SAO--鼠と鴉と撫子と
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25,That is say it's・・・
前書き
さてと、しばらくぶりの戦闘ですよ
風を感じる。
左右の景色は既に原型を留めず、ドロドロと溶けていた。
唯一形をとどめている小さなマッチ棒は見る見るうちに巨大化し、やがて巨大な石柱となった。あれが、迷宮区――10もの階層で連なった次の層へと至る道だ
ヒュ、と一定だった音の中に高音が交じった。
視認するよりも速く、反射的に右へ逸れる。俺が通過するはずだった場所にはモクモクと砂埃が立ち込め、その手前で標的を見失ったオーガが両手剣を持ち上げながらキョロキョロとあたりを見渡していた。
俺は、速度を落とさず走り続ける。
確認しなくても、俺の後ろにはそんなオーガ達が1ドットの塊となってこちらに向かっているはずだ。
これは《トレイン》というアンモラル行為の一つだ。もしも俺の前が別のプレイヤーを追い抜くこととなれば、彼は問答無用で20ものMobの群れと戦わなくてはならなくなってしまう。
だけど、いまはこんな些事に構っている余裕なんて無かった。
チリン、と耳の端で急げ急げと鈴が鳴きわめいた。
コレのお陰で速度が上がるのは嬉しいが、とにかく次々とMobがやってくるのも明らかにコイツのせいだ。
少しばかり静かにしていてくれると助かるが、後ろから大挙してやってくるオーガの群れとは1メートルでも多くの距離をとりたかった。
「クロちゃん、遅いゾ」
目の前を先行して走っているアルゴから叱咤の声が飛ぶ。
移動速度だけならほぼ同じだが、先ほどのような一瞬の戦闘を繰り返しているのだから、その分の一歩一歩で遅れるのは無理からぬこと。
いつの間にやら、アルゴが先行するような形になってしまっていた。
「あのトレインをどうするんダ?」
「キリトやアスナはもうとっくに引き剥がしてる。あいつらがここを通る頃にはある程度はバラけてるだろ」
それに後ろからくる奴らの殲滅力は俺やアルゴよりも遥かに高い。だったら、面倒は全て任せるに限る。
俺達はあっという間に迷宮区へとたどり着き、門を蹴破るように中へと入り込んだ。
先程までの荒地が荒廃した世界ならば、この魔境は古代文明の創りだした岩壁の魔境とでも言うべきか。
無加工の岩が石垣のようにしっかりと積み上がり、壁を作り出していた。
中央には大きな吹き抜けが最上階まで繋がっており、周囲の岩は壁が崩落しない程度に削れたり、穴が開いていた。
視線を水平に戻すと、3つの入口が壁へと向かって開いており、本体であればプレイヤー達がこのドーナッツ型の建物をクネクネと登らなくてはならないのだろう。
さてと、と俺は周囲の様子を伺って、岩という岩を確かめ、一つを手で触れ、僅かに体重をかけてみた。
しっかりと組み合った岩は微動だにせず、コレを足場にしても、崩れないことはまず間違いない。
「アルゴ、ショートカットするけどいいよな?」
「ああ、いいゾ。いいコースを探してくれヨ」
任せろ、と応えてからもう一度だけ空間を確認した。片足だけでも掛かりそうな僅かな出っ張りを記憶し、線と線で繋ぐ。
出来たルートを再度確認し、ほぼ一直線に次の大きな足場まで続いていることを確認した俺は、最初の足場へと思いっきり加速していった。
「おおおおおお」
勢いそのままに、ジャンプして足場へと登り、勢いを殺さずに次の場所へと飛び上がっていく。何度か繰り返すと、目標としていた正規の通路にストンと着地した。
振り返って、アルゴの方を見ると、同じルートで登ってくるのが見て取れた。傍目から改めて見ると、まるで壁を走っているかのようだ。
追いつかれる前に次のルートを決め、再び空中へと飛び出していった。
その音が聞こえてきたのは、垂直行軍で最上階まで踏破した時だった。
ぶつかり合う金属の音・甲高い叫び声、そしてわずかに聞こえるそれよりも高く小さい何かが砕けて行く音。
「間に合わなかった」と「間に合った」が一度に俺の体の中から溢れ出てきた。酷使のせいで気怠くなった足を鞭打って、必死に走りだす。
まだ、間に合う……間に合うはずだ。
生き残っているのが何人かは分からないが、牽制をしつつ撤退への道を開けばいい。
