儚き運命の罪と罰
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第二章「クルセイド編」
第二十五話「実証」
黒いマントを纏った少年が歩いていた。
唯それだけなのに。たったそれだけ……歩くだけで少年は異様な『ナニカ』を撒き散らしていた。まるで彼の周りの雰囲気だけ異世界の物であるかのような凄まじすぎて隠しようも無い違和感。青いインクの中に赤をたらしてしまったの如き不自然。異常という言葉がそのまま意志を持って歩いているような、そんな空気。
「止まれ! 侵入者!」
銃を構えた白い服装をした男がそんな少年に怒鳴りつけた。その後ろからも何かの制服なのか全く同じ服を着た男女が続々と現れ少年に銃を突きつける。
「時空管理局だ! そのマントを取って大人しく投降しろ!」
マントの少年は足を止めた。ただしそれは男達の言う様に降伏するためでは無いようで、少年は状況を把握するためか一度だけチラッと彼らを見た。そんな様子に苛立った男が更に声を張り上げ怒鳴る。
「聞こえなかったのか!? 早くさっさと投降しろ! さもなくば撃つぞ!」
その台詞を男が言い終えるのとほぼ同時――少年が消えた。
「は?」
消えたのではない。恐るべきスピードで懐に潜り込まれた。
そう把握した時、男は少年のマントから拳が伸びるのを見た。
直後、
ズダンッ!!! と言う鈍く激しい音と共に少年の拳が砲弾のような勢いで男の眉間を激打した。
「かっ、はぁっ……ッ!」
声も出せずに男は空中に放り出されドサッと地面に叩きつけられる。
そしてその前にはもう少年はその場には留まらない。
ともすれば、音速に届くのではないかと言うスピードで駆け抜けて、未だ状況が把握できず口を大きく開けた別の男の首に稲妻のような回し蹴りが叩き込まれる。更に、その蹴りの反動を利用して空中に飛びピッタリ垂直にかかとを次なる標的の脳天に落とす。一撃で意識を失い白目を剥いて倒れる男を強烈な左腕の裏拳で薙ぎ払い、充分なスペースを確保して音も無く着地する。
男数人を素手で倒した少年に、呼吸の乱れた様子も無い。ただ一度マントに埃がついたようでパンッと一度だけはたいて払うと再び構えを取った。
一方の男達は泡を食って散開した。
「コイツ……ッ!? 魔法どころか質量兵器も使わずにプロの魔道士を三人も!?
クソッ。撃てっ、撃てぇえ!!!!」
正義は勝つ。悪は負ける。
当然彼らは人殺し集団の様な悪党ではない。むしろ不法侵入を犯している少年の方こそこの場では悪だ。その理屈に従えばこの場で負けるべきは少年の方だ。男達ではない。
だがそれは虚構の中だけの話。
この場、この時で正義か悪かは関係ない。
本物の戦いの場にて重要な事はたった一つ。強いか、弱いかだけだ。弱者は強者にとって的でしかない。
放たれた発光する弾丸を体の銃身を落として難なくかわした少年は先に自分が気絶させた男から奪った銃をブーメランの様に彼らの鼻めがけて投げつける。男たちの目が一瞬投げられた銃にむけられた瞬間。一秒にも満たないその隙の中少年はジグザグの軌跡を描いて再び男たちに肉迫し、いっそ惚れ惚れするほど見事なサマーソルトキックが一閃。もんどうりうって吹き飛ばされた男は他にも何人かを巻き込んで壁に叩きつけられる。魔力弾は少年に当たる所か少年の余りの素早さに翻弄され、寧ろ同士討ちにおいてしか戦果を上げなかった。既に立っている者は少年を含めたった二人。最後に残った男は震える唇をそれでも動かして何とか人間の言葉を紡ぐ。
「お、お前。一体何者」
返答の変わりに男は白い光を少年の両手に見た。
まるで獅子王が哀れな得物を噛み砕き散らすかのように、少年は白刃握る両手を交差した。
最後の一人が倒されあらゆる音が消え失せる。
静寂訪れる中、少年はポツリと呟いた。
「斬った感触はある。血は流れない。これが非殺傷設定か」
--------
そもそもの事の発端はエレギオのこんな発言からだった。
「リオンくーん。お仕事の時間でっせー」
