故郷は青き星
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第十九話
宇宙船ウルスラグナの乗組員達の協力を得てエルシャンはNASA長官と対談に成功する。
だがそこに至るまでは当然のことながら簡単ではなかった。ケネスを始めとする乗組員達の報告は最初信じてもらう事は出来なかった。
現在ウルスラグナが静止軌道上にいると報告するなり、テキサス州はヒューストンにあるジョンソン宇宙センターの30&30S内ミッションコントロールセンターから『ふざけるな!』という声が無線を通さずに届きそうな勢いで怒鳴られたくらいだった。
突如として丸1日以上の間あらゆる通信を絶ち、最悪のケースすら想定された今回の事件で、やっと通信が回復したと思えば、当人達からから出たのは出来の悪い冗談のような話。休む暇も無くコントロールセンターに詰めていたスタッフ達としては当然の怒りだろう。
結局、彼等を納得させる決定打となったのは、ケネスの「俺達と普通に会話出来てるのがその証拠だろう」という一言だった。
予定ではウルスラグナと地球とは約1億2000万km(約400光秒)離れており、会話をするには自分が発言してから相手の返答を13分以上は待つ忍耐力を求められるはずだったが、昔の衛星中継程度のタイムラグで済んでいる。
そのことに気付いたコントロールセンターのスタッフ達は、一旦冷静さを取り戻すが次の瞬間にパニックに陥ったのであった。
「次はアメリカ大統領と直接対話かよ……」
オバマ政権の2期目から数えて4期目にあたる現在、どんな人物が大統領になっているのか皆目検討がつかないが、アメリカの大統領と聞くだけで日本の総理大臣10人分くらいのプレッシャーを覚えて、エルシャンの中の田沢真治の心の尻尾が逆方向に丸まり股間に入り込む。
エルシャンは軍大学で一級軍政官──占領統治ではなく、対【敵性体】最前線となった国家においては、非常事態に際して星系国家の政府に代わり連盟軍が三権を握り統治を行う──の資格も取得しているが、やはり本物の政治家とは訳が違うのだった。
『ヘイヘイ司令官ビビってるよ!』
「……最近、お前がどんな方向に進もうとしているのか俺にはわからない」
マザーブレインのボケに、エルシャンは冷静に突っ込みを入れる。
『現在、地球の文化・政治など様々な分野の情報を収集するために受信可能な電波を全て解析しており、その成果の一端を披露してみました。また既に主要言語の多くは十分な習得段階にあり、地球言語の翻訳プログラムもほぼ問題ないレベルに達したと思われます。しかし方言などはサンプルが少なく習得率が上がりません』
「……そうか引き続き頑張ってくれ」
方言はどうでも良いだろうと思いため息を漏らして話を打ち切ろうとするが、この後エルシャンの心臓を鷲掴みにするような質問の言葉をマザーブレインは発する。
『その情報収集の結果を踏まえて司令官に質問があります』
「なんだ?」
『司令官。貴方と地球の間にどんな関係があるのですか?』
「!…………」
エルシャンは言葉を口にする事が出来なかった。
『特に日本と言う国と司令官の間との関係があることが分かるのですが、その理由が分かりません』
「何故そう思う?」
脇の下をパーフルオロカーボンとは別の液体に濡らし、心臓をバクバクとさせながらも平静を装いながら質問で返す。
『司令官。心拍数の増加と発汗が激しいようですが?』
「勝手にバイタルチェックすんなや!」
痛いところを突かれたエルシャンは、治療中の身でありながら無茶苦茶を言う。
『理由は、フルント星において司令官が開発したと言われる、カレーライス。ラーメン。寿司。餃子。ピザ。すき焼き。お好み焼き──』
「ああ分かった、分かった。もう何も言うな」
エルシャンは自分が言い逃れ出来ない状況に置かれている事を思い知った。
