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100年後の管理局

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第二話 桜色、太陽

細身の男が防御できたのは奇跡と言う他にない。
男の魔法の才能はかつて、管理局のエースになれる逸材とすら言われるほどであった。
おそらくその名残であったのだろう。
すっかり錆びれた才であっても、魔力の昂りに呼応して一瞬で防御魔法を構築できた男はそれだけで称賛されるべきである。
そんな男の防御魔法を以てしても、桜色の魔法はたやすく打ち破ってくる。
しかし、意識は飛ばさずに済んだ。
桜色の光によって巻き上げられたであろう粉塵にまぎれ、すぐさま男は逃走を選択する。
なぜなら、男には桜色の魔力光に覚えがあったからだ。
『管理局の白い最終兵器』と呼ばれる少年の存在。桜色の魔力光を持つのはかの偉大な英雄を除けばその『最終兵器』しか知られていない。
そんな存在が追ってきているかもしれない以上、そこに留まるのは愚策でしかない。
すぐさま小屋裏の森に駆け込んだ。


男は回想を終了する。
後はただひたすらに走って逃げているだけだ。
男は恨む。
何故だ。と。
自分は夢を追っただけだったのに。
やり直したかっただけだったのに。
エースになれる才能と言われ、驕り昂り怠けてしまった。
そしてその才能を錆びつかせたことを後悔していただけなのに。
やり直してエースになって活躍したかっただけなのに。
何故。何故。何故。
いくら悩んでも答えは出ない。
「くそぉ………。」
男の口から出たのは、悔しさだけであった。


少年は空に上がって眼下を見下ろしていた。
その目に映るのは先ほど小屋から逃げ出したであろう男が逃げ込む森であった。
「……完全に不意を取ったと思ったんだけどなー。」
『He is a good magician.(素晴らしい魔導師ですね。)』
「だよなー。レイジングハートを起動させてなかったとはいえ、不意打ちのディバインバスターを防ぐなんて、本当にすごいな。」
栗毛の少年の声には素直な称賛の声しかなかった。
完全に不意打ち。十分な収束。
要するに最高の条件における一撃を打ち込んだにも関わらず防がれたのである。
完全な全力でないとはいえ相手の反応速度、そして防御魔法の強固さにただただ称賛を贈るのみであった。
そしてだからこそ、次の一撃は全力の必要があった。
少年はそう心からそう思っていた。

「よし。それじゃあ全力で行くよ!レイジングハート!!」
『……all right.(……分かりました)』
紅い宝石から聞こえる声は、少年の明るい声とは大きなギャップがあり、暗さがあるように感じられた。
しかし少年の方は気付かなかったのかそのままその紅い宝石を空に掲げる。
「レイジングハート!」
『……Stand by ready. 』
「セーット、アーップ!!」
『Set up.』
桜色の光が少年を包む。
桜色の光が晴れた後には、白を基調とした服に身を包む少年の姿があった。
両手には青の手甲。青と黒のインナーを着こみ、その上には下まである白のロングジャケット。下は白を基調としながらも、青のワンポイントが入ったロングパンツ。
戦闘服を身にまとった少年の姿がそこにあった。
「ふふふ………。」
顔を下に向けうつむいた少年から、突如として嗤いが漏れる。
その嗤い方には、先ほどあった知性がどこかに消えてしまったかと思えるほどのものだった。
「ふふふふ………。」
こうしている間にも、男は遠くへ逃げていく。
少年はそれを忘れているわけではないが、けれども心の底から浮かんでくる嗤いは止められなかった。
「あははは………。」
嗤う。嗤えてしまう。どうしても。
この姿になると、心の底から嗤いがこみあげてしまう。
「あーはっはっは!」
少年はようやく顔を上げる。
こみあげてくる嗤いを隠しもせずに。
嗤いゆえに歪んだ唇を隠しもせずに。
「あはは!!いっくぞぉ!」
こみあげてくる衝動をわずかも抑えることなく、吐き出す。
心から浮かぶ、そのままに。

