る。どうやらちゃん付けが嬉しいようだった。
「うん、まあ今回の話は、ナルちゃんとマコちゃん。それに梅ちゃん全員が賛成しない限り受けたくないと俺は思ってるんだ」
 照れくさそうに笑いながら、2人を2人をちゃん付けの愛称で呼んだが、これはこれで悪くないものだと認識を改める。
 ちなみに梅木の事を梅ちゃんとちゃん付けの愛称で呼ぶことには、最初から何の感慨もなかった。

 今回の士官候補育成計画に参加した場合、参加者はその国の公務員資格が与えられる。日本の場合は国家公務員となる。その上でニューワールド社に出向という形で処理される。
 数年後には現状より権限が大幅に強化された国際連合に新設される機関の職員として採用されるとのことだが、社会人である参加者達には現在務めている会社を辞めて貰う必要があり、彼等はいきなりの前提条件に戸惑いを隠せないようだった。
 現在は2010年代半ばから続く緩やかだが安定した経済成長の結果、現在は公務員よりも民間企業の方が給与水準が高い場合も少なくなく、更に去年から幾つもの重要な新技術実用化が続き、今後の経済成長への大きな刺激になることは間違いないだけに慎重にならざるを得なく、断る方向に気持ちを固める者が大半を占めたが、そもそもその新技術が連盟から持たされた地球外の技術であり、今後技術流入は加速し産業分野を含め社会の構造自体が大きく変わることになると説明されると、公務員としての安定性が魅力的に思えるようになってきた。
 そして彼等の後押しをしたのは公務員としての基本給とは別に設定される高水準の手当の存在だった。それが結構……いやかなり美味しい。
 通常の公務員の給与体系から支払われる基本給もそれほど低いレベルでは無い上に、予め申請したコアタイム以外時間、または土日・祝祭日の出動要請に応えた場合は時間外手当が無制限で支払われる。
 それだけでもサービス残業に追われて疲れ果てた勤め人達にとっては夢のような待遇であるが、他にも【敵性体】を撃墜して得たスコアや、部隊を率いて得た戦果により得られる報酬はとてつもなく大きかった。
 チーム戦闘になれたプレイヤーにとっては──下級指揮官を得るのが目的のため、参加者は個人戦技よりもチーム戦の技量を重視して選ばれている──どう転んでも、LCCではない国内航空会社の国際線機長の給与水準を超えるだろう。

 勿論、社会人ではない大学生や高校生の参加者達は、拘束時間が少なくなる分は給与は下がるが、待遇自体は同等だった。
「ナノマシーンの投与による記憶力や計算能力の向上というのも魅力だな」
 短期間に指揮官としての訓練を施すためには、ナノマシーンの投与が必須であった。勿論ナノマシーンはパイロット強化用ナノマシーンの様に人体に悪影響を及ぼすものではなく、フルント星を始めとする連盟加盟国ではごく一般的に使われているもので、種族にもよるが大体脳の成長が収まる5歳児頃に投与されるものだった。
 勿論、地球の連盟への加盟が実現すれば、拒否されない限り全ての地球人に投与される予定だが、数年といえどもアドバンテージを得られるのは大きい。
 特に、大学受験を控えた高校生などは「これでゲーム止めずに受験を乗り越えられる!」と喜んでいた。
 もっとも、連盟からの技術移転により、理系分野全般は勿論の事だが、文系分野においても、より進んだ経済システムの影響を受け経済学なども大きく変化を余儀なくされ、法律も国連権限の強化により各国の国内法をすり合わせて世界共通の法律が導入される計画が既に進んでいるなど、歴史や文学、芸術などの一部の研究分野を除けば、地球上の多くの学問にとって変革の時が迫っていた。
 つまり、いずれ地球の教育制度も連盟加盟国と同等レベルの教育制度へと移行する事となれば、従来の教育制度で修めた学歴は余り意味がなくなるので、本当の意味で学歴が必要とされる分野の仕事に就く者は一から教育を受けなおす必要があるのだが……
「それに、この話を受けなかった場合のデメリットがあるはず」
「デメリットって?」
 梅木が山田に尋ねる。
「今回の件は極秘のはず。にも関わらず私達が知らされた情報が一般に公開されるのはまだかなり先のモノ」
「そうか、進んで協力しない場合は口封じがあるということか……」
「当然」
「口封じって、まさか、こ、こ、ころ」
「そんな物騒なことはしないはず。まずは口止め、そして監視をつけ、ネットなどの通信も検閲されるだろう。それとは別に、予め各メディアに対しての情報統制は既に終わってると考えるべき。もし情報漏洩が起きても世論を誘導して否定するというより、都市伝説みたいな扱いにして信憑性を落とす。そして情報源を確定して漏洩者を拘束。という流れになると思う」
 だが山田の予想は大きく外れていた。
 辞退者は別室に集めた上で、サングラスに黒服を着たエルシャン──マザーブレイン操作の擬体──が胸の内ポケットから取り出した短い銀色の金属棒を取り出して以下省略。
 辞退者達は嘘の記憶を植えつけられて家に送り返されるのであった。
 そして受諾者からの漏洩対策も行われる。受諾後に同調装置を使用し一人一人と面談して、その中で情報秘匿を誓約させる。その際に同調装置のログを確認すれば誓約が本物かどうかが判断出来る。そして誓約が偽りならば、辞退者と同様に記憶を削除してお帰りいただくことになるのだった。

