故郷は青き星
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第二十六話
ホールでの説明が終わった後に、この計画に対する参加の可否を決める時間を取るため、一時解散してフロアに用意されている各自の部屋に待機するように指示された。
他の参加者達が各自の部屋へと向かいホールを去った後も、芝山たち4人は残っていた。
「でも、あんた達が私と同じ歳の女子高生だったなんて思いもし無かったわ」
俯いて椅子に座る山田と尾津の前に立った梅木が腰に手を当てて2人を睥睨する。
「…………」
「……悪かった」
山田は黙り込んでいたが、隣の尾津が頭を下げながら謝ると一緒に頭を下げる。
その3人の横で芝山は椅子に座り項垂れていた。
「俺は……俺は……」
山田と尾津が年下の少女だったと言う事実に、今まで2人に対ししてきた下ネタの発言の数々を思い出す。年下の女の子相手にお前は一体何をしていたのかと過去の自分に殴り倒したいと後悔するのだが……しつこいようだがこの男、梅木に対してはセクハラ発言を躊躇うつもりは毛頭無い。
「柴田。今まで女である事を隠していて申し訳ない。許してくれないだろうか?」
「ごめんなさい」
先程の梅木に対する謝罪と違って、謝られた芝山の方が申し訳なく感じるほど心のこもった謝罪だった。やはり3人の梅木の扱いは悪かった。
「こちらの方こそこれまでの数々のセクハラ発言。本当に申し訳ありませんでした」
もしよろしければ出来れば訴えないで欲しいと願いながら深々と頭を下げる。
「謝らないでくれ。確かに下ネタには……少し困ったが、でも楽しかった。女なのにおかしいかもしれないが男同士の付き合いというのが楽しかったんだ」
「私も柴田と一緒にいて楽しかった。でも段々、騙してるみたいで……だけど、今の関係が壊れるのが怖くて言い出せなくて……ごめんなさい」
「俺にとっても山田鷹二と尾津保次郎は一緒にいて楽しい大事な友人だよ。だから、これからも友達でいて欲しい」
「分かった……これからは一緒に下ネタに盛り上がれるように頑張る」
「それは忘れて!」
一瞬、目の前の少女が自分の下ネタに恥ずかしがりながらも健気に下ネタを返すという想像が頭を過ぎり「良いかも!」と思ってしまった事を振り払うかのように叫ぶ。
「だが、3人で集まると必ず下ネタに走ってたじゃないか?」
尾津は小鳥を捕まえた猫の様に笑顔で芝山を追いつめる。
「ごめんなさい。ごめんなさい。生まれてきて本当にごめんなさい!」
芝山は土下座する。これで許してもらえないなら、必殺の三点倒立土下座を繰り出すつもりだった。そんな彼に尾津は少し、ほんの少しだけ背中がゾクッとした。
「でも今までは4人の中で私1人が女性で肩身が狭かったけど、柴田君とは立場が逆転したわね」
「逆転……何が?」
「これまでも、これからも肩身が狭いのは梅本」
「私の扱いひどくない?」
疑問系じゃなく実際にひどいのである。
山田、尾津、梅木の3人は、部屋に戻ろうとする芝山の後をついて行き、そのままなし崩しで部屋に押しかけていた。
「しかし傭兵扱いか」
さすが一流というより高級ホテル。しかも超がつくだけあって、ホテル自体にシングルルームなどは存在せず、基本はダブルかツインであり、この部屋はダブル。
そして、同じホテルの一室でダブルベッド──実質クイーンサイズ──に個性豊かな3人の美少女が腰をかけているという、自分の人生においてありえないシチュエーションに、戸惑いながら、3人に視線を向けないようにしながら呟いた。
「むしろアルバイト軍人」
ベッドの上にちょこんと座りスカートの裾を押えながら山田が言う。山田鷹二の時の喋りすぎなくらいな毒舌はなりを潜め、言葉少なく物静かな小動物的な可愛らしい少女である。正直なところ芝山には山田鷹二の中の人としてとらえるには違和感があった。
彼等、選抜された参加者達に要求されたのはDSWO内でエルシャン──マザーブレイン直属の部下として動く事。
第1211基幹艦隊の現状は、戦場において現場指揮を行える者が存在せずに、地球人部隊は個人もしくはチームレベルの戦力が、個々の能力の高さにものを言わせえて【敵性体】を駆逐しているに過ぎなかった。
エルシャンはパイロット廃業状態であり、マザーブレインは擬体を操作する事こそ出来るが、それは同調装置の通信機能を用いたものではなく、連盟によって開発されたFTLC(超光速通信)技術を用いて行われる擬似的な同調であり、同調装置に使われているFTLCのような一万光年離れて実戦に耐えうるほど短いラグタイムでの通信が可能な銀河系外技術には大きく劣るため、光速の100倍程度の伝達速度しかなく、伝達速度だけを考えても広い宇宙空間を戦場として戦うには問題があった。
また、同調装置に使われているFTLCは炭素系生命体の脳波にのみ対応しており、【敵性体】のハッキングが擬体を通して同調装置に及ばないのに対して、擬似同調の場合は【敵性体】からのハッキングによりAIを乗っ取られる危険性が高い。
つまり、第1211基幹艦隊には司令官であるエルシャンの戦術を理解し戦場にて反映出来る下級指揮官が、戦力向上において必要不可欠だった。
本来の計画では各国の軍から若手の士官を引き抜いて、指揮官として部隊指揮を行わせる予定もあったが、大きな問題があり計画に遅れが出た。