それに、俺が時間さえ稼いでおけばPOTローテーションが間に合うかもしれない。
喧騒の音がはっきりと聞こえてきた。
ガラスの壊れる音の中にも確かにまだ気合の雄叫びは聞こえてくる。
みんな、生きている。さあ、ここを角を曲がった先こそが、決戦の時だ。
スライドしながら、俺は角の先を見た。スライドを止め、再び見た。
アルゴが追いついた所で、三度見て、俺は絶望を知った。
「何だヨ。これ」
アルゴが、認めたくないとばかりに目を覆う。
俺も、同じように目を疑いたかったが、二人が見て確かなら……それは事実だ。
「道が……ない」
ボソリとつぶやいた一言は深々と、目の前の虚空に堕ちていく。
あるはずの通路はそこにはなく、円形のぽっかりとした穴が、遥か下層への入り口を作り出していた。
隔絶された先にはボス専用マップの扉が大きく開かれ、中では予想以上の惨劇が繰り返されている。
雄叫びを上げる双頭の巨人、振り下ろされるは真紅の巨剣。
複数名のタンクプレイヤーがわけも分からぬ叫びを上げながら、それを自分たちの盾で抑えこもうとし、吹き飛ばされた。
必死で隊列を立てなおそうとしているプレイヤーの総数は30名程度――それ以外のプレイヤーはここからは見えない位置でPOTローテーション中なのだろう。
いや、そうであってくれ。
「Wow、ずいぶん早かったな。もう少しは楽しめるとばかり思ってたんだが」
不意に横合いから声がした。戦闘中のこの凄惨な様とは合わない、美しく艶のある声。
視線を向けると、落とし穴が飲み込んだ先にはもう1つだけ通路があった。一直線に下り階段に到達している通路の真ん中で二人のプレイヤーが座り込んでこちらを見ていた。
二人の素顔を見ることは出来ない。
一人はポンチョをしっかりと被り、口元に邪悪な笑みを浮かべている。
もう一人は髑髏を模したマスクで顔を覆い、ポンチョの横でエストックを磨いていた。
戦場で淡々と武器を研ぐその様は、まるで地獄の底からやってきた死神のようだ。
よりディテールを凝らしていく中で、俺はあることに気がついた。この二人の上にあるはずの緑色のマークがなくなっている。
代わりにあるのは、犯罪者であることを示すオレンジのマーク。
「お前ら……誰だ?」
「まあ、ゆっくり見てけよ。特等席だぜ。ゴミクズの様に吹き飛ぶさまがよく見える」
「誰だって聞いてんだよ!!」
ポンチョの男が再びこちらを見た気がした。ヒヤリとした視線が俺とアルゴを下から上まで当てられる。
隣にいたアルゴが僅かに息を吸い込んだのがわかった。
「クロちゃん、ポンチョの方――目撃者だヨ。解放隊が罠にかかった時に助けた奴ダ」
「オイオイ情報屋、それは飛んだmistakeだぜ。正しくは、嵌めて、見物して、助けて、そしてまた嵌めた奴だ」
「――下層から罠を持ち込んだのはお前か」
「傑作だったぜェ、あいつらにチョット助けたら俺の言うことをすべて信じて、こんなトコロまで来てくれたんだぜ」
言い終わるやいなや、男が爆笑した。肩を震わせ、腹を抱え、その場を転がりまわる。
犯人がここにいるならこの眼の前の現象も説明できる。
こいつらは解放隊と俺達ソロプレイヤーの対立を煽り、アルゴからの情報をまず寸断させた。
その上で、言葉巧みに解放隊をここまで誘導し、ボス戦のMAPに飛び込んだところを待って再び罠を発動させる。
解放隊の退路を絶ち・救援に来たプレイヤー達を阻むために。
「何で……何でダヨ!!」
「何でか……ナ・ン・デ・ダ・ロ・ウ・ナ?楽しいからに決まってんだロ!!」
この男はまるで楽しい一幕のようにアルゴの口調を真似て言い切った。怒りすら素直にぶつけられないアルゴはなおも声を張り上げる。
「人を、人を殺してるんだゾ。狂ってるヨ」
「狂ってるのはお前らだ。マジになるなよ?game is game。楽しまなくちゃ損だろ?ここで死んだら現実でも死ぬ?んなの誰が分かんだよ!」
「本当に死ぬ……死ぬんだ」
「だから、それを、どう、証明する?」
「それは……」
髑髏の方の問いに実際に見たから、と答えることは出来ない。
俺が見たことを説明するには時間が惜しいし、それだって証明する手段はない。
それに、これは勘だが、黒ポンチョの意見は本気でそう信じていない気がした。
ポンチョの方はおそらく確信を持って、この世界が現実だとわかった上で人を殺している。そんな気がする。