そして『最終兵器』が動き出す。

「アクセルシューター!!GO!」
『Accel shooter』
瞬間、少年の周囲には複数の桜色の球体が出現する。
その数、およそ50。
それだけの球体が少年の合図で一斉に眼下の森へと突っ込んで行く。
しかも着弾していったそばから、爆撃音のような轟音が鳴り響く。
粉塵は舞い上がり、木々は倒れていく。
森林破壊なんて言葉が生ぬるく感じるような、さながら戦争としか感じられないような尋常じゃない破壊が繰り広げられていく。
50もの球体が着弾した後、森はすでにあらゆるところで木々がなぎ倒され、下の地面が露出し、ひどいところではクレーターが見えていた。
時間にしてわずか5秒。
一瞬にして森林は原形をとどめていないと言えてしまうほどに蹂躙し尽くされていた。
まさしくして『最終兵器』。その異名にふさわしい惨状であった。
しかし、『最終兵器』の本領はまだまだこんなものでもなかった。
「ククク………。本当にすごいなぁ。あれだけの攻撃を防ぎきるなんて。本当にすごい………。すごいから………、全力でやらなきゃ!!」
魔法で確認した結果、男が未だ倒れていないことに驚く。
そして、その言葉と同時、また50もの球体が出現させる。
それらは先ほどと同じように眼下の森に向かい、同じような結果を生み出していく。
するとちょうど20の球体が森に着弾したころ、少年の眼前に映像が映し出される。
『ちょっと!何やってんだよ!』
映像に出てきたのは、栗毛の少年より少し年上だろうと思われる少年であった。
少年は茶みがかった金髪で整った顔立ちをしており、非常に女性に人気の高そうな容姿をしていた。しかし、その表情からはにじみ出る苦労人気質とでも言おうか、やつれたような、疲れたような。そんな雰囲気がにじみ出ており、その雰囲気ゆえに少年を老けた印象にさせていた。
「どうした、グレイル。」
グレイルと呼ばれた映像の少年は、その栗毛の少年の何でもないかのような態度に対し怒鳴り返す。
『どうしたもこうしたもあるか!この馬鹿誠也が!いきなり出動したと思ったら、さっさかとおっぱじめやがって!明らかにやりすぎだろうが!ディバインバスターの一発でもぶち込んでさっさと帰還しろ!』
そんなグレイルの発言に、誠也と呼ばれた栗毛の少年は、分かっていないとばかりに呆れた表情を返す。
「いやいや、それじゃあだめなんだよ、グレイル。あの人は俺のディバインバスターを防いだんだ。だからさ………、全力をぶち込まなきゃだめなんだよ!」
会話の間も決して途切れさせなかった球体を突如消し去り、誠也はその構えを変える。
『………ちょっと待て。まさか……あれか?』
「そうだとも!グレイル!ご明察だ!」
『ちょっ、待てばか!許可とってねえんだぞ!』
顔面を蒼白にしたグレイルが叫ぶが、誠也は決して止まらない。
次の瞬間には誠也の周りに桜色の小さな球体が現れ始める。
それは徐々に数を増やしていき、最後には星の数と言えるほどの数となった。
そして、ここから誠也の最大の魔法が始まる。
その『最終兵器』と呼ぶにふさわしき、最大の魔法が。

「星よ、集え―――。」

無数に散らばっていた桜色の星々が誠也の眼前に集っていく。
それはさながら、宇宙開闢の時、小惑星がぶつかり合って大きな星を形成していくそのプロセスのようであった。
時間にしてわずか数秒。
開闢の歴史をなぞり、そこには桜色の太陽が出来上がっていた。


男は絶望していた。
その絶対的な力量の差に。
何とか全力防御で今も立ってはいるものの、それは自分に一度も直撃していないからで、直撃していれば一撃で沈んでしまうほどの攻撃が自分の周囲に降り注いでいた。
魔法使い、魔導師としての絶対的な実力の差。
それは周囲の惨状が物語っている。
わずか数秒、数十撃の攻撃で地形すら変えてしまう化け物を相手に、例え類稀と言われようと、所詮凡百で終わった自分がどうやって対抗しろというのか。
無理、無茶、無謀。
そんな言葉が頭をよぎる。
今の男には、あきらめてこの先一生牢屋で過ごすことを選択するか、一縷の望みに賭けて逃走を選択するか、その二択しかなかった。
ならば、逃げる。
男はそう決めて、逃走を開始する。
防御は自分の周囲に全力展開。
幸い、誘導が弱いのでうまくかわせば直撃は避けられる。
逃げ切れれば俺の勝ちだ。
そう思って、全力で逃走していた。
そんな時、ふと大量に降り注いでいた射撃が止む。
わずかに訝しむが、そんな時間すら惜しいとすぐに走り出す。
けれど、いきなり後ろから桜色の光が溢れだした。
それはあまりにも強い輝きで、男は何事と思い振り返る。

男はこの時の行動を生涯後悔する。
何故、そこで振り返ってしまったのかと。
振り返らずに逃げ続けていた方が、幸せなままだったと。
何も知らないままに、牢屋に入ることができたと。
そんなふうに悔み続けることになる。

振り返った先には、無数の星々があった。
数えるのも嫌になるほどの星々。
夜の空に瞬く星空のように視界を埋め尽くす星々。
男はかつて魔導師のはしくれだった。
だからこそ、この星々の意味が分かる。
この先にできるものが。
その結果が。

「星よ、集え―――。」

化け物が、『最終兵器』が、言葉を紡ぐ。
嫌な予感は的中する。
男の予想した結果は現実に変わった。
無数の星々が集い、そこにできたのは、桜色の太陽だった。
 
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