軍とは上意下達。兵士とは上官の命令に従うように訓練で人格までカスタマイズされた存在であり、上官の命令に対して、少なくとも表面上は疑問を挟むことなく遂行する。
要するに優秀でも人間としての経験の乏しい若手士官では、兵の指揮は取れてもゲームで遊んでるつもりのプレイヤーをまとめて指揮するなど不可能であり、一から教育をする必要があったのだが、連盟上層部からの度重なる計画の前倒しの指示を受けて、エルシャンが椅子の上で足をバタバタさせて暴れた挙句に「良いよ良いよやっちゃうよ。でも知らんからね。何か問題が起きても知らんからね」と言ったのは、プレイヤーにプレイヤーを指揮させるというこの暴挙の事だった。
「でも待遇は悪くない。いやむしろ怖いくらいに良いと思う」
尾津は長い脚をベッドの上で組み、スカートの裾から除く白い太ももを見せ付けるように脚を組みかえる。
ギリギリまで見えそうで見えない計算された脚捌きだった。
「うっ」
身体の一部に血潮が流れ込もうとするのを、芝山は弱き意思を総動員して塞き止める。ここで立たせる訳にはいかないのだった。
そんな彼に、尾津は鉢の中の金魚を覗き込む猫の様な視線を向けると、口角をキュッと上げて微笑む。
そんな尾津に負けじと梅木は、薄手のサマーカーディガンを脱いでキャミソール姿になると、日本人離れした──血筋的にはほとんど日本人じゃないが──メリハリの利いた体型においても特に主張の強いバストを、胸を張ることで更に強調した。
「それで柴田はどうするつもり?」
「……ど、どうしよう?」
そう答えるも、どうするつもりも何も、梅木の胸を視界から外さない事には芝山には論理的思考など出来るはずも無い。精々『く、悔しい。梅ちゃんに女を感じてしまうなんて』と負け惜しみする程度が限界だった。
どうだと言わんばかりに梅木は尾津に視線を投げかけるが、尾津は内心の焦りを抑えて鼻先で笑って見せる。女の静かな戦いが幕を開けた。
一方山田は、そんな2人の色気攻勢に陥落寸前の芝山の姿に危機感を覚え今の自分に何が出来るかを考える。しかしこれといって有効な対抗手段が見つからない。
冷静に戦力を比較しても明らかに2人に対抗するには幼児体型の自分身体では戦力不足も甚だしい。だがここで諦める気など無かった。『落ち着け、落ち着くんだ成海。戦力が不足しているなら搦め手を使えば良いじゃないか?』そう自分に言い聞かせる。正面から色気で戦う必要は無い。ならば幼く見える短所を長所に変えて戦うのみ。
「わ、私はお兄ちゃんが参加するなら。一緒に参加したい」
「お、おにいちゃん!?!?!?」
言われた芝山も、傍で聞いていた尾津と梅木も驚きの声を上げて固まる。
「うん、お兄ちゃんって呼んじゃ駄目?」
可愛らしく上目遣い。しかも瞳が潤んでいた。『これで駄目と答えられる男がいるだろうか……いやいない』僅か0.5秒で自問自答に片がついた。
「……良いよ」
「早っ!」
伏兵の奇襲に敢え無く陥落状態に陥った芝山に、突っ込みを入れるが彼からの返事は無い。
「良かったおにいちゃん」
笑顔で応える山田に、芝山はうんうんと幸せそうに頷く。こんな可愛い妹が欲しかった。彼女が山田鷹二の中の人だろうと『そんな細かいことはどうでも良い』と思えるほど脳がヤラれていた。彼が冷静であればどう考えても細かいことではない事くらいは分かっていたはずなのだが……
「じゃあ、私のことは成海って呼んで。お兄ちゃんが呼びたいならナルでも良いよ」
一気に畳み掛ける山田だが、そうは問屋が卸さない。普段は共闘体制にある山田だが、彼女の独走を許すほど尾津は甘くなかった。
「じゃあ、私の事もマコって呼んで欲しい……兄様」
「あ、あにさま!?!?!?!」
そのレトロチックな呼称の一撃に芝山は自分の胸がときめいてしまうのを止める事は出来なかった。
「私なんかじゃ駄目かな?」
大人の色気を纏いつつ、凛々しくハンサムな彼女が見せる年相応の可愛らしさから生まれるギャップの破壊力は絶大で、芝山の理性の防衛陣は塹壕ごと吹き飛ばされた。
「いやいや、全然駄目じゃないよマコちゃん」
完全にデレデレの芝山に、直接的な色気とは違った戦い方があることを尾津は知った。
「……ずるい」
起死回生の搦め手をあっさり真似て、しかもより大きな効果を生み出した尾津を山田は睨む。
一方、梅木は完全に流れに乗り遅れた。山田がお兄ちゃんで、尾津が兄様。それに対して自分は何と呼べば良いのか咄嗟に思い浮かばなかった。それに成海からナル。誠からマコと愛称で呼ばせるまでに至ったのに対して、自分の名前は雨月で、頭の2文字で「うづ」下の2文字で「づき」と可愛くない。
とことん祟る自分の名前に対して憎しみすら覚えていた。恨むならむしろ父親のうっかりを恨むべきだった。
「あ、あの……」
自分もこのタイミングを逃さずにアピールしなければと焦ったが、しかし何と言えば良いのか彼女の中で答えが出ていなかった。
「どうした梅ちゃん?」
「私のことは、私のことは……」
焦るばかりで梅木の何といえば良いのか言葉が出ない。
「うん?」
「……私のことは、梅ちゃんと呼んでください……ご主人様」
その瞬間、世界の時間が止まった。
後書き
自分の中で柴田編の着地点が分からなくなってきた……ただ何となくハーレムものを書きたかっただけなのに……
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