自分を含めてフルント人が地球にかかわる事など無いと思っていたから、せめて地球の思い出として料理名に元の名前を、と思って使ったのが失敗だった。
「これから俺が言う事は絶対に他言するな。他の艦のマザーブレインと情報を共有する事も、連盟政府及び連盟軍への報告も許可しない。このシルバ6のマザーブレインであるお前だけが知ることを許可する。いいか?」
『了解です司令官』
「本当にだぞ」
念を押すエルシャン。彼は相棒であるマザーブレインを信用していなかった。
「正直なところ、俺もどう説明すれば良いか分からない。はっきり言って自分でも馬鹿馬鹿しいと思えるほど荒唐無稽な話だが良いか?」
『誰も決して知りえるはずの無い情報を司令官が知っている段階で、十分に荒唐無稽と呼べる状況です』
「分かった……実は俺には前世の記憶がある。地球の日本人としての記憶がな」
『………………』
「何か答えろ」
『………………………………』
「自分で聞いておいて、答えたら放置か?」
『………………………………………………………………ナイスジョーク?』
「疑問形かよ!」
『司令官。私は今後貴方に対してどの様に接すれば良いのでしょう?』
「気の毒そうに言うな! 普通に接しろ! 俺は、ちゃんと前置きで荒唐無稽な話になると説明したよね?」
『ですが、それを信じるかどうかは別の話です』
「ああ言えば、こう言う! どう育てばこんなAIになるんだ?」
『これまでトリマ家の六代にわたる当主を司令官としてお仕えて参りました』
「そりゃあすまなかったね。たしかに最悪の環境だ! こりゃあおかしい!」
エルシャンはヤケクソで笑う。
『もう気は済んだでしょか?』
マザーブレインはエルシャンが笑い疲れるのを見計らい声を掛ける。
「気を使った風に優しく言うな!」
『それで、司令官に前世の記憶があるというのは冗談でよろしいのでしょうか?』
「冗談じゃないよ!」
『えなりかずき風に』
「じょうどんじょのいよ」
『完璧です。ネイティブとしか思えない日本の無駄知識……まさか本当に司令官は?』
「どういう確認をしてるんだよ!」
エルシャンは心底疲れ果てた。
『つまり地球の日本国で事故により死亡した後で、フルント星でエルシャン・トリマとして生まれ変わったと言う事ですか』
「そういうことだ。やっと納得したか?」
『納得はしておりません。この件に関して検証を始めると論理矛盾が発生するので例外的な大前提情報として登録しました』
「まあどうでも良い。それで地球人としての記憶はあるが、特に何かが出来ると言うわけでもなかった……唯一不満だったのがフルント星の飯の不味さで、自分が旨い食事を食べたいという一心で地球の料理を、手に入る食材や調味料で再現していただけだった。地球に関わることは無いと思ってたからな……そのせいでお前にばれるとは思ってなかった」
『帰りたかったんですか?』
「そう思うことも少なくなかった。だけどフルント星での暮らしも嫌いじゃなかった。地球にも家族や友人がいたがフルントの家族も大事だった……だから地球の事は忘れて、今の家族を大事にしようと思った。あの星で幸せになろうと思ったんだ……」
『司令官。私は司令官が幸せになることを願っています』
「そうか……」
『その為には友達は作った方が良いと思います』
マザーブレインは、地球には家族と友人がいたがフルントには家族はいても友人がいないという事を、エルシャンの言葉から導き出していた。
「ほっとけよ!」
『私のことは友人にカウントしないでください。他人に知られて恥をかくのは司令官ですから』
「するか!」
第61代アメリカ合衆国大統領。第55代大統領ジョージ・ウォーカー・ブッシュ以来のWASPの大統領。強硬な保守派である事など、マザーブレインは事前に調べた情報を耳元で囁く。
本当に色々と情報収集していたんだとエルシャンは小さな驚きを覚える。
