エヴァンゲリオン REAL 最後の女神
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使徒大戦
第一章
1.05
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[chapter:1.05]
ぎり……っ。
シンジは奥歯を噛みしめた。
──何を……何をやってるんだボクは。怖じ気づいている暇なんてないはずなのに。アスカが、アスカが死んじゃうっていうのに……っ!
「初号機!」
畏怖を力ずくで押さえ込んで叫ぶ。震えを止めようと、シンジは右手で自分の肩を握りしめ、爪を立てた。
「おまえに意思があるなら、応えてくれっ! ボクは、ボクはどうしても、今……今、力が必要なんだ!」
エントリープラグの天井を振り仰ぐ。まるでそこに何者かが存在するかのように。
「だから力を貸してくれ。おまえにやれるものなんて、なにもないけど……ボクのでよければ、体でも魂でもなんでもやるからっ!」
人類なんて、世界なんて、そんな大きなものは分からない。知らない。──ただ、触れあって、傷つけ合って……それでも離れがたかった一人の少女を守りたかった。それは生まれて初めての、強烈な衝動だった。
「だからっ! だからアスカを! アスカを助けたいんだ。おねがいだよ……アスカを助ける力をっ!」
言葉にすると、それはすとんと心に落ちた。それは、見て見ぬふりをしていただけで、ずっと自分の中にあった大切なもの。
そして──ざらりとした感触が心の中をはい回るのをシンジは感じた。まるで──そう、味見のために舐められたような。
恐慌状態に陥りそうなほど、深遠な恐怖がシンジの心をわしづかみにする。だが、シンジは唇を噛みしめて耐えた。噛み破られた傷口から、LCLに血液が──
──溶けていく。
溶けていく。
溶けていく──。
それは、古の科学者が悪魔と交わした血の盟約のように。
──オオオオオオオオオオ……ォン!
顎部拘束具が弾け飛んだ。そのまま初号機は、天を振り仰ぎ、雄叫びを上げた。
「……初号機!」
エントリープラグ内のディスプレイが、一斉に息を吹き返していく。左脇の残活動時間にとっさに視線を向けると、8888。無限を示す数字が並ぶ。ステータスモニタ下部のインフォーメーション欄に記された表示は、S2-Drive ACTIVATE.──S2ドライブ起動──。
シンジは恐怖を一時忘れて、その事実に歓喜した。
そして復活したメインモニタのスクリーンに映る、四号機を見上げた。ゆらり、と初号機が立ちあがる。
「……眠っていた初号機のS2機関を目覚めさせたのか。やるな、シンジ君。それでこそボクの半神……」
「……ふざけるなぁっ!」
初号機の右拳が四号機の頬にめり込んだ。そのまま右肩から体当たりをぶちかます。さすがに同質量のエヴァの全力の体当たりは受け止めきれず、四号機がわずかに後ずさる。それによってレイのATフィールドに干渉していた槍が離れた。
「綾波っ!」
シンジが振り返ると、レイは宙に浮かんだまま微笑んだ。安心したように。その笑顔はあのヤシマ作戦のときに見せた笑顔そのものだった。
恐怖は感じなかった。使徒だろうと、綾波は綾波だ、とシンジは本心から思った。自分もいまや人間のままではないのかもしれないし。そうだ、気にするほどのことではないのだ。
「綾波……よかった無事で。アスカも……」
シンジが安堵のため息をこぼしたのも、つかの間。
ふっ、とレイの笑顔が消え、深紅の瞳が閉じられる。
「!」
支えを急に失ったようにレイの体が落下をはじめる。とっさにのばした初号機の腕も届かず、レイの体はLCLの赤い水面に落下していく。華奢な制服姿が湖水に飲み込まれ、紅のミルククラウンが咲いた。
「綾波……あやなみぃっ!」
透過率の悪い水底を探ろうと、シンジは初号機をかがませようとした。しかし、それは果たせなかった。後から首に巻き付いた腕がそれを阻止したからだ。
「つれないね、ボクと遊んでいるときに他の女の心配かい?」
「カ、カヲル君っ!」
容赦なくスリーパーホールドが決まる。自らの気管が押さえられているような苦悶をシンジは感じた。だが、ここで落ちている暇はない。
「邪魔を……するなぁっ!」
思い切りエルボーを四号機のみぞおちあたりめがけて振り下ろす。同時に自らの後頭部を四号機にぶつける。分の悪すぎる相打ち狙いの攻撃は、シンジのこれまでの性格からすると意外だったため、カヲルはまともにくらってしまう。
四号機の腕がわずかにゆるんだのを見計らって、その腕をとり、腰を沈めて投げ飛ばした。
盛大な水飛沫が上がる。
「しまった……!」
水の中にはレイがいる。いまの衝撃がレイをさらに傷つけてしまったかもしれない。その可能性に顔を青ざめさせる。そして慌てて熱源センサーを作動させた。
「ボクを無視しないでおくれよ。つれないじゃないか!」
センサーに気をとられたシンジが気づかぬうちに、カヲルは槍を手にしていた。それを初号機に向けて投擲する。
シンジは初号機の掲げた右腕にATフィールドをまとい、それを受けようとした。しかし、とっさのことだったのでフィールドの収束が足りず、槍はフィールドを貫き初号機の腕を縦に裂いた。
「ぐぁううううっ!」
腕を縦に裂かれるという苦痛はそれほどではなかった。それを証明するように初号機はすぐに傷口を修復していく。
シンジが呻いたのは、傷の痛みではなく、修復の瞬間に自分の中から『なにか』が欠落した巨大な喪失感のためだった。
シンジは荒く息をついて呼吸を整えようとする。だが、体は言うことを聞かず、ぶるぶると震えていた。
──なんだろう、いまのは?