魔法を習いに部屋を訪れたのリオンが見たのはその言葉と共にいっそ気持ち悪いと思えるほどのニヤニヤ笑いを顔に貼り付けたエレギオだった。ほぼ反射的にドアを叩きつけるように閉める。グシャアッ!!! と何かが潰れた様な音がしたが気にしないようにした。
「あっぶねえな!」
だがエレギオもさる者。不穏な空気を野生の勘的な何かで予知して近くに置いてあったアイスクリームのコーンを盾にして防御する。グシャアッ!!! と言う音の正体は哀れなアイスクリームコーンがお亡くなりになった音だったのだ。結果『超スピードで迫り来る物理的衝撃』攻撃をノーダメージでやり過ごす事に成功したエレギオは反撃の狼煙をあげる。具体的に言うと彼が先程口にしていた『お仕事』の内容が記された紙の束を丸めて創作武器を作り上げリオンの後頭部を一直線に狙う。
「なにぃっ!?」
哀れなアイスクリームコーン昇天のお知らせを受けていないリオンは驚きながらもその優れた反射神経でその凶悪な鈍器による一撃を回避。二、三歩下がって距離をとり魔法の教科書をこれまた丸めて彼も創作武器を作り迎撃の構えを取る。次元世界最高金額の賞金首であるエレギオ・ツァーライトと嘗て天才剣士と評されソーディアン・シャルティエのマスターであるリオン・マグナス。二人の想像すらできない苛烈な凄まじい最終戦争とも呼べる争いの火蓋は切って落とされ――
「……何やってんのお前ら?」
無かった。最終戦争をその言葉一つで止めたジャック・サリヴァン氏に多大な拍手を。
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「それで結局『お仕事』って言うのは何なんだ」
エレギオはコーヒーを一口飲んで、さも意外そうな顔でリオンを見た。
「なにってお前。俺の職業忘れたか?」
「は?」
職業。リオンは思わず首を傾げる。目の前の少年にそれは余りにも似合わない言葉だった。何せエレギオ・ツァーライトは犯罪者なのだ。それも超一級の次元犯罪者。職業になどとても就ける筈は無い。
だがそう目の前の少年の職業について思いを馳せた時、一つピンと閃く物がリオンの中にあった。
それに思い当たったと同時にリオンの表情はみるみる歪んでいく。それはそうだろう。誰だって犯罪者に進んでなりたいとは思わない。どこぞの田舎者よろしく強欲女に騙された訳でもなし。
「略奪か。そうなんだな?」
「あったり!」
親指を立てて満面の笑みを浮かべるエレギオ。対照的にリオンのテンションはどんどん下がって行った。エレギオの職業……いや『盗賊』を職業と呼んでは真面目に汗を流して仕事に励んでいる世間一般の大人の皆様には申し訳無いので肩書きと呼ぶべきか。エレギオの罪状には様々な悪事が並んでいるが基本的にはその殆どを略奪と言う言葉で纏める事ができるのだ。エレギオは殺人は好まない。だが人から命とそれに並ぶ大切な物以外の物を奪うことには躊躇しない。エレギオ曰く「基本的に金は命には並ばない。並ぶと思っている奴は狂ってるから関係ない」と余りにも勝手な理屈、いや最早暴論とでも言うべき論理でエレギオは日々略奪に励んでいるとの事である。少なくともリオンはエドワードからそう聞いていた。
そんなエレギオとは対照的にリオンは王国客員剣士として犯罪を犯す側ではなく犯罪者を取り締まる側だった。勿論リオンとて法律が絶対などと言うことを信じている訳ではない。法律の穴を掻い潜った卑怯者、或いはリオンの父でありオベロン社と言う世界的大企業の総帥ヒューゴのような法律と言う網を内側から食い破る圧倒的な力を持った悪党をどうする事もできない矮小な存在だと言う事をリオンは知っている。
だが法律は決して悪ではない。
法律は、言ってしまえば○○はやってはいけない。××はやってもいい。そんな事を教えるわかり易い基準であり教科書であり、そしてその文頭に「取り敢えず」と言うフレーズが着くが間違いなく正義なのである。確かに悪法は存在するし時に法が人の道を誤らせる事も有る。だがそんな法律とて略奪等と言う誰の眼から見ても悪事とわかる行為を認めはしないだろう。略奪行為は決して正義などではない。そしてそんな行為を進んでしたいと思うほどリオンの騎士道精神は落ちぶれてはいなかった。