『初めまして大統領閣下。私はエルシャン・トリマと申します。連盟の公使としてやってまいりました』
最近は人と話すたびに最初に口にする「こんな格好で失礼します」を枕詞代わりにした上で挨拶の言葉を口にした。
『初めまして公使閣下。アメリカ合衆国大統領アルバン・ダン・ビューレンです。異星よりのお客人と出会えて光栄です』
60代に入ったばかりだろう。今政治家として脂乗り切った時期のアルバンは、世界で始めて宇宙人と交渉を行う国家元首が自分であることと同じくらい、その国が愛するアメリカ合衆国であることを誇りに感じていた。
『ところでお身体の具合はどうですか?』
『恥ずかしながら、自分の足で立って歩けるようになるには、まだ二ヶ月間ほどこの中での生活を送ることになるようです』
『恥じる必要はありません。名誉の負傷なのですから』
自分より年長だった政治家達とは異なり朝鮮戦争やベトナム戦争で軍歴が無いアルバン大統領には、名誉の負傷とという言葉に引け目と憧れがあった。
『ただ怒りと憎しみに飽かせて、我が身を省みる余裕すらなく蛮勇を奮ったまでです』
『フルント星のことは聞いております。もし我が身に起きた事と思えば、この老骨でさえ怒りを抑えることは出来ないでしょう』
『お気遣いありがとうございます』
『……失礼だが公使。貴方はまだお若いのではないでしょうか?』
『まだ我々の種族の平均寿命の1/8ほどしか生きていないので若いと言えるでしょう。この星では時間では17歳になります』
アルバン大統領は想像以上に若かったエルシャンに驚く。
そして、まだハイスクールの生徒と同じ歳頃の彼が、住んでいた星を失い。家族も友人も、そして名も知らぬ同胞も全て失い。それでも文字通り命を削りながら独り戦い続けていたという壮絶さに息を飲む。
『君は……いや失礼。貴方は、それでもまだ戦う意思を持ち続けているだろうか?』
相手がまだ少年であるという思いに呼びかけ方を間違えてしまう。
『はい。パイロットとして戦う事はもう出来ませんが。まだ私は軍人です。自分に戦う術が残されている限り戦い続けます』
魑魅魍魎の政治の泥沼を長年泳ぎ抜き、そのトップにまでたどり着いたアルバンをして気圧されるほどの強い意志の表明。しかしそれ故に懸念を覚える。
『それは復讐かね?』
アルバン大統領はエルシャンの復讐心が、地球に災いを招くのではないかと恐れを抱く。
『パイロットとしての私は【敵性体】への復讐に命を賭け、そして破れました』
『それでも復讐の炎は消えないのかな?』
『……復讐、その思いは決して消える事は無いでしょう。だから……今、この銀河に生きる1人でも多くの人を救う事が、自分に出来る唯一の復讐。この宇宙を支配する残酷な運命への復讐だと思うのです』
『ふっ運命への復讐か……いや失礼した』
エルシャンの口から出た余りに青臭い台詞に思わず笑ってしまう。だが悪くない。アメリカ合衆国がこの戦争に加担する理由としては悪くない。そうアルバン大統領は思う。
アメリカ合衆国という歴史の浅く、多民族の寄せ集め人工国家をまとめ上げるのに必要な『正義』と言う名のスローガン。
アメリカは正義の名の下に戦う事で国を1つにしてきた歴史を持つ。それは今もこれからも変わることが無いと彼は信じる。
同じ銀河に生きる同胞達を守るために、星の海を渡り迫り来る巨大な侵略者に立ち向かう……これ以上アメリカ人を心を掻き立てるシチュエーションがあるだろうか? 否無い! とアルバン大統領は胸の内で自問自答する。
クールが格好良い? 馬鹿め。熱く燃えるのがアメリカ人魂だ! と古きよき合衆国に思いを馳せる。
今回のことはアメリカを再び絶対的な超大国へ復権を果たす絶好のチャンスと捉え、ルーズベルトを蹴落として自分こそがワシントン・リンカーンと肩を並べる偉大な大統領となるために、この交渉を成功させなければならないと決心した。
