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エヴァンゲリオン REAL 最後の女神

作者:竜牙
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使徒大戦
第一章
  1.04

 
前書き
ちょっと間があいてしまいました。すみません。 

 

[chapter:1.04]

「ん……っ……?」
 アスカがゆっくりと目を開くと、自分が吐いたわずかな泡が、上に向かって登っていくのが見えた。
──LCLの中……? どうして? そう、アタシは弐号機に乗って……そうだ、起動試験中だったんだ!
 その認識が脳を覆っていた霧を吹き飛ばした。何が原因か分からないが、試験中に一瞬でも気絶してしまうなんて、とんだ失態だわ。これはただの試験じゃないのに、とアスカは慌てて起きあがった。
 正確にはアスカは気絶していたわけではない。弐号機がカヲルの支配下に落ちたときに弐号機からの干渉により一時的に精神封鎖を受けていたのである。しかしアスカ本人にはその事情が分からない。弐号機の制御を回復しようと、無意識に操縦桿(インダクションレバー)を握りしめた。
 全周モニターに視線を向ける。
 そこには、うすぼんやりと紅い光に照らされたセントラルドグマに、一人立つ銀色の少年。
「どこ、ここ? ケージじゃない……? フィフス?」
「……おや、お姫様が目をさましたようだね」
「アンタ、いま状況はどうなってるのよ? ここはどこ?」
「ここは地の底。ほの(ぐら)地下迷宮(ラビリンス)の果て。そして君と弐号機の墓地《セメタリー》」
「なんですって!」
 墓地という言葉から、アスカの戦闘本能が目の前にいる人間を敵として認識した。戦闘時における決断において、逡巡《ためらい》は死であるとたたき込まれていた。敵を叩きつぶすに容赦はしない。難しいことを考えるのは、相手を殺してからでもじゅうぶんに間に合う。それが戦場というものだ。
 もともとフィフスは目障りだった。自分の地位をおびやかす存在。自らの価値を失わせる危険を持つ存在は排除しなければならない。それが明確に敵対してくれるならば、むしろ好都合ではないか。
それはいままでネルフ・ドイツ支部によって巧妙に思考誘導されて培われた攻撃性だった。
 アスカは弐号機の腕を、憎い敵に伸ばした。
 ……はずなのに、弐号機はそのアスカの思考に応えなかった。
「えっ? どうしたってのよ!」
 シンクロしていないはずはない。シンクロしていないならば、エヴァは起動しない。全周モニターも死んでいるはずなのだ。
 シンジだったならば気がついたかもしれない。アスカのシートの裏で、KAWORUと書かれたデバイスが(きし)るような禍々(まがまが)しい作動音をたてていたことに。
「どうしてっ!? どうして動かないのよっ!」
『……アスカっ!』
 シンジの声がプラグスーツの緊急通信機から漏れた。弐号機は通信機も含めてカヲルの制御下に置かれているため、シンジが呼びかけても答えない。そこで一か八か、プラグスーツの緊急用通信機に呼びかけたのだ。
「シンジ? シンジなのっ? どうなってんのよ、これっ!」
『よかった、つながって。弐号機はいま、どうやってか分からないけど、カヲル君に操られているんだ。カヲル君は敵だったんだよ!』
「エヴァを外部から操ってるですって!? 人型の使徒ってこと!?」
『分からないよ! カヲル君は使徒じゃないって言ってるけど!』
「このバカ! そんなことできるのは使徒に決まってるでしょ!」
 二人の会話に割り込むように、エヴァ同士の通信が復帰した──いや、カヲルによって復帰させられた。
「ボクは使徒じゃないよ。ただ『ヒト』であるだけで。槍もエヴァも、『ボクたち』が使うために作り出された力だからね」
「ふざけんじゃないわよ! 弐号機はアタシのものよ! アンタなんかに好きにさせてたまるもんか!」
「……君には優雅さの欠片もないね。好意に(あたい)しないよ。もちろん弐号機なんかに興味はない。こんなおもちゃは因子の回収がすんだらどうとでもするがいいさ。もっとも……」