不満か、とエレギオが聞く。リオンにとっては答えるまでも無い事だ。
「だが僕に拒否権は有るまい」
「……意外とすんなり納得するんだな」
「『契約』だからな」
リオンは勿論略奪などしたくは無い。だが今、リオンがツァーライト一味と言う庇護を失えばどうなるのか。リオンには自分の手で作物を作ったり畑を耕す技能は無い。かと言ってこの世界に突然現れたリオンがマトモな職業に就けるとも到底思えない。剣士としての才能は有っても食料を得る金や技術は無いのだ。結局略奪に走る事になってしまうのだろう。何よりもそんな事にフェイトは巻き込みたくなかった。あの自分に良く似てしまった少女をこれ以上不幸にする事などリオンには看過する事などできるはずもなかった。エレギオの要求を呑めば彼女は決して巻き込まずに済む。否、己が矜持にかけても、絶対に巻き込ませない。リオンはそう思った。
エレギオはそんなリオンを見て笑っていた。嘲るのでもなく皮肉るのでもない。『仕事』を行なう時のエレギオ・ツァーライトは通常そんな笑みを浮かべる事はしない。エレギオは間違いなくこの時リオン・マグナスと言う少年の決断にはある一種の敬意の様な物を抱いていたのだ。エレギオは当然心を読む力を持っている訳でもないがリオンの性格、おかれている状況から今彼が大体どんな事を考えているかの見当はついていた。故にエレギオはリオンを尊敬した。仮に損得勘定の上で、ここで悪事に走らなくても将来悪事に走る事になるとわかっていてもあそこまで躊躇い無く納得することはそうそうできる物ではない。
「うんうん。めんどくさいのは俺も嫌いだしな。めんどくさくないリオン君にはプレゼントをやろう」
「一々癇に障る奴だな貴様は……。これは?」
「試作品のデバイス」
「ッ!?」
流石に目を剥いてエレギオから渡されたやたらとカラフルな包装が目立つまるでサンタクロースがクリスマスに良い子に配るプレゼントの様な箱に飛びついた。少々微笑ましくも思える光景だったがリオンは気にも留めずにビリビリと包装紙を破いて中にあるそれを取り出した。エレギオはそんなリオンを見ながらこう言う。
「魔法の『実証』って奴にも丁度良いだろ?」
--------
試作品のデバイスは小刀だった。
リオンは二刀流を操る剣士である。それも攻撃用の長剣と防御用のマン・ゴーシュの様な短剣を使うかなり正当な二刀流だ。巷では良く勘違いされて受け入れられているが二本の長剣を同時に操る二刀流は本来亜流なのだ。一本の剣で100なら二本の剣で200なんて言うのは唯の妄言である。
だがリオン自身他でもないその戦闘スタイルによって悩まされている事があった。それが防御用の短剣についてである。結局の所シャルティエと言う(リオンが使えばだが)魔法の障壁や、あまつさえ核シェルターですらバターのように切り裂いてしまう様な魔剣に対しては今まで使っていたダガーは余りにも不釣合いだったのだ。オマケにシャルティエは羽毛の如く軽い。リオンはもう慣れていたがそれでも長剣が短剣よりも軽いというのは振っていて奇妙な物である。性能が良すぎるというのも考え物、と言うことだ。
それ故にこの小刀のデバイス(試作品に付き無銘)はよくリオンの手に馴染んでくれた。コレも魔法が関っているのか、デバイスの小刀はシャルティエに同じく羽毛の様な軽さだったのだ。シャルティエが不機嫌なのもリオンは気にならなかった。
「(エレギオ。掃討は完了したぞ)」
「(了解。地図はわかるな? そのまま第五区画に向かってくれ)」
次元輸送船『オリアナ』
それが今ツァーライト一味が襲撃している次元艇の名前だった。とある物語の登場人物の『運び屋』を営む魔道士から取った名前だと言う。名前の由来となった魔道士は『追跡封じ』とも呼ばれ追っ手を撒くことに関しては右に出るものはいないとまで評される女性との事らしいが残念ながらこの輸送船は名前の由来となった彼女の様には行かずエレギオの『天上眼』に捕われてしまった。何人かの管理局員が船内に警備員としていてリオンに襲い掛かったが彼らがどうなったのか態々説明する必要もあるまい。