外傷ではない。胸の肺の傷さえも初号機の再起動から治癒されたようだ。しかし肉体ではない、もっと深いところになにか致命的な損失があったような……。
──喰われた?
その単語が頭に浮かんで、シンジは戦慄した。初号機とした契約が、いやがおうにも思い出される。
シンジは強く頭をふった。
それがどうだというのだ。自分には何もない。二人を救えるのならば、何を惜しむ必要があるだろうか。
槍は主人のもとへまだ戻っていない。シンジの勝機はそれが果たされるまでのわずかな時間、今しかないのだ。
シンジは初号機を突進させた。右のストレートをたたき込む。
しかし、それはあっさりと四号機にはらわれてしまった。力の方向を流され、引き込まれる。だが、それもシンジは予想していた。引かれる力に逆らわず、自ら踏み込んで速度を増し、さらに体をひねる。
すべての力をのせた渾身の左肘が四号機の顔面をとらえた。
「がッ!」
初めてカヲルの苦鳴が漏れる。四号機が硬直した。
「はぁッ!」
右足を強く踏み込む。背中から体当たり。シンジが夢中でした行動は、初号機に備わる膂力と重力の相互作用によって勁を産み、打撃力に変換される。
四号機が背中から水面に倒れた。
いまのうちに綾波とアスカを助けなければ。四号機よりも初号機の方がスピード、パワー、ともに優越しているようだが、シンジの技量とカヲルのそれとは差がありすぎて、機体の性能差では埋めきれないようだ。
シンジが単独で四号機に勝てる可能性は少ない。暴走し、初号機の本来の力を解放すれば分からないが、そうなってしまったらもう制御ができない。今の初号機が暴走したらシンジは飲み込まれ溶けるだけではすまず、魂まで喰われてしまうかもしれない。それではカヲルを倒しても、レイとアスカを救うことにはならないのだ。
ではこの絶望的な状況を打開する方法が無いかというとそうでもない。シンジには一つだけ可能性を感じていた。それは第六使徒会戦時のデュアルシンクロ──パイロット2名による同時シンクロである。
シンクロおよびフィードバックをシンジが、戦闘機動の操縦を格闘巧者のアスカが行うことができるならば、少なからぬ勝算がある。そのためにも、早急にアスカとレイを救出しなければならない。
熱源トレーサーをレーダーに重ねると、ヒトの体温に近い影が弐号機のほうに流れている。僥倖と言えるだろう。
弐号機に向かって走り出す。
『シンジっ!』
アスカの警告の声がプラグに響いた。とっさに四号機を振り向くと、いつのまにか手にした槍を投擲姿勢に入っていた。
シンジは戦慄した。槍の矛先が向いているのは自分ではなく、弐号機を狙っている!
四号機を突き飛ばしたことが徒になった。四号機と弐号機を結ぶ射線上からは、初号機は大きくはずれてしまっている。
「くそぉっ!」
とっさにATフィールドを身にまとい、射線上目指して飛んだ。
しかしロンギヌスの槍を受け止めるにはあまりにも不十分なフィールドと体勢だった。
あっさりと槍は初号機のフィールドを噛み破り、初号機の胸を貫通する。
宙に浮いて制動力を持たない初号機をぶらさげたまま槍は跳び続け、弐号機の腹に深々と食い込んだ。
ドグマの壁面に百舌の速贄のように縫い止められる二機。コアを串刺しにされ、弐号機の目から光が消えた。コクピット近辺を削り取られた初号機も沈黙する。
「……手こずらせてくれたね。けれど、これですべての使徒の因子、力の実はそろった。あとは君とボクのどちらが次の階梯に進むか──その審判をガフの扉の前で受けるだけだ」
ひとりごちるカヲルの視界に、水面に漂う制服が入った。
「覚醒するはずのない抜け殻の巫女──けれど、あのATフィールドは……? イレギュラーは困るね。とりあえず調査してみるか」
四号機をかがませ、レイの体をすくい上げる。
「槍よ」
主人の呼び声に反応し、槍が抜ける。力をなくした二機のエヴァが水面に崩れ落ちるように沈んだ。
四号機の手に戻った槍をふるうと、再び空間に裂け目が生じ、虚数空間が口を開けた。その中へと悠々と足をすすめる銀色の巨人。完全に四号機がその姿をディラックの海に消した後には、かつてエヴァンゲリオンだった残骸と、沈黙だけが残されていた。
……つづく。
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