「あああああぁぁぁぁぁ」
不意に、先ほどとは段違いの悲鳴が上がった。
最後の1パーティーとなっていたタンク部隊が巨剣に薙ぎ払われ吹き飛んでいった。POTは当然間に合っていないし、攻撃を防いでくれるタンクもいない。ダメージディーラー達はもう他人の事を気にする余裕もなく、ただ潰走していた。
ドシン、ドシンと巨人の足が倒れているタンクプレイヤーを踏みつけた。バタバタと手足を動かすも、巨体の重さと死の恐怖で全く意味はなく、悲鳴は掠れるように消えていく。
「くそっ」
咄嗟に俺は地を蹴った。
ポンチョとの会話中に確かめておいたルートは問題なく向こう岸まで辿り着けそうだ。十分な助走をつけ、一番手近な足場へと跳躍しようとし――
「クロちゃん、ダメだ!!」
――アルゴの悲鳴に似た叫びで何とか踏みとどまった。
目指していた足場には二本の投剣が深々と突き刺さっている。刀身は不気味に光り、持ち主の血を求める心を写し取っているようだ。
「Wow、外したか」
「次は、当てる」
なる程、ただでは行かせる気はないってか。
目的の扉の先からは何かを叩き潰す鈍い音がした。ついで生物から出るはずのない無機質な破砕音が響き渡る。
もう一秒の猶予もない。俺は、アルゴの方をチラリ、と見た。
アルゴは俺の顔を見て、俺が何をするかに気づいたみたいだ。クローをつけた腕で俺を引きとめようと手を伸ばす、がもうその手は空を切った。
「おおおおぉ」
先程と同様に助走をつけ、足場へと跳躍する。
飛んでくる投剣の一本を自身の投剣で相殺し、着地した足でギュッとグリップ。流れようとした体にブレーキを掛け、奴らのいる通路へと一気に突き進んだ。
空中で奴らを見ると、既に髑髏の方は獲物をエストックへと切り替え、フェンシングのように眼前で構えている。刺突に特化したエストックらしい――急所一点狙いの《リニアー》の構え。
狙ってくるなら空中で無防備な、俺の――
「――アタマ!!」
叫びながら体を丸め、前転するかのように体を回す。弦月とは逆の宙返り蹴り《ムーンサルト》のモーションに入ると、俺の右足は青色のライトエフェクトを纏った。
ガキィィン、と金属の弾ける音とともに髑髏面のエストックが地面へとたたきつけられた。
自分の突きをカウンターされるとは思っていなかった髑髏面は一瞬だけ、動きを止めた。
「シマッ」
言い終わる前に俺は伸びきった肩にナイフを一閃した。
スパン、と確かな手応えとともに男の体がドスンと地面に転がった。
「レベル2の麻痺毒だ。大した時間じゃないけど、そこで寝とけ」
悪態をつく男は無視し、俺はもう一人へとナイフの切っ先を向ける。
ポンチョの手にはやや刃幅の広い短剣をダラリと構えられている。見たことこそ無いが、漂う気配は別格だ。
後ろで、トントン、とリズミカルな音が響く。
アルゴは無事に向こう側へと渡れたようだ。解放隊はもうアイツに任せるしか無い。
俺は、こいつを倒すことに全力を尽くす必要があるようだから。
「hoh,麻痺毒を使う攻略組がいたのか」
「たまたま持ち合わせただけだ。それに俺はオレンジに容赦する気はねぇ」
「そりゃあ良かった。嵌めるまでオレンジになるわけにはいかなくてな。ちょうど、成り立てだ――」
そりゃどうも、と俺は右手に二本・左手に一本の短剣をクイックチェンジで呼び出した。
ゆったりと手を下げるた姿勢でライトエフェクトを帯びさせる。そして、剣をジャグリングさせながら打ち出した。
逆三角形の隊列を保ちながら、投剣三連撃スキル《トライバースト》が四肢を引き裂かんと唸りを上げる。
が、俺が見たのは想像を絶する光景だった。
ダラリと垂れ下がった右腕が僅かに揺れたかと思えば、金属音が二度聞こえた。ああ、弾かれたと気づけたのは俺のナイフが奴の足元に転がってからだ。
そして、そのまま流れるように体を動かして、左腕を突き出した。
ヒュン、まるでキャッチボールでもするかのように左腕で、最後の一投をしっかりと……掴んだ。
「そういや、応えてなかったな。俺の名前はPoHだ。ピー・オー・エイチ」
ポンチョは投剣を手の中でくるくると回し始める。まるで、遊んでいるように。まるで、戦闘を愉しんでいるように。
「ふざけんな」
大地を蹴る。
《トライエッジ》は俺の投剣スキルの中では最高の技だ。それを難なく防ぎ、最後の一投を余裕で掴んでみせた。