 カヲルは、さも楽しげに笑う。
「……そのときには君も生きてはいないだろうけど……ね?」
 一流の指揮者(コンダクター)のように典雅(てんが)に、カヲルが腕を振りあげる。その動きをなぞるように、ロンギヌスの槍が音もなく舞い上がる。そしてその切っ先の軌跡が、残像として残る。否、それは残像ではなかった。空間に漆黒の裂け目が存在していた。そして、その闇色の傷口を、スパークするプラズマが(いろど)った。
──ズン!!
 床を震わせたのは、その傷口を押し広げるように空間を裂き、踏み下ろされた巨大な足。
「……!」
 プラズマの尾を引いて、空間の裂け目から顕現(けんげん)する(まばゆ)い白銀の姿。
「いまだ覚醒前のボクの身では、直接使徒の因子をその身に取り込むことはできない。やはり、リリスの傀儡(くぐつ)を介さないとね」
 ひどく楽しげな口調で、歌うようにカヲルは言った。その言葉に首肯するように膝をつき、頭を垂れた巨人。それは──。
「エヴァ……!」
 シンジの脳裏にVanishedの文字とともに消滅したアメリカ第二支部の映像がよぎった。あれは、確かに、エヴァンゲリオン。第二支部とともに消滅したとされる、S2機関搭載試験タイプ。
「四号機……なんで、いまここに?」
 呆然と見下ろすシンジの目の前で、カヲルが身軽に四号機の腕を蹴って、肩へと飛び上がっていく。尋常ではない身軽さである。
 主に(ひざまづ)く騎士のように頭を垂れる四号機の、延髄を覆うカバーが動き、エントリープラグが排出される。わずかにこぼれたLCLだけを残して、カヲルの姿がその中に消えた。
 捻り込まれるようにエントリープラグが自動挿入される。
 黒々と落ち窪んだ眼窩(がんか)に、地獄の炎のような禍々しい深紅が、二つ(とも)った。
 雄叫びを上げることもなく、ただ静かに四号機は立ち上がる。
 拘束具のない剥き出しの口元が、ヒトのように歪んだ。それがシンジには、カヲルの笑みに見えた。
「シンジ君」
 照明の死んだエントリープラグ内に、SOUND OINLYの通信が入った。前方モニターと同様に通信機は非常電源で動作が確保されているのだ。
「見ていて欲しい。ボクが君と同じ階梯(きざはし)に昇る姿を……ボクの覚醒を」
 四号機が槍に向かって手をさしのべると、槍はその手に向かって飛んでいく。そしてその手におさまった。当然だ、とでもいわんばかりに。
「弐号機の集めた因子、そしてアダムの欠片。それがボクのものになる……」
 ゆっくりと踏み出す四号機。
 そして動けない弐号機と、初号機。
 アスカは目の前に迫る四号機に恐怖した。アスカが明確な自分の死を意識したのは、これが初めてだったのかもしれない。使徒大戦が始まって半年以上が過ぎようとしているが、エヴァごしの戦闘は奇妙に現実感が欠落している。戦闘対象が幼児の戯画のようなふざけたデザインをしているせいもあるだろう。シンクロで感じる痛みも、物理的に痕が残るわけではない。
 アスカにとって戦闘は自己を照明する手段であって、ギリギリのところで命のやりとりをするモノではなかったのだ。
 だが今、眼前に迫るのは人型であり、異形に変形してもいない。そこに明確なヒトの意思を感じる。それは殺意である。
 四号機との戦いは、殺人──ヒト同士の殺し合いなのだ。その明確な殺意の前に、無抵抗で身を投げ出している。アスカの心をひたひたと犯すのは、無抵抗に殺されるしかないという認識であり、間近に迫った死への畏怖(いふ)だった。
「……死にたくない、死にたくないよぅ! たすけてっ、助けてママ! シンジ!」
 圧倒的な恐怖の前で、虚飾をはぎ取られた結果残るのは、一四歳の少女のかよわい魂だけだった。プライドも、虚勢も、隔意も、なにもかも無くしてアスカは助けを乞うた。少女も本当は理解していたのだ。少年がいつも自分を助けようとしていたことを。
 逆手に握りしめられた槍が、擱座(かくざ)したままの弐号機に迫る。アスカは思わず目をつぶった。
 キン!
 硬質な音をたてて、現出する六角形の障壁。