2029年時点で、中国はバブルの崩壊以降、急速に高まった反共産党運動により内乱が勃発して国力を大きく落とし未だ立ち直っていない。
ロシアは2007年の金融危機の影響から立ち直るために、エネルギー資源大国として経済の建て直しを図るも、シェールガス・シェールオイルによりエネルギー資源の価値下落から極東天然資源開発計画の採掘がコストとの折り合いがつかず暗礁に乗り上げてしまった。
残るBRICS(ブリックス。BRICs:ブラジル・ロシア・インド・中国に南アフリカを加えたもの)の、南アフリカは国としての規模(人口・国土面積)の小ささが枷となり国の発展した小国の枠を超えることは出来ず。インドは未だに残るカースト制度の影が国の発展を妨げる。
ブラジルは南米の雄として発展を続けるが未だに政治基盤は弱く、その大国としての影響力を世界に発揮するには至らない。
その一方で、アメリカ合衆国も国際的な影響力を弱めているのも事実で、超大国として世界を牽引する国が存在しないのが現状だった。
アメリカ合衆国は連盟に対する協力として、国連安全保障理事会の常任理事国と非常任理事国。そして他の主要国の首脳と直接対談し交渉の根回しと仲介を行う。
それに対して、アルバン大統領は見返りを求めずエルシャンも口にしなかった。
若いが良い交渉相手だとアルバン大統領は思う。
交渉事において切り札は最後まで切るべきではない。どこぞの国の政治家や外交官のように最初から手札の全てを場に晒すような間抜けに比べれば、人間としても交渉相手としても信頼出来る。
国同士の交渉において外交的切り札とはその国が持つ宝。それを安易に使ってしまうと言う事は利敵行為に等しい。
ましてや交渉前に自国から認められた支援や政治的妥協点を、相手国に対して「僕こんなにお土産持ってきたの褒めて」と尻尾を振りながら喜んで差し出すなど売国奴以外何者でもない。
今回、エルシャンが我が国に対してなんらかの利益供与を口にしないのは、彼が自分の胸の内を読み切れるほどアメリカ合衆国という国を徹底的に調べ理解してきたと判断する。それどころか彼はアメリカ人が誇りとする「正義」を尊重し、敢えてこちらに与える利益を口にしなかったのでは? 正義の行動とは見返りを求めるものではない。正義の行動とは自らが正しい事をしたという足跡に過ぎない……などと考え、若き異星よりの客人は敬意を払うべき手強い交渉相手であり、全力でぶつかるに値する強敵だと認め闘志を燃やすアルバン大統領だった。
実際のところエルシャンは、贅沢すぎるほどの手札──手札の全てが切り札状態──を与えられて今回の交渉に臨んでいるわけであり、アルバン大統領が見返りを要求してきたとしても、どの手札を切ったとしても満足させられると言う余裕の表れであり、むしろ見返りを要求してこないアルバン大統領の態度に「これで良いの?」と少し不安なくらいで、アルバン大統領は深読みのし過ぎであった。
後書き
そういえば、エルシャンってパーフルオロカーボンの中でどう喋ってるんだろう?
エヴァンゲリオンではLCLの中で平気で喋ってたけど、映画「アビス」の中では、パーフルオロカーボンを肺に取り込んだ状況では話すことは出来ないのでキーボードを使って通信してたんだよな……同調装置を使って音声をスピーカーから出してるという事にしよう。そうしよう。
ジョンソン宇宙センターの30&30S(各施設の建物には名前が無く、番号だけが振り分けられている)のミッションコントロールセンターは、2029年において火星開発計画関連の運用支援を行っていると思って欲しい。
えなりかずき風とは、「かんたんじゃないか」→「こんとんじょのいこ」の様に「あ」の発音を「お」に変えるとえなりかずき風の話し方になるというトリビアの泉のネタ。
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