認めたくないが、おそらく遠距離戦では奴には勝てない。だったら、インファイト……天井で囲われたこの場所は俺にとっては都合がいい。
「――ハァァァァ」
飛び込みながら二刀で斬りかかる。
感覚と直感を頼りに二刀を振るうが、それよりも速い銀閃が俺の連撃を尽く阻んでいく。
もっと疾く・もっと疾く
加速化された世界は二対四本の煌めきによって光り輝く。
拮抗した世界は、だがしかし、永遠には続かない。
意を決して振りぬいた上下のコンビネーションは同じく振るわれた二刀によって防がれる、これは想定内。
反撃で突き出された左腕を支点に、側面へ回転し、すれ違いざまに一撃
が狙った脇腹にはしっかりとやつの短剣が先回りしている。だけど、それもフェイク。
本命はこの死角からの一撃。ゼロ距離からの高速四連撃《ファッドエッジ》
「おおおぉぉぉ」
右腕がシステムにアシストされて突き出される。PoHはようやくこちらに向き直っただけで、体勢は整っていない。
捉えた。そう思った瞬間、俺はまたしても自分の目を疑った。
神速の突きに対して、Pohはゆっくりと短剣を添えたのだ。短剣で刃が逸れ、どれも体の外へと逃れていく。最後の切り払いは難なく振り下ろされた刃で迎撃され、俺は地面へと突っ伏した。
「Too bad」
頭上からの台詞にゾクリと背筋が凍った。今までとは全く気配。まるで、冬眠していた熊が目を覚ましたかのように。
「ック」
咄嗟に体を丸め、跳ね上がる様に《弦月》を放つ。奇襲のはずなのに、軽く頭をスウェーバックして躱されたが、そのままバク宙をして距離を取ろうとし――
――ゾクリ
「ァァアアア」
無意識に引き絞った腕が《ショットアウェイ》を発動させる。
衝撃波が出るほどの一撃の反動で、俺は文字通り後方へと吹き飛んだ。
おそらくあの一撃は当たりはしない。
だが、距離はとれた。一度立て直して、それから――
突き刺すような殺気を感じ、思考をやめると眼前にはそこにあるはずのない一筋の光。
「ックソ」
咄嗟に獲物のない左手で《閃打》を放ち、《シングルシュート》を迎撃した。
パリィには成功したものの、無理やりソードスキルを発動させたせいで、ふらふらと地面に着地した。
慌てて前方を見れば、勢いよく加速してくるPoHの右腕は青色のライトエフェクトを纏っていた。
前方に走りながら突き刺すのに特化したあの構えは一つしか無い。
現在判明している短剣スキルの中でも最も高いソードスキルの一つ《ラピッドバイト》
連撃に繋げられるメリットを持つ突進技だ。態勢が崩れている今では避けるのは無理。
防御も不利。
狙うなら、カウンター。《閃打》で弾いて、硬直の時間差を活かしてそのまま短剣スキルで仕留める。
奴のモーションに意識を集中させる。
ラピッドバイトの発動のため、肩がねじ込まれ腕が伸びようとしたその時、俺はソードスキルを発動させた。
スローモーションの様に間延びした時間。剣の通るその先へと俺の拳が繰り出される。
腕がゆったりと、伸びてゆく。タイミングは完璧。
神速の一撃は、そこで動きを止めた。
「――ぇ」
振り切った拳は空を切る。驚愕で次のソードスキルを出すタイミングを遅らせた俺の胸に、今度こそ青色の輝きを放った四連撃が深々と突き刺さった。
衝撃で後ろに飛びながらアイコンを確認すると、予想通りの麻痺アイコンが表示されていた。
仰向けに倒れながら、必死に体を動かしてポーチを探ろうとする俺の腕をPoHが無造作に蹴りあげた。
携える短剣には未だに青い炎を宿している。
俺は、改めて見た。
目の前に迫るポンチョの中の顔――そこには愉悦を感じ、感極まった口元がニヤリと嗤っていた。
That is say 、悠長な英語が流れ出る。一度、そこで真顔に戻り、数秒後に再び残忍な笑みを浮かべて口を開いた。
「It's shoooooooow time 」
後書き
久々に戦闘シーン書くと、なんかキャラが動かんなぁ。
まあ、長々と引っ張ってたこの25層のオチは次回でケリを付ける予定。
俺のPoHさんはこんな感じですが、みなさんはどんなイメージですか?
あんま原作で本人の登場シーンがないので、脳内補完(もはや変換かも)しちゃってます。
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