 死は訪れず、救いの神は意外な姿をして現れた。
「……綾波っ?」「ファースト!?」
 槍の前に身を投げ出すように現れたのは、綾波レイ。蒼銀の月の女神だった。
「──ファーストチルドレン。因子の足りないはずの君が既に使徒として目覚めていたとはね。楽しませてくれる!」
「目覚めたのではないわ。私は本来こういう存在なだけ」
 カヲルの悪態にも、レイはいつもと変わりない無表情のまま。
「どちらでもいいさ、因子を持っていることに変わりはないんだから。君の因子もボクがもらうよ」
「そう、好きにすればいいわ。でも弐号機パイロットは殺させない。碇君が悲しむから」
「!」
 アスカは屈辱に顔をゆがめた。死の恐怖に(おび)えて震えていたところをファースト、つまりレイに救われたのだ。そしてその理由が、自分ではなく、シンジのためだという。
「よけいなことしないでよ! アンタなんかに、アンタなんかに助けられたくないわよ! おまけになんでATフィールドがはれるのよ! アンタも使徒なんじゃないのっ?」
「……あなたの意見は聞いてないわ」
「くっ……!」
「あまり長くはもたない。さっさと出て」
 レイの言葉通り、レイのATフィールドを槍はじわじわと浸食していた。
 アスカもせっかく助かった命を投げ出すほどバカではない。言いたい罵詈雑言(こと)はいくらでもあったが、ぐっとこらえて緊急脱出装置(イジェクション)を作動させようとする。
 だが、作動しない。慌てて座席を蹴ってプラグの上部の手動ハッチにとりつく。
 ここには緊急用のエントリープラグカバー固定ボルトの爆砕スイッチがある。それを作動させれば手動で開けられるようになるのだ。
「!」
 しかし爆砕ボルトも作動しなかった。完全にシステムから独立した機械的なものであるにもかかわらず。
「早く……っ!」
 レイの声に焦燥(しょうそう)が混じった。だが、アスカがその期待に応えることはできなかった。
「だめ! 開かない! 開かないのよっ!」
「……!」
 カヲルは二人の苦闘を冷ややかに(なが)め、槍を握る手にさらなる力を込めた。
 シンジは何もできず、二人の奮闘を見せつけられていた。綾波は、変わっていなかった。使徒大戦をくぐり抜けてきた戦友の心を無くしたわけではなかったのだ。そうでなければどうしてアスカを守ろうとするだろうか。
 そしてアスカは自分に助けを求めた。あのプライドの高い少女が自分に。それに答えることができないなんて。
 大事な二人が、いま、自分の目の前で、死の顎に砕かれようとしているのに何もできないなんて!
「いま動かなきゃ……! いま動けなきゃ意味ないんだよッ! だから……だから母さん! お願い、もう一度だけ力を貸して!」
 だが初号機は沈黙したまま。
 ……いや、そうではない。ほのかに気配が立ち上がったのを、シンジはかすかに感じた。
 それはわずかの覚えがある、一五使徒会戦時の気配と似ていた。だがそれよりも、圧倒的に巨大な。
 これは母親ではない。シンジは自分の間違いに気がついた。あのとき母親に会ったと思ったのは、母親のわずかに残った残留思念、残り香のようなものであったことに。
 いま、鼓動が早くなっていくように、脹れあがっていく気配。自分の存在よりも、圧倒的な──。
「……これが……これが初号機の……本当の……?」
 そう口をついて出たが、シンジ自身にも本当の『なに』であるかを理解して口に出したわけではない。ただ、その巨大な存在感に魂が圧倒されただけだ。体がガタガタと震えはじめる。自分はなんていうものに乗っていたんだろう。これは人間とは相容れない存在じゃないのか?
 それは奇しくも、暴走状態の初号機を一目でも見たことがある者が共通して抱く、恐怖、慄然と同じものであった。
──コレは……。
 冷たい汗が噴き出すのが、循環の止まったLCLの中でもはっきりと分かった。プラグスーツの中で肌が粟立っていることも。
──コレは使徒だ。
 それは人類の敵。
 倒すべき、存在。
 
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