「(ついたぞ。第五区画だ)」
「(ん。そこから10m下に食料庫がある。シールを貼り付けてきてくれ)」
「(了解)」
短い返事で念話を切り上げリオンは試作デバイスの小刀を懐にしまった。それによって開いた左手で見えない何かを掴むパントマイムのような動きを始める。ゴゴッ!! とうねりを上げてリオンの左手には見えない力が集まっていった。やがてリオンがそれらを掴み取るように左手を握るとそれらの力は変化を始めた。
紫に光る。圧倒的な力を発する槍の形に。
屈伸の要領で体をばねのように使って飛び上がる。そしてリオンはシャルティエと声をそろえた。
「「デモンズランス!!」」
最早御馴染みと言っても過言ではない晶術『デモンズランス』がその破壊力を情け容赦なく発揮する。リオンの手を離れた闇の晶力が床に当たった瞬間メキメキメキィッ! と音を立てて食い破った。その余波が下に居た管理局員&船の一般乗組員数名を纏めて吹き飛ばす。飛び上がったリオンはその床に開いた穴を通って下の階に着地した。普通の人間なら間違いなく足の骨を粉砕してしまう高さ10m。リオン・マグナスにとっては何と言うことも無い。平然とした様子で降り立った彼は周りを見て眉をひそめた。
「(非殺傷設定と言うのも万能ではないな)」
戦艦の頑丈な壁すら貫く『デモンズランス』当然ある程度の加減をしたとは言えそんな物を身に受ければ人間は一瞬で物言わぬ肉塊に変わってしまう。とは言え非殺傷設定はキチンと働いていた。あたりには血の海は広がっておらず『デモンズランス』の直撃を受けてミンチになってしまった人間は居ないようだが……
「(そりゃ常識的に考えればわかるだろ。術自体には作用できても二次災害まではどうしようもないって)」
「(そうか。人間飛び散る瓦礫を頭に受けるだけで死ぬ生き物だと言うのにな。
それを考えると非殺傷設定と言うのも随分と欠陥品だ)」
「(……お前の火力がデタラメすぎるだけだろ)」
死人こそ居なかったが何人かは腕を変な方向に捻じ曲げていた。疑いようも無く折れている。肩が砕け、それでも気絶できず激痛に悶えている者も居た。リオンは沸点こそ低いがそれでも他人を自ら進んで痛みつける悪趣味は無い。次から気をつけようと内心で言い聞かせ食料庫へ向かった。
ちなみにシャルティエは
(アレでデタラメな火力って言うんだったらディムロスとかクレメンテの晶術を見たらなんて思うんだろ……)
なんてことをぼんやりと考えていた。
ともあれ今の一撃で管理局員の戦意は根こそぎ刈り取れたらしい。リオンを見ると蜘蛛の子を散らすように逃げていった。彼らには目も呉れずリオンは鋼鉄の大きなドアへ向かって歩いていく。輸送船の生命線とも言える貨物を守るだけあってそこそこに頑丈な扉だったがかつて時の庭園でリオンが破った巨大な扉に比べればスポンジも同然。リオンがシャルティエをを無造作に一閃させるだけでズズ……と言う音をたて数秒もしないうちに人が通れる穴が開く。
「(おーい……ああ。折角鍵用意したのに)」
となにやら残念そうな声が念話で響いたがリオンは無視して中に踏み込んでいった。中は広く、そして寒い。冷凍庫にもなっているようで近くにあったモニターには-20℃と無機質に表示されていた。流石にその極寒の中で長時間の作業は厳しい。そう考えたリオンはエレギオの指示も受けてリモコンを探す。エレギオ曰くこう言った船の温度調整にも魔法は浸透しているとの事で、直ぐに-20℃の-の部分だけが消え去り過ごしやすい気温へと変化する。
「(んじゃ『シール』を張ってくれ)」
「(言われずともわかっている)」