「怖いね」
 芝山が呟く。
「断るのかい?」
 尾津が挑発するように笑顔で尋ねる。
「そんなに焚き付けないでよ」
「……簡単にはつられないんだね。兄様」
「何と呼んでも良いけど、呼びかけだけ妙に艶っぽく言うのはやめて」
「じゃあ、全部甘えるように囁いてあげるよ。ご主人様……痛っ!」
 尾津の後頭部で「パンッ!」と良い音が響いた。
「話を脱線させない……それにエロ過ぎ」
 痛みに頭を抱える尾津を見下ろしなしながら睨みつける山田。自分には無理なエロ攻勢を強める彼女に危機感と怒りを覚えていた。
「それを言うなら、梅に言ってくれ。あんなエロい身体を使って勝負に来ているんだ。こちらも──」
「エロ禁止!」
「うっ……分かった」
 本気の目をした山田に逆らうのは得策じゃないと判断した。
「あなたも、何時までもそんな格好をしてないで」
 今度は梅木を鋭く睨みつける。
「えっ?」
 いきなり自分に矛先が向いて驚く。
「早く上を着て、その胸の無駄肉を隠す」
「む、無駄肉って失礼な──」
「それを千切って焼いて食べたら、私にもバスト様の加護が宿り……」
 感情を感じられない山田のつぶやきに、うめきの背筋に冷たいものが走る。
「な、なんだか身体が冷えちゃったから、着ないと駄目ね」
 慌ててサマーカーデガンを羽織る。

「お兄ちゃん」
「は、はい!」
「前にも言ったけど私はお兄ちゃんが、この話を受けるなら。私も受けるし他の2人も同じ。全部お兄ちゃん次第」
 山田の言葉に尾津と梅木も頷いてみせる。
「お兄ちゃんはどうしたいの?」
「俺は……もしこの話を受けないで、何も知らない振りをしてDSWOを続けても、もう前のようには楽しめないと思う。だから皆と一緒にこの話を受けたい。そして今まで以上に皆と一緒に戦い続けたいと思う」
「お兄ちゃん!」
 芝山の答えを聞いた山田は彼の胸に飛び込んで抱きつく。自分達の事を大切に思ってくれている彼の言葉が嬉しかったのだ。
「ずるいぞ!」
 そう叫んだ尾津が間に山田を挟んだまま芝山の首に両腕を回すと、彼の頭を抱き寄せてその頬に自分頬をそっと寄せた。
「わ、わたしも」
 梅木も負けじと芝山に抱きつこうとしたが、何処に抱きつけば良いのか分からなくなり、背中に寄り添い控えめに胸を押し付けるのが彼女に出来る精一杯だった。

「……どうしてこうなった?」
 いつの間にかハーレムの主になっていた芝山だが、本人にはまだその自覚はなかった。 
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