リオンは言われたとおりに貨物へ次々とシールを貼っていった。デフォルメされたアフロの少年ががVサインをしてイラッと来る様な笑顔を浮かべたそのシールはふざけた見た目とは裏腹に転移魔法が篭められていて貼られた対象を記憶した位置に転移させてしまえると言うえげつない効果を持っているらしい。現にリオンがシールを貼った貨物は次々と残滓も残さずどこかへ消えてしまう。エレギオの話通りだとすると『オリアナ』のそとで待機しているドラギオンに連結されている巨大なボックスの中に転移されているらしい。そうなることはリオンも事前から聞かされてはいたが、それでもは100kgはあろう貨物が消えたのを見ると少々硬直してしまう。とは言えリオンの適応力も低くは無く、直ぐになれてペタペタとシールを貼っていった。
だがそのスムーズな作業もある貨物を前にしてぴたりと止まることになる。
「(リオン? どうかしたのか?)」
不審に思ったらしいエレギオの声が聞こえてはいたがリオンはそれに答えることをしなかった。彼のその目線は万力で固定されたかのようにある一点のみにそそがれている。その先には貨物の中身を知らせる『普通』のシール。
『西洋トウガラシ 80kg』
そう表示されていた。
「……………………」
天才剣士と評されるリオンにも幾つかの天敵が存在する。西洋トウガラシは(リオン本人は断固として認めようとしないが)その一つだった。何せ食事の際にそれが出てきた時にはリオンの高い能力をフルに使って電光石火の速度でしかもこっそりと他人の皿に移してしまうほどである。何と言う能力の無駄使い。
「…………………………」
リオンは沈黙していた。その内心に凄まじい葛藤を抱えながら。今のリオンの心の奥底では己のプライドだとかエレギオの指示の重要性だとか宿敵ピーマンの危険性とかを並び上げ天秤に乗せているのである。かの秘技『ピーマン移し』はなぜか良く破られるので(まるで天がちゃんと野菜も食えよーと言ってるかの如く)このまま持ち帰れば高い確率でピーマンの脅威を味わう。より正しくはピーマンを口にすることになってしまうのである。ちなみにエレギオはリオンが甘党だと言うのは知っていたが未だにピーマンを食卓に並べたことは無く、そのためリオンが何を悩んでいるのかは全くわからないのである。
「(リオン。聞こえてるのか? 返事しろー)」
「………………………………」
だが人間にはいつまでも悩み続けるだけの時間は天から与えられては居ない。どんなに苦しい選択であったとしても、たとえ正解なんて無かったとしても人間はいつかは選択しなければならない。2000万ガルド(日本円にして二億円)と言う一生を費やしても返済できなさそうな借金を背負った青年の如く。ピーマンか、意地か。さあ選ばなければならない。
「……………………………………」
時は有限で、こうして言う間にもタイムリミットは迫っている。
「…………………………………………」
選ばなくてはならない。一つの間違いが何かを壊してしまうと知っていたとしても。
「………………………………………………」
尋常ならざる雰囲気を天上眼ではなく肌で感じ取ったエレギオも沈黙した。
「……………………………………………………」
そしてリオン・マグナスはそんなことも心得ていないような人間ではない。
「…………………………………………………………」
長い沈黙の果てにリオンが下した決断は……
「後にしよう」
「(オイコラ待てや)」
心なしかそう突っ込んだエレギオの声には何時にないドスが効いていた。だがリオンはそんな事気にもかけない。取り敢えずピーマンの呪縛から逃れたリオンは心なしかいつもより足取りが軽やかだった。次々と迷うことなく貨物にシールを貼り付けていく。作業効率は先程より断然に上がったというのにエレギオは労いの言葉をリオンにはかけなかった。とは言えそんなこんなで作業はどんどん進んでゆく。
だがそんな中明確な異変が起こった。
「…………ん?」
突然プツンと念話が途切れたのだ
「(エレギオ。どうしたんだ)」
念話で呟いても返事は無い。
通じている気配すらなかった。
「あーお話中のところ悪いんだけどさぁ」
気配を察知した時にはもう遅い。
「取り敢えず死んでね」
圧倒的な違和感は既に形となってリオンを襲った。
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